未来を担う5人の若手ドライバー 前編(2/2)
「手応えと成果を得た2016年」
同世代の仲間でもあり、ライバルでもある関係で切磋琢磨
―― 日本以外での活動ではいろいろ新しい発見があるようですね。一方、国内で戦った山下選手、坪井選手はどうでしたか?
山下 僕は今年で全日本F3選手権の3シーズン目でしたから『もう後はない』『それなりに結果を出さないとクビになる』と覚悟していました。プレッシャーも感じていました。でも、いつもどおりに走れたからチャンピオンになれたんだと思います。
坪井 山下選手とは同じチームだったので、何度も『クビになるから抜かないでね」と頼まれましたよ。もちろん、冗談だけど(苦笑)、そうだよね?
山下 坪井選手とは同じ1995年生まれで、昔から一緒にレースをやってきましたから。レーシングカート時代はどっちかというと坪井が速くて、かなわない感じだったんですよ。でもF3では僕が3年目、坪井選手は1年目なので、それに負けたらクビでしょう(笑)。
坪井 FCJ(※)でも一緒にレースやっていましたし、山下選手が速いドライバーだということはわかっていました。2016年シーズンは同じチームでF3を戦って得られるものも多かったので、彼がチームメイトで良かったなと思いますね。
※ 正式名称はフォーミュラチャレンジ・ジャパン。2006〜2013年までF3の直下で若手の育成カテゴリーとして存在。現在はFIA-F4選手権がそのポジションを担う。

全日本F3選手権 第2戦鈴鹿で1-2フィニッシュを飾った山下健太と坪井翔
山下 僕もF3の1年目は苦労しました。F3って結構難しくて、2年間乗ってようやくわかるようになってきた感じなんですよ。でも何がわかったかということは教えられるものではなくて、経験しないとわからない。
平川 僕はあまりF3では苦労しないでチャンピオンになってしまった。でもF3で苦労しないままスーパーフォーミュラに行ったから、スーパーフォーミュラで苦労したのかな(笑)。スーパーフォーミュラで苦労した方がよかったのか、F3で苦労した方が良かったのかわからないな。
2012年の全日本F3選手権でシリーズチャンピオンを獲得した平川亮
―― 確かに平川選手は、5人の中ではキャリアが長く先輩格ですね。山下選手、坪井選手たちが自分を追いかけて成長してくるのを、どのように感じましたか?
平川 自分の後から入ってくる選手が何をしているのか見てはいますけど、気にしてもしかたがないので自分のことに集中していますね。
山下 でも上のカテゴリーの選手が何かやらかしたりすると、「あ、シート空くんじゃないかな」と心の中で思ったりはしますけどね(笑)。いつもそれくらいの気持ちでレースに取り組んでいます。

<前編 あとがき>
5人それぞれに苦労と成果があった2016年。ちょっとまだ固さがあった対談の序盤でしたが、ウォーミングアップも済んだようで、これからトークの面でも成長を見せてくれそうですね。第2回ではサーキットを超高速で走るレースと公道を激走するラリー、両カテゴリーの違いやおもしろさを5人に語り合ってもらいます。鈴鹿サーキットの130Rと山道のブラインドコーナー、果たして怖いのはどっち!? お楽しみに!