モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY17 - 苦しい戦いの中でエバンスは優勝を飾り勝田はキャリア最高位の総合4位を得た

苦しい戦いの中でエバンスは優勝を飾り
勝田はキャリア最高位の総合4位を得た

WRCな日々 DAY17 2021.6.1

今シーズン初のグラベル(未舗装路)イベントとなったWRC第4戦「ラリー・ポルトガル」で、エルフィン・エバンスが今季初優勝を飾った。総合2位はヒュンダイのダニ・ソルド、総合3位はセバスチャン・オジエ、総合4位はキャリアベストリザルトを更新した勝田貴元。トップ4に3台のヤリスWRCが入り、オジエがドライバー選手権首位を、チームはマニュファクチャラー選手権首位を守ったことを考えれば、TOYOTA GAZOO Racing WRTにとっては素晴らしいラリーだったといえる。

しかし、実際のところトヨタにとってはかなり厳しい週末であり、もしティエリー・ヌービルがクラッシュせず、オィット・タナックのクルマにサスペンショントラブルが発生しなければ、勝利は彼らヒュンダイ勢が獲得していたかもしれない。優勝したエバンスは一貫して表彰台に立つだけの強さはあったが、特に金曜日と土曜日の2日間はヒュンダイ勢を上まわる速さはなかった。また、オジエは後述するように出走順の不利はあったにせよ、本来のスピードは見せられなかった。ワークスノミネートの3人目、カッレ・ロバンペラは2日目の土曜日にトラブルでデイリタイアを喫し総合22位に終わったが、それがなくとも表彰台獲得は厳しかっただろう。

ではなぜ、今回トヨタ勢は総じて苦戦したのだろうか? チーム関係者の証言や、ドライバーのコメントをもとに分析していきたい。まず、ドライバー選手権のランキング順となる、初日の出走順が不利に働いたのは確かだ。第3戦クロアチア・ラリー終了時点でオジエは首位、エバンスは3位、ロバンペラは5位、勝田は6位と同ポイントの7位だった。これまで何度か記してきたが、ドライコンディションのグラベルラリーでは、道の表面に浮いたルーズグラベル(滑りやすい砂利)を掃き飛ばしながら走らなくてはならない1番手スタートが最も不利であり、出走順が遅くなればなるほどクリーンな路面を走れるため有利になる。初日金曜日の出走順が1、3番手だったオジエとエバンスが、かなり不利な走行条件だったことは間違いない。彼らは金曜日午前中の3本のステージだけで、それぞれトップから31秒、17.6秒の遅れをとった。

それでも、選手権2位で出走順2番手だったヌービルが、同様に不利な路面コンディションながら3ステージ連続で3番手タイムを出し10秒遅れに収まっていたことに注目する必要がある。つまり、オジエとエバンスは早い出走順だけが遅れの原因ではなかったのだ。実際、映像で見た彼らの走りは挙動がややアンダーステア気味であり、曲がりにくいクルマを曲げようとするためか、オーバーステア的な挙動も見られた。そのような、ねじ伏せるようなドライビングではタイヤに大きなストレスがかかり、摩耗も早くなる。走行後のコメントでアンダーステアを示唆していたロバンペラは、特にタイヤの摩耗が厳しかったようだ。

対するヒュンダイ勢は、基本的にトヨタ勢と同じタイヤ選択ながらクルマの挙動がより自然で、それがタイムにも現れていた。首位に立ったダニ・ソルドに関しては出走順が9番手とかなり遅かったことを考慮する必要があるが、総合2位のタナックと3位のヌービルはクルマが素直に動いているように見え、それは彼らのコメントにも表れていた。ではなぜ、両車のハンドリングに違いが出たのだろうか?

ひとつの理由として、今大会で初めて実戦に投入されたピレリの新グラベルタイヤを、ヒュンダイのほうがより深く理解していたことが考えられる。とあるドライバーによれば、昨年まで全ワークスチームが使っていたミシュランのグラベル用タイヤと、ピレリの新グラベル用タイヤは、特性が大きく異なるというのだ。どちらが良い、悪いではなく、ピレリのほうが横方向のたわみが大きく、後輪に関しては挙動に粘りが出る一方で、前輪については操舵に対する反応が穏やかなため、その前後の動きの差がアンダーステアに繋がりやすいのではないか。そして、ヒュンダイ勢は、そのタイヤの特性に最適化したサスペンションやデフのセッティングを、早いタイミングで見つけていたようだ。

ただし、トヨタ勢が理想的とはいえないコンディションで事前のテストを行なっていたことにも言及する必要があるだろう。チーム関係者によれば、ポルトガル用に設定された4日間のテストは降雨によるウェットコンディションが多く、どうやら勝田以外はドライコンディションで走る機会がなかったようだ。もちろん、チームのエンジニアおよびドライバーは、ドライコンディションも想定してセットアップを進めたに違いないが、テストと実際のステージの路面に大きな違いがあり、セッティングを新タイヤに完全に合わせ込めなかったという。タイヤ自体が空気やゴムのバネ的な要素を含むサスペンションパーツの一部であり、温度や路面との摩擦によって特性を大きく変える「生き物」でもあるが故に、あらゆるコンディションでタイヤを試すことができなければ、足まわりのセッティングは完璧には仕上がらない。

このように、初めて実戦で使うグラベル用タイヤにクルマを完全には合わせ込めなかったことが、トヨタ勢が今回苦戦した理由のひとつである。それでも、午後のセクションは総じて午前よりも良く、ステージベストタイムも何度か出た。ポルトガルの道はルーズグラベルや砂に表面が覆われているため、ステージを1回目に走行する午前中は路面のグリップが低い。また、タイヤも路面温度が低い条件で機能するソフト(コンパウンド)が最適となる。一方、午後の2回目の走行時はルーズグラベルや砂が掃け、下から硬い路面や岩盤が出て路面自体のグリップ力が上がる。そして、タイヤに関しては使用できるソフトの本数がかなり少ないことから、ハード(コンパウンド)がメインとなる。ハードタイヤは今回の例外的に低い気温および路面温度に対して作動温度域が合っておらず、絶対的なグリップは低かった。しかし、ソフトに比べるとタイヤのたわみ感は少なく、ヤリスWRCのハンドリングは、ソフトで臨んだ午前中よりも、ハードで走行した午後の方が良かったようだ。

以上のような状況で、しかしエバンスはレベルの高い走りを続けた。金曜日午後のSS7ではベストタイムをオジエと分けあい、初日のデイ1終了視点で首位タナックと6秒差の総合2位につけた。2日目の土曜日はそのタナックに午前中3連続ベストタイムを許し、SS13が終了した時点で差は22.4秒にまで拡大した。ペースは明らかにタナックの方が良く、自力でトップに立つのは難しい状況だったが、エバンスは我慢強く、そして力強く戦い続けた。だからこそ、その次のSS14でタナックがサスペンションのトラブルに見舞われた時、彼は首位に立つことができたのだ。

SS14をベストタイムで走り終え、テレビクルーにタナックが止まり自分が首位に立ったことを教えられたエバンスは、特に喜ぶことなく、トラブルに見舞われたタナックに対する気遣いの言葉を口にした。それは、真剣に戦う相手に対するリスペクト。エバンスの人間性、そしてジェントルマン気質が見られたシーンだった。

ラリー最終日の日曜日、首位エバンスは総合2 位のソルドに対し10.7秒差で1日をスタートした。土曜日の夜、ソルドは「最終日は逆転優勝を狙う」と力強く宣言していたが、エバンスはそのプレッシャーに屈することなく、オープニングからの4ステージで3本のベストタイムを記録。2位ソルドとの差を26.2秒にまで拡げ、この時点でほぼ勝負を決めた。3日間激しい順位争いを続けながらタイヤも上手くマネージメントし、最終のパワーステージでは5番手タイムでボーナスの1ポイントを追加獲得して有終の美を飾った。エバンス本人が言ったように、確かにこの週末彼は最速ではなかったが、スピードと安定性のバランスは突出しており、勝利に値する戦いをしたといえる。

エバンスにとっては、昨年9月のラリー・トルコ以来の優勝だった。トルコの時も堅実な戦いを続け、最後はライバルの不運(詳しくは→『WRCな日々 DAY10 トルコに棲む悪魔、その名はチェティベリ』)などもあり勝利を手にした。しかし、その後掴みかけていたタイトルをコースオフでオジエに許した昨年の最終戦ラリー・モンツァ、そしてトップを走りながらも最終ステージで小さなミスをし、やはりオジエに逆転優勝を許した前戦クロアチア・ラリーなど、リスクを冒して優勝を逃したラリーが何度かあった。選手権を戦う上では、たった1戦であっても自分のミスで失うことは得策ではなく、その意味でもエバンスの今回の堅実なアプローチは正解だったといえる。ボーナスも含め26ポイントを獲得したエバンスは、ドライバー選手権で2位に浮上し、首位を守ったオジエとの差を僅か2ポイントに縮めた。そして、次なるグラベルイベントである次戦「ラリー・イタリア サルディニア」でエバンスは、またしても出走順トップを担うオジエよりもひとつではあるが、後方から出走する。彼にとっては、選手権トップに立つ好機到来である。

金曜日のデイ1終了視点で、首位タナックと24秒差の総合5位に留まっていたオジエは、苦しい戦いを耐え抜き総合3位でフィニッシュした。パワーステージでも3番手タイムを刻み、ボーナスの3ポイントを獲得してドライバー選手権首位の座を守った。初日午前中の遅れを考えれば見事な挽回劇だったといえるが、その裏には現地にいない、TOYOTA GAZOO Racing WRTエンジニアたちの努力と機転もあった。デイ1を終えたオジエは、デイ2でソフトタイヤをどう守るか考えていた。彼のドライビングスタイルに合わせて設定した前後の機械式デフは、トラクション(駆動力)の確保には有効だったが、タイヤにストレスがかかることから、特にソフトタイヤの摩耗が進みやすいからだ。WRCドライバーの中で1、2を競うほどタイヤのマネージメントが上手いオジエではあるが、本数が少なく貴重なソフトタイヤをいかに日曜日まで持たせるか、それが大きなテーマだった。とはいっても、機械式デフを分解してセッティングを変えることはできない。そこで、チームは現地には赴かず、フィンランドの新ファクトリーで後方支援をしているエンジニアに「センターデフ」のソフトウェアを、タイヤに優しいものに書き換える作業を要請したのだ。

1日の走行後に、現地のエンジニアがマッピングを作り変える時間的な余裕はないが、オンラインで繋がり状況を把握しているフィンランド組ならそれをできる。そして、若い担当エンジニアはその期待に応え、タイヤに優しく、パフォーマンスへの影響も少ないセンターデフのマッピングを短時間で作りあげた。そういったバックアップもあり、オジエはソフトタイヤが必須だった土曜日午前中のステージで、ソフトのニュータイヤを4本おろさず、2本に留め、前日に使った状態の良いユーズドを2本混ぜる決断をしたのだ。オジエはユーズドタイヤを混ぜたタイヤチョイスで午前中の3ステージを耐え抜き、総合4位を争っていた勝田に大きく遅れなかった。そして、この土曜日午前中に温存していた2本の新品ニュータイヤは、タイヤ交換の機会がない日曜日を戦う上で大きなアドバンテージになった。総合3位獲得と、パワーステージでの3番手タイムは、この2本のニュータイヤなくして不可能だっただろう。

日本人にとっては、勝田の活躍こそが今回のハイライトだったといえる。表彰台には惜しくも届かなかったが、前述のように土曜日はワールドチャンピオンであるオジエと激しい順位争いを展開し、表彰台にあと1歩と迫った。開幕から3戦連続で総合6位に入り、前戦クロアチアでは2本のステージベストタイムを刻むなど、今年勝田はスピードと安定性のレベルが格段に向上していた。それが、シーズン最初のグラベルラリーでどうなるのか、スタート前から非常に興味深かったが、まさかロバンペラを実力で上まわり、オジエと互角の戦いを続けるとは、正直予想していなかった。勝田選手、ゴメンなさい。

それくらい、ポルトガルでの勝田の戦いは素晴らしかった。特に、温存する必要がないハードタイヤを履き、オジエと出走順がひとつしか違わなかった土曜日午後の走りは、トップドライバーと表現すべきレベルだった。SS13では1位タナックと2.8秒差、2位ロバンペラと0.9秒差の3番手タイムで、これとSS15でのサードベストが今回の彼の最上位ステージリザルトである。前戦クロアチアのように華やかなベストタイムは出なかったが、それに匹敵するステージ結果だといえる。何しろ、エバンスやオジエよりも速かったのだから。また、続くSS14でもステージ中盤まではオジエよりも速かった。その後、木にぶつかりリヤセクションを壊してしまったが、今年に入ってからはそんなミスもデイリタイアに結びつかないのが特徴である。ギリギリのところで、絶対に越えてはいけないラインを守っているのかもしれない。

土曜日のデイ2が終了した時点で、総合3位のオジエと総合4位の勝田のタイム差は僅か1.5秒。十分に逆転可能なタイム差であり、初表彰台も輪郭が見えていた。しかし最終日、前日までライバルが驚くような上手いタイヤマネージメントを続け、コンディションの良いユーズドソフトタイヤを4本残していたにも関わらず、勝田は総合4位を堅守することを決めた。きちんと走りきって経験を積むことを優先したのだ。タイヤに関しては、新品のソフトを2本残していたオジエにやや分があった。そして何よりも、相手は7度世界王者に輝いているオジエであり、キャリア末期を迎えてもなお、ここ1発のスピードに陰りは見られない。真っ正面からオジエに勝負を挑めば大激戦となることは明らかであり、どちらかが大きなミスを冒して順位を失う可能性もある。また、激戦が続けば最終ステージまで状態の良いタイヤを残し、ボーナスポイントを狙うこともできなくなるだろう。勝田はそれについて特に何も語らなかったが、以上のようなことを考慮し、チームと話しあいをした末に下した決断だったに違いない。

オジエに次ぐ総合4位でラリーを走り終えた勝田に、キャリアベストリザルトを喜ぶ心からの笑顔は見られなかった。ただ、この状況下でもしっかり走り切れたという経験はその先につながるだろう。そして、オジエとの表彰台を巡る激戦は多くの人の記憶に刻まれ、WRCトップカテゴリーで上位争いをできる力を備えていることが周知された。今回はヒュンダイ勢が全般的に速く、トヨタは苦しい戦いを続けたが、そのような状況下での総合4位だけに、なおさらその価値は高い。

「総合4位に入ったとはいっても全12戦のうちの1戦に過ぎませんし、まだ毎回同じように戦えるわけでもないと思います。そうするためには、まだまだ改善しなければならないことが多くあるのは、自分が1番よく理解していますので、これからさらに努力し続けます」と勝田。3戦連続の総合6位、SSベストタイム、そして今回の総合4位と、勝田は1戦ごとに着実にパフォーマンスを上げている。今後のさらなる飛躍を、現実感をもって期待できるようになった、実に濃い内容の1戦だった。

古賀敬介の近況

依然として国内での取材活動が続いています。WRC現地の空気を吸い、選手の声を聞き、そして砂利まみれになる喜びは得られませんが、以前よりはオンラインで取材できることが増え、深い話を聞くこともできるようになっています。今、このような状態にあるからこそできる取材に全力を尽くしています。一方、国内では引き続きスーパーフォーミュラとSUPER GTを全戦取材中です。スーパーフォーミュラ第3戦オートポリスの決勝では、BSフジのテレビ解説をやらせていただき、F1グランプリの名実況でも知られる塩原恒夫さんとお仕事をご一緒させていただきました。アナウンス力の高さはもちろん、詩的な表現の素晴らしさにも感動! とても勉強になり、大きな刺激を受けました。

FACEBOOK PAGE