川井ちゃん、浜島さん、WECっておもしろいんですよ!
後編「WECの難しさと富士6時間の見どころ」(1/2)
F1をよく知る川井一仁さん、浜島裕英さんと、TOYOTA GAZOO RacingのWECドライバーである中嶋一貴選手と小林可夢偉選手の対談も後編です。
一見するとまったく違うようなF1とWEC。
タイヤの使い方やドライバーの心構えなどを比較しながら、その共通点や相違点がどんどん明らかになります。
そして、間近に迫ったWEC富士の見どころや富士スピードウェイの観戦ポイントなどを語ります。
F1とは違う複数ドライバーの難しさ
―― F1ではドライバー1人1人にエンジニアがいて、自分の好みに合ったクルマのセッティングをします。1台のクルマを複数のドライバーで走らせるWECではどのようにセッティングを進めているのですか?
中嶋一貴(以下、一貴)
基本的にはドライバー全員で意見を出し合うんですが、だいたい似たようなセッティングに収まります。あとは、その中で気になるところをチェック・・・という感じですね。
それから全員が新品タイヤを履いて走ることができないので、(新品タイヤを)履いたドライバーの意見を尊重したりしています。
小林可夢偉(以下、可夢偉) WECって耐久レースっていう名前だから、F1よりも走行機会が多いって思うでしょ?実は意外に1人の走行時間って短いんですよ。ドライバー3人で(1台を)回してるから。
一貴 そうそう、決勝レース以外の走行時間は基本的にF1と同じだからね。
クルマの挙動について話すステファン・サラザン選手(左)とアンソニー・デビッドソン選手(右)。
このようにWECではドライバー全員で意見を出し合って、クルマのセッティングを決めていく。
―― たしかに。耐久レースという名前から想像すると走行時間がたくさんあるように感じますね。
可夢偉
公式練習の間に2〜30周走っただけで、そのまま予選〜決勝レースと入ってしまう。正直(クルマが)よく分からないままレースをしてるときもあります。
だから(全員が)完璧っていうことはまずないですね。
一貴 気分的にセッティングは「こんなもんじゃないかな」という感じですね。
浜島裕英氏(以下、浜島) SUPER GTもWECと同じですね。新品タイヤを履くドライバーが(セッティングを)決めたりします。
F1タイヤの原点は耐久レースにあった?
―― タイヤの話が出ましたが、浜島さん、F1とWECやル・マン24時間レースなどの耐久レースとではタイヤの性質は違うんですか?
浜島
私がブリヂストンでF1に関わり始めた頃、実はすごく耐久レースを勉強しました。
当時タイヤを供給していたフェラーリのロス・ブラウン(当時テクニカルディレクター)がル・マン24時間レースなどを経験した「耐久レース上がり」だったので、レースの戦略が耐久レースをベースにしていたんですよ。
川井
それってロスのジャガー時代(※1)の経験ってこと?
(※1)・・・ロス・ブラウンは、1991年当時スポーツカーの世界選手権として行われていたSWCでジャガーの車両を手掛けていた。
浜島
多分そうだと思います。当時のF1は給油もあったし、レースフォーマットがセミ耐久でしたよね。
だから「耐久ってどうやっているんだろう?」とよく勉強をしたし、もちろんそこで使われているタイヤに関してもすごく研究しました。特にル・マンの最高速はすごいですよね。ユノディエールにシケインがない頃だから、高速でのタイヤの耐久性に関してはしびれるぐらいです。
自分がル・マン24時間レースを担当していた頃は、ライバルのタイヤにトラブルが出ると、心配になって夜中でもミュルサンヌ(ストレート直後のコーナー)まで見に行ったりしました。
そういう面でも耐久レースがタイヤを鍛えてくれたと思います。
「耐久レースがタイヤを鍛えてくれた。」
浜島裕英氏
可夢偉 難しいですか、耐久レース用タイヤを造るのは?
浜島
難しいです。
とんがったタイヤ(速度性能だけ突出したもの)にすると、1,2周は速く走れるんですが、長時間の平均でみたときにラップタイムがよくない。だから、幅が広く性能が発揮できるタイヤを考えていました。
可夢偉 それは作動温度の領域が広いということですか?
浜島 そう、気温の下がる夜でもいいように。そういう面を考慮しないといけないというのは勉強しました。
可夢偉 今のタイヤは常に全開でプッシュだし、トラフィック(他クラスによる渋滞状態)で走行ラインを外したり、タイヤの温度を落としたりしてもちゃんと走ってくれる。ル・マンだと3スティント連続で走っても(ラップタイムが)1秒も変わらないんですよ。
川井
常に全開っていうのはすごいね!
F1ではタイヤに求められる要素が違う・・・という理由もあるけど、基本的にはタイヤを持たせるドライビングを心がけないといけないから、常にプッシュってことができないからね。だからF1は予選とレースのタイム差が大きくなっちゃう。サーキットにもよるけど5〜6秒違うじゃない。
でも、WECは予選とレースの最速ラップが変わらないよね。結構速いなWECと思って。そこにびっくりした。
浜島 あのスピードをキープする優れた高速耐久性というのが、現在WECで戦うタイヤメーカーに課されていますね。
「F1は予選とレースラップの差が大きすぎ!
その点でWECの速さにびっくり」
川井一仁氏
―― F1のタイヤは1メーカーが指定したスペックのタイヤを全チームが使用します。WECのLMP1-Hは3メーカーともミシュランタイヤを使いますが、各メーカーのスペックは違うものですか?
一貴
違いますね。WECは自分たちでタイヤを選べるんです。たとえばソフトタイヤでも作動温度領域が低いタイヤ、高いタイヤ、さらに高いタイヤなどがあったりします。
冬場のテストの間にシーズンで使うタイヤを選んで、実際にレースで戦うときのサーキットの路気温や負荷を予測して、各レースで2種類、もしくは1種類のタイヤを持ってきています。
ただ、その選択はメーカーごとに、あっち(のスペック)がいいとかこっちがいいとかあるそうです。(スーパーフォーミュラでチームメイトの)アンドレ(ロッテラー)によると、アウディはトヨタとはまったく違うタイヤを使っているみたいですね。
川井 クルマ自体の重量配分や重心高なども違うんだろうね。
WECのLMP1-HクラスではTOYOTA GAZOO Racing、アウディ、ポルシェともにミシュランタイヤを使用しているが、3メーカーとも異なるスペックのタイヤを使用している。
―― WECではレース中に一度クルマから降り、他のドライバーにクルマを託して、さらにもう一度乗ります。F1にも乗っていた一貴選手と可夢偉選手にとっては最初は違和感がありませんでしたか?気持ちの切り替えが大変ではないですか?
一貴
確かに最初はありますよね。特にル・マンは24時間とレース時間も長いですから。
だから、僕としてはル・マンでは"一度レースから離れる"という切り替えも大事だと思います。(WECで通常レースの)6時間レースはずっと見ていられますけど、見ているといつまでも追いかけていたくなるだけに、その気持ちを一旦オフにするのは難しいです。
可夢偉
僕は自分の仕事をしたら「もういいや。次の人よろしく!」という感じなんです。1回うまく走りきったらホッとしちゃうんです。その後も走りたくないなって・・・。
だから、次に運が悪いスティントに入ったらどうしようとか(思ったりする)。
浜島 (SUPER GTで)うちのチームのドライバーもそれをいいますね。この前の鈴鹿1000kmでも『いやな番に回って来ちゃったなぁ』とか(笑)
―― 運が悪いスティントって?
一貴
たとえば周回遅れのめぐり合わせがわるかったり、天候が変わったりとか・・・ですね。
だから3人で何スティントもやるWECでは、割り切りも大事なんです。同じドライバーでもスティントごとに運の良い・悪いがある。自分の運が悪いと、他のチームメイトで運が良い人が出てくる。そういうものなのかな、と思ってやるしかない。
川井 大人だねぇ(笑)
一貴 仏(ほとけ)の心で走っています(笑)
浜島 耐久だからねぇ(笑)
一貴
いえいえ(笑)
そんな中でもさっき可夢偉がいったみたいに「常に全開」なんですが、F1のようなスプリントレースみたいに行き過ぎてはダメなんです。例えば、F1からWECに転向してきたポルシェのマーク(ウェバー)は、最初はF1のようにドライブしていたら行き過ぎしまって他のクラスのクルマと接触・・・なんてこともあったみたいです。
だからWECには、F1ドライバーでも一筋縄ではいかない難しさがありますよね。