川井ちゃん、僕たちル・マンで優勝しましたよ!
前編「ル・マン優勝の裏側と8号車3人の絆」
24年ぶりの日本車メーカーによるル・マン24時間レース総合優勝。
それからかなり時間が経ちましたが、輝かしい成果を勝ちとったセバスチャン・ブエミ選手、中嶋一貴選手、そしてフェルナンド・アロンソ選手の8号車トリオの元に、F1レポーターの川井一仁さんが訪れました。
川井さんのWECドライバー対談も今年で3年目。ついにこの機会が訪れたと言うことで、彼らに聞きたいことがたくさんあったようです。
中嶋選手に優勝した瞬間の心境を尋ねると、ブエミ選手から意外な突っ込みがありました。
ル・マン24時間、
感動のゴールで起こっていたこと...
川井一仁氏(以下、川井)ル・マン24時間、優勝おめでとう! チェッカーを受けた時は、みんなどんな気分だった?
セバスチャン・ブエミ(以下、ブエミ)僕らは、一貴が無線でカッコ良いジョークを言ってくれると期待していたんだ(笑)。
ワンツーフィニッシュを飾り、パレードランを行うTS050 HYBRIDの2台
川井あれ? ジョークなんて言ったっけ?
中嶋一貴(以下、一貴)(ジョークを言おうか)少し考えましたよ(苦笑)。でも、クルマに乗っているときは常に真剣だったし、余裕もなくて。冗談を言う間もなくチェッカーフラッグを迎えていました。ゴールの瞬間は、興奮や嬉しさ、感動がこみ上げてくるということはなく......。『ようやく勝てたな』という、解放されたような気持ちでした。
川井ゴールでは、どうしても2016年のショッキングなシーンを思い出して緊張しちゃったけれど、TOYOTA GAZOO Racingは万全な準備をしてきたとも聞きいていた。実際にトラブルが起きた時の手順やホイールが外れた時を想定したテスト、シミュレーションをしていたんだよね?
2016年のル・マン24時間レースはトップを快走していたものの、残り6分でトラブルが発生し勝利することが出来なかった
一貴そうですね。本番で何が起きても良いようにと、実際のTS050 HYBRIDを使って事前にシミュレーションを行いました。
フェルナンド・アロンソ(以下、アロンソ)不測の事態を想定した対処法はみんなで念入りに準備していた。だから、何が起きても“想定内”という感じで対処できるようなっていたよ。
川井ちなみに、テストをした中で一番“ありえなさそうな”シチュエーションは?
ブエミ本当にいろんなことをシミュレーションしたよ。「コース上でガス欠したら?」とか、「予定の周回でピットに入り忘れたら?」とかね(苦笑)。
一貴それ(ピットに入れなかった)、実際にあったよね(笑)。
ブエミその場面もリタイアを避けて対処できた。燃料の残量は常に細かく計算していて、万が一ピットを通り過ぎても、再びピットに戻ってこられるような対処法を考えていた。とにかくコース上で何があっても、確実にピットに戻ってこられる方法を、その場面に応じてしっかり用意していた。改めて、備えておくことは重要なんだなと感じたレースだったよ。
“新人”アロンソが迎えた最初の試練
川井今シーズンはフェルナンド(アロンソ)が加わったけど、TS050 HYBRIDはどうだった? その扱い方はどれくらい難しいのかな? あらかじめ覚えなきゃいけないものもあるだろうし、常にエンジニアが指示を出してくれるの?
ブエミ実は、僕らはステアリングの操作に関するテストを受けるんだよ。(エンジニアから)質問が出されて、答えなきゃいけないんだ。
TS050 HYBRIDのステアリング。様々なデータが表示されるディスプレイと多くのスイッチがあり、車両を調整しながらレースを行っている
川井え? どういうこと?
アロンソそうだなぁ。学校の試験を受けている感じに似ている(笑)。
一貴ステアリング以外の部分もありますよ。
川井例えば『コーナリング中にアンダーステアが強い。その時はどうすればいいか?』みたいな質問かな?
アロンソそう。実際には、もっと複雑な感じだけど。
川井フェルナンドは、同じようなこと(状況に合わせた操作)をF1でもやっていると思うけど、覚えるまでにどれくらい時間がかかるものなの?
アロンソシーズン前に十分テストをする時間があるし、その辺はシミュレーターでも練習できる。しっかり練習すれば自然とできるようになるし、複雑なものに関してはリマインダー(覚え書き)を用意しておく。どうしても覚えられないものはメモを貼ったりとかね。
一貴(コックピット内が)メモだらけになったりするよね(笑)。特に問題が起きた時の解決方法とか。
ブエミル・マンは、トラブルで無線が通じなくなった時は自分でどうにかしなきゃいけないからね。
常に3人が自分のできるベストを尽くすだけ
川井うーん。WECのドライバーって大変なんだね。そう言えば、一貴は予選でポールポジションを獲得したけど、アタッカーとかは事前に決めたりするものなの?
2018-19年 第2戦ル・マン24時間レースでポールポジションを獲得したフェルナンド・アロンソ(左)、中嶋一貴(中央)、セバスチャン・ブエミ(右)
ブエミ誰がタイムアタックをやるかは、事前に決めているよ。予選から決勝にかけて使えるタイヤが限られているから、余計なことができないんだ。
一貴僕は以前から予選アタックを担当することが多かったので、今年も同じような流れで担当しました。ただ正直、最初は難しい状況でした。それまで新品タイヤを履いて走れず、3分22秒台と比較的ゆっくりしたペースから、一気に3分15秒台のアタックをしなければならなかったので、けっこう大きなチャレンジでしたね。
川井直前に担当ドライバーが変ることもあるのかな?
一貴もちろん、(再度)チームに確認しています。でも、みんなで決めた結果、やはり僕がやることになりました。
川井F1とかシングルシーターならミスしても自分のせいだけど、WECは他に2人のドライバーがいることを考えると、予選のプレッシャーの掛かり方はやっぱり違うものかな?
ブエミ実際にドライブしている時は、そういったことはあまり考えない。その場面で自分ができるベストを尽くすだけ。とにかくみんな一緒になって戦うことが必要だし、万が一負けたとしてもみんな一緒。もし、他のふたりがミスをしたとしても、それは攻めた結果だから、特に何か思うことはない。
一貴プレッシャー自体は、シングルシーターと同じようなものですよ。もちろん、WECみたいに複数人でクルマをシェアしなければいけない時は、細かい情報も必ずみんなで共有しなければいけないし、クルマをいたわることも重要で、また違ったプレッシャーはあるでしょう。でも、プレッシャーの度合いみたいな部分は、特に変わらないと思います。
アロンソふたりの考えと同じだよ。でも、これまでシングルシーターのレースをずっとやってきたから、誰かとクルマをシェアするというのが不思議な感覚だね。自分が乗って、チームメイトに引き継いで、また自分が乗って。他のドライバーとコースに関する情報を共有するのも初めてだからね。このコーナーはブレーキングに気をつけなきゃいけないとか、このコーナーは汚れているから気をつけなきゃいけないとか、伝えるんだ。
これはシングルシーターでは経験できないし、おもしろいと感じた。こういった経験もレースキャリアの中ではあって良いと思ったよ。もちろん、シェアをする部分でのプレッシャーはあるけど、僕もシングルシーターよりプレッシャーが大きいとは思わないな。