"走る楽しさ"を
ハイブリッドにも
THSの改良はプリウスにおいて続けられ、2003年、エコとパワーを高次元で両立させたTHS-IIを搭載する2代目プリウスが登場した。2代目プリウスに搭載された新世代ハイブリッドシステムTHS-IIは、THSで達成した高い環境性能はもとより、クルマに求められる本来の魅力である"走る楽しさ"を飛躍的に発展させることをコンセプトに開発された。
THS-IIは動力性能を向上させることで、ハイブリッドカーにおける"走る楽しさ"を実現した。走りを良くするために動力性能を上げようとして単純にエンジン排気量の増大やターボチャージャーなどの過給器採用などの手段を採用すれば燃費の悪化に繋がるとともに環境性能も悪化する。そこで、THS-IIはエンジン本体では従来30%程度と言われてきたエネルギー効率を引き上げ、同じガソリン消費からより多くの出力を取り出すとともに、モーターの高出力化、出力の伝達効率の向上、クルマ全体のエネルギーマネージメント制御の進化などを組み合わせることによって、低燃費と高出力を両立させることに成功した。
クルマは、単純に燃費良く移動できるだけの道具であってはならず、あくまでも"走って楽しい"道具であるべきだ、とトヨタは考え続けて来た。ハイブリッドシステムはその理想を実現するために有力なツールとなり得る。"走らせて楽しいクルマを作る"という信念の下に得られた成果のひとつがTHS-IIであった。
量産乗用車のハイブリッドシステムを進化させる一方、トヨタはハイブリッドシステムをサーキットにも送り込んだ。言うまでもなく、ハイブリッドカーの"走る楽しさ"をさらに追求し、その可能性を探るためだ。限界の走行性能が求められるモータースポーツの世界でハイブリッドシステムを鍛え上げれば、その技術は量産乗用車のハイブリッドシステムをさらに進化させるに違いない。
またモータースポーツにおいても単にスピードやパワーを追う時代から、環境との関係を考える時代となり、それまで乖離していた量産乗用車の開発技術とレーシングカー開発技術の方向性が徐々に歩み寄り始めたという背景もあった。時代を先取りし、そのときに活躍できるレーシングカーを開発しようと、トヨタは2006年、レーシングカーのためのハイブリッドシステムに初めて取り組むことになった。
量産ハイブリッド車はストップ&ゴーの多い市街地での走行を得意とするが、高速走行時は相対的に効率が落ち、燃費向上のメリットを得にくい側面があった。一方、レースに出場してサーキットを走れば、公道走行とは違って高速域からの急減速を繰り返すことになる。その際発生する大きなエネルギーを瞬時に回収し動力として効率よく放出できる技術を確立するのが、レーシング・ハイブリッドシステムにとって大きな課題のひとつであった。
レース活動で得た技術を量産ハイブリッドシステムにフィードバックすれば、低速域から高速域まで効率の高いハイブリッド車ができあがる。そこに、レースでハイブリッド技術を鍛える意味があった。レーシングカーと量産乗用車にハイブリッドシステムを搭載して走らせることで、両方がお互いを鍛え上げる仕組みづくりが始まったのである。
2006年、村田久武プロジェクトリーダー率いる開発陣は当時最新の量産ハイブリッド車の1台、LEXUS GS450hをベース車両に選び、量産ハイブリッドシステムが用いていたニッケル水素バッテリーにキャパシタを追加して、十勝24時間レースに出場する決意を下した。これには、蓄電装置としてのキャパシタの素性を確認するという、先行試験の意味合いがあった。
そのデータを基に翌2007年、開発陣は改めてレース専用のハイブリッドシステムを開発し、再び十勝24時間レースに出場した。このときベース車両に選ばれたのは、国内最高峰ツーリングカーレースであるSUPER GTのGT500クラスに参戦していたスープラであった。
開発陣は、基本レイアウトをそのままに、モーター/ジェネレーターユニット(MGU)をリアアクスルに組み込み、蓄電装置としてキャパシタを搭載した。また、フロントにインホイールMGUを搭載し、高効率の4輪を使ったキネティック(運動)エネルギー回生を実現した。
開発陣の目標は、耐久レースの頂点、伝統の24時間レースである「ル・マン24時間レース」に置かれた。ところがル・マン24時間レースで勝つために求められる性能を試算したところ、当時トヨタが市販車で用いていたハイブリッドシステム、THS-IIのパワーウェイトレシオを比較すると約6倍の性能が必要であるという結論に達した。「つまり、ハイブリッドシステムの重量を1/6にするか、同じ重量で6倍の馬力が出るシステムにするか、どちらかを実現しないとル・マンでは勝てないということがわかったんです」と村田は言う。言うまでもなく、それは当時の技術ではどう解決すべきなのか、そもそも解決することができるのか見当もつかない途方もない数字であった。