モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY47 - トップ4独占の裏側で繰り広げられた、し烈を極めたチーム内バトル

トップ4独占の裏側で繰り広げられた、
し烈を極めたチーム内バトル

WRCな日々 DAY47 2023.7.13

ル・マン24時間レースの取材を終え、一時帰国することなくフランスからケニアへと向かった。WRC第7戦サファリ・ラリー・ケニア。長期に渡ったル・マン取材で身体はヘトヘトになっていたけれど、ケニアのナイロビに到着すると疲れが一気に吹き飛んだ。「冒険号」と、その素晴らしいクルーたちが今年も出迎えてくれたからだ。昨年、約20年ぶりに取材したサファリ・ラリーの顛末については、是非ともその時に書いたコラムを読んで頂きたいが、今年も冒険号こと、特別仕様のランドクルーザーでの旅が始まるのだと思うと、テンションが一気に上がり、なぜか映画インディ・ジョーンズのメインテーマ曲が頭の中で鳴り響いた。
WRCな日々 DAY32
「20年ぶりに取材したサファリ・ラリー そのあまりにも刺激的な日々について」>
(2022.7.15)

「今回は、ケニアの文化や自然を学びながらナイバシャに向かいましょう」と、1年ぶりに再会したガイドのニッキーさん。相変わらず日本語がペラペラで、スケジューリングなど仕事も完璧だ。高専、大学を富山県で過ごし、好きな食べ物はホタルイカという、超ナイスガイである。そして、冒険号のドライバーさんもまた魅力的な人で、運転技術も素晴らしい。自分のことを「ケニアン・タカモト」と呼ぶ彼は、昨年勝田貴元の大ファンになったという。そんな、任せて安心のお二人に連れられてやって来たのは、有名なナイロビ国立公園。ナイロビの中心部から10km程度しか離れていないのに、117平方キロメートルという広大なサバンナが広がり、そこには「ビッグ5」と呼ばれる大型動物のうち、アフリカ象以外の、ライオン、ヒョウ、サイ、バッファローが生息しているのだという。他にもキリン、シマウマ、カバ、インパラなどが、普通にウロウロしている。

冒険号の屋根を開け「サファリ・スタイル」で国立公園内に入ると、すぐにメスのライオンに出合った。早朝でお腹が空いているらしく、どうやら狩りをしようとしていたようだ。サファリパークではないのに、こんなすぐ近くに腹を空かせた野生のライオンがいるかと思うとドキドキしたが、彼女は僕にも冒険号にもまったく興味がないようで、草食動物を追って草むらの中に消えていった。しばらく走ると泥浴びをした後のサイがのんびりと草を食んでいて、その背中に鳥がとまっていた。サイは我関せずといった感じで、実にのどかな光景。警戒心が強いヒョウには遭遇できなかったが、キリンやバッファローなど様々な動物を見ることができ、大満足でナイロビ国立公園を後にし、ラリーのサービスパークに向かった。

ラリーの中心となるナイバシャは、首都ナイロビの北、約100kmにある。そしてラリーのステージは、ナイバシャ湖と、そのさらに北側にあるエレメンタイタ湖の周辺に設けられる。サファリ・ラリーはとてもユニークな名のステージが多いが、スリーピング・ウォリアー=眠れる戦士もそのひとつ。その名の通り、マサイの戦士が横たわっているようにしか見えない山というか丘の周辺を走行する難ステージで、毎年必ず午後に豪雨が降り、路面がドロドロになることで知られている。

そのスリーピング・ウォリアーを眺めながら、やはりステージ名にもなっているエレメンタイタ湖の近くに差しかかった時、湖面が鮮やかなピンク色に彩られているのが見えた。フラミンゴだ。僕にとってはかなりの大群に映り、興奮してカメラのシャッターを押し続けたが、ガイドのニッキーさん曰く、これでも昔に比べるとかなり数が減ったという。「僕が子供の頃は、湖全体がピンク色になるくらいでした」とニッキーさん。湖の水質やエサなど環境が変わったことで、フラミンゴにとっては少々住みにくい場所になってしまったようだ。

路面のコンディションを見るために、スリーピング・ウォリアーのステージに入ると、予想していた以上に道が荒れていて驚いた。近年、WRCはラフグラベル・ラリーであっても路面の荒れ具合は常識的な範囲内に収まり、ゆっくりであれば最低地上高が低いコンパクトカーでも何とか走り切ることができる。しかし、スリーピング・ウォリアーを始めとするいくつかのステージは、所々に想像を絶する悪路が多くあり、とんでもなく深い轍(わだち)や、大きな石だらけの路面など、普通のSUVでは走り切れないのではないか? と思うような難所がいくつもあった。実際、「悪路上等」の冒険号で走っても車体が大きく揺すられ、手すりを強く握っていないとシートベルトを締めていても身体がどこかに吹っ飛んでいきそうになる。こんなとんでもない悪路を、改造してあるとはいえGRヤリスが全開で走るのかと思い、改めてラリーカーの凄さを実感した。

サービスパークに到着し、レッキ(コースの事前下見走行)を終えた勝田選手に話しを聞くと、「去年よりも道が良くなっているところもあれば、悪くなっているところもあって、ペースノートを大きく修正しなければなりませんね」と、教えてくれた。サーキットと違い、ラリー、特にグラベル・ラリーでは全く同じステージでも年によって路面の荒れ具合が異なる。大雨によって道路の一部が陥没したり、深い溝が刻まれたり、大きな石が流れ込んでいるようなこともある。今年のサファリのコースはまさにそのような荒れたコンディションの路面が多く、これは間違いなくサバイバル・ラリーになるぞと確信した。また、昨年多くのドライバーを苦しめた、まるできな粉のように目の細かい砂「フェシュフェシュ」は、砂地獄と呼ばれた最悪の区間こそカットされたが、それでも多くの場所で健在だった。

2021年に久々にWRCの一戦として復活したサファリ・ラリーは、他のグラベル・ラリーとは異なるアプローチで戦わなければならない。フィンランドのように超高速なセクションも多くあるが、前述のように道がかなり荒れている区間も多く、そのような場所では全開で走り続けることはできない。クルマやタイヤにかかる負担を考えながら、攻め切る所と抑え気味に行く所を見極める必要がある。クルマにとって何よりも重要なのは堅牢性と信頼性であり、想像を絶する路面からの大きな入力に負けないボディ、サスペンション、駆動系が求められる。そして「強いクルマ」をテーマに開発されてきたTGR-WRTのラリーカーたちは、ヤリスWRCにしても、GR YARIS Rally1 HYBRIDにしても、修羅の道が続くサファリ・ラリーでこれまで抜群の強さを示してきた。2021年大会では1-2フィニッシュを飾り、2022年大会では歴史的な1-2-3-4フィニッシュを達成。もちろん、TGR-WRTの全ドライバーが素晴らしい走りをしたことは間違いないが、クルマの基本的な部分の強さが大きなアドバンテージになっていることは、ライバルのチームも認めている。その昔、サファリ・ラリーはトヨタが最も得意にしているラリーだったが、時代やクルマが大きく変わっても、その伝統は受け継がれている。

今年のサファリ・ラリーもまた、TGR-WRTの4ドライバーが上位を占め、このラリーでの強さを見せつけた。興味深かったのは、いつになくチームメイト同士の戦いが激しく感じられたことで、優勝を争うセバスチャン・オジエとカッレ・ロバンペラ、総合3位の座を争うエルフィン・エバンスと勝田の戦いは、最終日までヒリヒリとする緊張感に満ちていた。チームとしてはもちろん2年連続の1-2-3-4フィニッシュを実現したいところで、バトルの激化によるリタイアだけは避けたかったに違いない。しかし、だからといって正々堂々の勝負に水を差すような文化はこのチームには昔からなく、チーム内の戦いは最終日の最後まで続いた。普段は4人とも仲が良く、ステージの情報も包み隠すことなく交換しているようだが、今回のサファリに関してはいつもとは違う、よりシビアな雰囲気が漂っていた。チームメイトであるという忖度は一切なく、ロバンペラはオジエに対する強烈な闘志を隠さず、勝田もまたエバンスを「倒すべきライバル」としてしか見ていなかったように感じた。

ドライバー選手権のリーダーであるロバンペラは、今回もまた不利な先頭スタートを担ったが、金曜日のデイ2終了時点で首位のオジエに22.8秒差の総合2位に迫り、優勝を狙える位置にいた。選手権を考えれば2位でも十分以上の順位だが、ロバンペラはリスクを負いながらも優勝を狙う戦いを続けた。そんな彼の闘志が見られたのは、最終日デイ4の1本目「マレワ」のステージだった。2年ぶりに使用されたこのステージは尖った石が多く転がり、ロバンペラはラリー開始前「もっともパンクのリスクが高いステージだと思う」とかなり警戒していた。しかし、首位オジエと16.7秒差で最終日を迎え、優勝のチャンスを伺っていたロバンペラはこのステージを全開で攻めた。結果、リスクを排した走りをしたオジエよりも8.1秒も速いベストタイムを刻み、差は一気に8.6秒まで縮まった。しかし、直後のステージでオジエはロバンペラより8.6秒も速く走り、差は17.2秒に広がった。驚くべきは、このステージでオジエはクルマのリヤを木に当てて、リヤウイングとリヤハッチゲートを失い、リヤのダウンフォースを大きく失った状態で走っていたという事実だ。サーキットレースの世界では、リヤウイングなしで誰よりも速く走ることなどまず不可能。このベストタイムは驚きでしかなかく、改めてオジエというドライバーの凄みを感じた。

オジエとロバンペラの戦いは最後の最後まで続き、そのし烈さはチーム内バトルとは思えぬほどだった。もはやサファリならではのリスクマネージメントなどしている様子ではなく、実際クルマもかなり大きなストレスを受け傷んでいた。それでも表彰台の頂点に立つため引くに引けない戦いとなり、最終的にはオジエが6.7秒差でロバンペラを抑えて優勝。今季3勝目、そして通算2回目のサファリ優勝を獲得した。戦いに敗れたとはいえ、総合2位でフィニッシュしドライバー選手権におけるリードをさらに拡げたロバンペラは、結果に満足しても良いはずだった。しかし、パワーステージを走り切り、オジエの優勝を知ったロバンペラはガックリと肩を落とし、泣いているようにさえ見えた。オジエとの一騎打ちに負けたことが、よっぽど悔しかったのだろう。

そのロバンペラに、励ますように声を掛けていた勝田は、エバンスとのバトルに敗れ総合4位でフィニッシュ。残念ながら、3大会連続でのサファリ表彰台獲得はならなかった。今回、勝田はシェイクダウンで宙を舞い、クルマに大きなダメージを受けるという最悪ともいえる状況でラリーをスタートした。それでも気持ちは後ろ向きにならず、その後何度かクルマを壊しながらも攻めの走りを続けた。ステージで見ていても今回のサファリでの勝田は攻め切っているように見えることが多く、写真を撮っていた僕もいつも以上に興奮していた。今シーズンは、そのようなリスキーに見える走りをするシーンが確実に増えており、クラッシュも少なくない。とにかく確実性が高かった昨シーズンとは別人のようなアグレッシブなシーズンを送っている。しかし、各ステージでのタイムや、順位を争っている時の強さは昨年とは比べ物にならず、1段階上のレベルで戦っていることを強く感じさせる。そして今回のサファリでも、クルマに何度もダメージを負いながらも、エバンスとの総合3位争いに勝つため、強気の戦いを最後まで貫いた。

ただし、強気な姿勢だけでなく、クレバーなアプローチをとるシーンも見られた。最後から2本目のSS18では、前半にフェシュフェシュに覆われたセクションがあり、そこで勝田はクルマの冷却性能を落とさないような走りに徹した。深い轍の中には目の細かいフェシュフェシュが大量に溜まっており、クルマのフロントノーズが下がるとスコップで砂をすくうのと同じようなことになり、砂でラジエターやエアインテークが目詰まりしやすくなる。以前にこのステージで同様の問題を経験していた勝田は、タイムロスを承知で強いブレーキングによるノーズダイブを避け、轍の中を走るにしても、ノーズが少しでも上を向くような微妙な姿勢をステアリングとアクセル操作で作り出して走っていた。そのため、フェシュフェシュのセクションではライバルたちに遅れをとったが、その後彼らは水温上昇や吸気量低下によりパワーダウン。勝田もその影響を受けなかった訳ではないが、それでもパワー低下量はチームメイトよりも少なく済み、このステージで2番手タイムだったエバンスに何と11秒差をつける、今大会2回目となるベストタイムを刻んだのだった。

以上のように、今回のサファリ・ラリーでの勝田はクルマに多くのダメージを負いはしたが、強い気持ちを失うことなく最後まで表彰台を争い、チームメイトに遜色のないタイムも出し、クルマをフィニッシュに導いた。リザルトに関しては総合4位と、サファリで初めて表彰台を逃したが、戦いのレベルという点では彼のベスト・サファリだったと思う。今や勝田の大ファンでもある冒険号のドライバーさんも「今回もタカモトはすごくいい戦いをしたね」と興奮し、取材を終えて帰路につく時のドライビングはいつも以上にアグレッシブだった。僕は、ロデオマシーンのように上下左右に激しく揺れる冒険号の中で、ラップトップコンピュータを両膝でしっかりと挟み込み、急ぎの原稿を書き進めながら心に決めた。「勝田が勝つまでサファリ詣を続けるぞ」と。

古賀敬介の近況

ル・マン24時間〜サファリ・ラリーと、1ヶ月にわたる長い海外出張でした。取材は最高に楽しく充実した日々でしたが、帰国してからも体内時計が欧州アフリカ・エリアに合ったままで極度の時差ボケに苦しんでいます。おまけに、住んでいるマンションの大規模修繕の騒音で日中も寝るに寝られず。どうやら、このままWRCエストニア〜フィンランド取材に突入することになりそうです。

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