WEC

"だから、ハイブリッドで走る"

〜TS050 HYBRIDと市販ハイブリッド車が紡ぐ絆〜(3/3)

だから、ハイブリッドで走る 〜TS050 HYBRIDと市販ハイブリッド車が紡ぐ絆〜(3/3)

WEC挑戦によって
進化していくTHS-R

 トヨタは2012年、ル・マン24時間レースを含む世界耐久選手権シリーズ(WEC)参戦を決意、TS030 HYBRIDを開発した。ル・マン24時間/WEC参戦の目的は「市販車の開発に生きる技術を短期間で得ること」、そして「挑戦する姿勢を通じてレースファンの共感を得ること」だった。5年前につきつけられた"1/6"という無茶とも言えるほどの数値目標を開発陣はその後の努力でなんとか解決する目途をつけたからこその決断であった。

 TS030 HYBRIDは、ハイブリッドシステムと、これと協調して機能する3.4リッターV8自然吸気エンジンを含むレース専用ハイブリッドシステムTHS-R(Toyota Hybrid System - Racing)は、トヨタの欧州におけるモータースポーツ活動拠点であるTMG(Toyota Motorsport GmbH)が主体となって開発したシャシーに搭載されて完成した。

 TS030 HYBRIDのTHS-Rは、3.4リッターV8自然吸気エンジンとモーター、そして蓄電装置としてキャパシタ(従来以上の性能からスーパーキャパシタと呼ばれた)を組み合わせた構成になっていた。自然吸気エンジンは構造が簡単で軽く、キャパシタは「急加速して高速走行を行い急減速する」という市販車とはまったく異なる走り方をするハイブリッド・レーシングスポーツカーにとって、蓄電量は少ないが高速で充放電ができる利点があったから採用された。

 世界を舞台に闘い始めたTS030 HYBRIDは、開発途上であることもあって苦戦を重ねた。だがその苦戦の中で、THS-Rは徐々に熟成され進化していった。2014年のTS040 HYBRIDでは、エンジン排気量を3.4リッターから3.7リッターに増加させて出力にも余裕を持たせ、車両規則変更で4輪を使った回生/力行が可能になったため、フロントにもMGUを搭載、理想に近づいた。この結果、TS040 HYBRIDは2014年度、WECシリーズでドライバー部門、マニュファクチャラー部門でチャンピオンに輝いた。しかし惜しくもル・マン24時間レースでは優勝を逃した。

 こうしてTHS-Rは目標の達成まであと一歩のところまで進歩した。しかし一方で燃費/エンジン出力規制の方法が、吸入空気量制限から燃料使用総量及び瞬間使用量の規制へと切り替わり、ハイブリッド・レーシングスポーツカーが置かれている状況が変わり始めた。吸入空気量制限時代は、できるだけエンジンの回転数を上げてパワーを引き出す方向で開発が行われたが、これはレーシングエンジン独特の考え方であり、新時代の市販車用エンジンに還元できる技術は少なかった。だが規則変更により燃料使用量の制限を受けるとエンジン本体の熱効率を上げて限られた燃料からできるだけエネルギーを引き出す方向で開発が行われることになる。これは、今まさに市販車用エンジンが求めている技術であり、レーシングエンジン開発が市販車用エンジンの先行開発と重なることを意味する。

 開発陣は、新しい規則を見据えて次世代エンジンとして限られた燃料からパワーを引き出すためにターボ過給を組み合わせた直噴エンジンの開発研究を進めてきた。また、規則を精査したとき、蓄電量の確保が急務であることが判明、これまで課題があった急速充電にも対応、放電も長く維持できるうえ従来のスーパーキャパシタ程度にまで軽量化したハイパワー型リチウムイオン電池の開発も進め、実用化に成功していた。

2015年に発売された新型プリウス

TS050 HYBRIDも
プリウスも
新たなステージへ

 これらのコンポーネントは2017年度以降、順を追って実戦に投入し、ハイブリッド・レーシングスポーツカーを次世代型へ移行する計画だった。しかし2015年度の完敗を受けて、予定を前倒しし、一気に2016年型TS050 HYBRIDに搭載することが決まった。これにともない、ル・マン24時間レースにおける1ラップ当たりのエネルギー放出量として従来の6MJ対応から規定最大の8MJ対応へと拡大し、MGUを最大限に働かせて走る戦略が決まった。

 規則により蓄電装置からの放出エネルギーを増やせば、規則によりその分1周当たりに消費できる燃料の最大量及び瞬間流量が絞られる。言うまでもなく、蓄電装置からのエネルギー放出量増大は、高効率化した新エンジンがあってこそ実現する。その戦略の基盤となる2.4リッターV型6気筒直噴ツインターボエンジンは常識外れともいえる短期間で開発された。

 昨年11月、TS050 HYBRIDの発表に先駆けて発売された市販4代目プリウスは、3代目プリウスから大きな進化を遂げていた。従来30%強と言われてきたガソリンエンジンの最大熱効率を40%にまで引き上げるとともに重心高を下げボディ剛性を高めて操縦性を含めた走りの質を向上させたのだ。まさにハイブリッド・レーシングカーが目指す性能の市販化であり、市販車技術とレーシングカー技術が足並みを揃えて"走って楽しいクルマ"が実現した形であった。

 4代目プリウス発表4か月後の2016年3月、トヨタはエンジン、蓄電装置、インバーターと、ハイブリッドシステムの基本を構成するコンポーネントを一新、小型軽量化を進めたMGUと組み合わせた新型車両、TS050 HYBRIDを完成させ、公開した。2012年にTS030 HYBRIDを実戦投入以来、トヨタのハイブリッド・レーシングスポーツカーは4シーズンにわたって着々と熟成を重ねTS040 HYBRIDにまで進化してきたが、TS050 HYBRIDはこれまで上ってきた階段を何段か飛ばして開発された、"超進化型"ハイブリッド・レーシングスポーツカーであった。5年目の今年、トヨタは念願のル・マン24時間レース制覇へ向けてさらに一歩、踏み出すことになった。

2016年シーズンを戦うTS050 HYBRID