リアル&ヴァーチャルレーシングの今とこれから
前編「小林可夢偉がグランツーリスモSPORTのTS050 HYBRIDを開発!?」
TS050 HYBRIDのレーシング・ドライバーとして「リアル」を追求する小林可夢偉選手。
一方「グランツーリスモSPORT」のプロデューサーとして「バーチャル」を追求している山内一典氏。
前編では小林選手のグランツーリスモSPORTでの役割や、収録されているTS050 HYBRIDを通じて山内プロデューサーが知ったその技術の凄さを、改めて小林選手に解説してもらいます。
WECファンも、グランツーリスモのファンも楽しめるお話しが続出しました。
リアルとヴァーチャルのTS050 HYBRID開発
小林可夢偉(以下、可夢偉)
山内さん、今日はよろしくお願いします。
10月19日に発売されるプレイステーション4用ゲーム「グランツーリスモSPORT」に登場するTS050 HYBRIDをよりリアルに再現するお手伝いを、僕がやらせていただきました。
「ここのバランスはこうだよ」とか「アクセルを踏んだときのクルマの挙動はこうだよ」とか、画面に出てくるダッシュボードやステアリングの見え方だとか、そういったことを実際にプレイしながらアドバイスさせて頂いたんです。
グランツーリスモって、子供のときからやってきたゲームだから、本当に喜んでやらせていただきました(笑)
山内一典氏(以下、山内)
可夢偉さん、よろしくお願いします。そして貴重なフィードバックをありがとうございました。
今年グランツーリスモは初代の発売からちょうど20年目なんです。開発を始めてからは25年も経っています。僕の人生の半分はグランツーリスモを作って過ごしているんです。今の可夢偉さんの話を聞いていたら、同じことを20年続けることの良さってあるんだなぁと、うれしくなりましたね(笑)
可夢偉
最初に僕がやっていたグランツーリスモに比べると、新作の「グランツーリスモSPORT」はレベルが違いますね。いかにブレーキを使ってフロントに荷重を乗せながらハンドルを切るか・・・とか、ほぼ現実のレーシングカーと同じ特性が再現されています。本物を操っているのと一緒なので、今の僕でもハマりますよ。
10年後、グランツーリスモってどうなっているんだろうと、それが楽しみになりました。想像もできませんね。
山内
現実のレーシングカーもこの20年で大きく進化したと思いますが、ゲームの世界はコンピュータのテクノロジー、ハードウェアのテクノロジーの最先端を使っているところがあるんです。
たとえば最初のグランツーリスモと今のグランツーリスモを比べると、おおざっぱですけど性能にして1万倍とか、それくらい進化しています。最初のグランツーリスモでも「リアルだ」と言っていただけたんですけど、今ははるかに進化しています。
可夢偉 この映像のキレイさ、すごいですよね。
山内
最初のグランツーリスモを開発しているときには、この進化は想像できませんでしたね。テクノロジーの10年後を想像するのは困難です。
今から30年、40年前であるならば、10年後を想像するのはそれほど難しくなかったように思いますが、今は10年後のことは想像できません。5年後も難しいですね(苦笑)
TS050 HYBRIDのリアルさに驚きました
可夢偉 今回、グランツーリスモSPORTの中でTS050 HYBRIDを再現する上でポイントになったのは、クルマのグリップの高さの表現ですね。それからTS050 HYBRIDの場合、ハイブリッドの回生やトラクションコントロールの働き方などいろいろ特殊な部分があって、クルマがニュートラルな特性でなければいけないので、その感触かな。
山内
本来、ル・マンのプロトタイプカー、今のLMP1-Hクラスってものすごく運転が難しいクルマだと思うんです。それに対して可夢偉さんとTS050 HYBRIDのセットアップをしているとき、TS050 HYBRIDの速さはもちろんですが、その安定感に驚きました。
通常、セッティングはオーバーステアとアンダーステアをどこでバランスさせるかということになるのですが、TS050 HYBRIDは良いとこ取りができるんですね。ここでは曲がって欲しい、ここでは安定して欲しい、ということが調節できる。それが非常におもしろかったですね。
可夢偉
そういう意味ではTS050 HYBRIDは、斬新なクルマなんですよ。ドライバーにとっては、とりあえず向きを変えて、向きが変わったら(アクセルを)全開にすればいいだけなんです。
レーシングドライバーにとっては、不思議なんですよ。普通のレーシングカー(後輪2輪駆動)は一気に向きを変えると横に動いてしまいますが、TS050 HYBRIDは4輪駆動なので前に行くんです。
ただ、この感触をゲームにするのはすごく難しい。
山内
実はTS050 HYBRIDを作っているTMG※の方々と僕らは以前からずっと交流があって、皆さんがどんな努力をしているのかを存じ上げているんですよ。
今のLMP1-Hクラスのクルマは、地上に存在するいろいろなクルマの中で、最も高度なテクノロジーで支えられている。本当に"凄い"という言葉しか出てこないですね。
僕らは公開されている情報と公開されていない情報の両方から、TS050 HYBRIDのクルマを想像して、おそらくこういうメカニズムで、たとえばモーターとバッテリーと内燃機関のエンジンとがこういうふうに連携しているんだろうなとグランツーリスモ上で再現するんです。でも、そこを解き明かしていけば行くほど、あまりの高度さにため息が出てきます。
どうやら僕たちが想像していたクルマの次元のさらに先に行っている。現実がゲームの想像力を超えてしまっているわけです。
可夢偉そうかもしれませんね。
※TMG・・・Toyota Motorsport GmbH(トヨタ・モータースポーツ有限会社)の略称で、ドイツのケルンに本拠を置く、欧州ヨーロッパのモータースポーツ活動を担当する子会社。TS050 HYBRIDの車体もここで開発されている。
LMP1-Hの技術はゲームの想像力を超えていると語る山内一典氏
ハイブリッドでしか実現できないスポーツ性能
山内
可夢偉さんも以前おっしゃったけど「TS050 HYBRIDはただ燃費が良い」というだけのレーシングカーではないんですね。
ハイブリッドシステムがクルマの運動性能までを高めている。電気を利用することで次の世代のレーシングカー、あるいはスポーツカーの姿がそこに見えている。そこに感動しましたね。TS050 HYBRIDはハイブリッドでしか実現できないスポーツ性を持っているわけですよ。
誤解されがちなところですけれど、単なる燃料削減のためだけではなくて、より速く走るとかより思い通りに走るとか、そういうところでハイブリッドシステムが働いている。その辺が非常におもしろいなと思いますね。
可夢偉
その通りです。こんな時代が来るとは考えていなかったですね。
子供時代は、燃料なんか使っちゃえ(排気音の)うるさい車がカッコ良いとか思って育ってきましたから(笑)
ガソリンを使う車は、今でも魅力はありますよ。だからエンターテイメント、ホビーのひとつとして、個人的には一生あり続けて欲しいと思う。でもそれに対して日頃使う車としては、燃費が良くて町乗りがしやすくて環境にいいクルマも必要になってきたということでしょう。
そういうクルマはこれからどんどん進化してさらに良いクルマになっていきます。そういう意味で、ハイブリッドカーというのは非常にバランスがとれていると思うので今後ますます発展すると思うし、僕らはその車を進化させるためにハイブリッドでLMP1-Hクラスに参戦しているわけです。
近い将来、TS050 HYBRIDの技術をベースにした、ハイブリッドのスポーツカーのすごさを肌で感じられるような市販車が出てくるんじゃないでしょうか。WECのLMP1-Hクラスをやってきた意味がそのとき出てくるんです。
TS050 HYBRIDのハイブリッドシステムは燃費だけでなく、
クルマの運動性能までを高めていると語る小林可夢偉選手。
モータースポーツの裾野を広げるために
山内
トヨタさんがハイブリッド車で使い勝手とスポーツ性を繋げようとしているように、僕たちも今ひとつのチャレンジをしています。
グランツーリスモの世界とリアルなモータースポーツの世界をきれいにつなげようということで、FIA(国際自動車連盟)と話をしているんです。たとえば可夢偉さんの時代にはレーシングカートからステップアップして行くというストーリーがあったわけですけれど、その間口をもっと広げようという試みです。
可夢偉 ゲームからモータースポーツを始めようということですね。今年、スーパーフォーミュラで戦っているヤン(・マーデンボロー)もそうですよね?
山内 彼もまさにゲームからレーシングドライバーになった1人ですね。
可夢偉
すごいなあ。そんなに間口が広がったら、多分野球少年の人口を超えると思いますよ。
今レースをやるには、やっぱりある程度はお金を用意しないとできない。でもゲームだったらゲーム機とソフトを買えばいい。あとはほとんどお金が掛からずに走り込めるんですから、野球より安上がりになるんじゃないかな。そういう時代になりつつあるんだなぁ。もうぼくら「古い人たち」とか片付けられちゃうかもしれない(苦笑)
今シーズン、国内トップフォーミュラであるスーパーフォーミュラデビューを飾ったヤン・マーデンボロー。
彼はまさにゲーム出身のレーシングドライバーだ。
山内 モータースポーツの底辺が広がるのは、本当にいいことだと思うんです。ヨーロッパへ行くと、子供の頃サッカーをやっていたという人がいっぱいいますよね。モータースポーツもそうなればいいなと思っているんです。
可夢偉
そうですね。正直、その道を極める人は極めますからね。ドライビングでも、ゲームだったら僕も負けちゃうかもしれない。レンタルカート場に行くと、そのコースとカートを極めている人がいて、彼らには僕らも全然かないませんから。グランツーリスモもそうなるかもしれない。
でも、極めて1番を取れる人は、他の世界へ行っても"1番"が取れる人なんですよ。これは間違いがない。ゲーマーで1番になれるなら。そこからプロのレーシングドライバーにもなれると思いますね。