ル・マン24時間レース直前 スペシャル対談
アンドレ・ロッテラー vs. 中嶋一貴 決戦を前に、ライバル2人がル・マンを語る
いよいよ2017年のル・マン24時間レースの開幕です。今年のLMP1クラスは、TOYOTA GAZOO Racingの3台とポルシェLMPチームの2台が、ただひとつの勝利を争います。
この決戦を前に、ポルシェジャパン様とTOYOTA GAZOO Racingの共同企画として、この両チームの中心となるドライバー、ポルシェLMPチームのアンドレ・ロッテラー選手とTOYOTA GAZOO Racingの中嶋一貴選手がなんと膝を交えて対談をしました。
このふたり、WEC(世界耐久選手権)ではライバルですが、ご存じの通りスーパーフォーミュラではVANTELIN TEAM TOM'Sのチームメイトなのです。
TOYOTA GAZOO Racingサイドでは、ライバルでありながら、国内ではチームメイトである2人に、その複雑な胸中のこと、ル・マン24時間レースへの思いなどを語っていただきます。
また、ポルシェジャパン様のウェブサイトでは、互いのメーカーに関することや今年のル・マン24時間レースへの抱負などが語られています。
ぜひ、どちらもお読みください。
WECではライバルでも、日本ではチームメイト。
「僕らの関係は、なんだかおもしろいなあと
客観的に思います」
中嶋一貴(TOYOTA GAZOO Racing)
―― ロッテラー選手と中嶋選手は、日本のスーパーフォーミュラではチームメイトですが、WECそしてル・マン24時間レースではポルシェLMPチームとTOYOTA GAZOO Racingのドライバーとして、ライバル関係で戦っています。
アンドレ・ロッテラー(以下、ロッテラー)僕と(中嶋)一貴の関係はとても良好です。少なくとも、僕はそう思っていますよ(笑)
ル・マン24時間レースへの出場は僕のほうが数年早いのですが、一貴が初めて出た時(2012年)、僕らは既にフォーミュラ・ニッポン※1のチームメイトでした。一貴がとても優れたドライバーだと分かっていたので、彼がTOYOTA GAZOO Racingの選手としてWECやル・マンに出るのは、とても良い事だと思いました。
ただ、レースでは「一貴ひとりだけ」が敵というわけではなく、多くのライバルと戦っています。だから「一貴だけには絶対に負けられない」というわけではなく、全員がライバルなんです。
※1 フォーミュラ・ニッポンは現在のスーパーフォーミュラ。2人はVANTELIN TEAM TOM'Sに所属して参戦する。
中嶋一貴(以下、中嶋)スーパーフォーミュラではチームメイト、ル・マンではライバルという僕らの関係は、なんだかおもしろいなあと客観的に思います。
しかし、アンドレ(ロッテラー)が言ったように、実際にレースが始まったら、スーパーフォーミュラではチームメイトとはいえ、お互い競争しているわけです。そしてル・マンは1台のクルマに3人のドライバーがいるため、僕らが同時にコース上にいるとは限らない。だから、WECでは特定の誰か1人のドライバーと戦うという意識ではなく、全体の中で自分たちががんばりましょうという気持ちですね。ただ、良く知っているドライバーが他のチームにいるというのはちょっとおもしろいし、レースを見ていると他のドライバーが走っている時よりも注目して走りを見ているような気はします。
ロッテラー
むしろスーパーフォーミュラのほうが、チームメイトではあっても実際はライバル関係になりますね。
WECではル・マン以外のレースでも6時間と長く、いろいろな事が起こるしチームごとに戦略も違うので、他のクルマと直接バトルをしている感じはあまりしません。
一方、スーパーフォーミュラはスプリントレースなので、チームメイトが速ければ、もちろん倒すべき相手となります。一貴はとても速いし、レース中は時々アグレッシブになりますが、とてもフェアなレースをするので、彼とコース上で戦うのは楽しいですね。きっと、お互いに相手を信頼しているから、そう思えるのでしょう。
―― 一緒に食事に行ったりはするのですか? その時はどんな話を、互いのクルマについて聞いたりしますか?
ロッテラー
お互い、時間がある時は行きますよ。僕らふたりとも仲が良いジェームズ・ロシター※2とかも誘ってね。でも、レース期間中はみんな忙しいので、なかなか時間がとれませんが。だいたいクルマやレースの話から始まって、まあいろいろな事を話しますよ。
※2 SUPER GTでau TOM'S LC500の乗るイギリス人ドライバー。ロッテラーとは親交が深い。
中嶋 人生についてとかね(笑)。
ロッテラー
そうだっけ?(笑)
もちろん、WECの話しもします。相手のクルマがどうなのかやはり気になるので、それとなく(笑)。特にシーズンが始まる前は、どんな感じなのかフィーリングを聞き出そうと一応トライはしますよ。
中嶋 確かに、細かい部分を聞いたりはしませんが、フィーリング自体は探ろうとはしていますね。「どうなの?」「悪くはないと思うよ」「テストはどうだった?」「うん、OKだよ」みたいな感じで曖昧に。でも、ディテールに関しては絶対に聞いたり、話したりはしません。
昨年のル・マンでの悲劇。その時、2人の胸中は?
「あの時のル・マンは勝者も敗者もいないような、
とても不思議な雰囲気でした」
アンドレ・ロッテラー(ポルシェLMPチーム)
―― ところで、2016年のル・マンで中嶋選手が体験した悲劇に関しては、もう気持ちは完全に切り替わっているのでしょうか?
中嶋 今となっては本当に過去の話ですし、自分がクルマの中にいて、何が起こったのかを分かっているので。外から見ているよりも、よっぽど消化しやすかったのではないかと思います。逆に言うと、あの経験があったからこそ、今は物事が良い方向に向かっているような気がしますし、2017年に向けてより良い準備が出来たのだとポジティブに捉えています。勝てなかったこと以外は、本当にほぼすべてポジティブな要因だったと考えているほどです。ああいう事が起こった後で勝つ事ができれば、それはストーリーの良いまとめになりますので。でも、そのためにも今回は勝たなければならないのですが。
ロッテラー
皆とおなじように、僕も大きなショックを受けました。あの時のル・マンは、何というか、勝者も敗者もいないような、とても不思議な雰囲気でした。ル・マンは、フィニッシュラインを通過しないと勝てないのだという、あまりにも残酷な例でしたし、TOYOTA GAZOO Racingの人々にとっては、どうすれば立ち直れるのか分からないほど厳しい状況だったと思います。ライバルでさえも、あのような結末を望んではいなかったでしょう。とにかく、良くも悪くもル・マンの歴史に残るシーンでした。
確かに悲劇ではありましたが、あのようなドラマがル・マンを特別な一戦としているのです。ル・マンを題材に誰かが映画を製作したとしたら、あのようなシナリオは絶対に書かないでしょう。もし、あのシーンがエンディングにきたら「冗談だろ、最後のラップで、フィニッシュラインの直前で止まるなんて事は起こらないよ」と言うでしょうね。でも、それが2016年のル・マンでは実際に起きてしまったんです。
―― あの悲劇の直後、当時他のライバルチームにいたロッテラー選手が中嶋選手に声を掛けたようですが、そのときのお気持ちは?
中嶋
そうですね、多少救われたというか、少なくとも自分たちがやってきたことに意味はあったのだと思えた瞬間でしたね。
ファンの人や、オフィシャルの人からのリアクションもそうですが、一緒に戦ったライバルからの言葉というのは、やはり温かかった。そして、ああいうことがあったからこそ、自分たちも相手をさらにリスペクトするようになったのだと思います。みんなそれぞれがリスペクトし合っているし、想いも分かりながらレースを戦っている。それがル・マンの良さなのだなと、改めて思いました。
2017年のル・マンに挑む。それぞれの決意
「あの事があったから、
今年こそ勝つというつもりで戦う」
中嶋一貴
―― 今シーズンのWECでは、ここまでTOYOTA GAZOO Racingが連勝ですね。中嶋選手の手応えは?
中嶋 ポルシェLMPチームもTOYOTA GAZOO Racingも基本的なクルマの特徴は昨年と大きくは変わっていません。昨年まではストレートや加速など、ポルシェLMPチームが有利な部分がありましたが、今年僕らがそれにようやく追いついたような気がします。
―― 中嶋選手から見て、TOYOTA GAZOO Racingが昨年よりも強くなったと思う部分はありますか?
中嶋
クルマとしては、昨年よりもほとんどの部分でレベルアップしていると思いますし、パフォーマンスも大きく進歩したと思います。ドライバーに関しては、僕ら8号車のメンバー3人は変わっていません。昨年、ル・マン以外でも厳しいレースをたくさん経験したことで、より一体感が強まったと感じています。
また、ドライバーだけでなくチーム全体を見ても、昨年のル・マンの経験を経てある一定の自信が生まれ、それが良い方に作用していると思います。
―― ロッテラー選手は、TOYOTA GAZOO Racingの3台体制をアドバンテージだと思いますか?
ロッテラー でも、最終的に勝つのは1台だけですからね(笑)。とは言え、とにかくいろいろな事が起こるレースなので、1台でも多く走るクルマがあるというのは、やはり強みだと思います。
中嶋 アンドレが言うように、たとえ何台いようが、速くなければ勝てない。ただし、3台で臨むというのは、TOYOTA GAZOO Racingとしてのメッセージだと思います。「今年は絶対に勝つんだ」という、気合いの表れだと思ってもらえれば良いのかなと。それがどうなるのかはレース展開次第なので、実際にやってみないと分からないですが。
―― では最後に、応援してくれるファンの皆さんにもメッセージを。
ロッテラー ル・マンというレースを深く理解するのは、簡単ではないかもしれません。でも、エンターテイメントな面も強く、いろいろなカテゴリーのクルマが走っているのできっと楽しめると思います。ル・マンは、世界でもっとも難しい24時間耐久レースで、チームは最新最高のテクノロジーを駆使し、ドライバーはベストを尽くして戦う。それがこのレースの魅力であり、その素晴らしさをできるだけ多くの人に知って欲しいですね。
中嶋
日本の皆さんが現地で観戦するのはなかなか難しいかもしれませんが、今年はTOYOTA GAZOO Racingのウェブサイトで「無料WEBライブ配信」されるなど、いろいろな方法でル・マンを見るチャンスが増えるので、できる方法でレースを楽しんで欲しいと思います。
ハイブリッドというとエコカーのイメージを持つ人が多いと思います。でも、ル・マンでは迫力のあるハイブリッドカーが、24時間に渡って競います。こういう世界もあるのだという事を、このレースを通して知っていただければと思います。
とはいえ、やはりレースは結果です。昨年のあの事があったから、今年こそ勝つというつもりで戦うので、最後まで応援をお願いします。
<後書き>
TOYOTA GAZOO Racing編のアンドレ・ロッテラー選手と中嶋一貴選手の対談をお読み頂きありがとうございました。
ポルシェジャパン様のウェブサイトには、ポルシェ編のふたりの対談が掲載されています。そちらもぜひご覧ください。