レーシングハイブリッド「THS-R」進化の歴史レーシングハイブリッド「THS-R」進化の歴史

2005年

レース用ハイブリッドシステム開発が始動

2005年12月、「ハイブリッドシステムを使ったレース活動を検討する」ことが決定。当時は、ハイブリッドシステムを搭載したレーシングカーは存在しなかったため、ハイブリッドカーが出場できるレースもなかった。レース用のハイブリッドシステムをどの方向で開発していくのか、どのレースに出て行くのかが、当面の検討課題となった。

2006年 LEXUS GS450h

レーシングハイブリッドを積んだ初の車両LEXUS GS450h

初めてのレース参戦。十勝24時間を完走

モータースポーツ部だけでなく、トヨタ社内の協力も得てレーシングハイブリッドシステムのイメージをまとめていった。参加するレースとしては当時、北海道の十勝スピードウェイで開催されていた十勝24時間レースを選んだ。
この年、十勝24時間レースでは来るべきエコ時代を見据えて、ハイブリッドカーを含むエコカーのためのプロダクショングループ・P-1クラスが新設された。(ただしスーパー耐久「ST-1クラス」の特認車両としても認可されており出走が可能ではあった)そこに、当時最新の量産ハイブリッド車の1台、LEXUS GS450hのニッケル水素バッテリーにキャパシタを追加して持ちこむことにした。レーシングハイブリッドシステムのエネルギー蓄積装置には、電池よりも急速充放電が得意なキャパシタが適しているのではないかという考えからの判断だった。ハイブリッドシステム全体の最高出力は254kW(345PS)に及んだ。そしてレースに参加した車両は、トラブルらしいトラブルを起こすことなく総合17位で24時間を走りきり、様々な実戦データを蓄積することに成功した。

LEXUS GS450hに搭載されたハイブリッドシステム

2007年 TOYOTA SUPRA HV-R

ハイブリッド車として十勝24時間レースの優勝を飾り世界初の快挙を達成したTOYOTA SUPRA HV-R

十勝24時間で総合優勝。世界初の快挙を達成

2006年、市販ハイブリッドカーに改造を施した形のLEXUS GS450hによる十勝24時間レースを通じて得たノウハウを基に、開発陣は2007年には一歩踏み込んだレース専用ハイブリッドシステムを開発し、再び十勝24時間レースに挑んだ。
ベース車両になったのは、当時国内最高峰GTレースであるSUPER GT GT500クラスを戦っていたスープラだった。スープラは、353kW(480PS)を発揮する3UZ-FE 改 自然吸気V型8気筒4500ccエンジンを搭載、トランスアクスル化されていたが、このトランスアクスルの前に150kWのMGU(モーター/ジェネレータユニット)を置いたほか、左右フロントブレーキローター裏にも10kWのインホイールMGUを設置(総計230PS)するという大改造が加えられた。エネルギー蓄積装置として採用されたキャパシタも含め、実戦に現れたレース専用ハイブリッドシステムとしてはこれが初めてのもので、後にTHS-R(トヨタ・ハイブリッドシステム・レーシング)と呼ばれることになるレーシングハイブリッドシステムの原型である。
十勝24h-Specialグループ・TP-1クラス/GTクラスに参戦したスープラHV-Rは、断続する雨となった悪条件の中、基本的にはトラブルフリーで走行し、24時間、616周(3136km)を走りきって参加36台中総合優勝を飾った。準国際格式のレースにおいてハイブリッド車が総合優勝を果たしたのは、世界初の快挙であった。また、ハイブリッドシステムの効果により、燃費は10%以上向上し、フロントの回生力行システムの効果により、フロントブレーキの摩耗が当初想定した半分以下のレベルに抑えられることが確認できた。

SUPRA HS-Vに搭載されたハイブリッドシステム

2008年〜2011年

目標をル・マン24時間に。厳しい課題に挑む

十勝24時間レースで総合優勝を果たしたとき、レーシングハイブリッドシステムを本格的に持ちこむことができるカテゴリーは世界を見渡しても見当たらなかった。また、もしル・マン24時間レースに「ガソリンエンジン+レーシングハイブリッドシステムを組み合わせた車両」での参戦を想定して計算してみると、運動性能を同等にするためにはシステムの重量は600kgを超えるとの試算が出た。ル・マンで優勝するためには、システム重量を1/6以下、100kg以下にしなければいけないという途方も無い話だった。

2012年 TS030 HYBRID

2012年型のTS030 HYBRID

TS030 HYBRIDでWEC/ル・マンへ参戦開始

ル・マン/WECに出走できるLMP1クラスについてハイブリッドカーに対する制限の緩和がされることとなり、トヨタは12年、ル・マン24時間レースとWEC参戦を表明し、TS030 HYBRIDを発表した。
当初、TS030 HYBRIDの搭載するレース専用ハイブリッドシステム、THS-Rは、エネルギーの回生と力行(駆動)を行うモーター・ジェネレーター・ユニット (MGU) を、リアのギアボックス内部とフロントに搭載して設計された。しかしその後レギュレーションが見直され、「回生は前後いずれかの2輪のみ、放出も回生と同軸で行うこと」と決められたため、検討の末にフロントのMGUはやむなく取り外されて実戦デビューを迎えることとなった。キャパシタは蓄電量を高めた電気二重層キャパシタ、いわゆるスーパーキャパシタが採用された。
エンジンの規格も改定され、自然吸気ガソリンエンジンは3.4リッター、ターボ過給ディーゼルエンジンは3.7リッター、ターボ過給ガソリンエンジンは2リッターと排気量上限が定められた。TS030 HYBRIDは自然吸気3.4リッターのガソリンエンジンを選択した。1周13.629kmあるル・マンのサルト・サーキットには7つの区間が設定され、それぞれの区間で放出するエネルギー量は区間最大0.5kJ、1周で最大3.5MJと制限されていた。

TS030 HYBRIDに搭載されたハイブリッドシステム

2013年 TS030 HYBRID

2013年型のTS030 HYBRID

より進化したTS030 HYBRIDを投入

2013年のTS030 HYBRIDが搭載したTHS-Rは、基本的に2012年の仕様を受け継ぎ、2012年仕様に対し、システムの効率を向上させると同時に、ブレーキ協調制御の精度を高めたものだ。ただし車両はフロントのMGU用スペースを廃止してモノコックとサスペンションを再設計し、フェンダーからノーズにつながるラインをなだらかに整形し空力性能を引き上げた。改良されたTHS-Rシステムは300馬力を発生し、530馬力のV8エンジンと組み合わされた。
この2013年型TS030 HYBRIDで挑んだル・マン24時間レースでは、優勝まであと一歩となる2位表彰台を獲得している。

2014年 TS040 HYBRID

2014年型のTS040 HYBRID

車両規定の改定を受けTS040 HYBRIDが登場

この年から車両レギュレーションが大きく改訂された。ガソリンエンジンの排気量制限、吸気リストリクター装着義務は撤廃された。一方、ハイブリッドシステムの運用規則も変更になり、区間ごとの放出量制限は廃止されサルト・サーキット1周あたり2MJ/4MJ/6MJ/8MJと、4段階ある最大放出エネルギー量から、任意の数値を選択できるようになった。
放出エネルギー量だけに着目すれば、大きな数値は魅力だが、その分システム重量は増えてしまい、重くなればなっただけ運動性能面ではハンデを負うことになる。また、エネルギー回生が増える分だけ、燃料タンク容量も絞られる。開発陣は、ハイブリッドシステムの性能と重量、重量配分が影響する車両運動性能の観点から、ベストなバランスを求めた結果、THS-Rでは1周あたりの放出エネルギー量は、6MJを選択した。これにともない、スーパーキャパシタの構造も進化。自然吸気のV型8気筒3.7リットルガソリンエンジンによる520馬力に、ハイブリッドシステムによる480馬力が加えられ、1000馬力以上の強力なパワーを発生している。

TS040 HYBRIDに搭載されたハイブリッドシステム

2015年 TS040 HYBRID

2015年型のTS040 HYBRID

安定性と耐久性をさらに向上。市販車へ技術還元も

THS-Rの改善は、総計1000馬力を超えるに至ったパワーユニットを無駄なくスムーズに使いこなせるようにという点に絞って行われた。THS-Rでは減速時には短時間に大容量のエネルギーを蓄え、必要な時には瞬時に放出できるスーパーキャパシタの存在が鍵になる。2015年、そのスーパーキャパシタも更なる性能向上を目指して構造の見直しが図られ、強力なハイブリッド・パワーを2014年より安定して供給出来るようになった。
2015年、トヨタはTS040 HYBRIDのハイブリッドシステムに磨きをかけ、サスペンションジオメトリーを見直すなどの改良を加えてル・マン24時間レースへ挑戦した。シーズン開幕前テストでTS040 HYBRIDは総走行距離30,000kmを大きなトラブル無く走破した。ル・マンを想定した6,000kmのテストも問題なく走り切った。
だが、レースはシステムの絶対性能だけでは戦えない。ル・マン24時間レースのレギュレーションを考えたとき、当初定められていたセクター毎の充放電量規制が2014年に1周全体での総量規制へ変更になった時点で、充放電の速度に利点があるものの、重量あたりの充電量が不利なキャパシタは蓄電装置として苦しい状況に追い込まれていた。WECには新たにリチウムイオン電池を搭載したポルシェが参戦、その威力を発揮し始めていた。完成度が高まったにもかかわらずTS040 HYBRIDは苦しい闘いを強いられるようになり、必勝を期したル・マン24時間レースでは思い通りの結果を出すことはできなかった。WECでも表彰台は開幕戦シルバーストーンと最終戦バーレーンの3位入賞だけという厳しい成績でシーズンを終え、マニュファクチャラー選手権では3位に甘んじた。

2016年 TS050 HYBRID

2016年型のTS050 HYBRID

最新のレギュレーションを考慮し全面改修

開発陣は、2014年から変更になったレース中の充放電に関するレギュレーションを精査し、最適化するためには実戦と並行して研究していた次世代エンジンと蓄電装置を投入して闘うべきという結論に達した。前年度はシステム重量を考慮して最大放出エネルギーを6MJとしたが、8MJに対応できしかも小型・軽量化した独自のハイパワー型リチウムイオン電池開発に成功したため従来のスーパーキャパシタに替えて採用、さらにWEC転戦時、コンディションに合わせたチューニングが容易なV型6気筒直噴ツインターボエンジン開発を前倒しして実戦に投入するなど、パワートレーンを全面的に改修することが決まった。
トヨタがハイブリッドレーシングシステムをもってWECに挑戦して以来、世界のモータースポーツでは、従来の内燃機関であるエンジンの回転数を上げて馬力を出すという方向から、使える燃料の量を規制して熱効率を上げることで馬力につなげるという、市販車と合致する方向へ変わってきた。2016年型TS050 HYBRIDが搭載するTHS-Rは、まさにトヨタハイブリッドシステム(THS/THS-II)の未来を切り拓くためにサーキットを疾走することになった。
主要コンポーネントの大幅な変更により2016年型TS050 HYBRIDのパワートレーンの実践向け、ファインチューニングは未完成のまま、英国シルバーストーン・サーキットで開催されたシリーズ開幕戦を迎えることになったが、ライバルの脱落等によって総合で2位に入賞、スパ・フランコルシャンで開催された第2戦では車両トラブルで脱落したもののレース終盤までトップを独走するパフォーマンスを示した。TS050 HYBRIDは「トヨタよ、敗者のままでいいのか」というメッセージを掲げてル・マン24時間レースへ立ち向かった。
満を持して臨んだル・マン24時間レースは期待通りの高い戦闘力を発揮し、23時間57分までトップを走行。最後のゴールラインを切るだけと思った矢先に突然のパワーダウンのトラブルが発生して、あと1ラップを残してストップするという衝撃の結末となってしまった。空力仕様などがル・マンをターゲットに開発されたTS050 HYBRIDは、他のサーキットでは苦戦することもあったが、ホームコースとなる富士6時間レースでは見事優勝を遂げた。

TS050 HYBRIDに搭載されたハイブリッドシステム

2016年 TS050 HYBRID

2016年型のTS050 HYBRID

悲願のル・マン24時間レース制覇に向け、
空力とパワートレーンを一新

2016年は残り3分で悲願の優勝を逃したTOYOTA GAZOO Racing。同じ轍を踏むことのないように万全を期して2017年仕様のTS050 HYBRIDの開発に当たった。車体面ではレギュレーション変更による空力規制と、タイヤ使用本数の削減に対応した改良を実施。その結果、昨年のクルマと同じものはモノコックだけとなり、車体からパワートレーンにかけて全面的な改良が行われた。
空力においては主にクルマのフロント部分とサイドポンツーンの形状と構成の見直しを行い、空気抵抗(ドラッグ)の増加を最小限に抑えつつ、失われたダウンフォースを取り戻せるような開発を行った。
またエンジンやハイブリッドシステムなどのパワートレーンにおいても、空力規制で失ったタイムを取り戻すために出力向上を行った。WECではレース中に使用できる燃料が決められるため、限られた燃料をどれだけエンジンの出力に変えられるか・・・つまり熱効率をどれだけ上げることができるかが開発のテーマとなる。開発陣はターボチャージャーの大型化などとともに、高圧縮比化による対ノッキング限界を上げ、同時に希薄燃焼(リーンバーン)の追求を行った。
ハイブリッドシステムについても、モーターの小型化や制御システムの効率化と合わせて、ハイパワー型リチウムイオン・バッテリーを改良。急速な充電~放電に対応するためにシステム全体の電圧を上げ、抵抗を減らし、高温でも高い性能を保てることとなった。それにより、バッテリーの大幅な耐久性向上にも繋がった。
新しいTS050 HYBRIDで臨んだWEC2017年シーズンは、開幕戦と第2戦で優勝し、最大目標のル・マン24時間レースに向けて3台のTS050 HYBRIDを投入した。公式予選では史上最速のコースレコードを叩きだしてポールポジションを獲得、悲願の総合優勝へ王手をかけた。
決勝レースでも、スタートからトップに立ったTS050 HYBRIDは10時間を過ぎる頃までレースをリードした。ところが深夜にクラッチトラブルを起こしレースから脱落、2番手を走っていた車両にもフロントモーターのトラブルが発生して後退、3台目の車両も追突を受けて走行不能となる不運が続いて優勝を逃してしまった。世界選手権でもシリーズ終盤戦で3連勝を遂げながらル・マンでの大敗が影響して王座を獲得することはできなかった。

2018-2019年 TS050 HYBRID

2018-2019年型のTS050 HYBRID

重いハンデにもかかわらずル・マン連覇、
さらに世界王座も獲得

この年、FIAはWECのシリーズを、年をまたぐスーパーシーズンへ移行することを決めた。開幕戦は2018年5月のスパ・フランコルシャン。6月の第2戦ル・マン24時間レースを経て、翌年の2019年6月のル・マン24時間レースを最終戦とした。こうして2018-2019年は1シーズンに2回のル・マン24時間レースが開催される異例のシーズンとなった。
2017年のル・マン24時間レースで優勝を逃した際、豊田章男社長から「クルマを速くするだけではル・マンには勝てないんだ! 我々には"強さ"がない! 強いチームにはなれていない!」と激励を受けたチームは、この長い2018-2019年シーズンに向けて、さらに厳しくなる燃料規制への対応と最大1000馬力を発揮するハイブリッド・パワートレーンの信頼性向上をテーマにTS050 HYBRIDの熟成に取り掛かった。
2018-2019年のレギュレーションではノン・ハイブリッド車両には、1周あたりハイブリッド車両より約69%多いエネルギー量(最大燃料量)が与えられた。ル・マン24時間レースが開催されるサルト・サーキット(1周13.6km)で比較すると、ノンハイブリッド車両が最大210.9MJのエネルギー量(約5.2kg/周の燃料量)を使えるのに対し、TS050 HYBRIDは、最大124.9MJ(約3.1kg/周の燃料量)しか割り当てられない。
また、エンジンに供給できる最大瞬時燃料流量は、TS050 HYBRIDが毎秒22.8g(毎時80.2kg相当)であるのに対し、ノン・ハイブリッド車両は毎秒30.5g(毎時110kg相当)とされ、車両重量はTS050 HYBRIDに対しノン・ハイブリッド車両は45kg軽量と、前年にも増して厳しい制限が義務づけられた。
この苦境をうけて開発陣は、あらゆる部品を一から徹底的に見直し、ボルトの一本にいたるまで、すべてのコンポーネントに対して目を光らせ信頼性の向上を目指すとともに、冷却系を含む電池システムの軽量化に取り組んだ。
TS050 HYBRIDの電池は約300kWというプリウスの10倍以上(プリウスは30kW程度)の出力が出せる分、発熱量も多いので効率的な冷却を行う必要がある。そこで改めて電解液やセルの材質にまで踏み込んで開発を行い、電池の耐熱性を向上させるとともに冷却システムを簡素化し、水冷冷却装置を含めた電池システム全体の軽量化を実現した。
この結果、ル・マンでは公式予選でTS050 HYBRIDがフロントローを独占、決勝レースでもライバル車より1ラップにつき約2秒以上速いペースで走り、スタートからフィニッシュまでレースを支配してついに1-2フィニッシュを遂げた。トヨタにとってはル・マン挑戦を始めて以来、30年越しの悲願の総合優勝であった。また、日本車としてのル・マン総合優勝は2度目だが、日本車と日本選手の組み合わせによる総合優勝は史上初、日本車の1-2フィニッシュもまた史上初の快挙であった。
そのまま2018-2019シーズンを勝ち進んだTS050 HYBRIDは、シーズン2回目となる最終戦の2019年ル・マン24時間レースを迎えた。TS050 HYBRIDはこのレースでも主導権を握り、2台でトップ争いを展開。そのまま2年連続で1-2フィニッシュを遂げた。そして、TS050 HYBRIDはル・マン24時間レースを連覇しただけではなく、TS050 HYBRIDに乗るセバスチャン・ブエミ/中嶋一貴/フェルナンド・アロンソをドライバー部門、TOYOTAをチーム部門のシリーズチャンピオンにつけ、完勝で長いシーズンを締めくくった。

2019-2020年 TS050 HYBRID

2019-2020年型のTS050 HYBRID

TS050 HYBRID最後のシーズン、
ル・マン3連覇を達成

2018年、2019年のル・マン24時間レースを連覇したTS050 HYBRIDには、2019-2020シーズンに向けてさらに熟成の手が加えられた。まずレースの最後までハイブリッド・ブーストを使える時間を維持できるように、ハイパワー型リチウム電池のセルの材料や電解液の改良などを行い、電池の劣化を低減するとともに信頼性が引き上げられた。エンジン本体については、前年度の基本仕様を引き継ぎ、種々のフリクション低減につながる改良が加えられた。一方、空力に関しては、特に車両フロント形状を見直し、ハイノーズと埋め込み型サイドミラーを採用。空気抵抗低減とダウンフォース向上を両立させ、競争力増強が行われた。
2019-2020年シーズンは2019年の8月に開幕したが、その後新型コロナウイルス感染拡大を受けてスケジュールが見直され、ル・マン24時間レースは9月に、シリーズ最終戦バーレーンは11月に開催となった。ハイブリッド車両とノンハイブリッド車両間の性能調整は2018-2019年度同様だが、2019-2020シーズンは新たに前レースまでの獲得ポイントによって調整するサクセス・ハンディキャップが導入された。ただしル・マン24時間レースのみは、サクセス・ハンディキャップは免除される。
開幕戦と第2戦はワン・ツー・フィニッシュを決めるが、これでサクセス・ハンディキャップが最大になって第3戦、第5戦はノンハイブリッド車両に優勝を譲る。それでも第4戦と第6戦でワン・ツーを決めている。そして9月開催になった2020年ル・マン24時間レースでは、7号車がポールポジションを獲得。7号車はトラブルの修復で約30分遅れるも、挽回して3位表彰台。代わってトップに立った8号車が優勝し、3連覇を達成した。最終戦でも今季5度目のワン・ツー・フィニッシュ。2021シーズンは車両規定が改定されるため、TS050 HYBRIDでのWEC参戦は、これで終了。ラストシーズンは、ル・マン3連覇、ドライバーズとチームの2冠という目標を見事にクリアして締めくくることとなった。
TOYOTA GAZOO Racingは2021シーズンに「市販に向けて開発中の『GRスーパースポーツ(仮称)』をベースとするハイブリッド・プロトタイプ車両」いわゆるハイパーカーを投入することを表明しており、TS050 HYBRIDで培ったTHS-R技術を礎に新たな挑戦をはじめている。

2021年 TS050 HYBRID

GR010 HYBRID

GR010 HYBRIDがル・マンの
ハイパーカークラスで初代勝者に輝く

2021年、FIA世界耐久選手権(WEC)の車両規定が大幅に改定され、従来のLMP1に替わる最高峰クラスとして、ル・マン・ハイパーカー(LMH)クラスが設定された。TOYOTA GAZOO Racingは、ル・マン3連覇を成し遂げたTS050 HYBRIDのハイブリッド技術をベースに、新しいLMHクラスに準拠したニューマシン、GR010 HYBRIDを開発し、2021年の開幕戦に投入した。GR010 HYBRIDは以後の第3戦まで3連勝し、第4戦ル・マン24時間レースを迎える。
公式予選では7号車がポールポジション。8号車は予選2位となり、GR010 HYBRIDがフロントロウを占めて、決勝レースに臨んだ。
決勝レースは強い雨の中で始まる。スタート直後に8号車が雨の中で追突されて最後尾へ後退。代わってトップに立った7号車もタイヤのパンクに見舞われる困難に遭遇する。それでもGR010 HYBRIDの2台は安定した速さでポジションを上げ、レースが折り返す段階では7号車がトップ、2番手が序盤の遅れを挽回した8号車という1-2体制をかためてレースをリードした。
ところがフィニッシュまで8時間となった頃。トップを走る7号車に燃圧が低下するという燃料システムのトラブルが発生。実は8号車にも同様のトラブルがあり、チームは1スティントの周回数を予定よりも短くするとともに2台から情報を収集して様々な対処法を探り、ピットのエンジニアから無線で走行中のドライバーに細かな対応策を伝えて1-2体制を守り続けた。
その結果、7号車は苦しみながらも首位のままフィニッシュを迎えた。これまで速さを見せながらル・マンで勝てずにいたマイク・コンウェイ、小林可夢偉、ホセ・マリア・ロペス組にとって悲願の優勝であった。またチームにとってはル・マン24時間の4連覇を達成し、さらに新しいLMHクラスの初の勝者として歴史に名を刻んだ。8号車も2位でレースを走りきり、7号車とランデブー走行で記念すべきチェッカーフラッグを受けた。

GR010 HYBRIDに搭載されたハイブリッドシステム

2022年 TS050 HYBRID

GR010 HYBRID

WEC&ル・マンの
ハイパーカークラスを連覇したGR010 HYBRID

FIA世界耐久選手権(WEC)のハイパーカークラスは、2022年に2シーズン目を迎えた。TOYOTA GAZOO Racing(TGR)の開発陣は、許された開発領域の中、GR010 HYBRIDのタイヤ及びホイールのサイズを変更。それに伴う形状変更をボディーワークに施した。またエンジンについては2022年シーズンより新たに導入された100%再生可能燃料(カーボンニュートラルフューエル)に対応すべく調整が行われた。
一方で2021年のシリーズ全戦で優勝を飾ったGR010 HYBRIDは、BoP(性能調整)によりTHS-Rのパフォーマンスを制限され、ドライ路面・ウエット路面とも190km/h以下の速度域ではフロントの電気モーターを使えずエンジンによる後輪駆動のみで走らなくてはならなくなった。その結果、ハイパーカークラスのライバルに対して厳しい戦いを強いられることになった。
こうした状況の中、開発陣は規制の範囲内で高出力とコントロール性を両立させる制御技術を追求してシーズンを迎えたが、開幕戦で7号車、第2戦で8号車がトラブルからリタイヤを喫したためタイトル争いではポイントリーダーを追いかける展開となった。
しかしGR010 HYBRIDは第3戦のル・マン24時間では、今季からWECに参戦する平川亮が加わった8号車が優勝。7号車が2位で続き、チームとして5連覇を1-2フィニッシュで飾る、そして、その後タイトル争いは最終戦バーレーンまでもつれたものの7号車が優勝し、2位を獲得した8号車(セバスチャン・ブエミ/ブレンドン・ハートレー/平川亮)がドライバーチャンピオンとなり、TGRもマニュファクチャラーチャンピオンとなった。これでハイパーカークラスは2シーズン連続、世界選手権としては4シーズン連続でダブルタイトルを獲得した。

2023年 TS050 HYBRID

GR010 HYBRID

WECで7戦6勝と圧倒したGR010 HYBRIDが
ハイパーカークラス3連覇を達成

 WEC(世界耐久選手権)のハイパーカー(LMH)クラスでは、新規開発車両の開発が5年にわたり凍結されたため、参戦3年目にあたる2023年型GR010 HYBRIDは、当然ながら基本設計を2021年型から引き継いでいる。また、LMHクラスでは、パワーやエアロ特性が定められた範囲に制限され、さらに車重やパワー等の調整により、性能が均等化される。このためGR010 HYBRIDの絶対的なパフォーマンスを引き上げる改良は難しく、それが可能であったとしてもあまり意味はなかった。
 そこでTOYOTA GAZOO Racing(TGR)は「乗りやすさ」を追求する改良を加えて戦闘力を引き上げることにした。乗りやすさが向上すればドライビングミスを抑制でき、タイヤにかかる負荷も減ってタイヤライフが伸びることでピット回数を減らしレースを有利に運べるようにもなる。この方針に沿って、空力特性を含む車体の特性はもちろんパワーユニットのハイブリッドシステムであるTHS-Rに及ぶ改良が進められた。
 GR010 HYBRIDはこれまで、ブレーキングに課題を抱えてきた。と言うのも、先代のTS050 HYBRIDではフロントとリアにモーターを置き減速時にはメカニカルブレーキに加えてモーターによる回生ブレーキをTHS-Rにより協調させて高効率の加減速を実現していたのに対し、LMH規定ではアシスト用のモーターはフロントに1個しか設置できず、フロントの回生ブレーキとリアのメカニカルブレーキを協調させ前後バランスを保つ制御が難しくなったからだ。開発陣は2023年に向けTHS-Rの制御を見直し、GR010 HYBRIDのブレーキング性能を引き上げた。
 こうした「乗りやすさ」の改善により戦闘力を上げたGR010 HYBRIDは、ル・マン24時間こそ開催前週の水曜日に課せられたBoP(最低重量がクラス最大の37kg増)の影響もあって、新たに開発され初参戦したフェラーリ499Pに敗れた。それでも7号車、8号車はシーズン7戦で6戦を優勝、4度のワン・ツーフィニッシュを達成。8号車のセバスチャン・ブエミ/ブレンドン・ハートレー/平川亮組が2年連続でシリーズチャンピオンとなると共に、TGRもマニュファクチャラーチャンピオンに輝き、ハイパーカークラスでは開設以来の3連覇、そして6年連続で世界選手権ダブルタイトルを獲得した。