強豪ライバルが
ひしめく100周年大会
TOYOTA GAZOO Racingの
6連覇への準備は順調か?
~2023 ル・マン24時間/プレビュー~
昨年のル・マン24時間コラム「ル・マンな日々」やWRCコラム「WRCな日々」でお馴染みのモータースポーツジャーナリストの古賀敬介さんに、2023年もTOYOTA GAZOO Racingのル・マン24時間挑戦をレポートしてもらいます。
100周年大会は
"真の実力"を証明するレースに
ル・マン24時間。1923年にフランス西部のル・マンで始まったこの耐久レースは、今年ついに大きな節目である100周年を迎えます。そして、その記念すべき大会には、多くのマニュファクチャラーおよびチームが、2023年WEC(世界耐久選手権)の頂点クラス「ハイパーカー」にエントリー。ル・マン24時間に関しては、16台ものクルマがエントリーリストに名を連ねています。最上位クラスとしては2011年の17台に次ぐ台数なのです。彼のターゲットも、もちろん「100周年記念大会」の制覇です。持てる全ての力を6月の第2週目に投じてくるでしょう。
TOYOTA GAZOO Racingは2018年に悲願の初優勝を果たしてから、昨年まで5連覇を成し遂げました。ポルシェやアウディが撤退して強豪不在の中で、クラス他車種とのパフォーマンスを均衡させる性能抑制も受け入れ、それを克服してきた結果です。だからこそTOYOTA GAZOO Racingの全スタッフは、ル・マンで強豪と言われる者たちと轍(わだち)を交えるそのときを、一日千秋の思いで待っていたはず。これまでの「結果」が、正当であることを証明するために...。
TOYOTA GAZOO Racingと競う
6つのコンストラクター
2023年大会のハイパーカー・クラスには、TOYOTA GAZOO Racing、フェラーリ、ポルシェ、プジョー、キャデラック、グリッケンハウス、ヴァンウォールという、7つのマニュファクチャラー(開発企業)のクルマが参戦します。ハイパーカーには、ル・マン・ハイパーカー(LMH)と、ル・マン・デイトナh(LMDh)があり、ポルシェとキャデラックはLMDh車両です。
LMDhは、アメリカ最高峰の耐久シリーズ「IMSAスポーツカー選手権」の最上位であるGTPクラスに出場するための車両です。基本的に、LMHはマニュファクチャラーが直系チームのために専用設計したクルマであり、LMDhはプライベーターへの供給も重視したクルマです。LMDhは定められた数社からモノコックを選ぶ必要があるなど、僅かですがLMHより設計の自由度が低いのです。しかし、WECではLMHとLMDhのパフォーマンスが均衡するようにレギュレーションや性能調整が行われており、車種間の著しい性能差は生じにくい仕組みになっています。
LMDhの「キャデラックVシリーズ.R」と「ポルシェ963」は、今年IMSAとWECの両シリーズに参戦しており、IMSAでは5月の第4戦終了時点で各車とも1勝を挙げました。WECではポルシェが総合3位に、キャデラックが総合4位に入るなど活躍しています。2つのシリーズで得られる経験やデータの量により開発および熟成がかなり進んでいそうです。さらにポルシェはル・マン最多となる19勝を獲得してきた強豪であり、どちらも耐久レースを知り尽くしています。
昨年のル・マン後からWECに「復帰」したプジョーは、ル・マンで3勝を挙げる耐久レースの名門です。「プジョー9X8」は大型リヤウイングを持たない斬新なボディデザインが特徴ですが、昨年のデビューから現在まで表彰台には立てていません。しかし、ル・マンでこそ最大の力を発揮するように設計されたと言われるだけに、9X8のル・マン初挑戦では想像以上のパフォーマンスを発揮することもありそうです。
ル・マン制覇は9回と歴代3位のフェラーリ。近年は直系チームのAFコルセがGTEクラスに参戦していましたが、今年は1973年以来50年ぶりにワークスチームとしての参戦です。WECデビュー戦となった第1戦セブリングではポールポジションを獲得。そして決勝では、ここまで3戦連続の表彰台と、かなり高いパフォーマンスを見せています。
他にもグリッケンハウス007 LMHおよび、ヴァンウォール・ヴァンダーヴェル680も参戦します。ただ彼らが主役になることは難しいでしょう。やはり、現時点で優勝争いは、ポルシェ、キャデラック、フェラーリ、そしてTOYOTA GR010 HYBRIDが行うと思います。
耐久レースでの強さである
"乗りやすいクルマ"を目指す
WECの今季開幕3戦を見る限り、総合力では3連勝中のGR010 HYBRIDが頭ひとつ分リードしていると感じます。2023年仕様のGR010 HYBRIDは、一見すると2022年仕様と大きく変わっていません。しかし、継続使用のモノコックを除く多くの部分が再設計されており、特にフロントのエアインテーク部は形状が大きく変わっています。TGRモータースポーツ技術室の加地雅哉氏は「エクステリアに関しては80%程度リニューアルしたようなイメージです」と教えてくれました。トヨタは2021年のハイパーカー導入に合わせて短期間でGR010 HYBRIDを開発。最初から戦闘力は高かったが、開発者としては「時間切れ」により詰め切れなかった部分も少なくなかったとされます。また、クルマの仕様を決めた後でレギュレーションが変更され、それに対応する時間がなく妥協した部分もいくつかあったようです。そこで、2023年仕様車を開発するにあたっては、GR010 HYBRIDを理想のクルマに近づけるための改善が各所に施されています。
開発の過程でもっとも重視したのは「ドライバーが乗りやすいクルマ」にすること。純粋な速さだけを追求するのではなく、ドライバーの意見を多く取り入れ、乗りやすいクルマ=ミスをしにくいクルマにすることにも注力しています。耐久レースにおいては、瞬間的には速くとも乗りにくいクルマではアベレージスピードを高く保つことが難しく、ミスによって全てを失うリスクが高まります。また、特に長距離レースではクルマが走れば走るほどタイヤかすやオイル等で路面は汚れていき、夜間は温度が下がるためタイヤのグリップが低下します。そのような状況では速くともピーキーなクルマはラップタイムが安定せず、ドライバーも疲弊してミスをしやすくなるでしょう。ル・マンで勝つためには、ドライバーがパフォーマンスをフルに発揮し続けられるような、扱いやすいクルマに仕上げることもまた、非常に重要なのです。
GR010 HYBRIDは、空力を見直したことでフロントのダウンフォースが以前よりも安定し、コンディション変化に対する対応幅も広がっています。同時に、デビュー時からの大きな課題だったブレーキのコントロール性も大きく向上。安定したブレーキングが可能となり、ドライバーは自信を持ってコーナーに飛び込んだり、前走車をオーバーテイクできるようになりました。これは、ハードなフルブレーキングゾーンが何ヶ所もあるル・マンでは、特に大きなアドバンテージになるでしょう。さらに、エンジンやバッテリーなどドライブトレーンの軽量化も進め、10kg以上を削ることに成功したようです。規則でクルマの最低重量は変わらずとも、重量配分や重心高の点でそのメリットは非常に大きいでしょう。
ル・マンに「絶対」はない。
だから彼らはすべてに全力を尽くす
開幕からの3戦に関して、GR010 HYBRIDは速さと安定性の両面で、ライバルにアドバンテージがあると思います。同様な戦いをル・マンで行えば、記念すべき100周年大会を制することは可能でしょう。それでも、WEC第2戦で7号車にドライブシャフトのセンサーが故障し、その交換のために表彰台を失ったように、思わぬトラブルが発生する可能性はゼロではありません。また、第1戦の練習走行で7号車のホセ-マリア・ロペスが他車と接触、第3戦の予選で8号車のブレンドン・ハートレーがコースオフするなど、ドライバーのミスもありました。
ハートレーの場合はタイヤが十分に暖まらない中で、グリップを失ってのクラッシュでした、今年は彼と同様のミスをするドライバーが多く出ています。それはタイヤを暖めておく「タイヤウォーマー」が今年から禁止されたことが大きいのです。このためル・マンだけはタイヤウォーマーが使用可能になり、同様のアクシデントは減るでしょう。一方で7号車の小林可夢偉と8号車の平川亮の巧さが発揮されるチャンスが減ったことは、少し残念です。彼らはタイヤウォーマーを使わないスーパーフォーミュラやSUPER GTの経験があり、冷えたタイヤでアウトラップを速く、ミスなく走る術に長けていますから。とはいえ、タイヤウォーマーなしのままだとアクシデント多発の可能性もあり、これは正しい決断でしょう。
このように、クルマの総合力については現時点でGR010 HYBRIDがライバルを一歩リードしていると、私は思います。また、ドライバーに関しても経験値、チームの結束力ともに7号車と8号車のクルーは非常に高いレベルにあり、それも大きなアドバンテージです。ただし、今大会はハイパーカーが16台も参戦してコース上のバトルも増え、アクシデントも...。どんなに速いクルマを作りあげても、ドライバーが完璧に近い仕事をしても、ル・マンに「絶対」はないのです。
記念すべき100周年大会の覇者になれるのは、たった1台のクルマ、そして3人のドライバーのみ。TOYOTA GAZOO Racingにとって「勝利」という選択肢以外はない運命の戦いは、6月10日の午後4時にスタートの瞬間を迎えます。