勝田の勝利をかけた戦い その1:スウェーデン編
失望の雪煙、その先に見えた勝利への道筋
WRCな日々 DAY56 2024.5.30
「2024年のターゲットは全戦で表彰台争いに加わり、どこかのラリーで優勝することです」
今から約半年前、シーズンの開幕を前に勝田貴元は力強くそう言い切った。「前半戦に関しては第2戦スウェーデン、第3戦サファリ、第5 戦ポルトガルは、これまで自分が自信を持って戦ってきたラリーなので、チャンスは十分あると思っています」
勝田のWRCトップカテゴリー初挑戦は2019年。シーズンフル出場は2021年からとなり、今年で4シーズン目となる。2023年末までに4度表彰台に立ち、ベストリザルトは2位。それだけに「今年こそ勝つ!」と、2024年に向けて勝田の士気はこれまでの年以上に高く感じられた。しかし、同時にいたって冷静でもあった。「現時点での自分の実力を考えると、ある程度楽観的に考えて臨んでいいラリーと、地に足をつけて戦うべきラリーがありますが、今年最初の大きなチャンスはスウェーデンだと考えています」
シーズン唯一のフルスノーイベントであるラリー・スウェーデンは、勝田が2018年にWRC2カテゴリーで初優勝を飾ったラリーであり、その後も度々トップドライバーたちに肩を並べる速さを示してきた。2023年もSS5でクラッシュを喫するまでは、SS4でベストタイムを刻むなど非常にいい走りをしていた。それだけに、実力をさらに高めて臨む2024年はトップを争えるはず、という自信を持って勝田はラリーをスタート。木曜日夜のSS1では、距離が短いスーパーSSだったとはいえ2番手タイムを刻み、いいスタートを切った。
勝田の好調は、舞台を森林地帯の本格的なステージに移した金曜日も保たれた。ドライバー選手権のランキングにより、勝田の出走順は5番手。スノーラリーでは決して悪い出走順ではないが、7番手に僚友カッレ・ロバンペラ、8番手にエサペッカ・ラッピ(ヒョンデ)と、スノーラリーを得意とする北欧出身の強豪たちの出走順は、さらに有利だった。そして、金曜日最初のSS2は新雪に覆われ路面は非常に滑りやすくなっており、前走車たちの懸命な「雪掻き」により、グリップが高くなった路面を走行したロバンペラがベストタイムを記録。オィット・タナック(ヒョンデ)とラッピがセカンドベストタイムを分け合ったが、勝田も4番手タイムで、首位ロバンペラに次ぐ総合2位の座を守った。
2本目のSS3が始まる頃になると、朝から降っていた雪の勢いはさらに強まり、いよいよ出走順が後方のドライバーたちにとって有利な路面コンディションに。ラッピがベストタイム、ロバンペラが2番手タイム、そして勝田が3番手タイムで続き、総合2位の座を堅守した。勝田の走りはスピードと安定性のバランスが非常に優れており、より有利な出走順のロバンペラやラッピにまったく負けていなかった。この時点で、勝田は間違いなく実力で優勝できる位置につけていたといえる。ちなみに、このステージでは2番手スタートのエルフィン・エバンスがハイスピードコーナーで360度スピン。幸いにもクルマにダメージはなかったが、この時既に、路面はスウェーデン優勝経験があるドライバーでも太刀打ちができないほど難しいコンディションになっていた。
トップ3の牙城が突然崩れたのは、SS4だった。この頃には降雪量がさらに増え、路面はさらに滑りやすいコンディションに。多くのドライバーが雪壁に当たり、クルマに少なからずダメージを負っていた。雪面のグリップがまったくないため、高いコーナリングスピードを維持するためにはコーナーの出口で雪壁にクルマのボディサイドを軽く当てて、無理やり曲がっていくしかなかったからである。しかし、そのようなアグレッシブなアプローチには大きなリスクが潜む。総合3位につけていたタナックは、コントロールを失い雪壁に激突。走行不能となり、クルマをステージサイドに停めた。さらに、このステージではラリーリーダーのロバンペラもスピン。雪壁に当たった衝撃でラジエターを破損し、デイリタイアとなった。「新雪の海」と化したSS4で、スノーラリーを得意とし、トップ3につけていた新旧世界王者ふたりが姿を消すことになったのだ。
その結果、このステージでベストタイムを記録した勝田が首位に立った。総合2位にはラッピが順位を上げ、ふたりの差は11.4秒。通常のスノーラリーならば、かなり大きなタイム差だといえる。 しかし、激しい降雪によりコンディションが刻々と変わる今回のスウェーデンでは、十分なギャップではなかった。午後の再走ステージ1本目、SS5「ブラットビー2」の路面は、午前の走行後も降り続いた雪により10cm以上の新雪に覆われていた。撮影ポイントに向かうため、ステージのすぐ近くの一般道をレンタカーで速度をかなり落とした状態で走っていても、深い新雪でクルマは真っすぐ走らず、ステアリングを切ってもなかなか曲がらない。「ヌルヌル」と、まるで油の上を滑走しているかのようだった。それは、レンタカーとは比較にならないほど突出量が大きい金属製スタッド(スパイク)が埋め込まれた競技専用タイヤを履く、ラリーカーでさえも同様であり、出走順が早い選手たちは、グリップが効かず暴れまくるRally1車両と格闘しているようにレンズ越しに見えた。
路面を注意深く観察すると、Rally1車両が1台走るごとに新雪は踏み固められ、徐々にコンディションは良くなっていった。出走順が遅ければ遅いほど有利になっていくのだ。そこで、勝田の後ろで、より良いコンディションで走ることができたラッピとの差が大きく出た。フカフカの新雪に覆われたSS5においてそのコンディション差は非常に大きく、ラッピが6番手タイムだったのに対し、勝田は11番手タイム。首位こそ守ったが、勝田とラッピの差は一気に5.3秒まで縮まった。参考までに記すと、出走順トップのティエリー・ヌービル(ヒョンデ)はベストタイムから46.9秒遅れの42番手タイム、出走順2番手のエバンスは30.6秒遅れの28番手タイムと、にわかには信じ難いほど大きな遅れをとった。そして、このステージでベストタイムを刻んだGR Yaris Rally2のゲオルグ・リンナマエから、5番手までを、Rally1車両に比べればはるかにローパワーなRally2車両が占めるという、通常では考えられないような下克上が起きていたのだった。路面コンディションがどんどん良くなっていったことに加え、Rally1車両とRally2車両のパワー差を新雪が吸収したことが、その理由である。
続くSS6、SS7でも出走順の違いは大きなタイム差となって現れ、勝田は3、2番手タイムを刻むなど健闘するも、ラッピが連続ベストタイムでついに勝田を逆転。デイ2最終のSS8を終えて、首位ラッピと総合2位勝田の差は3.2秒となった。その結果、翌日の土曜日は8番手スタートと、勝田は金曜日よりも良い条件で出走することが可能に。ラッピは9番手スタートのため、十分に勝機があると勝田は考えていた。勝田と総合3位オリバー・ソルベルグ(シュコダ)との差は1分17秒以上離れており、優勝争いは事実上ラッピと勝田のふたりの一騎打ちに。勝田にとっては、キャリア最大ともいえる優勝のチャンス到来である。そして、土曜日1本目のSS9で勝田はラッピを上まわり、両者の差はついに0.9秒と1秒を切った。
「勝つことしか考えていなかった」と、勝田。GR YARIS Rally1 HYBRIDのハンドリングは非常に良く、乗りこなせているという実感があった。そして、決して無謀なアタックを続けていたわけでもなかった。しかし、土曜日2本目のSS10で勝田は雪壁に突っ込みスタック。デイリタイアとなり、WRC初優勝の夢は雪煙となってはかなくも消えた。「スタート後、3kmくらいのところの中高速コーナーに少しオーバースピードで入ってしまい、立ち上がりにかけてラインが外れて膨らみ、リヤが雪壁に当たってしまった。その流れでフロントから雪壁に突っ込み、スタックしてしまいました。もちろん残念でしたし、チームにも本当に申し訳なく思っています」
勝田は、限界ギリギリのアタックであったことを認めるが、そのような走りを続けなければ勝てなかったと考えている。勝田よりも先にクラッシュを喫したロバンペラもタナックも、やはり限界域での走りを続け、リミットを僅かに越えてしまった時、雪壁の洗礼を受けることになった。また、優勝を争っていたラッピもスノーラリー巧者であり、勝田が少しでもペースを緩めれば差が大きくひらいてしまう可能性もあった。WRCトップドライバーのレベルになると、表彰台を目指すペースと、その頂点に立つことに焦点を絞ったペースは大きく違ってくる。それを昨年強く実感していた勝田は、スウェーデンで「勝つための走り」を続けたのだ。
勝田の戦いを、TGR-WRTのヤリ-マティ・ラトバラ代表は次のように分析する。「貴元は本当にいい走りをしていたし、速さもあった。しかし、個人的には勝負をしかけるタイミングが少し早かったように思う。あのタイム差ならば、状況を見ながら少しづつペースを上げて行き、重要なステージでフルアタックをしても良かった。とはいえ、貴元の気持ちもよく分かる。私も現役時代は同じようなミスを何度もしたからね。重要なのは、今回の件から学び次に繋げることだ」
コンマ1秒の戦いをしているなかで、ペースを少しでも緩めることは簡単ではない。かなり勇気がいることだ。それが優勝争いであればなおさらで、勝田にとっては初めて経験する精神的な駆け引きだったに違いない。そして、勝田が考えていたように、少しでもペースを落とした瞬間、挽回不可能なほど大きな差がついていた可能性もある。「ミスをしたとしても、うまくそれを抑え込む、紙一重の領域で生き残るための力をつけなくてはなりません」と勝田。悔恨の雪煙の先に、新たなる課題と希望が見えた。彼の次なる戦いのステージはアフリカ、ケニア。過去、総合2位を獲得したサファリ・ラリーで、勝田はスウェーデンとは大きく異なる「勝利の壁」に対峙するのだった。
古賀敬介の近況
久々の更新になってしまいました。シーズン序盤戦の僕の取材ターゲットは、勝田選手の「勝利をかけた戦い」を追うこと。間近で見てきた彼のチャレンジを数回にわけてお送りします。内容が内容なので、なかなかソフトな内容を原稿に盛り込むことはできないですが、新たにスタートした映像コンテンツ、WRCな日々 番外編「こがっちeyes」でラリーの雰囲気を楽しんでください。