負け嫌いの挑戦
第3話「最後まで諦めない走りを見せるも、悲願の優勝ならず」
予選ではTS050 HYBRIDの7号車、小林可夢偉が驚異的なタイムでポールポジションを獲得した2017年のル・マン24時間レース。
決勝レースのスタート後、序盤では7号車と8号車が先行して勝利を目指した。
しかし、ル・マンの夜は、TS050 HYBRIDの3台に厳しい試練を用意していた。
ル・マン24時間レースに挑むTOYOTA GAZOO Racingを追いかける連載も、いよいよ最終回。果たして、彼らに何が起こったのか?
2017年6月15日、現地時間20時15分過ぎ。
ル・マン24時間レースの舞台、サルト・サーキットに衝撃が走った。
予選2回目、小林可夢偉がドライブするTS050 HYBRID 7号車がコースレコードを2秒以上短縮するスーパーラップ(3分14秒791)を記録したのだ。
このタイムにはTOYOTA GAZOO Racingだけでなく、争う立場にあったポルシェのピットからも歓声が上がった。
昨年のル・マン24時間レース。
TOYOTA GAZOO Racingが記録した予選最速タイムは3分20秒737。
今シーズン、ラップタイムを落とすために様々な規制が導入される中、自らのタイムを6秒近く短縮したことは「負け嫌い」の彼らがこの1年間、努力してきた証であった。
このタイムは、予選3回目でも破られることなく、今年のル・マン24時間レースのポールポジションタイムとなった。
「(可夢偉の予選タイムは)事前に繰り返したシミュレーションでははじき出せなかったタイム。可夢偉は、ポルシェカーブをまっすぐ走ってきたんじゃないか?」
エンジニアも舌を巻くタイムだった。
しかし、ル・マンでもっとも重要なのは予選ではない。
24時間行われる決勝レースだ。
確かに小林可夢偉のタイムは飛びぬけていた。
しかし2番手につけた僚友のTS050 HYBRID 8号車、3番手につけたポルシェ1号車のタイム差はわずかに0秒131。
1周13.629kmのサルト・サーキットでは、その差はあってないようなものだった。
TOYOTA GAZOO Racingは、今シーズンのWEC(FIA世界耐久選手権)で開幕2連勝。事前に行なわれたル・マンのテストでも最速タイムを記録してきた。
しかし「ポルシェは速い。」
TOYOTA GAZOO Racingは危機感を募らせていた。
6月17日、ル・マン24時間レースの決勝日を迎えた。
あの日から1年。
ドライバー、エンジニア、メカニックなどTOYOTA GAZOO Racingに関わる全員が、並々ならぬ気持ちでこの日を迎えた。
また彼らと共に戦うため、豊田章男社長もル・マンに到着した。
ポールポジションを獲得し、最前列からスタートを切る小林可夢偉とも握手。
「負け嫌い」を公言する豊田は
「思いっきり走れ。メカのつくったクルマを信じて、ル・マンを楽しんで」
と声をかけていった。
豊田は、ポルシェAG 監査役会会長のDr.ヴォルフガング・ポルシェとも再会。
これから戦いをともにするポルシェとともにサルト・サーキットの1周を楽しんだ。
豊田の助手席には、チームのアドバイザー兼アンバサダーを務めるアレックス・ブルツの姿が。豊田は、ル・マン24時間レースを2度制しているブルツとともに、歴史ある「ル・マンの道」を走った。
現地時間 午後15時、決勝レースが始まった。
スタートが切られるや、TS050 HYBRID 7号車と8号車がレースをリードし始めた。
2台のTS050 HYBRIDは快調に・・・24時間の耐久レースとは思えないスプリントレースのようなペースで周回を重ねていった。
順位だけを見れば1位と2位であったが、そのすぐ後ろにはポルシェ2台の姿が。
わずかなスキを見せれば、簡単に逆転されてしまう状況。
TOYOTA GAZOO Racing陣営の危機感が現実のものとなった。
また今年のル・マンは、「温暖な気候の6月のフランス」とは考えられないほど、真夏のような暑さに見舞われていた。
そのため、ドライバーもクルマも例年以上の高温にさらされ、肉体的にも機械的にも高い負荷がかかる過酷な状況の中、まったく気を抜けない全力疾走が続いていた。
ピットから戦況を見つめていた小林可夢偉も「これは長いレースになる」と覚悟を決めたという。
太陽が沈む午後22時過ぎまでの約3時間、
緊迫したデッドヒートがコースの上で繰り広げられていった。
スタートして3時間30分、序盤の接戦に動きが起きた。
2台のポルシェの一角、4番手につけていたポルシェ2号車がピットイン。
トラブルの修復のため、ガレージにクルマを入れてしまったのだ。
そして次の問題はTOYOTA GAZOO Racingにも発生。
スタートから8時間、コースにはようやく夜のとばりが降りる頃、2番手を走っていたTS050 HYBRID 8号車のピット作業中、フロントタイヤ付近からもうもうと白煙があがったのである。
8号車は、すぐさまガレージにクルマが入れられ修復がスタート。
トラブルの原因はフロントモーターだった。
ガレージでのクルマの修復は、大幅な時間のタイムロスとなってしまう。
レース序盤でポルシェとTOYOTA GAZOO Racingの1台ずつが、優勝戦線から大きく遅れをとることとなった。
ル・マンに夜がやってきた。
トップを行くTS050 HYBRID 7号車、2番手を走行するポルシェ1号車は、ヘッドライトの光を輝かせながらトップ争いを繰り広げていた。
夜になれば当然視界も悪くなり、周回遅れのクルマとの接触するリスクも高くなる。
しかしペースを落として慎重に走れば、2番手のポルシェが接近してくる。接戦は続いていた。
そして、この緊迫した状況の中、先に予期せぬ事態に直面したのはTOYOTA GAZOO Racingのクルマだった。
レースが始まって10時間、
アクシデントによって導入されていたセーフティーカーがピットインし、レースが再開される・・・というタイミングで、トップを走行するTS050 HYBRID 7号車にクラッチトラブルが発生。
ドライブしていた小林可夢偉はピットと無線で連絡をとりながら、バッテリーとモーターでピット帰還を目指したもののコース途中で走行不能に陥ってしまったのである。
さらに追い打ちをかけるように、TS050 HYBRID 9号車も他車からの接触を受けて車体を損傷。
こちらも走行不能となってしまい、わずかの時間の間に2台のTS050 HYBRIDが立て続けにリタイアとなってしまった。
これでトップに立ったのは、ポルシェ1号車。
各車が限界性能を絞り出して接戦を繰り広げた結果、TOYOTA GAZOO Racingはとうとうトップの座を明け渡してしまったのである。
ところが今年のル・マン24時間レースはまだ終わりではなかった。
スタートから16時間、
フィニッシュまで8時間となったところで、なんとトップを走るポルシェ1号車にもトラブルが発生。コース上にクルマを止めてしまったのだ。
TOYOTA GAZOO Racingの3台、ポルシェ2台。
LMP1-Hクラス5台の車両すべてに問題が降りかかった。
今年のル・マン24時間レースは、まさにサバイバルレースであった。
2台のTS050 HYBRIDのリタイアと同じ頃、2時間近い修復を終えてTS050 HYBRID 8号車がコースに復帰していた。
TOYOTA GAZOO Racingの残された1台となったTS050 HYBRID 8号車。
その時点でトップから29周遅れ。
ほぼ最後尾となる54位。
優勝は絶望的だった。
それでもTOYOTA GAZOO Racingは諦めなかった。
中嶋一貴ら、TS050 HYBRID 8号車の3人のドライバーたちは、猛然と追い上げを続けた。
レース中の最速タイムを記録しながら、前車を次々と抜いていき、昨年辿り着くことができなかったゴールを必死に目指していった。
結局、今年のル・マン24時間レースは、レース序盤にトラブルを起こしていたポルシェ2号車が追い上げ、レース終盤にトップに立って優勝を飾った。
TS050 HYBRID 8号車は9周遅れまで挽回し、総合8位完走となった。
その瞬間を豊田章男社長もピットウォールから見届けていた。
ゴールを見届けた豊田に、中嶋一貴からこんな言葉があった。
「社長、優勝はできませんでしたが、我々ドライバー、チームは力を合わせて精一杯戦いました。もし宜しければ・・・優勝ではないですが、我々と共に表彰台に登って頂けませんか? 僕もル・マンの表彰台は初めてなんです」
豊田はすぐに「いいよ。一緒に登ろう」と応えた。
ル・マンの表彰台に登った豊田の胸には、のちにメディア向けに発表される「思いっきり走らせてあげられなくてゴメン」というメッセージがあった。
「思いっきり走らせてあげられなくてゴメン...。」
本来であれば、応援いただいたファンの皆さまへの感謝の言葉が
先ず最初に発せられるべきですが、
今回のル・マンだけは、どうしても...
この言葉を私からドライバー達に一番に掛けてあげなければいけないと思っています。
ドライバー達は、初めてル・マンに来る私に、
「一緒に表彰台の真ん中に上ってほしい...」「そのために絶対に負けたくない...」
「だから共に戦ってくれ...」と言ってくれました。
だからこそ、私からは、
「思いっきり走れ。メカのつくったクルマを信じて、ル・マンを楽しんで。」
という言葉を返していました。
それなのに、思いっきり走らせてあげることが出来なかったことが本当に悔しい...
私たちのクルマを信じて走ってくれていたのに...本当に申し訳ない...。
その気持ちでいっぱいです。
おそらく、この気持ちは、この戦いに向けクルマをつくってきた
トヨタのエンジニア、メカニック、そしてパーツサプライヤーの方々、
皆、同じ想いなのだと思っています。
なので、そのみんなの気持ちも背負い、代表して、ドライバー達へ
もう一度、改めて言います。
「思いっきり走らせてあげられなくてゴメン...。」
そして、その9人のドライバー達も含めて、
トヨタチームに関わった全ての人の想いを二つ、私から述べさせてください。
ひとつは、ファンの皆さまへ。
トヨタの勝利を信じて応援してくださったファンの皆さま、
期待に応えられず本当に申し訳ありませんでした。
そして、24時間、最後まで我々を信じ、熱く応援いただけたことに
心から感謝申し上げます。本当に、ありがとうございました。
再び、皆さまと共に笑顔になれる日を目指してまいります。
もうひとつは、ポルシェチームへ。
昨年の戦いの後、ポルシェの皆さまから
我々をライバルと認めて頂けるような嬉しい言葉を数々いただきました。
"ライバル"と言っていただけたことに応えるためには
今年また、ファンの皆さまを魅了するような
素晴らしい戦いをさせていただくことだと考えておりました。
だからこそ、チームは新しい技術・技能を生み出すことにも
果敢にチャレンジして来ることができました。
ポルシェチームの皆さま、おめでとうございます。
そして、ありがとうございました。
しかし、昨年のようにファンの皆さまを魅了させるような戦いを
実現することが出来ませんでした。
今回、ポルシェも、我々トヨタも...
ル・マンの道に挑んだハイブリッドカーは
24時間を無事に走り切れませんでした。
優勝した2号車でさえも、完走した我々の8号車も
トラブルにより時間のかかる修理を余儀なくされて、ようやく辿りついたゴールでした。
世界耐久選手権を通じて高めてきたハイブリッド技術は、
6時間レースでは、その能力を発揮しきれても、
ル・マン24時間の道のりでは、まだまだ歯がたたないということかもしれません。
電気の力は、クルマがもっとエモーショナルな存在になるために絶対に必要な技術です。
ル・マンは、その技術に挑戦し続け、極限の環境で試すことの出来る貴重な実験場です。
これからも、この場を、大切にしていきたいと思います。
もっともっと技術に磨きをかけ、熟成させ、
お客様に本当に笑顔になっていただける技術を...
そしてもっといいクルマづくりを続けるために、
これからも我々トヨタは、努力を重ねてまいります。
皆さま、ご期待いただければと思います。よろしくお願いいたします。
TS050 HYBRIDの3台は、今年のル・マンを「思い切り」走って勝つつもりだった。
しかし、またしてもTOYOTA GAZOO Racingはル・マン24時間レースに勝つことができなかった。
だがTOYOTA GAZOO Racingの戦いは、まだ終わっていない。
WECの2017年シーズンは、まだ3戦を終えたにすぎないのだ。
10月には、静岡県・富士スピードウェイでの富士6時間レースも開催される。
TOYOTA GAZOO Racingは「もっともっと技術に磨きをかけ、熟成させ」て、WECの残り6戦の戦いに挑んでいく。