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勢いを取り戻したエバンスと勝田が
シーズン終盤戦を面白くする
WRCな日々 DAY49 2023.8.31
2023年のWRCは残すところあと4戦。タイトル争いはいよいよ天王山を迎えるが、8月上旬に行なわれた第9戦ラリー・フィンランドでエルフィン・エバンスが今季2勝目を飾り、シリーズリーダーのカッレ・ロバンペラがリタイアに終わったことにより、ドライバー選手権を巡る戦いはにわかに興味深いものになった。
ミヒンパー。初めてこの名を聞いた人は、そのホンワカとした響きから、ウーパールーパーのような可愛らしくもとぼけた生き物の姿を想像するかもしれない。しかし、実際のミヒンパーはつぶらな瞳の両生類などではない。フィンランド人ラリードライバーならば、その名を聞いただけで心臓の鼓動が高まり、アドレナリンが大量に分泌されるであろう伝説のステージである。それは僕たちメディア関係者も同様で、今年のラリー・フィンランドのアイテナリーにその名を見つけた時、僕は嬉しさのあまり「みひんぱ〜!」とすっとんきょうな声で思わず叫んでしまった。
WRCレジェンドのユハ・カンクネンさんや、TGR-WRTのヤリ-マティ・ラトバラ代表など、ミヒンパーをフェイバリット・ステージに挙げるフィンランド人ドライバーは少なくない。何が彼らを惹きつけるのかといえば、ジェットコースターのようなスリリングな道が延々と続くからだ。激しいアップダウン、斜めに角度のついた中高速コーナー、そしてコーナリングしながらのジャンプ。ラリー・フィンランドの魅力の全てがこのステージに凝縮されていると言っても過言ではない。しかし、この伝説のステージはラリー・フィンランドの中心であるユバスキュラの街からかなり離れた場所にあるため、近年はなかなかアイテナリーに入らなくなっていた。最後にミヒンパーがWRCラリー・フィンランドで使われたのは2015年大会で、僕はその復活を心待ちにしていたひとり。だからこそ「みひんぱ〜!」と叫び、ステージの下見を楽しみにしていたのだ。
レンタカーで久々に走ったミヒンパーは、昔のイメージと何も変わらず、相変わらずとても素敵で、エグかった。普通の速度で走っていても気持ちが昂ぶり、ステアリングを握る手に汗が滲むのを感じる。このステージをRally1カーが全開で走ったら、どんなに迫力があるのだろうかと想像しながら森の中の回廊を進んでいたら、26kmのステージはあっという間に終わってしまった。そこで、進行方向を変えて逆走。さらに順走と、結局3回も走ってしまった。とにかく、普通に走っているだけでも興奮する楽しい道で、もちろんラリー本番では午前と午後の2本ともミヒンパーで撮影することにした。午前中は天気もなかなか良く、有名なジャンピングスポットでは派手な斜め飛びを撮影。このページのトップにある写真がその成果だ。しかし午後には天気が崩れ、ステージの開始直前に大雨が降り足もとは泥でヌチュヌチュに。ステージの路面もかなりドロドロになっていて、非常に滑りやすい状態だった。
そこで僕は「これは、先頭スタートのロバンペラにとって素晴らしいコンディションになったな」と思ったのだが、実際目の前を通過していったロバンペラの中間タイムは誰よりも速かった。雨で濡れて滑りやすくなった路面での、史上最年少世界王者のコントロール能力はピカイチで、誰にも負けない。このひとつ前のステージが終了した時点でロバンペラは首位を快走していて、総合2位のエバンスに5.7秒のリードを築いていた。きっとここミヒンパーで差はさらに拡がるだろうと思っていた矢先、僕の近くにいた観客のひとりが「カッレがクラッシュした」と叫び、観客エリアは騒然とした雰囲気に包まれた。ドライバー、コ・ドライバーともに無事であることが分かると異様な緊張感は少し和らいだが、それでも地元の若きヒーローの戦線離脱に、お客さんたちはみな肩を落としていた。
ロバンペラがクラッシュした場所は右、左と連続する比較的道幅の狭い中高速コーナーで、ロバンペラは右コーナーをドリフトしながら抜けたところでバランスを崩し、次の左コーナーに入っていくことができずにコースオフ。木に激しく当たって前転し、ルーフが下になった状態でストップした。クルマのダメージはロールケージにまで及んでいたといい、そのため車両の修復ができず競技続行は不可能に。ロバンペラはリタイアとなり、選手権リーダーはまさかのノーポイントでホームイベントを終えることになった。
傍から見ていた限り、ロバンペラは余裕をもってラリーを支配下に置いているように思えた。ミヒンパーの前までに5ステージ連続でベストタイムを刻み、優勝した前戦ラリー・エストニアの好調が続いているようだった。しかし、そこで改めて2番手につけていたエバンスとのタイム差に注目すると、ベストタイムを連発しながらも僚友との僅差の戦いが続いていたことがわかる。金曜日、エバンスはベストタイムこそ出せていなかったが、安定して2番手タイムを積み重ね、ロバンペラにくらいついていたのだ。いつものようにエバンスは比較的堅実なアプローチをとっていたが、それでもタイムは決して悪くはなく、ロバンペラが少しでもミスをしたら順位がすぐに入れ替わるくらいのシビアな戦いが続いていた。それもあって、ロバンペラは雨で滑りやすくなったミヒンパーで、少しだけペースを上げすぎたのかもしれない。エバンスの後方からのプレッシャーが、若き世界王者のミスを誘った可能性は十分にある。
実際、フィンランドでのエバンスの走りは素晴らしかった。ロバンペラが戦列を去った翌日の土曜日は、全8ステージのうち7ステージでベストタイムを刻むなど、圧巻の速さを示した。そして最終日の日曜日も、4本のうち3本でベストタイムをマーク。ボーナスポイントがかかる最終のパワーステージも制し、優勝して得た25ポイントにボーナスの5ポイントを加えた30ポイントを持ち帰り、選手権首位ロバンペラとの差を一気に25ポイントにまで縮めたのだ。シリーズ全体を考えれば、ラリー・フィンランドでの勝利とフルポイント獲得は非常に大きな意味を持つ。次戦アクロポリス・ラリー・ギリシャは、ドライコンディションならば1番手スタートのロバンペラが不利となるラフ・グラベル・ラリー。2番手スタートとなるエバンスも決して楽ではないが、ロバンペラと比べれば走行条件はまだいい。続く第11戦ラリー・チリもまたグラベル・ラリーで、ロバンペラは不利な条件での戦いが2戦続くことになる。もし、この2戦でエバンスがロバンペラとのポイント差をさらに縮めたならば、タイトル争いは渾沌としたものに、そしてファンにとってはよりエキサイティングな展開になるだろう。
もちろん、フィンランドで調子が良かったからといって、今後もエバンスが好調を保つという保証はない。フィンランドでのエバンスは、2021年に優勝した時と同様、チームメイトとはかなり異なるクルマのセットアップで戦っていた。特に大きく違ったのは駆動系で、前後機械式デフのセットアップの方向性が、ロバンペラや勝田貴元が選んだ仕様と異なっていた。具体的には、ロバンペラと勝田が後輪側で強く押して走るFR(後輪駆動)的なバランスだったのに対し、エバンスは前輪で引っ張るFF(前輪駆動)的なセットアップにしていたという。勝田によれば、雨で非常に滑りやすい路面ではFF的なセットアップの方が安定性を確保しやすく、それが今回の不安定な天候とエバンスのドライビングにマッチしたのではないかという。そうなると、今年はドライコンディションが予想される次のギリシャでは、エバンスがセットアップとドライビングを上手く合わせ込めるかどうかが大きな焦点となり、タイトル争いの行方を占う上での非常に重要なポイントになるだろう。
フィンランドでは、勝田の走りと戦いぶりも素晴らしかった。同じく高速グラベルラリーの前戦ラリー・エストニアでは、スピード不足が顕著で、勝田はここしばらく見たことがないくらい意気消沈していた。「何でライバルとここまで大きな差がついてしまうのか、その原因が分かりません」と、途方に暮れていた。ステージサイドで走りを見ていた限り、勢いがないようには感じなかったし、躊躇しているような風でもなかった。それなのにタイムが全く出ない。しかも、次のフィンランドまでは1週間のインターバルしかなく、立て直すのはかなり困難なように思えた。
しかし、勝田は「第二の地元」フィンランドで、見事に復活を遂げた。エストニア終了後、テクニカルディレクターのトム・フォウラーはエンジニアたちにドライビングデータの早急な解析を指示し、データからネガティブポイントを発見しようと試みた。一方、勝田はラリー・フィンランドのプレイベントテストで親友であるロバンペラのサイドシートを経験し、ドライビング改善のヒントを探した。その結果、データからも、ロバンペラのドライビングからも改善に繋がる重要なヒントが見つかり、勝田はクルマのセットアップとドライビングの両面に修正を加えてフィンランド戦に臨んだのだった。
「エストニアでは、19kmに満たないステージでベストタイムのカッレから9秒近くも遅く、かなり気落ちしました。どこでそんなにタイムを失ってしまったのか全く分からなかったからです。でも、エンジニアたちが短時間でデータを解析してくれた結果、ひとつのコーナーでの僅かな修正舵などでコーナーの立ち上がり速度がやや遅くなり、それが次のストレートスピードに大きな影響を及ぼして1秒程度遅れてしまっていたことが分かりました。そのようなコーナーがいくつかあったことで想像以上にタイム差がついてしまったのであって、決してステージ全体で遅かったわけではなかったことが分かったのでひとまず安心しました」と勝田。
勝田は昨年の終り頃からドライビングの改善に取り組んでおり、よりタイヤに優しいブレーキング、そしてステアリングの切り方に変えようと集中して取り組んできたという。それに合わせてクルマのセットアップも変える必要があり、エストニアではこれまでとは違うアプローチでクルマを仕上げたようだが、それが全く機能せず裏目に出てしまった。ドライビングとセットアップが上手くリンクせず、ラリー中に解決策を見つけることもできなかったのだ。しかし、フィンランドのプレイベントテストでは改善中のドライビングにマッチしたセットアップに仕上げることができ、それが欧州イベントでは初となる、3位表彰台獲得に繋がったのだ。
「より自信を持って走ることができるようになりましたし、勝負がかかるシーンではリスクをとって攻めの走りができるようにもなりました。最終日の前日、土曜日最後のステージは雨で濡れて、多くの水溜まりができるなど非常に難しいコンディションで、今までだったらリスクをとらず確実性を重視して走っていたと思います。でも、あの局面で3位を争っていたテーム・スニネンに大きな差をつけることができたら、最終日を優位に戦えると思い、リスクを負って攻めました」と勝田。彼はそのSS18で大会2本目のベストタイムを刻み、総合3位に浮上。最終日はさらに1本のベストタイムを追加し合計3本のベストタイム、そして14本のトップ3タイムを刻むなど、堂々たる走りでラリー・フィンランドのポディウム・フィニッシャーとなったのだ。
かつて、ラリー・フィンランドは北欧出身のドライバーしか勝てないイベントと言われていた。近年はエバンスなど北欧出身者以外も優勝してはいるが、依然北ヨーロッパ出身ではないドライバーにとっては敷居が非常に高いラリーである。そのフィンランドで日本人が表彰台に立ったということは、日本のモータースポーツ界にとってエポックメイキングな出来事であり、歴史に残る快挙である。勝田は、エストニアでのどん底を経て、素晴らしい復活を遂げたのだ。それでも「エルフィンとは大きくタイム差がついてしまいましたし、次のステップに進むためにはまだまだやるべきことが多いと思っています」と、勝田は全く浮かれていない。フィンランドで得た経験と自信を糧に、今シーズンの残る4戦でさらなる進化を遂げることを期待したい。
古賀敬介の近況
8月はWRCラリー・フィンランド、スーパー・フォーミュラ、スーパーGTと毎週のようにモータースポーツの取材があり、全て違うジャンルなのでアタマの切り替えが大変でした。でも、それぞれに奥深い面白さがあり、ドライバーやエンジニアの皆さんから貴重なお話しを聞くことができるので本当に勉強になります。