モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY37 - 南半球で22歳の誕生日を迎えたその翌日 ロバンペラはWRC史上最年少王者に輝いた

南半球で22歳の誕生日を迎えたその翌日 ロバンペラはWRC史上最年少王者に輝いた

WRCな日々 DAY37 2022.10.27

2戦連続でのポイント圏外リザルト。シーズン5勝でドライバーズタイトル獲得に王手をかけていたカッレ・ロバンペラの快進撃に、急ブレーキがかかっていた。しかし、ロバンペラは続く第11戦ラリー・ニュージーランドで暗雲を吹き飛ばし優勝。22歳と1日というWRC史上最年少記録で、堂々ワールドチャンピオンに輝いたのだった。

第9戦イープル・ラリー・ベルギーでのクラッシュ、第10戦アクロポリス・ラリー・ギリシャでの低迷。8戦5勝と快進撃を続けてきたロバンペラだが、この2戦で、そこまでの素晴らしい流れがピタッと止まってしまったように見えた。「やはり初タイトルのプレッシャーは大きいのか?」「ライバルが速さを増しアドバンテージが目減りしたのか?」など、WRC関係者の間では様々な失速原因が語られたが、おそらくそのいずれも間違いではなかっただろう。しかし、壁にぶち当たった時のロバンペラのメンタルの強さと、状況を改善する能力は、自分を含めたWRCを長年見てきた者の想像を、遥かに超えるものだった。

10年ぶりにWRCを迎えたラリー・ニュージーランドは、その攻め甲斐のあるグラベル(未舗装路)ステージから「ドライバーズラリー」と呼ばれてきた。牧場や丘陵地帯に設けられたステージは全体的に路面がフラットで、中〜高速のリズミカルなコーナーが続く。コーナーのアウト側が高くなっているバンク状のコーナーも多く、それを活用することで、通常よりも高い速度で旋回することが可能になる。クルマの性能とドライビングテクニックをフルに発揮して走ることができる素晴らしいステージに魅せられたドライバーは多く、第6戦サファリ・ラリー・ケニア以降、約4ヶ月WRCから離れていたセバスチャン・オジエが、その復帰戦としてニュージーランドを選んだのも納得できる。

ところが、久々のWRCニュージーランドは週末を通して天気が荒れ、多くの路面がウェットコンディションに。ニュージーランドの未舗装路は基本的には水はけが良いのだが、濡れた土が泥状になり非常に滑りやすくなっているコーナーも少なくなかった。ドライバーからは「路面のグリップ変化を掴みづらく、非常にトリッキーだ」という声も多く聞かれ、クルマのコントロールを失ってクラッシュするドライバーも何人かいた。デイ2までラリーをリードしていたエルフィン・エバンスもそのひとりであり、ロールケージにもダメージが及んでいたため、残念ながら競技を続けることができなくなってしまった。

一方、ロバンペラは雨を完全に味方につけた。選手権をリードする彼は、ニュージーランドでもフルデイ初日の金曜日を出走順一番手で走行。前回のアクロポリス・ラリー編でも解説したが、グラベルラリーでの一番手スタートは非常に不利である。それはニュージーランドでも基本的には変わらないが、断続的な雨によってそのディスアドバンテージはかなり低減された。道の表面に浮くルーズグラベルが、雨で下層の土に馴染んだからだ。ロバンペラにとってはまさに恵みの雨であり、金曜日の6本のステージのうち、ベストタイムを刻んだSS6も含めて4ステージでトップ3タイムを記録。結果、ロバンペラは出走順一番手で臨んだ金曜日を、首位オィット・タナックと7.2秒差の総合4位で走破した。アクロポリスでは、金曜日に34.5秒差の総合9位に沈んだが、それとは大違いである。

土曜日はさらに天気が悪化し、嵐の中での戦いに。グラベル路面は完全にウェットコンディションとなり、「雨のカッレ」がさらに本領を発揮することになった。2本目のSS9でベストタイムを記録すると首位に立ち、その後も2本のベストタイムを並べて独走状態に。土曜日が終了した時点で総合2位のオジエに29秒、3位のタナックに46.4秒という大差を築いた。

その日、10月1日はロバンペラの22歳の誕生日で、日中のミッドデイサービスでは、チームのケータリングスタッフお手製のバースデイケーキが用意され、若きラリーリーダーの誕生日を祝福。チーム代表のヤリ-マティ・ラトバラや担当メカニックたちは、可愛らしいバースデイ帽子を被って場を盛り上げた。戦いの渦中にあったロバンペラだが本当に嬉しそうで、非常にリラックスしていた。そのあどけない表情は22歳という実年齢よりも下に見えたが、タイトル争いのプレッシャーを微塵も感じさせないような落ち着いた振る舞い、そして戦いぶりは、バースデイケーキの22というロウソクの数字に違和感を覚えるほど老成したものだった。いずれにせよ、前2戦での不振は既に遠い過去のものになっていた。

土曜日終了時点で総合2位につけていたオジエは、タイム差があまりにも大きくついていたことから、リスクを負わず順位を守ることに集中。「路面は水びだしで、非常に難しいコンディションだった。あのような道でカッレがあれほど速く走ることができたことに脱帽するしかない。本当に素晴らしい仕事をしている」と、若きチームメイトを絶賛。オジエもまた、トリッキーな路面での速さに定評があるドライバーだが、ニュージーランドでのロバンペラの走りっぷりはオジエ以上だった。もっとも、4ヶ月ぶりのWRC出場ながらいきなりトップ争いに加わったオジエも、やはり怪物であることに違いない。他のレギュラードライバーたちよりも、Rally1車両での走行マイレージが遥かに少なかったにも関わらず、軽々と乗りこなしてしまうオジエの凄さを改めて実感した。

日曜日、タイトルに王手をかけてラリー最終日に臨んだロバンペラは、実に落ち着き払っていた。彼のコ・ドライバーで、やはり初タイトルがかかっていたヨンネ・ハルットゥネンは「カッレはとにかく冷静だったし、他のラリーの日曜日と同じように戦おうとふたりで決めていたんだ」と、ラリー後に教えてくれた。それはつまり、極端にペースを落とすのではなく、最後まで高い集中力を保って思いきり走ろうということ。実際、ロバンペラはオープニングステージでベストタイムを刻み、その後2本連続で2番手タイムをマーク。最終のパワーステージを前に、総合2位オジエに31.2秒、3位のタナックに47.9秒という十分過ぎる差をつけていた。最後のパワーステージはただ普通に走りきれば良かったのだが……その時僕は確信していた。絶対にパワーステージ優勝を狙っていると。

パワーステージの直前にはリグループが用意されていて、選手たちはメディアセンターも兼ねる休憩所で、食事を摂ったりしながらパワーステージに備えていた。優勝、そしてタイトルを争うトップドライバーたちが狭い仮設テントの中で出走を待つ光景はなかなかシュールだったが、そのような状況でロバンペラは出走ギリギリまでパソコンの画面に向かっていた。パワーステージのオンボード映像を何度も見直し、ペースノートの情報が正しいかどうかを細部までチェックしていたのだ。もちろん、他のドライバーたちも予習に励んではいたが、ロバンペラと同じくらい真剣に映像を見ていたのは、僅かではあるがその時点でまだ逆転タイトルの可能性を残していたタナックくらいだった。完全に追い詰められた状況ながら、最後の最後まで全力で戦おうとするタナックの姿勢にも、僕は感銘を受けた。パソコンの画面を見つめるふたりの距離は2メートル。彼らは自分自身と戦っていた。

僕の予想は当たった。ロバンペラは最後のステージを全力で攻めきり、SS2番手タイムだったタナックに0.5秒差をつけてパワーステージ優勝。その瞬間、ラリー・ニュージーランドでの優勝と、WRC最年少記録でのドライバーズタイトル獲得が決まった。パワーステージを走り終えた新王者ロバンペラは、ハルットゥネンと共にGR YARIS Rally1 HYBRIDのルーフ上に立ち奇妙な「勝利のダンス」で喜びを表現。優勝した直後にしか披露しない、満面の笑みも見せてくれた。やがて、ルーフ上から地面に降り立ったロバンペラに父親のハリさんが近づくと、WRC王者となった息子を強く抱きしめた。ハリさんは涙が止まらず、撮影していた僕も思わず涙腺が緩んでしまった。

22歳の新チャンピオン誕生の瞬間に立ち会うことができて、僕自身も本当に幸せな気分だった。そして、カッレが記録を更新するまで、27年間も史上最年少王者の称号を守り続けていた、故コリン・マクレーさんの姿が頭に浮かび万感胸に迫った。きっと彼も、雲の上から新王者ロバンペラに笑顔で拍手を送っていたに違いない。彼らふたりに共通するのは、クールな表情でとんでもなく熱く、アグレッシブな走りをするということだ。マクレーさんの激しいドリフト走行に憧れてラリードライバーになろうと決めた選手も少なくない。きっと、これから選手を目指す若者たちは、ロバンペラのようになりたいと思うのだろう。

改めて振り返ると、ロバンペラがありとあらゆるWRCの記録を塗り替えた3年間だった。トップカテゴリー出場3戦目で史上最年少表彰台を獲得し、2年目にして史上最年少優勝を果たしラトバラ代表の記録を更新。そしてマクレーさんの持っていた記録を5年以上縮めての史上最年少優勝タイトル獲得。今後しばらく、彼の記録を更新するドライバーは現れないだろう。9回世界王者に輝いたセバスチャン・ローブがラリーを始めたのは23歳の時で、昨年8回目の世界王座を獲得したオジエは22歳からラリーに出始めた。彼ら偉大なる世界王者たちがラリーの第一歩を踏み出した年齢で、ロバンペラは早くも世界チャンピオンになってしまったのだ。この先、どれだけ強いドライバーになっていくのか……想像すらできない。

ロバンペラと普段から仲がいい勝田貴元は「レース時代も含めて今まで凄い選手を何人も見てきましたが、カッレほど大きな衝撃を受けたドライバーは他にいません。彼はラリーカーでも市販車でも、乗ってすぐにそのクルマのハンドリング特性を理解し、どのようにコントロールすれば速く走らせることができるのか分かってしまうんです。例えば市販車に乗って、ひとつめのコーナーでクルマのバランスを掴んでしまう。天性の才能を持っているとしかいえません」と証言する。「才能もさることながら、努力も半端ないです。常にクルマのことを考えていますし、少しでも技術を上げようと日々努力しています。ベストタイムを出したステージでさえも『あそこがダメだった。最低だ!』と全く満足せず、とにかく自分に厳しい。そういった部分は普段あまり他の人に見せないのでクールな印象を受けるかもしれませんが、実は凄い負けず嫌いだし、人一倍努力をしているので、僕も大きな刺激を受けています」

負けても凹まず、勝っても満足せず。ただひたすら自分の理想の走りを追い求めるロバンペラは、ドライビングの求道者のようだ。ステージ上で彼の走りを観察、撮影していると、どんどんと引き出しが増えていっていることが分かる。以前はとにかくアグレッシブでクルマを振り回すことが多かったが、今年は誰よりもスムーズに走るようなシーンも多々見られる。まさに変幻自在。次のラリーではいったいどのような走りを見せてくれるのか、コーナーでカメラを構えるのが楽しみで仕方ない。

古賀敬介の近況

「ロバンペラがタイトルを獲得する、その歴史的な瞬間を見逃したらどうしよう!」という恐怖からようやく解放されました。10年ぶりに取材したニュージーランドはとにかく大変なラリーで、僕たちメディアも常に全開で仕事。パワーステージエンドで撮影をした後、ドロドロの道を全力疾走して表彰式に文字通り「滑り込み」ました。足もとは泥まみれになりましたが、22歳と1日の戴冠式をこの目で見届けることができて、本当に幸せでした!

FACEBOOK PAGE