WECは耐久レースだけに、レース中に天気や気温が変わることもよくある。そこで大事なのは天気を読み切ること。タイヤ選択では気温の高低を知りたいし、もちろん晴れか雨かでセッティングや作戦は大きく変わってくる。長時間のレースで天気が読めないとミスに繋がり、勝機を逸することもある。
そこでTOYOTA GAZOO RacingのWECチームには、気象予報士が帯同し、レースにおいて的確な予報を行い、チームの作戦立案を助けている。その重要な役目を担う気象予報士、ギー・ボトランダーに自身の仕事、やりがいなどを聞いてみた。
時にレースを左右する気象予報士のアドバイス
2014年のWEC第1戦シルバーストーン。スタート時はドライの路面だったが、開始40分ほどで雨となる。だがレース中盤には雨は止み、再び路面は乾きだす。そして終盤にまた雨という目まぐるしく天候、路面状況が変わっていったレースだった。
「あのレース、我々はその時の天候に最適なタイヤを選ぶことができました。レース中に、最適なタイミングでタイヤをスリック(乾いた路面用)タイヤに変更し、それによってワン・ツー・フィニッシュを飾ることができました。気象予報士にとって、完璧といえるレースでしたね。このように予報した気象と実際の気象が近いこと。そして、チームにとってネガティブな事が、気象予報のおかげで回避できること。それが私のやりがいですね」
ボトランダーは、そう自分にとってのベストレースを振り返った。一方、その後の第3戦ル・マンでは痛恨の出来事があったと言う。
「レース序盤に降った雨はとても激しいものでした。しかし、私はそれがどれくらい強い雨であるかを明確にチームに伝えることができませんでした」
スタートから1時間半後に降った突然の強雨。対応が間に合わなかったTS040 HYBRID 8号車は多重クラッシュに巻き込まれ、トップ集団から大きく遅れた。この後、猛然と追い上げた8号車は3位でゴール。このアクシデントがなければと、悔やまれる一戦でもあった。
テニスの国際大会でも気象予報を担当するベテラン
このように時にレースの勝敗を左右する気象予報。ボトランダーは、どんなことに注意して仕事をしているのか?
「私にとって気象予報の一番重要なポイントは、気象図だけではなく、リアルの気象をよく観察することです。私たちは予報士として、自分たちがしていることが現実をつくることではなく、予想であることを忘れてはいけないのです。なので、私は常にリアルの気象と予報を比べるようにしています」
57歳の白髪のフランス人予報士は、そう語った。
彼はレースウィークの木曜にサーキットに入ると、トレーラー内の専用ブースに入る。そこには現地の観測数値とメテオフランスからのデータが集約され、これを分析して日曜までの各セッションで気象予報を行う。
レースウィークはチームに同行する彼だが、普段はメテオフランスのスポーツ部門の予報士として働いている。
「先日はテニスのUSオープンで気象予報をしてきました。また、私はメテオフランススポーツの他の気象予報士を管理しています」
メテオフランスは日本における気象庁に相当する、れっきとしたフランスの公的機関だ。ただ日本と違って商用サービス部門があり、企業やスポーツイベントからの依頼を受けて彼のような気象予報士を派遣している。
元船乗りは趣味でも風を読んで楽しんでいる
ここで話題を変えボトランダーに趣味を聞いてみた。
「パラグライディングや小型飛行機で飛ぶこと。パイロット免許を持っているんですよ。最近はカイトサーフィン(※)かな。家族とできるので楽しいんです」
これまた風、天気が重要な趣味ばかりだ。元々、彼は船乗りでそこで気象予報の大切さを知り、現在の仕事に就いたのだという。
「気象予報士になるには、まず我慢強くなければなりません。また、セーリングや飛行などの気候に密接したスポーツをすることが良い経験になります。そうでなければ、雲を理解するのは難しいでしょう。数学的な方法を理解するだけではなく、自然と共にあろうとしなければなりません」
自然の法則と数学的なアプローチ。これはレースのエンジニアにも通じるものではないだろうか。どちらも正解の見つけにくい、奥の深い世界である。
間もなくに迫ったWEC富士。昨年のこのレースも、雨でレースの展開が動いている。気象予報士、ボトランダー流のレースの楽しみ方はどんなものだろうか?
「サーキットを訪れる前に天候の事を考えて、ぜひ気象予報をチェックしてみてください。今は台風シーズンなので、どんな天気になるか事前に知って備えておくことは良いことですよ!」
※サーフィンに乗り、小さなパラシュート状のカイト(タコ)に引かれて海上を走るマリンスポーツ。