モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY38 - スペインで三冠を決めたTGR WRTは初出場のラリージャパンをどう戦うのか?

スペインで三冠を決めたTGR WRTは初出場のラリージャパンをどう戦うのか?

WRCな日々 DAY38 2022.11.1

2022年のWRCは第12戦ラリー・スペインが終了し、セバスチャン・オジエが今シーズン初優勝。GR YARIS Rally1 HYBRIDで最初の勝利を手にした。その結果、TOYOTA GAZOO Racing WRTは二年連続となるマニュファクチャラーズタイトルを決め、既に獲得していたドライバーズおよびコ・ドライバーズ・タイトルと合わせて三冠の獲得を達成。チャンピオンチームとしてシーズン最終戦、そしてチームのホームイベントである「ラリージャパン」に凱旋する。

Rally1クラスでは、最終戦を待たずして全てのタイトルが決まってしまい、ラリージャパンでのタイトル争いを期待していた日本のWRCファンは、もしかしたら少しガッカリしたかもしれない。しかし、僕はといえば、逆にとてもワクワクしている。なぜならば、「タイトル争い」という大きなプレッシャーから全ドライバーが解放され、ただただ純粋に己の速さを発揮、証明するためだけに走ることができるからだ。

第11戦ラリー・ニュージーランドで初タイトルを獲得した直後、カッレ・ロバンペラに「これで残り2戦はノープレッシャーで戦えるね」と声をかけたところ、彼は「本当に肩の荷がおりたよ。日本のあの難しそうな道でドライバーズタイトル争いをすることだけは絶対に避けたかったからね」と、笑いながら頷いた。ロバンペラは2019年にラリージャパンのテストイベントとして開催された「セントラルラリー愛知・岐阜」でレッキ、つまりステージの下見走行だけを行なった。ラリージャパンのために少しでも日本の道の特徴を理解し、ペースノートのベースとなる部分を作っておこうと考えたのだ。

ラリー本戦には出場しなくとも、レッキのためだけに新規開催イベントに参加するドライバーは少なくない。WRCでも、有料ではあるが「レッキのみ」という参加枠が用意されている。翌年WRCとしての開催が決まっているラリーの場合、少しでも早く、そして多くのステージ情報を収集しておくアドバンテージは大きい。そして、2020年に開催が予定されていたラリージャパンに備えて開催された、2019年のセントラルラリー愛知・岐阜には、当時Mスポーツ・フォードのドライバーだったエルフィン・エバンスの姿もあった。また、2019年がWRカーでのWRC参戦初年度だった勝田貴元は、ヤリスWRCを駆って選手として出場。期待に違わぬ熱い走りで、国際格式クラスを制した。

もちろん、セントラルラリー愛知・岐阜のステージと、ラリージャパンのステージは完全には同じではないはずだし、走行距離も大きく異なる。しかし、既に主催者が公開している簡単な地図やアイテナリーを見る限り、同じエリアや道を走るステージもかなり多くありそうだ。そのため勝田、ロバンペラ、エバンスの3人はステージに対するイメージをそれなり持っているといえる。勝田は「あくまでもセントラルラリーに出た時の印象をもとにした想像でしかないですが」と断った上で、ラリージャパンのステージについて次のように語る。

「全体的には道幅が狭くて、木々に囲まれたツイスティな山道が多そうです。他のWRCのステージと比べると路面は比較的フラットですし、舗装のコンディションもいいとは思いますが、苔や落ち葉があるコーナーはかなり滑りやすかったですし、早朝気温が低い時はタイヤもなかなか暖まらないため、グリップを得にくいかもしれません。また、道の脇に排水溝がある峠道も多かったので、コーナリングラインが膨らんだりしてタイヤを排水溝に落としてしまったりすると、パンクをする危険性が高いと思います。そのため非常にトリッキーなラリーだといえますが、一部にはハイスピードなセクションもありそうですし、チャレンジし甲斐があるラリーになると思います」

僕も2019年のセントラルラリーを取材し、全てのステージを下見走行したが、その時は「この道を本当にヤリスWRCが全開で走るの?」と驚いた。最高出力380馬力以上というモンスターラリーカーを、勝田はあの狭い道で自分のコントロール下に置けるのだろうかと、勝手に心配していた。ところが、勝田はヤリスWRCを見事に操り、迫力の走りを見せてくれた。狭い林道だけでなく、民家が建ち並ぶ生活道路のステージも全開で駆け抜け、それを見ていた地元の住人たちが大喜びしていたことが今でも忘れられない。残念ながらコロナ禍によりラリージャパンは2年連続で延期となり、WRカーによる戦いは実現しなかったが……。

今年のGR YARIS Rally1 HYBRIDは、ヤリスWRCよりもさらにパワフルな、500馬力オーバーのインテリジェントモンスターだ。しかも、レギュレーションにより前後の駆動力配分を制御するセンターデフを装備していないため、ツイスティなステージではどのクルマも昨年までのWRカーよりも曲がりにくくなっている。「ツイスティな道でアンダーステアが出てしまうと、もうどうにもならないので、多少後輪が横方向に滑ったとしても、コーナーで向きを変えやすいセッティングにした方が速いかもしれません。でも、あまりにも曲がりすぎるクルマだと安定感がなくなり、それはそれで速く走れないので、バランスの見極めが難しいですね」と、勝田。「しかも、ヨーロッパ以外のラリーは事前にその国でテストをすることが許されていないので、持ち込みのセッティングがとにかく重要です。ラリー前にシェイクダウンをやる場所は、もしそこが僕が知っている道だとしたら、ラリー本番の峠道とは大きく異なるので、最終セッティングを確認することは難しい。金曜日に山岳ステージをフルに走るまでは、持ち込んだセッティングが本当に合っているのかどうか分からないので、かなり不安な面はあります」

開発拠点をフィンランドに置くチームにとって、もうひとつの「ホームイベント」であるラリー・フィンランドでは、実際にラリーで使われるステージとかなり条件が近い道でテストをすることができる。それでも、路面コンディションがテスト時と僅かに異なるだけで、完全に合わせ込んでいたはずのセッティングがズレて思うように走らないといったようなことも過去にあった。トヨタにとっての地元であり、通常ならば大きなアドバンテージがあると考えられる中部地方の道ではあるが、WRCレベルのコンペティションにおいては、その限りではない。いくら入念に準備をして臨んだとしても、状況が予想と異なった時に迅速に対応できる高い調整力を備えていなければ、勝つことは不可能だ。それはクルマのセッティングを担当するエンジニアだけでなく、ドライバーも同様である。

オジエは、トヨタのドライバーの中で唯一、中部地方のターマックステージを目にしたことがない。そのため状況的には不利に違いないが、前戦スペインでの圧倒的な速さを見た後では、彼もまた優勝候補のひとりであると断言できる。今、乗りに乗っているロバンペラが全力で挑んでも追いつけないほどの圧巻の速さを、スペインでのオジエは備えていた。しかも、初日の金曜日はターマックラリーではかなり不利となる、後方の7番手スタートだったにも関わらずだ。前走者たちがコーナーをインカットして走った結果、路面は掻き出された土や砂利でかなりダーティになっていたようだが、オジエは臆することなく攻めきり、SS3でベストタイムを刻み首位に浮上。続くSS4で総合2位に順位を下げたが、SS5でリーダーに返り咲き、その後は最後まで誰にも首位を譲らなかった。フルタイム出場を止めた、スポット出場ドライバーとは到底思えぬほどの、圧巻のスピードだった。

過去を振り返ってみれば、2020年のラリー・モンツァ(イタリア)、2021年のクロアチア・ラリーと、オジエはWRC初開催だったターマック・ラリーで優勝している。いずれも非常にトリッキーな路面コンディションで、オジエの調整力の高さが光っていた。また、オジエ自身も「新しいラリーに出るのはいつも楽しいし、力を発揮できる自信もある」と述べている。だからこそ、前戦スペインで実戦の「勘」を完全に取り戻したオジエが、ラリージャパンでも優勝候補の筆頭であると思えるのだ。

もっとも、ターマックを得意としているドライバーはオジエだけでない。チーム内ではロバンペラも、エバンスもターマック巧者だ。また、ヒョンデのティエリー・ヌービル、オィット・タナック、ダニ・ソルドもターマックラリーで優勝経験がある。さらに、Mスポーツ・フォードのクレイグ・ブリーンも、道幅が狭いターマックステージを得意としている。つまり、ターマックラリーで優勝する力を持ったドライバーだらけであり、そのような猛者たちに勝田は地元のファンの期待を背負って勝負を挑もうとしているのだ。

「ラリージャパンは待ち焦がれていた真のホームラリーなので、今シーズンの集大成となるような戦いをしたいと思っています。これまでは経験を積むことを最も重視して、あまり大きなリスクを負わないような戦いをしたラリーも多かったですが、ラリージャパンでは表彰台争いに加わるために、最初のステージから全開で攻めて行きます。そのための予行演習をラリー・スペインの最後のパワーステージで行い、最初から最後まで攻めきりました。序盤に攻め過ぎてタイムロスをしてしまいましたが、それによってどこまで攻めたらタイム向上に繋がるのか学ぶことができました。スペインでの経験をもとに、ラリージャパンでは応援していただく皆さんのためにも、最高の走りを見せたいと思っています」

12年ぶりに日本で開催されるラリージャパンは、ハイブリッド時代の初年度を締めくくる一戦であり、トヨタにとっては初の凱旋ラリーとなる。紅葉に包まれた秋の愛知、岐阜で、世界最高のラリーカーとドライバーたちが繰り広げる走りの饗宴を、僕も存分に楽しみたいと思う。

古賀敬介の近況

ラリージャパンの2週間前、スーパーフォーミュラの最終2戦が行なわれた鈴鹿で、勝田貴元選手に遭遇しました。既に日本に帰国していて、親友である平川亮選手の応援に駆けつけたようです。今季、平川選手は2勝して最後までタイトル争いに残りましたが、残念ながら王座獲得には至らず。しかし、最後のレースまで闘争心溢れるいい戦いを見せてくれました。僕は今季のサーキット取材はこの鈴鹿で終了。間もなく始まるラリージャパンの取材に、コンディションを整えて全力で臨みます。

FACEBOOK PAGE