モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY41 - 格段に速さを増したGR YARIS Rally1HYBRIDを駆り、オジエがモンテカルロ9回目の優勝で昨年の雪辱を果たす。

格段に速さを増したGR YARIS Rally1HYBRIDを駆り、
オジエがモンテカルロ9回目の優勝で昨年の雪辱を果たす。

WRCな日々 DAY41 2023.2.3

あらかじめ決めておいた撮影ポイントに陣取り、午前9時半のシェイクダウン開始を待った。1年ぶりのラリー・モンテカルロ。モナコの裏手、フランス南部の山岳地帯で行われるシェイクダウンのステージは、昨年と全く変わらないレイアウトだ。全長は2.29kmと短く、昨年は何度もレンタカーで走り、自分の足でも半分以上の距離をテクテク歩いていたから、コーナーはほぼ全て覚えている。そうか、Rally1がデビューしてからもう1年経ったのかと、中速の左コーナーをぼんやり眺めながら思った。昨年、このシェイクダウンでRally1の走りを初めて目の当たりにし、正直なところ少し動きがモッサリとしているなあと感じた。ハイブリッド化により相当パワフルにはなったけれど、重量もかなり増え、クルマのバランスはWRカーの時代よりも悪化。キビキビとしたWRカー時代の鋭い走りがまだ頭の中に残像としてあったこともあり、Rally1の挙動はややダルに見えた。その後、エンジニアたちの開発努力によりどんどんと機敏にはなっていったけれど、モンテカルロのシェイクダウンで感じた小さな落胆は、なかなかぬぐい去ることができなかった。

ところが、1年経って目の前に飛び込んできた新王者カッレ・ロバンペラが駆るGR YARIS Rally1HYBRIDは、驚くほどシャープにターンを開始し、1年前のようにコーナーのミドルでムズムズと少し迷うような動きもなく、実に軽快に、そしてトラクションをしっかりとかけながらコーナーを立ち上がっていった。思わず「ハヤッ!」とシャッターを押しながら叫んでしまったが、それくらいクルマが速く、機敏に見えたのだ。そして、そのような走りをしたのはロバンペラだけでも、GR YARIS Rally1 HYBRIDだけでもなく、Rally1のほぼ全車が軽快にコーナーを駆け抜けていったのだ。まるで、ぶ厚い冬物のコートを脱ぎ捨てたかのような走りだった。

撮影を続けながらシェイクダウンのタイムをチェックすると、最速はセバスチャン・オジエで1分44.6秒。では、昨年はどうだったかと1年前のシェイクダウンのタイムを見ると、最速はやはりオジエで1分50.4秒。何と、6秒近くも速くなっているではないか。全長2km強の同じステージで、ほぼ変わらぬ路面コンディションなのに、6秒もタイムが縮まるなんて、驚きでしかない。コースサイドで異質な速さを感じたのも当然だ。エンジンとハイブリッドブーストの絶対値はそれほどは大きく変わっていないはずだから、やはりハンドリングが格段に進化したのだろう。デビューから1年、Rally1はWRCのトップカテゴリーに相応しい、ビビッドな挙動のラリーカーに進化していたのだった。

シェイクダウンでの印象は、競技が始まっても変わらず。ドライバーたちは皆、自信を持ってクルマを操っているように見えた。戦いの舞台となるフランス南部の山岳地帯は今年も路面に雪はほぼなく、昨年唯一雪が残っていたディーニュ=レバン北側のステージがルートから外れたため、完全な「ドライモンテ」といえる路面コンディションだった。もちろん、少し濡れていたり、朝方や夜間には一部に凍結路面もあったが、その総量は昨年と比べても遥かに少なかった。おかげでラリー前に行なったステージの下見はとても順調に進んだが、有名なチュリニ峠のあたりで突然青空が濃いグレーの雲に覆われ、ジャンジャンと雪が降ってきた。幸いにもスタッドレスタイヤを履いていたので急な上り坂でも前に進むことはできたが、路面はあっという間に4cm程度の雪で覆われ、サマータイヤだったらコントロールが効かなくなるような状況だった。もし自分が選手で、雪は降らないという予想に基づきドライタイヤのみでステージを走行していたら……。モンテカルロの天気を読む難しさ、それが外れた時の怖さを改めて理解した。

とはいえ、今年のモンテカルロでは最初から最後までスタッドレスタイヤもスタッドタイヤも出番はなく、乾いた路面でハイスピードな全力勝負が繰り広げられた。そして、圧倒的な速さでスタートからライバルを一気に引き離したのは、オジエだった。昨年、オジエはモンテカルロで長年の好敵手であるセバスチャン・ローブと最後まで優勝を争い、惜しくも2位でラリーを終えた。ベテランふたりの戦いは本当に見応えがあり、敗れたオジエは爽やかに勝者ローブを祝福。ローブはモンテカルロ8勝目を飾り、オジエの8勝に並んだ。とはいえ、その時点でオジエの8勝のうち1勝は、WRC開催ではなかった2009年大会で獲得したもの。誇り高きオジエとしては、純粋なWRC開催モンテカルロでローブ以上の勝ち星を得たかったはずだ。実際、今年のモンテカルロでのオジエには、例年以上の覇気と強い覚悟が感じられた。「絶対に勝ってやる」という闘志が、メラメラと瞳の中で燃えているように見えた。

オジエは昔から、相手に惑わされず自分のペースで走り続けることがモンテカルロで勝つ秘訣だと言い続けてきた。ほんの僅かでも限界を超えてしまうと、このラリーでは簡単に全てを失ってしまうことが多い。だから、オジエは非常にクレバーな戦いをすることが多かった。しかし、今年のオジエは何というか、リミッターを完全に外してしまったようにも見えた。その結果が木曜日のナイトステージのSS1から、翌金曜日のSS5までの5本連続ベストタイムであり、オジエはSS5までに2位ティエリー・ヌービルに対し30秒以上の大差を築いてしまった。完全にレベル違いのスピードだった。

各SSのタイムを見ると、オジエにはかなり余裕があったようにも感じるが、実はそうではなかった。オジエは金曜日午前中のステージでハイブリッドブーストが得られないトラブルに遭遇。100馬力前後と予想されるパワーロスは、ドライコンディションであるがゆえに本来ならば大きなハンデとなったはずだ。ところがオジエは、パワーのマイナス分を補うべくリスクを負ってフルアタックを敢行。ライバルよりも大幅にパワーが少ない状況で刻んだベストタイムだったのだ。本気で攻めた時の「モンテの帝王」のスピードに、きっと全ドライバーが震撼したに違いない。

もっとも、オジエの速さは昨シーズンの終盤から完全に復活していた。ロバンペラに次ぐ総合2位に入ったニュージーランド、優勝したスペイン、そして序盤のパンクさえなければ優勝していた可能性もあった日本。勝利への渇望はどんどんと強まっていき、彼にとってのフェイバリットイベントであるモンテカルロでその想いは爆発した。このラリーの優勝トロフィーだけは絶対に誰にも譲らないという強烈な意志が、迷いのない走りとタイムに現れていた。ただし、リスクを冒すべきところと、守るべきところのマネジメントが完璧にできていたのは、流石元世界王者である。彼がもっとも恐れていたのは掻き出された石やインカットによるパンクであり、そのような場所ではペースを抑える「勇気」も持っていた。特に、土曜日のステージは路面がダーティなところが多く、オジエは総合2位に順位を上げていたロバンペラに対する大量のリードをジワジワと失っていった。金曜日終了時点で36秒あったリードは、土曜日が終わった時には16秒まで目減りしていたのだ。昨年は珍しく多くのパンクを喫し勝機を何度か失ったオジエとしては、パンクだけは絶対に避けたかったのだろう。そして、最終日の日曜日のステージ、つまりチュリニ峠周辺のツイスティな道に絶対的な自信を持っていたからこそ、土曜日のロバンペラの猛追に惑わされなかったのだ。

最終日、オジエは4本中2本のステージでベストタイムを刻み、勝負を決めた。もっとも、ロバンペラも最終のパワーステージを含む2ステージで最速だったから、速さは自体は互角に近かった。ただし、16秒という差は縮まらず、最後は18.8秒差にまで拡がっていた。モンテカルロの帝王オジエが、最初から最後まで完全に支配権を掌握し続けたラリーだった。オジエのラリー・モンテカルロ優勝はこれで通算9回となり、WRC開催に限定してもローブの8勝に並んだ。これで名実ともに、モンテカルロ最多勝利男である。よっぽど優勝が嬉しかったのだろうか、モナコのポディウムでの彼はまるで子供のように無邪気ではしゃいでいた。そして「来年はまたローブと戦いたい」と述べ、人世最大のライバルとの再戦を強く望んでいた。シーズンフル参戦こそ止めたオジエだが、出場するイベント、特にモンテカルロに関しては、逆に今まで以上にモチベーションが高まっているように感じる。

優勝には手が届かなかったとはいえ、総合2位を得たロバンペラの戦いは、ワールドチャンピオンに相応しいものだった。序盤はリスクを負わず確実性を重視し、徐々にペースを上げて行った。そして、攻めどころでは速さを炸裂させ、オジエの9本に次ぐ、6本のベストタイムを刻んだ。最終のパワーステージを制したことで、ボーナスポイントをフルに獲得した結果、合計獲得ポイントは優勝したオジエと僅か3ポイント差の23ポイントに。オジエが今年タイトル争いに加わらないことを考えれば、満点に近い戦いぶりだったといえる。また、昨年はシーズンを通してクルマに乗れていない印象が強かったエバンスも、今回のモンテカルロではかつての鋭さと輝きを完全に取り戻していた。チームのエンジニアに話しを聞いたところ、エバンスはクルマのセットアップが完全に好みの状態でないと、本来の速さを発揮できないという。そして、クルマが完全に新しくなった昨年は自分が望むセットアップになかなか仕上げることができず、それがスピード不足とミスに繋がってしまったようだ。そこでチームは、エバンスが彼好みのセットアップを探しやすくするため、セッティングの調整範囲が拡がるようにクルマを改良した。その効果、そしてもちろんエバンス自身の弛まぬ努力もあって、エバンスは走りのキレ味を取り戻したのだ。金曜日の不運なパンクさえなければ、エバンスはロバンペラと総合2位争いを繰り広げていただろう。彼の復活の走りを見て、今シーズンのタイトル争いは昨年以上に面白くなりそうだと、ワクワクしてきた。

個人的には、勝田貴元の戦いにも感動した。モンテカルロに関してはオジエが出場したためワークスノミネートされなかったが、勝田は総合6位という結果以上にいい走り、いい戦いをしたと思う。トリッキーなオープニングのナイトステージで4番手タイムを刻み、その後もラリー全体を通じて計6回の4番手タイムを記録した。これまで、勝田はクルマに自信を持てるようになるまで、特に序盤にペースを抑えることが多く、その遅れを中盤以降に取り戻すという戦いかたが少なくなかった。それはそれで確実性が高かったのだが、よりハイレベルな戦いをするためには、ある程度リスクを負ってでも序盤から上位争いに加わる必要があると、勝田は昨年から繰り返し述べていた。SS1ではその強い覚悟が感じられ、今年の勝田はひと味違うぞと僕は嬉しくなった。しかし、残念ながらSS2ではハンドブレーキに問題が発生し、連続するヘアピンコーナーでクルマの向きをシャープに変えることができず。ベストタイムのオジエと50.1秒差という大きな遅れにより、表彰台争いの権利を早々に失ってしまった。SS2が全長24.90kmと今大会最長で、なおかつヘアピンコーナーだらけの道だったことは、勝田にとって非常にアンラッキーだった。

それでも勝田は、翌日以降も非常にいい走りを続け、前述のように4日間で合計6本の4番手タイムを刻んだ。総じて、ライバルチームのセカンドドライバー以上の速さを示し、結果でも彼らを上まわった。次のラリー・スウェーデンではいよいよチームの3台目としてワークスノミネートを受けることになるが、少なくともモンテカルロでの戦いはワークスドライバーとなるに相応しいものだった。もっとも、勝田本人は「たしかに結果は悪くなかったですが、自分と同じクルマで出場した他の3人のタイムと順位を見れば、もっともっとスピードを上げていかなければならないことは明らかです」と、自分にかなり厳しい。

最終日の最終ステージの1本前、SS17で勝田は今大会のベストとなる2番手タイムを記録。そのステージでは総合5位につけていたオィット・タナックが大幅にタイムを失い、総合6位の勝田とのタイム差は何と0.1秒差に縮まった。ふたりの勝負の舞台は最終のパワーステージ。その直前に設けられたリグループでは、勝田とタナックの心理戦が見てとれた。最終日は朝サービスパークを出る時に装着、搭載したタイヤで一日の4ステージを走らなければならず、しかもタイヤに厳しい道が多かったため、誰もがタイヤの摩耗に苦しんでいた。リグループに入る直前、少しでも状態の良いタイヤをバランス良く履かせようと、勝田は限られた時間内でタイヤのチェックと交換作業に集中していた。すると、勝田のクルマにタナックが近づき、4本のタイヤの状態を入念にチェック。「オレの方がタイヤのコンディションはいいぞ」と、笑いながら勝田の肩をゆすった。対する勝田もタナックのタイヤをお返しにとチェック。タナックがトヨタのドライバーだった時代からふたりは兄弟のように仲が良く、チームを離れてからもタナックは勝田を可愛がっていた。そんな兄弟、あるいは師弟のようだったふたりが、パワーステージで0.1秒を巡る戦いをしようとしているのだ。そしてタナックは、冗談めかしながらも勝田に言葉でプレッシャーをかけている。そんな光景をすぐ近くで目にして、僕は勝田が超一流ドライバーになりつつあるのだなと実感した。

勝田は、リグループにクルマを入れた後もゆっくり昼食を食べることなく、コ・ドライバーのアーロン・ジョンストンと共にオンボード映像をこと細かにチェックし、ペースノートに修正を加えていた。たしかに、タイヤのコンディションはタナックの方が若干良かったが、勝田は0.1秒差をひっくり返しての総合5位に焦点を定めている。元世界王者で、パワーステージでの速さ、強さに昔から定評があるタナックに対し、真正面から勝負を挑もうとしているのだ。日本人ドライバーがついにこのレベルにまで達したかと、非常に感慨深かった。

残念ながら、パワーステージでの勝田は何らかのトラブルによりタイトコーナーでコントロールを失いクルマを岩壁にヒット。ベストタイムのロバンペラからは58.1秒と大きく遅れたが、それまでに築いていた後続とのタイム差により総合6位という順位は何とか守りきった。対するタナックは2番手タイムで総合5位を堅守。もし、勝田が最後まで全開アタックをし続けることができていたとしたら、一体どのような結末になっていただろうか? ふたりの接戦を最後まで見たかったが、今後そのような機会はきっと増えていくに違いない。各ライバルチームのエース級ドライバーと順位を争う勝田。そんなシーンがごく普通のことになるだろうと確信した、開幕戦ラリー・モンテカルロだった。

古賀敬介の近況

開幕からのウインターラリー2戦に向けてスノートレーニングをしようと、年末年始はスキー場に行きました。気合いを入れてスキーブーツをフルチューニングして臨んだところ非常にフィーリングが良く、クルマのシートをフルバケットシートに変えた時のような感覚に感激。調子に乗って滑りすぎて体力を使い切り、逆に体調を崩してしまいました。久々の運動でいきなり限界を超えてはいけないと、深く反省しました。

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