WEC

"だから、ハイブリッドで走る"

〜TS050 HYBRIDと市販ハイブリッド車が紡ぐ絆〜(1/3)

だから、ハイブリッドで走る 〜TS050 HYBRIDと市販ハイブリッド車が紡ぐ絆〜(1/3)

WEC(世界耐久選手権シリーズ)の最高位クラス"LMP1-H"に参戦する車両は、すべてがハイブリッドのレーシングカーです。そして、それぞれのメーカーが異なるアプローチのハイブリッド技術を用い、勝敗という結果を得ていきます。その中では「勝つための技術」が重きを置かれます。でも、市販車をユーザーに届ける自動車メーカーでは、それだけで良いのでしょうか? トヨタでは、レースも"もっといいクルマづくり"の場であると考えています。レーシングカーと市販車、そこに搭載されるハイブリッドシステムの関連性について、お話ししましょう。

すべてのルーツは
プリウスにある

 2016年のル・マン24時間レースを前に、トヨタのハイブリッド・レーシングスポーツカー開発を指揮することになる村田久武プロジェクトリーダーは、「2015年は1勝もすることができず悔しくてしかたがなかった。このまま負け続けることは絶対に許されないと思った」と振り返った。だからこそ開発陣は車両の全面改良に踏み切った。本来なら来年から順を追って着手しようと想っていた新技術をすべて前倒しにして2016年度に投入することに決めたのだ。レーシングカー開発のセオリーから考えれば冒険である。だが村田は言う。「だって、負け続けるわけにはいかないでしょう」。そこには世界初の量産ハイブリッドカーを産みだしたメーカーとしてのプライドがあった。

 2016年型TS050 HYBRIDに搭載する新開発のV型6気筒直噴ツインターボエンジンは、設計から3ヶ月目で初号機に火が入った。全面改良を決めてからわずか10か月でTS050 HYBRIDは完成し走り出した。常識外れの突貫工事で2016年度の戦闘体制が整った。単なるバージョンアップではない。心臓部であるパワートレインを入れ替えた、新規開発に近い改良である。

 先代TS040 HYBRIDは、2014年の伝統のル・マン24時間レースでポールポジションを獲得。ル・マン24時間が組み込まれているFIA世界耐久選手権シリーズ(WEC)ではドライバーズ部門とマニュファクチャラーズ(製造者)部門の2冠を日本メーカーとして初めて獲得した。しかし改良版の2015年型TS040 HYBRIDは一転苦戦に陥り、WECで1勝も挙げることはできなかった。ハイブリッド・レーシングカーを取り巻く状況は大きく変転していたのだ。

1997年に発売された初代プリウス

 TS040 HYBRIDあるいは2016年型TS050 HYBRIDの源流をたどると1997年12月に発売されたトヨタ・プリウスに遡る。TS050 HYBRIDは、プリウスの子孫として生まれ、ハイブリッドカーの性能を追求するために進化を重ねて今年のサーキットに現れたのである。

 トヨタ・プリウスが発表されたのは1997年12月。このとき世界初の量産ハイブリッドシステムがデビューした。発売を報せる広告に用いられたのが" 21世紀に間に合いました"というキャッチフレーズである。プリウスは、まさに新時代への幕を開くために生まれ出た乗用車だった。

 プリウスに積まれていたのがガソリンをエネルギー源とするエンジンと、電気をエネルギー源とするモーターを組み合わせた、いわゆる"ハイブリッドシステム"と呼ばれるパワートレインであった。ハイブリッドとは「異種の混在」という概念を指すが、自動車技術の場合はエンジンとモーターという異なる動力を同時に使うクルマであることを指す。

 では異なる動力をひとつのクルマに搭載すればハイブリッドカーが成立するかというとそれほど簡単な話ではない。エンジンとモーターを組み合わせながらどうやって働かせるかによって、ハイブリッドシステムの性能は大きく変わる。プリウスの場合、発進時や低回転域のエンジン効率の悪い領域ではエンジンを停止、その領域での効率に優れたモーターのみで走行し、エンジン効率が良い通常走行の速度域ではエンジンの動力を使って走るという組み合わせの配分を行う。

 追い越し時のように強い加速力が必要な場合は、バッテリーからも電力を供給してモーターの出力を増幅。エンジンの駆動力にモーターの駆動力も加えることで力強い動力性能を発揮し、滑らかな加速を実現する。減速・制動時には車輪の回転力でモーターを回し、モーターを発電機として作動させ、通常は熱エネルギーとして空中に捨てられていた制動エネルギーを電気エネルギーに変換してバッテリーに回収、再利用する。これがキネティック(運動)エネルギー回収である。

 エンジンの動力は動力分割機構(プラネタリーギヤ機構)で2経路に分割され、一方は車軸を直接駆動し、もう一方は発電機(ジェネレーター)を駆動させて発電し、この電力でモーターを駆動するという仕組みと配分で成立し、効率が最大になるように巧妙に制御される。この制御が、トヨタのハイブリッドシステムの真髄である。発表時点で同クラスのガソリン車の2倍の好燃費を達成したハイブリッドシステムは、トヨタハイブリッドシステム(THS)と名付けられた。THSは、エンジンに2つのモーター、ニッケル水素電池(当時)、動力分割装置を組み合わせた、ハイブリッドシステム全体を示す名称であった。

 THSに基づくハイブリッドカーであるプリウスは、これまでのクルマの既成概念を打ち破り、新しい時代を感じさせるクルマとして大勢の人達の興味を引いた。自動車におけるハイブリッド技術は、トヨタが先鞭を付けた新しい技術であり、プリウスの登場が世界の自動車社会に新しい歴史の扉を開けた。トヨタはプリウスを、新時代の技術ハイブリッドの代名詞として、2000年以降北米、欧州等海外でも普及に努めた。だが、トヨタはTHSを単なる「省燃費システム」で終わらせるつもりはなかった。