TS050 HYBRIDにトラブルが起これば、エンジニアが分析し、メカニックが速やかに修復する。では、ドライバーやチームスタッフの体調、身体にトラブルが発生したら、どうするのだろうか? TOYOTA GAZOO Racingのスタッフが100%の実力を発揮するため、彼らの健康を支えているのがチームドクターのブルーノ・フランチェスチーニだ。普段も病院の集中治療室で仕事をする彼が、サーキットで心掛けることはどんなことなのだろう?
チームドクターにとっての良き思い出とは?
チームドクターのフランチェスチーニに、このチームで印象に残っている良い思い出を尋ねたときだ。普通のチームスタッフなら、やはり勝利に係わる答えが多い質問である。だが、思わぬ答えが返ってきた。
「それは、2015年の第2戦スパ・フランコルシャンの中嶋一貴選手の事故...」。医師とは言え、事故が、なぜ良い思い出なのかと思いきや。
「中嶋選手の回復力は驚異的でしたね。あの事故の後、彼が第3戦ル・マンに復帰できたことに本当に驚き、そして嬉しかったんです」
一方で、悪い思い出を問うと「悪い思い出なんてないです。ここにいられるだけで幸せですよ」と、44歳のフランス人ドクターは、垂れ目ぎみなまなじりをさらに下げて笑っていた。
レース期間中はチーム全員の健康を把握する
彼の仕事はTOYOTA GAZOO RacingのWECチームの専属ドクター。TS050 HYBRIDが走り出す前日の木曜からレースが終わるまで、ピットに控えている。
「私は、チームメンバー全員の医療ニーズに応えています。例えば、もしレース期間中に誰か何かの理由で体調を崩したら、なるべく早く健康になれるように治療をします。酷い事故のような深刻な状況の場合には、必要なサポート、アドバイスをし、一連の行為が正しいか確認をします」
通常、ドライバーがコース上で事故に遭ってケガをした場合は、レース主催者側のドクターが応急措置や治療を行う。チームドクターは、ドライバーたちの体調や服薬を把握しているから、そこでの治療を誤らないようにサポートする。そのためにも毎レース、ドライバーの健康をチェックしているわけだ。
またドライバーだけでなく、時間に追われて作業するメカニックたちもやけどや切り傷を負うこともあるだろう。さらにチームの応援に来てくれたゲストの体調が優れないこともあるかもしれない。しかし、彼がいてくれるなら安心である。
病院とはまったく違う環境で仕事をこなす
レースのないとき、彼は自宅のあるマルセイユ(フランス)の病院の集中治療室と外科ユニットで働いている。ここも非常にハードな職場であろう。
だが、サーキットにはまた違った難しさがあると、フランチェスチーニは言う。
「サーキットの環境や施設は病院とはまったく違うので、"通常"の医師とは違う環境で仕事をこなせなければなりません」
ピットは本来クルマを整備する場所で、パドックはゲストを招くスペースであり、どちらも医務室ではない。その中で、彼に割り当てられたスペースはとても狭く、薬も医療器具も持ち込む量は限られる。それだけに、診察や治療以前に何を持ち込むかを決めるだけでも、豊かな経験と確かな知識が必要なのだ。
レースのチームスタッフとしては異質で難しい仕事をこなす。その彼が心掛けることは何だろうか?
「私は毎レース、同じ目標を持って臨んでいます。それはチーム全員が可能な限り健康で、それぞれの仕事に持てる力を100%出せるようにすることです」
そして、この仕事はなかなか注目されないものである。そう問うと......。
「いやいや。医師としては、自分の仕事は注目されない方が良いんですよ。それはチームの皆が健康だってことですからね」
フランチェスチーニも富士スピードウェイでのWECを楽しみにしているひとりだ。
「日本に行くのは楽しみです。日本のファンに言いたいこと? そうですね。いつも富士で素晴らしい応援をしてくれてありがとう!」
こちらこそ、いつもTOYOTA GAZOO Racingのドライバーやチームメンバーが万全の体調でレースに集中できるよう支えてくれて、ありがとう! フランチェスチーニ先生。