メキシコ7回目の制覇
オジエの強さの秘密を探る
WRCな日々 DAY43 2023.3.30
3年ぶりに開催されたラリー・メキシコでの優勝は、4大会連続となるもの。通算優勝回数を「7」に伸ばしたセバスチャン・オジエは、なぜメキシコでこれほど強いのだろうか? 今回はその秘密に迫りたいと思う。
トップカテゴリー車両で挑んだ過去12回のラリー・メキシコのうち、オジエは10回もポディウムを獲得。どんなクルマに乗っても速く、たとえラリー序盤で不利なステージ出走順により少し出遅れたとしても巻き返し、気がつけば表彰台に立っている。ラリー・メキシコの勝者には、つばの広いソンブレロ帽とカウボーイブーツが贈られるのだが、これまでに持ち帰ったそれらを全て並べたら、彼の家はメキシコ民芸品店のようになるに違いない。とにかく、オジエはメキシコで圧倒的に強い。強すぎる。エル・レイ・デル・ラリー・メヒコ(ラリー・メキシコの王)だ。
ではなぜ、オジエはメキシコで無敵なのだろうか? それについて、今回がラリー・メキシコ初出場だった勝田貴元は「誰よりもスムーズなドライビングが、セブのメキシコでの強さの一番の理由だと思います」と分析する。「コーナーでクルマが横方向にスライドしている時間がとにかく短く、タイヤのグリップを縦に、縦にと使っています。また、1本のステージでどれくらいステアリングを多く切っているか、その積算のデータをトヨタの4人で比べると、セブだけ圧倒的に少ないんです。逆に、僕とカッレ(ロバンペラ)はステアリングを切る量も修正舵も多い。エルフィンはセブと僕らの間くらいですが、やはりセブだけ他と明らかに違う走り方をしています」
つまりメキシコでのオジエは、クルマをあまりドリフトさせず、極端に表現するとターマック(舗装路)を走るかのように運転しているということだ。それは基本的に他のグラベルラリーでも彼のスタンダードなスタイルであるが、ではなぜメキシコで彼の強みが際立つのだろうか? 最も大きな理由として考えられるのは、ステージの標高が非常に高く、クルマのエンジンパフォーマンスが70%程度までに低下することだ。メキシコ中央高原の山岳地帯に展開するステージは概ね標高2000メートル以上で、最高地点は2700メートルを越える。富士山の五合目が約2300メートルだから標高はかなり高く、それに伴い空気も薄くなる=酸素密度が低くなるため、パワーの低下は避けられない。ドライバーたちはそれを「ひとつふたつ下のクラスのクルマに乗っているようなフィーリング」と表現する。そのような状態でステアリングを大きく切ったり、クルマをドリフトさせれば当然走行抵抗となり、他のラリー以上にタイムロスが大きくなってしまう。走行抵抗を少なく抑えられるオジエは、だからこそ高地のメキシコで速いのだ。
もちろん、チームメイトやライバルはオジエのドライビングを分析し、同じようにスムーズに、できるだけ真っすぐに走ろうとしている。しかし、なかなか簡単にはいかない。スムーズに走ろうとすると、クルマが曲がりにくいアンダーステア状態になりやすく、例えばコーナーの入口で強いアンダーステアを出してしまった瞬間にコーナリングラインが膨らみ、最悪それはコースオフやクラッシュに繋がる。そのため、どうしても特にコーナーの入口では、ドリフトさせてでもクルマの向きを変え曲がりやすい状態にしておきたい。「絶対に曲がる」という保険をかけておきたいと、ラリードライバーは思うものだ。
ところが、オジエはグリップの限界ギリギリを見極める能力が極めて高く、なおかつ過度にドリフトさせなくともクルマを曲げる術にも長けている。どのドライバーもみんな本当はオジエのようにスムーズに走りたいのだが、そうするとアンダーステアでコントロールを失うリスクが高まり、なかなか同じようには走れない。スムーズなドライビングで定評のあるオィット・タナック(Mスポーツ・フォード)でさえ、オジエのレベルには達していないと認めている。それくらい、メキシコでのオジエのドライビングは「マーベラス」なのだ。
WRCでは昨シーズンからWRカーに代わり、Rally1 HYBRIDがトップカテゴリーカーとなった。Rally1 HYBRIDはハイブリッドパワーにより大幅にパワフルになったが、一方で前後の駆動力配分をコントロールしてクルマを曲がりやすくしていた「センターデフ」が規則で廃止され、アンダーステアが強まった。そのため多くのドライバーはWRカーの時代よりもクルマを多くスライドさせて、アンダーステアを消すドライビングスタイルにシフト。センターデフの恩恵を活用してスムーズなドライビングを実践していたドライバーたちも、ドリフトをより多く活用したドライビングに移行していった。勝田はまさにそのひとりであり、アグレッシブなドリフト走行を好み得意とする新世界王者ロバンペラのドライビングスタイルに自らを近づけていこうと努力し、それがタイムや結果にも表れて始めていた。前戦のラリー・スウェーデンでも、結果こそ残せなかったが、タイムに関しては表彰台を争えるレベルに到達していた。
「でも、メキシコではそのようなアグレッシブなドライビングが通用せず、自分の未熟さを痛感しました。セブのようなタイヤやクルマを横方向にあまり使わない走りならば、タイヤの摩耗やダメージも抑えられます。それもまた、セブの速さの理由のひとつです」と勝田。もちろん、今回オジエはフルデイ初日となる金曜日の出走順が5番手と比較的後方であり、ドライバー選手権上位を走るライバルたちよりも「掃除されたクリーンな路面」を走ることができたのは大きなアドバンテージだった。それでも、過去に選手権リーダーとして何度も路面の掃除役を担いながら、オジエはメキシコで好成績を収め続けてきた。やはり、スムーズなドライビングこそが強さの秘訣なのだ。
今回、2番手という不利な出走順で金曜日を走行したロバンペラは、総合4位でフィニッシュ。もちろん、状況を考えれば悪くない結果だ。しかし、走りやタイムに関してはかなり悩んでいるように見えた。前述のようにロバンペラも勝田と同様にステアリングの積算舵角が多く、ある意味オジエと正反対に近いタイプのドライビングだった。他のグラベルラリーならばこれほど大きなタイム差はつかず、むしろオジエ以上のスピードを発揮することも多いロバンペラだが、メキシコがWRCのカレンダーにある限り、いつもとは異なるアプローチのドライビングをマスターする必要があるかもしれない。一方、不調が続いていたエバンスは、最終的に0.4秒差で総合2位の座をティエリー・ヌービル(ヒョンデ)に譲り渡したが、週末を通してオジエに次ぐ速さを発揮していた。彼の比較的スムーズなドライビングがメキシコに合っていたとも言えるし、ようやくクルマに自信を持って走れるようになったのだろう。
結果やタイムはともかく、トヨタは全ドライバーがメキシコでのGR YARIS Rally1 HYBRIDの仕上がりに満足していたと、チームのエンジニアは証言する。実は、彼ら技術チームにとって、メキシコは自分たちの力が試される場と覚悟していたラリーであり、良い結果が出たことによりようやく肩の荷が降りたようだ。GR YARIS Rally1 HYBRIDはチームと選手を2022年の王座に導いたチャンピオンカーであるが、いくつか弱点を抱えていたのも事実。そのうち最大のものが、荒れた路面のラフグラベルラリーで、ハードタイヤを履いた時のトラクション不足であり、それに該当したラリー・イタリア・サルディニアと、アクロポリス・ラリー・ギリシャでは苦戦し勝利を逃した。そして、3年ぶりに開催されたメキシコもステージの一部はラフグラベルのため、エンジニアたちは弱点を解消するべく懸命に開発に取り組んできたのだ。
とはいえ、改善はダンパー&スプリング、アンチロールバー、そしてジオメトリーの最適化という、地道なセッティングの積み重ねによるものであり、特に目立つアイテムを投入したわけではないようだが、オジエは満足のいくハンドリングで圧勝し、エバンスも自信を取り戻した。最終日、ヌービルと僅差の総合2位争いをしていたエバンスは、大会最長のSS21で渾身のベストタイムを記録。しかし、その際サスペンションのアームにダメージを負ってしまった。アームはほぼ折れていたようだが、優秀なメカニックでもあるエバンスは、次のステージへと向かう移動区間でそれを自力修理。車載工具のスパナを、折れたアームにタイラップで固定し、何とか走れるまでに応急修理した。クルマとしては骨折した足首をギブスで固定したような状態だったが、エバンスはそれをケアしながらも最後までヌービルと戦い続けたのだ。結果的には0.4秒差で総合2位を逃したが、エバンスの運転技術、メカニックとしての腕前、そし何よりも勝負に対する執念が感じられた、素晴らしい戦いだった。
エンジニアのひとりは「チームが取り組んできた改善により、クルマはライバルと戦えるレベルにはなりました。しかし、追いついただけでまだ越えてはいないと思います」と、シビアな見かたをする。たしかに、クルマの挙動はトラクションを重視したためかロール等ボディの動きが大きく、そのためやや機微さに欠けているようにも見えた。トラクションと機敏さという、相反しやすい要素を高い次元でバランスさせるために、エンジニアたちの戦いはこれからも続く。
最後に、勝田についても述べておきたい。TGR WRTの中では唯一メキシコ初出場だったこともあり、コースオフによるデイリタイアもさることながら、スピードが足りていなかったことを勝田自身は悔しがるが、一方で冷静にその原因を分析している。昨年は、Rally1 HYBRIDを乗りこなすためにドライビングをややアグレッシブな方向に変えていったが、メキシコでは逆のアプローチが必要であることをオジエから学んだ。多くのライバルたちがそうであるように、オジエのような天賦のセンスに支えられたドライビングを実践することは決して簡単ではない。しかし、走行データに基づく科学的なドライビング分析を得意とし、修正力にも定評のある勝田だけに、今回のメキシコでの経験は次のラフグラベルラリーだけでなく、全てのラリーで改善の糧となるはずだ。勝田の次なる戦いを、楽しみに待つことにしよう。
古賀敬介の近況
3月は久々にアメリカ大陸へ。WEC開幕戦セブリング1000マイル、IMSAセブリング12時間と、耐久レースを2日連続で取材しヘロヘロになりました。今年、WECはフェラーリ、ポルシェ、キャデラック、プジョー等がワークスチームとして参戦。現王者のトヨタとの興味深い戦いが繰り広げられ非常に盛り上がりました。WRCもWECも、2023年はかなりエキサイティングなシーズンになりそうです。