-
/li>
12年ぶり開催のラリージャパンで表彰台獲得。
勝田貴元は母国ラリーをいかに戦ったのか?
WRCな日々 DAY39 2022.11.25
12年ぶりのWRC日本ラウンド「ラリージャパン」は、誰もが待ち望んでいた一戦だった。もちろん、20年以上取材者としてWRCに携わってきた僕もそのひとりで、コロナ禍での二年連続中止という失望を味わったことにより、その思いはさらに強まっていた。そしてついに実現に至ったラリージャパンは、勝田貴元の地元ポディウムフィニッシュという素晴らしい結果もあり、とても感動的で、感慨深い一戦となった。
久々のWRC日本開催ということで、他のWRCイベントよりもかなり早めに現地に入り、じっくり時間をかけてステージの下見をした。ステージの一部は2019年にテストイベントとして行なわれた「セントラルラリー愛知・岐阜」や、2021年の「セントラルラリー」と重なっていたが、走行距離は比較にならないくらい長く、ステージの数も増えていた。そして、下見をしながら「500馬力オーバーのRally1 HYBRIDが、果たしてこの道を全開で走れるのだろうか?」という疑問が、何度も頭に浮かんだ。それくらい、ラリージャパンのステージの多くは道幅が狭く、ツイスティで、滑りやすかったのだ。レンタカーでゆっくり走っていたにも関わらずだ。
ラリーの舞台となったのは愛知県の三河地域と、岐阜県の東濃地域。11月上旬の里山や深山は紅葉で美しく色づき、日本の秋を色濃く感じた。幸いにもラリーウィークは土曜日まで好天に恵まれ、日中はこの時期にしては気温も高く、非常に過ごしやすい日が続いた。ラリーを、WRCを行なうには絶好のコンディションだったが、林の中の狭路に入ると鬱蒼とした雰囲気に包まれ、まるでサングラスをかけた時のように一瞬で視界が暗くなった。木漏れ日により路面は光と陰のコントラストが非常に強く、大きな落ち葉が落石に見えたことも幾度か。道幅は対向車とすれ違うことが難しいほど狭く、しかも道端には幅20cm程度の排水溝があるため、実際はさらに狭い。
やがて、暗さに目が馴れ路面を観察すると、所々に妖しく緑色に光る苔の絨毯が広がっていた。雨はしばらく降っていなかったが、地面からしみ出した水によるものか、ニュルニュルと滑る苔も少なくなく、少し強めにブレーキをかけるとタイヤのグリップが失われる感覚があった。Rally1 HYBRIDが500馬力で地面を蹴ったり、フルブレーキングをしたら、一体どれくらい滑るのだろうか? と想像しながらさらに林道を進むと、大量の落ち葉に覆われたコーナーが現れた。ラリーの主催者はかなり念入りにコース清掃を行なったようだが、この時期は半日もすれば路面は落ち葉に覆われる。ブラインドコーナーの先に落ち葉が広がっていたら、ドライバーたちはどうやって対処するのだろうかと、頭の中のクエスチョンマークがさらに増えた。その一方で、非常にハイスピードな峠道セクションも少なくなく、一部ステージを除くと速度変化がかなり激しく、リズムを作って走ることが難しいラリーだと感じた。
ステージを下見走行している途中で、レッキ中の勝田選手に遭遇した。その時、何だかいつもよりも疲れているように見えるなあと思ったが、後で話しを聞いてみるとやはり他のラリー以上に多忙な日々を送っていたようだ。初めて迎える母国開催ラリーということで想像以上に注目が集まり、事前の取材やミーティング、関係者への挨拶まわりなどラリーウイークの前週からスケジュールがパンパンで、競技そのものに対する準備をするのは夜遅くになってからということが多かったという。
「チームのスタッフはかなり気を遣ってくれて、なるべく負担をかけないようにしてくれていましたが、応援してくれている人たちへの挨拶やプロモーション活動も、僕にとっては非常に大切な仕事です。僕に限らず、自動車メーカーのワークスドライバーたちは、みなそのような仕事もしっかりやった上でラリーを戦っていますし、それがホームイベントともなれば、いつも以上に忙しくなるのは当然です」と勝田。彼が日本代表、そしてラリージャパンのアンバサダー役という大きな責任を感じて、今回の日本戦に臨んでいるのだなと理解した。その精神的なプレッシャーは、相当なものだったに違いない。
「2019年にヤリスWRCでセントラルラリーに出たので、その時に作ったペースノートの一部を活用できるかもしれないと考えていましたが、実際は全く役に立ちませんでした。3年前とは自分のペースノートのシステムが大きく変わっていましたし、走りのレベルも進化していたので、完全に新しく作るしかなく、他の選手に対するアドバンテージはほとんどないと思います」と勝田。
愛知県長久手市出身の勝田には、地元開催のアドバンテージがあるに違いないと、多くの人が考えていたことだろう。たしかに皆無ではないだろうし、どのような道かを知っていることは少なからずプラスである。しかし、WRCトップドライバーたちの新しいイベントに対する適応力の高さは我々の想像を遥かに超えており、しかもフルにステージを走るのも、Rally1 HYBRIDで走るのも今回が初となれば、勝田の地の利は微々たるものでしかない。また、ヨーロッパ圏外のラリーでは現地でのプレイベントテストが禁じられているため、GR YARIS Rally1 HYBRIDが愛知県のラリーステージを走行するのは今回が初めてである。つまり、勝田にもチームにも、ホームイベントであることのアドバンテージはほとんどなかったといっていいだろう。
ラリーは11月10日(木曜日)、サービスパークが置かれる豊田スタジアムでのセレモニアルスタートに続き、鞍ケ池公園でのナイトステージ、SS1でスタート。前戦ラリー・スペインで優勝したセバスチャン・オジエがベストタイムを刻んだ。僕は、ラリー前に多くの人からラリージャパンの展望を聞かれた時「個人的にはオジエが優勝争いに加わると思う」と予想を述べていた。彼はこれまで「初モノ」のラリーに滅法強く、しかも路面コンディションが変化しやすいトリッキーな舗装ラリーを得意としている。さらに、低速でテクニカルなセクションでのマシンコントロールが抜群に上手いため、その全ての要素が揃っているラリージャパンは、きっと彼に合っているだろうと考えたのだ。グリップが安定しない路面でのオジエのブレーキングの巧みさは、苔や落ち葉に覆われた路面で大きな強みになるに違いないと見ていた。
それだけに、他のステージとはキャラクターがかなり大きく違ったとはいえ、SS1でオジエがスタートダッシュを決めたことに驚きはなかった。オジエはクルマを上手く乗りこなしていたし、ステージ後のコメントにも自信が感じられた。きっと彼は翌日の金曜日以降も好調を保つだろうと、僕は確信していた。ところが、山岳地帯での本格的なステージが始まった金曜日の1本目、SS2でオジエはいきなりパンクを喫しホイール交換で2分40秒程度を失い、最下位に転落してしまった。「何でパンクをしたのか分からない。僕の戦いは終わってしまったよ」という言葉からは、やり場のない怒りと深い悲しみが伝わってきた。彼はタイヤに優しいドライバーとして知られてきたが、ここ1年半くらいはなぜかタイヤのトラブルに遭遇することが多く、相当なフラストレーションを感じているようだ。
オジエに代わって首位に立ったのは、SS2でベストタイムを記録した22歳の新世界王者、カッレ・ロバンペラだった。しかし、キャンセルされたSS3を経て行なわれたSS4、それに続くSS5ではエルフィン・エバンスが連続ベストタイムで首位に。SS7のステージキャンセルにより、結果的に一日のファイナルステージとなったSS6はロバンペラがベストタイムで駆け抜けるも、エバンスが首位を堅持。3秒差で2位ヒョンデのティエリー・ヌービル、5.1秒差で3位ロバンペラという順位でデイ2は終了した。この日、GR YARIS Rally1 HYBRIDは走行した全ステージを制覇。クルマの仕上がりはかなり良かったようだ。
日本期待の勝田はといえば、首位と20.6秒差の総合5位。午前中のステージでの遅れがやや響き遅れをとってしまったが、内容的には悪くはない一日だったといえる。「ラリージャパンのステージは非常にツイスティなので、ステアリングを切った時に反応良く曲がってくれないとタイムを失ってしまいます。そのようなセッティングをすると速度の高いコーナーではリヤのスタビリティが失われやすいのですが、それでも『曲がるクルマ』に仕上げないとタイムは出ない。そのため意識してそのようなセッティングにしたつもりだったのですが、それでも十分ではなく、午前中はアンダーステアが強く曲がりにくさを感じました」と勝田。そのためチームは昼のミッドデイサービスでデフのセッティングを変更し、より曲がりやすいハンドリングに調整して勝田を午後のステージへと送り出した。結果、アンダーステアはかなり解消され、SS6で勝田はベストタイムのロバンペラと1.8秒差の4番手タイムを記録。表彰台を狙えるスピードを手にした。
しかし、翌日土曜日のデイ3午前中、勝田のペースは鈍化した。朝のステージは路面のグリップが安定せず、自信を持って攻めきることができなかったのだ。特に、朝2本目のSS9は勝田にとって苦しい展開となり、危ないシーンも見られた。中盤、民家の角のジャンクションを曲がりきれず、土手を駆け登りタイムをかなり失ってしまったのだ。その時の状況を、勝田は次のように説明する。
「ジャンクション手前のブレーキングゾーンにグラベルが出ていて、速度を落とし切れず正面の土手を上ってしまいました。選手によっても違うのですが、僕はレッキの時グラベルが出そうなところはあえてペースノートにその情報を入れず、ステージ開始前に走行するルートノートクルーに最新情報をフィードバックして入れてもらうようにしています。レッキでペースノートを作る時にグラベルが出そうなところを全て書き込んでしまうと、必要以上に注意をして走りペースが落ちてしまうので。ところが、ルートノートクルーの情報を反映した最新のペースノートには、グラベルに関する情報が記されていなくて、気がついた時にはグリップを失ってしまいました。これはルートノートクルーのミスではなく、コミュニケーションを上手くとれていなかったことが原因だと思います」
そのSS9は終盤に三河湖の湖畔を走行するが、そこでも勝田のペースは上がらなかった。路面を覆う湖の湿気が朝の冷気で霜のようになり、予想以上にグリップが低かったからかもしれないと、勝田は原因を分析する。同じステージを再走する午後のSS12でも勝田は苦戦したが、それはまた別の理由によるもの。午後は、前半のツイスティなセクションを上手く走れず、ペースノートの出来も今ひとつだったという。「今回のラリーで、三河湖のステージは2本とも苦戦しました。また、三河湖だけでなく、土曜日は全体的にあまりいい走りができなかったですね」と勝田。実際、土曜日に行なわれた5本の山岳ステージのうち4本で、勝田は1本あたり12〜14秒程度の遅れをとり、一日が終了した時点で首位との差は1分4秒以上に拡がっていた。そのことからも、彼がいかに苦戦したかがわかるが、新城市の超高速ステージ、SS10ではベストタイムのオィット・タナックと僅か0.4秒差の3番手タイムを記録した。「前のステージで危ないシーンがあったので、限界まで攻めきれなかったのですが……」と勝田は残念がったが、ベストタイムを刻んでいた可能性も十分にあった、素晴らしいアタックだった。
土曜日が終了した時点で優勝争いからは脱落した勝田だが、それでも総合4位と表彰台を狙えるポジションにはつけていた。土曜日朝1本目のSS8では、コーナリングラインが膨らんだロバンペラが岩壁に接触。タイヤにダメージを負い2分40秒程度の遅れをとってしまった。オーバースピードが原因ではあるが、非常に道幅が狭いセクションで路面には落ち葉も多くあった。日本の道特有の罠に、新チャンピオンは足をとられてしまったのだ。これで、トヨタ勢二人目の優勝候補が脱落するという事態になったが、エルフィン・エバンスが首位ヌービルと4秒差の総合2位につけ、十分に優勝を狙える位置にいた。今シーズンは優勝がないエバンスだが、もともとターマックラリーは非常に得意であり、クルマに対しても自信を持ちつつある。彼は、最終日での逆転勝利をチームと共に虎視眈々と狙っていた。
長期に渡り好天が続いていた三河および東濃地域だったが、ラリー最終日はほぼ確実に雨が降るという天気予報。それでも早朝は時々青空も見え、問題はどのタイミングで雨が降るかだった。5本あるステージのうち、最後のSS19はまず間違いなく雨が降るだろうというのが各チームの予想。しかしSS19は距離が7.52kmと短いため、雨量が少なければ雨専用のウェットタイヤでなく、ソフトタイヤでも乗りきれるとトヨタのドライバーたちは考えた。唯一、勝田を除いては。日曜日は朝サービスを出る時のタイヤセットで一日を走り切らなくてはならず、降雨の可能性が高い最終のSS19を除いた走行距離は62.32kmと長い。もし雨が降らなかった場合はハードタイヤでタイムを稼ぐことができ、ソフトタイヤは軽い雨ならば乗りきることができる。そこで、エバンスを始めとするトヨタ勢はあえてウェットタイヤを搭載せず、ドライなセクションを重視してハードタイヤ3本、ソフトタイヤ3本の計6本を選んだ。ロバンペラに至ってはハード5本という実験的なアプローチをとったが、それは勝負よりも来季に向けてのセットアップやデータ収集を優先したためである。そして、勝田は降雨を警戒してウェットタイヤを1本ではあるが選択し、それにハード3本、ソフト2本を加えた計6本で最終日のステージに臨んだ。
対して、ヒョンデは首位ヌービル、総合3位のタナックともにウェット2本、ハード2本、ソフト2本という降雨時のパフォーマンスおよび安全性を重視したタイヤ選択を実施。上位争いをするマニュファクチャラー間で大きく異なったタイヤ選択が勝負にどう影響するのか、非常に興味深い朝となった。ドライコンディションとなった朝1本目のSS15ではエバンスがベストタイム、オジエがセカンドベストタイムと、ハードタイヤ3本を選んだトヨタ勢が速く、エバンスは首位ヌービルに0.6秒差に迫った。続くSS16もドライコンディションであったため、エバンスがヌービルを抜いて首位に浮上する可能性もあったが、エバンスは道幅が狭いセクションでコーナリングラインを乱し、その際タイヤがホイールのリムから外れてしまった。結果、エバンスはステージ中にクルマを止めてホイール交換をしなくてはならず、1分46.7秒遅れの16番手タイムに。総合4位に順位を落とすことになった。
トヨタ勢は、これでワークスノミネートを受けた3人全員がホイール交換によるタイムロスで優勝争いから脱落したことになり、初の地元開催イベントで非常に残念な展開となってしまった。しかし、エバンスが順位を落としたことにより、勝田が総合3位にポジションアップ。表彰台フィニッシュのチャンスが出てきた。とはいえ、実は勝田もタイヤに問題を抱えており、朝2本目のステージでタイヤがリム落ちしていた。そのため、設定よりもかなり多く空気を入れないと走れない状態だったのだ。しかもそれが、降雨時には絶対必要なソフトタイヤであることが勝田にとっては大きな不安要素であり、チームの予想よりもやや早く、最後から2本目のSS18で強い雨が降り始めた時、勝田はその内圧がかなり高目のソフトタイヤを履かざるを得なかった。
勝田は、ウェットコンディションとなったSS18にウェット1 本、ソフト2本(うち1本はリム落ち)、ハード1本というバラバラのタイヤセットで臨んだが、グリップバランスが想像以上に悪く、大幅にタイムを失った。特に、時間に追われて誤って前輪に履かせてしまったハードタイヤは、濡れた路面でまったく暖まらず「ハード1本だけカチカチで、タイヤが着いていないのではないかと思うくらいグリップしませんでした」と勝田。雨の中、片側のコーナーだけ曲がらず、止まらずという困難なハンドリングに手を焼き、総合3位は守ったものの、総合4位に順位を上げたオジエに23秒差に迫られた。通常ならば、最終ステージを前に23秒差ならば何とか順位を守りきれるタイム差だといえる。しかも、最終ステージは7.52kmと短いため逆転される可能性はそれほど高くない。しかし、相手は百戦錬磨のオジエであり、雨で滑りやすいトリッキーな路面を得意としている。オジエは、金曜日最初のステージでのパンクにより勝機を失うも、そこから何本ものベストタイムを刻んで順位を急速に挽回。他の選手の脱落もあったとはいえ、ついに表彰台を狙える位置まで上がってきたのだ。計算上は、もしパンクを喫していなかったら首位に立っていたことになる。オジエは、間違いなく今回のラリージャパンで最速のドライバーだった。
表彰台を争う立場になった時、オジエにとって勝田はチームメイトでありつつも、ひとりのライバルである。勝田にとっての地元イベントではあっても、自分のスピードを緩めてまでチームメイトの表彰台獲得を援護するような甘い戦い方を彼はしない。オジエは、最終ステージを前に「最後まで全力で行くから」と勝田に伝え、実際かなり攻めた走りで勝負を仕掛けた。雨量が多く、ウェットタイヤを1本も持っていなかったオジエにとってはかなり厳しいコンディションとなり「何度も何度もコントロールを失いかけた」とオジエ。それくらい、ハードなアタックを敢行したということだ。一方、勝田はウェットタイヤを1本履いていたとはいえ、ソフトの1本はリム落ち寸前でバランスは最悪。やはり、アクアプレーニングにより何度もコントロールを失ったが、何とかフィニッシュまでクルマを運んだ。結果、オジエを12.3秒差ながら抑えきり、今シーズン2回目の、そしてホームラリー初出場での3位表彰台を獲得したのだった。
パワーステージポディウムで豊田章男チームオーナーや家族に迎えられた勝田は、少し表情が硬いように見えた。むしろ、周囲の人々のほうが喜んでいたように感じたが、それについて後日勝田は「表彰台を獲得したという喜びよりも、何とか期待に応えることができてホッとした気持ちの方が強く、あまり笑顔がなかったのかもしれません。あと、かなり疲れていたのも確かです」と述べた。最後まで大きな圧をかけ続けたオジエは「おめでとう、やったじゃないか!」と笑顔で勝田に声をかけ、健闘を讚えた。そして2位でフィニッシュしたタナックは、かつてチームメイトだった時代に弟のように可愛がっていた勝田を力強くハグ。優勝したヌービルも、勝田の表彰台獲得をとても喜んでいた。その場にいた人全員が幸せな気持ちになった、雨中のパワーステージポディウムだった。もちろん僕も、とてもハッピーな気持ちで笑いながらシャッターを押し続けていた。
振り返って見れば、最終日のタイヤ戦略はトヨタもヒョンデもほぼ正解だったといえる。もしエバンスがタイヤをリム落ちさせていなかったら、彼が逆転優勝していたかもしれない。同じタイヤセットで、オジエがドライでもウェットでも速かったことがその根拠である。また、降雨のタイミングが少し遅く、最終ステージだけがウェットコンディションだったとしたら、オジエとエバンスのタイヤ選択は大正解だったに違いない。一方で、ヘビーウェットのコンディションではやはりヒョンデ勢が2本選んだウェットタイヤが安定した走りを生んだ。彼らチームが、ドライバーたちが優勝に相応しい戦いをしたことは間違いない。各チームの天候を読む力とタイヤ戦略、そしてドライバーのタイヤマネージメント能力とドライビングスキル。これら全ての要素が絡み合ってハイレベルな戦いを生み出し、非常に見応えのあるラリー最終日、そして2022年WRCシーズン締めくくりの一日になった。
12年ぶりに開催されたラリージャパンは、数多くのステージキャンセルなど競技運営面で少なくない問題が見えた。しかし、それでも大勢の観客がラリーを楽しみ、素晴らしい戦いが繰り広げられ、勝田の表彰台フィニッシュという日本人にとっては嬉しいストーリーで幕を閉じた。勝田の優勝を期待していた人も多かったに違いないが、土曜日のステージでの大きな遅れからも分かるように、実力で優勝を掴むだけの速さは正直備えていなかった。それでも、これまでどちらかといえば相性があまり良くなかったターマックラリーでトップに近いタイムを出しながらも安定して走行し、トヨタの中で唯一ホイール交換をすることなくラリーを走り抜き、表彰台を獲得したことは高く評価されるべきだろう。今シーズンの彼の戦いを象徴するような一戦だった。勝田は、ラリージャパンで表彰台に立つという大きな目標に向けて2022年を計画的に戦い、これまで以上に多くの経験を積み、WRCドライバーとしてのレベルを大幅に高めた。先日発表されたばかりだが、ワークス3台目のシートを来季オジエとシェアすることになったのも、その実力をチームが認めたからだ。来年のラリージャパンで勝田が日本に帰ってきた時、彼は常に表彰台争いに加わり、優勝を狙えるドライバーに成長しているに違いないと、明るい未来を感じながら、ポディウムの勝田を夢中で撮影し続けた。
古賀敬介の近況
ようやく海外メディアの友人たちに日本で会うことができました。みんなラリージャパンに行くことを本当に楽しみにしていたようで、取材を、観光を満喫したようです。オーストラリア人カメラマンのマット君は日本食が大好きで、トロロ蕎麦を「うまい、うまい」とぺろり。来年もまた、多くの海外メディアが日本に来てくれることを楽しみにしています。