モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY28 - 不利な先頭スタートを乗り越えての優勝スウェーデンでロバンペラは無双だった。

不利な先頭スタートを乗り越えての優勝
スウェーデンでロバンペラは無双だった。

WRCな日々 DAY28 2022.3.22

第2戦ラリー・スウェーデンを制したカッレ・ロバンペラの戦いぶりは、彼がワールドチャンピオンの資質を備えていることを、改めてラリー関係者に確信させる素晴らしいものだった。不利な1番手スタートながらラリー初日に善戦し、総合2位につけたことが、今回の最大の勝因だったといえる。

昨年、ラリー・スウェーデンは新型コロナウイルスの影響で中止になり「シーズン唯一のフルスノーイベント」の座を、アークティック・ラリー・フィンランドに譲った。そして、2年ぶりの開催となった今年は開催地を以前よりも約600km北に移し、北部の中心的な都市であるウーメオーを拠点に開催されることになった。北部移転の目的は、良いコンディションの氷雪路を確保することであり、2月の平均最低気温がマイナス11度を下回り、積雪量も多いウーメオーは新天地として理想的だった。

実際、新生ラリー・スウェーデンのステージは全面的に雪に覆われ、道の両脇には雪壁が天然のガードレールのように連なっていた。スノーラリーではこの雪壁があるお陰で、選手達はその外側に迫る木々に激突する恐怖をそれほど感じることなく、雪の超高速回廊を攻め切ることができるのだ。ところが、近年ラリー・スウェーデンのステージは雪不足で雪壁が少なく、それどころか2年前は路肩だけでなく、路面にさえ雪がないという厳しいコンディションだった。そのラリーで優勝したのはTOYOTA GAZOO Racing WRT加入1年目のエルフィン・エバンスであり、トップカテゴリーカーであるWRカー2戦目だったチームメイトのロバンペラは、いきなり総合3位に入り、非凡な才能をアピールしたのだった。

ラリーのスタート前、ロバンペラは厳しい戦いになることを覚悟していたという。なぜなら、初日デイ1の出走順が一番手となるからだ。本来ならば、開幕戦ラリー・モンテカルロで優勝しドライバー選手権1位のセバスチャン・ローブが1番手、総合2位でドライバー選手権2位のセバスチャン・オジエが2番手スタートとなり、選手権3位につけたロバンペラは3番手スタートとなるはずだった。ところが、ローブとオジエはいずれも今季スポット出場であり、スウェーデンは欠場。そのため、ロバンペラが繰り上がる形で1番手スタートを担うことになったのだ。

グラベル(未舗装路)のラリーにおいては、1番手スタートは絶対的に不利となる。道の表層を覆う、ルーズグラベルと呼ばれる滑りやすい砂利や土を「掃除」しながら走らなくてはならないからだ。それはスノーロードにおいても多くの場合当てはまり、硬く凍結した路面を覆う新雪や軟らかい雪を、1番手の選手は掻き分けながら走らなくてはならない。また、全く雪がなく道が完全に氷で覆われているような状況では、タイヤの表面に埋め込まれた384本の金属製スタッド(=スパイク)がカチカチの氷を捉える力が弱まり、スタッドタイヤのグリップ力は低下する。いずれにせよ、氷雪路でもやはりフレッシュな氷雪路面を切り開く1番手出走は不利であり、3〜4番手スタートがベストとも言われている。つまり、本来3番手スタートで好条件のはずだったロバンペラは、ローブとオジエの不在により、最も不利な路面条件で走ることになってしまったのだ

競技初日の午前中、路面のコンディションはロバンペラが案じていたよりは良好だったが、それでも1番手スタートが不利であることに違いはなかった。ロバンペラは後続のライバルたちのために、氷雪路をならしながら走行を続けた。ラリーカーが1台でも走れば路面には走行ラインが刻まれ、それをトレースすることで後続の選手たちはグリップを得やすくなる。また、ラインはブレーキングポイントの目安にもなり、自信を持って減速ポイントを見極めることもできる。実際、午前に設定されていた3本のステージのうち、最初の2本でベストタイムを刻んだのは、いずれも出走順が後方の選手だった。

ところが、ロバンペラはその午前中の2ステージをどちらも2番手タイムで走行し、首位に立ったチームメイトのエサペッカ・ラッピと僅か1秒差の総合2位につけた。さらに、午前中最後のSS3で、ロバンペラは何とベストタイムを記録。総合3位のティエリー・ヌービル(ヒョンデ)に8.4秒という大差をつけ、ついに首位に立った。それは本当に驚くべきことで、その時点でこのラリーの支配者がロバンペラであることが明白になった。開幕戦のラリー・モンテカルロでは、ニューカーであるGR YARIS Rally1のハンドリングに自信を持てず、序盤は予想外の不振に陥った。しかし、その後エンジニアと共にクルマのセットアップを改善し、劇的なペースアップに成功。3本のベストタイムを刻むなどして順位を挽回し、総合4位といい形でラリーを締めくくった。そのいい流れが、スウェーデンでも保たれていたのだ。

しかし、午後のステージでロバンペラは順位を大きく落とし、SS6では総合6位に陥落。午前中とは正反対ともいえる、厳しい展開となった。午後の3本のステージは、午前中のステージの再走となり完全に同じステージである。が、多くのラリーカーが走行したことで氷雪路はかなり荒れ、さらには併催されたヒストリックカーラリーの車両が多く走行したことで、路面にはいく筋もの異なるラインが刻まれていた。ヒストリックカーの走行は、観客にとっては素晴らしいショーであるが、総合優勝を争うドライバーにとってはやっかいだ。なぜならRally1に比べると車幅が狭いため、Rally1とは幅が大きく異なる轍を刻むからだ。また、コーナリングライン自体もドリフト量が多いことからRally1とは全く違ったものになり、路面はボコボコに荒れる。

その、荒れ果てた路面を、午後も1番手スタートのロバンペラは、後続のライバルたちのために、ならしながら走らなくてはならなかった。しかも、今年のスウェーデンは雪壁が多かったため、コーナーアウト側の雪壁にクルマを押し当てながらコーナリングする「雪壁走法」を多くのドライバーが実践。その結果、壁の雪が路面に崩れ出ていた。ロバンペラは、そういったイレギュラーな雪塊も掻き分けて走る必要があったのだ。「午前中はまだ良かったけれど、午後は本当に大変だった。走行ラインが全くなく、既に刻まれているラインをフォローしたり、自分でラインを作ろうとしたけれど、全然だめだった」とロバンペラ。しかし、そのような困難な状況においてもロバンペラは冷静さを保ち、ラリー全体を見据えた戦いを続けていたのだ。

道幅が狭く、ツイスティなセクションでは雪の下から砂利や土が出ていた。スタッドタイヤにとって最大の敵は、硬い小石であり、石に当たると金属製のスタッドはタイヤから抜けやすくなる。そうなるとタイヤのグリップは大きく下がり、特に氷に覆われた路面ではスケートリンクを普通のスニーカーで歩くような事態になってしまうのだ。多くのクルマが走って掘り返されザクザクになった路面ではまだグリップするが、厚い氷が路面を覆うフレッシュなステージで、スタッドが抜けたタイヤは全く役割を果たさない。そして、デイ1の最後のステージSS7は、距離こそ5.53kmと短いながらも、この日一度しか走らない、フレッシュな路面のステージだった。そこに、ロバンペラは良いコンディションのスタッドタイヤを残すべく、直前の2本のステージでタイヤマネージメントを意識した、抑え気味の走りをしていたのだ。それでも、比較的路面の状態が良かったSS6では2番手タイムを刻み、総合4位に順位を回復。そして迎えた、フレッシュな路面コンディションのSS7では温存していたタイヤでベストタイムを記録し、首位のライバルと4.3秒差の総合2位で一日を終えた。トップカテゴリー参戦3年目の21才の若者とは思えぬ、理知的で実に見事なラリー運びだった。

その5.53kmの短いステージでは、その時点で首位に立っていたエバンス、3位につけていたラッピが大きくタイムを失い、順位を落とした。彼らは直前のステージまでにタイヤを使ってしまっており、最終ステージをスタッドがあまり残っていないタイヤで走らなければならなかったのだ。より距離が長いステージでタイムを稼ごうとした結果だが、僅か5.53kmながら路面がフレッシュだったステージで、ふたりはロバンペラから何と9秒も遅れてしまった。また、TGR WRT Next GenerationからGR YARIS Rally1で出場の勝田貴元も、ロバンペラと同じようにタイヤを一日の最終ステージに温存し、3番手タイムを記録。デイ1は序盤スタックするなどして大きくタイムを失ったが、それでも総合6位で初日を終えた。

競技2日目、デイ2に入ると出走順の不利がなくなったロバンペラはさらにのびのびと走り、オープニングのSS8で首位に浮上。そのまま最後の最後まで順位を落とすことはなかった。とはいえ、デイ2ではエバンスもスピードを上げ、ロバンペラと接戦を展開。一時は1.2秒差に迫った。2年前のスウェーデン勝者であるエバンスは力強い走りでロバンペラを追い続け、最後のステージでフィニッシュラインを通過後にコースを外れたことで10秒のペナルティを課せられるも、18.3秒差の総合2位でデイ2を終えた。優勝争いは、事実上このふたりに絞られた形だが、最後まで続くと思われたハイレベルな戦いは、最終日デイ3の1本目、SS16で突然終わった。エバンスが高速コーナーでコースオフし、クルマにトラブルが生じ競技続行不可能になってしまったのだ。

その、エバンスがコースオフしたSS16で、ロバンペラはベストタイムを記録したのだが、それはクルマのコンディションを考えると驚くべきことである。実は、朝のサービスを出る時点でハイブリッドシステムに問題が発生し、最大約134馬力というエキストラのハイブリッドブーストの恩恵を受けることができない状態でデイ3に臨んだのだ。それにも関わらず、ロバンペラはベストタイムを記録し、ボーナスの選手権ポイントがかかる最終のSS19でも2番手タイムをマーク。優勝によって得た25ポイントにボーナスの4ポイントを加え、ドライバー選手権首位に立った。

Rally1は、FIA指定の外部サプライヤーが一括してハイブリッドユニットを供給し、チームは全チーム共通のユニットそれ自体に手を加えることはできない。十分なテストを経て開発、供給されたハイブリッドユニットであるが、導入初年度の序盤戦ということでトラブルは決して少なくない。開幕戦のモンテカルロでも多くの選手がトラブルに見舞われた。そして今回は、あろうことに首位に立つロバンペラだけでなく、2位につけるエバンスにもハイブリッドユニットの問題が起きてしまったのだ。精神的にはかなり厳しい状況だったはずだが、チーム関係者によればロバンペラは事実を受け入れ平然としていたという。対するエバンスは朝の時点でやや動揺が見られ、もしかしたらそれがドライビングに少し影響したのかもしれない。少なくとも、ロバンペラはピンチにも動ずることなくベストタイムを叩き出したのだ。恐るべき胆力といえよう。

ロバンペラは、昨年のエストニア、アクロポリス(ギリシア)に続くキャリア3勝目を獲得。いずれも未舗装路のラリーだが、今回のスウェーデンでの戦いを見て、僕は彼がチャンピオンへの道を歩んでいるように思った。過去を振り返ると、開幕戦モンテカルロで優勝したドライバーは、続く第2戦スウェーデンに不利な出走順トップで臨み、逆境をはね返して表彰台に立つ、或いは優勝する力がある者たちがワールドチャンピオンになってきた。世界王者に8回輝いたオジエ、そして9連覇のローブがまさにそうである。ロバンペラは、開幕戦モンテカルロこそ彼らレジェンドの後塵を排したが、第2戦スウェーデンでは不利な出走順から優勝を勝ち取った。ここまでのところ、シリーズチャンピオンとなるに相応しい戦いをしているといえる。彼にとって試金石となるのは、第3戦クロアチア・ラリー。シーズン最初のフルターマックラリー、そして昨年コースアウトを喫した苦い思い出があるこのラリーをどう戦うのか? クロアチアでも若きシリーズリーダー、ロバンペラの戦いに注目である。

古賀敬介の近況

ラリー・スウェーデンは日本からのオンライン取材でした。厳寒の冬期用に高性能なスノーブーツを新調したのですが、来年までタンスの肥やしになりそうです。日本にいたことで、久々にJ SPORTSのWRC番組にも出演させていただき、藤本えみりさんと番組の収録をご一緒させていただきました。久々にカメラの前で話しましたが、やはり緊張しました。世界情勢が新型コロナとは別の事情で悪化している今日このごろ、平和な日々が少しでもはやく戻ることを願うばかりです。

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