サバイバルラリー、アクロポリスで見せた
誇り高き元世界王者オジエの壮絶なる戦い
WRCな日々 DAY59 2024.10.10
「えっ!?」
最終ステージを走り終え、メディアゾーンで待機していた勝田貴元が驚いた表情でスマホを凝視。すぐ横にいたエルフィン・エバンスがその画面をのぞき込むと、厳しい表情で何度か頭を横に振った。総合2位につけていたセバスチャン・オジエが最終のパワーステージで横転。それは、ほぼ手にしていた2位表彰台が失われた瞬間だった。前戦ラリー・フィンランドでは首位を快走していたカッレ・ロバンペラが最終日に岩を踏み、まさかのコースオフ。総合2位につけていたオジエが繰り上がり、勝利を手にした。そして今回のアクロポリス・ラリー・ギリシャでは、オジエが横転。TGR-WRTは2戦連続で新旧世界王者が最終日にアクシデントに見舞われるという、残酷な結末を味わうことになった。
両者のアクシデントには共通点がある。それは、ラリー最終日を全力でアタックしている中で起きたものであるということ。WRCは今シーズンからポイント獲得システムが大きく変わり、
1.土曜日終了時点での総合順位に対して与えられるポイント(通称、サタデーポイント)
2.日曜日のみの合計ステージタイムによる順位=スーパーサンデーに対して与えられるポイント
3.最終のパワーステージでトップ5タイムを出した選手に対して与えられるポイント
と、三段階の獲得方式に改められた。その結果、土曜日終了時点でラリーを大きくリードしていたとしても、日曜日も最速で走らなければ前年同様の最大ポイントを得られなくなったのだが、ここまでTGR-WRTは、土曜日終了時点で最速でありながらも、日曜日に最大ポイントを逃すというラリーが少なくなかった。そして、チャンピオンシップ争いにおいてライバルを追う立場で終盤戦を迎え、各ドライバーたちはこれまで以上に「スーパーサンデー」および「パワーステージ」での最大ポイント獲得に力を入れて日曜日に臨むようになっていた。
アクロポリス・ラリーでのオジエは、初日のデイ1に3本のベストタイムを刻んで首位に立つも、ターボ関連のトラブルで大きく遅れ総合4位に後退。しかし、デイ2で3本のベストタイムを記録し、総合3位まで順位を回復した。オジエは最終日のデイ3でもフルアタックを続け、最終のパワーステージを前に総合2位まで挽回していたのだ。そこまでのオジエの走りは元世界王者の矜持を強く感じさせるもので、デイ1でのトラブルさえなければ余裕で首位に立っていただろうと思える速さだった。
土曜日が終了した時点でオジエは「日曜日に2回走るステージは、レッキ(ステージの事前下見走行)をした段階でもっとも路面が荒れているように見えた」と、パワーステージの路面コンディションを非常に気にしていた。今年のアクロポリス・ラリーのステージは、たしかに全体的にかなり荒れていた。かつてアクロポリスはWRCで1、2を争うほど路面コンディションが悪く、サバイバルラリー的な要素が強いイベントだった。しかし2021年、久々にWRCに復帰するにあたりラリーの主催者は路面の改修に力を入れ、その結果コンディションは以前と比べると大幅に好転。チームやドライバーにとってはもちろん歓迎すべきことであるが、昔の岩だらけの強烈な路面に歪んだ愛情を感じていた自分としては、少々寂しくもあった。
ところが、それから数年経ったことに加え、今年は夏季にに天候が不安定だったこともあり、路面コンディションは大幅に悪化。路面の石や岩の間を埋めていたグラベルが雨や風で消失し、鋭いエッジを持つ岩が道の表面に露出するようになってしまったのだ。実際、ラリー開始前にステージを下見走行した僕は、悪路に対する歪んだ愛情が瞬時にして消え去り、邪悪な岩がゴロゴロと転がる悪路に恐れおののいた。速度をかなり抑えて走ったとしても、いつ、どこでパンクをしてもおかしくなく、スペアタイヤ1本では心もとない。こんな罠だらけの荒れた路面を全開で走らなくてはならないWRCドライバーたちは、一体どのような気持ちなのだろうか……。
「普通のグラベルラリーでは、岩を踏んでパンクしたらアンラッキーだと思いますが、今年のアクロポリスのステージはとにかく岩だらけなので、どこを走っても岩を踏まざるを得ない。パンクしなかったらラッキーという感覚です」と、レッキを終えた勝田。同じグラベルラリーでも、路面が平坦で岩や石も少ない、前戦ラリー・フィンランドとは全く性質の異なる「ラフグラベルラリー」であるということを、勝田の言葉を聞いて再認識した。
その勝田はラリー初日、岩だらけのステージでパンクやアクシデントのリスクをできる限り抑えるべく、セーフサイドに寄せた走りをしていた。それでもクルマの仕上りは非常に良く、SS1で4番手タイムを、SS2ではベストタイムを記録し、首位オイット・タナック(ヒョンデ)と僅か0.2秒差の総合2位につけていた。まったく無理をしていないのに良いタイムが出る。軽量化のため、ライバルよりも1本少ないスペアタイヤでステージに臨んでいたことからも、勝田がパンクのリスクを抑えたアプローチをとろうとしていたことがわかる。しっかりと最後まで走り切れば良い結果を持ち帰ることができるはずだと、勝田は手応えを感じていたに違いない。
ところが、初日の午前中最後のSS3で勝田はクラッシュ。クルマの右リヤにダメージを負って走行不能となり、デイリタイアとなってしまった。首位が見えていただけにプッシュし過ぎたのかな? というのが、その一報を聞いた時の僕の正直な印象だったが、それは違った。勝田によれば、走り終えたコーナーのペースノートの情報があまり正確ではなく、それを午後の再走ステージのために修正しようと考えていたところで、その後に続くコーナーの情報を聞き逃してしまったのだという。道幅がかなり狭く、きつい左コーナーを抜けた直後に道が開けるというペースノートの情報を、コ・ドライバーのアーロン・ジョンストンは正確に読み上げた。しかし勝田は、道幅が狭くきつい……のくだりを聞き逃してしまい、速度を乗せて入れるオープンなコーナーと勘違いして進入してしまったのだ。結果、勝田はコーナーを曲がり切れず、アウト側の木に右リヤをヒットしてしまったのである。
午後の再走ステージをより速く走るためのペースノート修正は、どのドライバーも普通に行なっている作業である。走りながら修正したいポイントを簡潔な言葉でコ・ドライバーに伝える。そして、ステージ終了直後にペースノートを微修正するのだ。同様の作業をこれまで勝田は毎ラリーで行なってきたが、それによって重要なインフォメーションを聞き逃すようなことはほぼなかったという。結果論になってしまうが、アクロポリスでの勝田には表彰台に立てるような速さがあり、ラリーに対するアプローチも正しかっただけに、小さなミスで下位に沈んでしまったのは残念でならない。満足のいく仕上りのクルマであれば、表彰台を争えるという自信を持って、次のラリーにチャレンジしてほしいものだ。
勝田がデイリタイアを喫し、オジエはターボの不調で大幅にタイムロス。さらには、エルフィン・エバンスもパンクとターボの不調で8分以上遅れるなど、TGR-WRTにとってラリー初日の金曜日は悪夢のような一日となってしまった。トップ3にはマニュファクチャラー選手権でトップに立つヒョンデの3選手が並び、TGR-WRT最上位のオジエは首位と2分26.4秒差の総合4位。ヒョンデにしてみればリスクを冒す必要はまったくなく、反対に、オジエは自分にためにも、チームのためにも少しでも多くのポイントを獲得しなければならないという、厳しい状況にあった。それでもオジエはベストタイムを連発してジワジワとタイム差を詰めていき、土曜日終了時点で総合3位に。サタデーポイントとして13ポイントを獲得できる権利を手にした。
オジエの次なるターゲットは、スーパーサンデーを制し、パワーステージでも最大ポイントを得ること。クルマのハンドリングに大きな自信を持っていたオジエは、チャンピオンシップのためにリスクを負う決意をもって日曜日に臨んだ。オープニングのSS13、オジエはベストタイムを記録。2番手につけていたダニ・ソルドを抜き総合2位に浮上した。続くSS14でもオジエはベストタイム、その時点でスーパーサンデー首位につけており、2番手のタナックに13秒という大きな差を築いていた。そのまま最後のステージも普通に走れば、スーパーサンデーを制しての7ポイント獲得はまず間違いないところだった。しかしオジエは、パワーステージでの最大5ポイントも手にするべく、強い意志を持って最終ステージのスタートを切った。
ところが、スタートして1kmを過ぎたあたりでオジエはパンクに見舞われる。タイヤの空気が抜ければ当然グリップは低下するが、それに気がついたのはコーナーに向けてブレーキングを開始するタイミングであり、十分な減速ができないままオジエは右コーナーに進入。アンダーステアが発生し、横転を喫した。周囲にいた観客たちによりクルマは「本来の姿勢」に戻されたが、タイヤだけでなくサスペンションにもダメージを負っていたため、すぐに走り出すことはできず。その時、オジエはリタイアも覚悟したようだが、結果的に自力で破損箇所を応急処置。20分以上を失いながらも何とかフィニッシュを果たした。当然、スーパーサンデーの優勝とパワーステージのポイントは得られなかったが、満身創痍ながらもラリーを完走した結果、土曜日終了時点の順位に対して与えられるサタデーポイント、13は獲得。攻めの走りを続けた末に手にした、貴重な選手権ポイントとなった。
危惧していた岩だらけの再走ステージでパンク。オジエの不安は現実のものとなり、選手権争いはさらに厳しい状況になってしまった。しかし、僕はリスクを負って最終日も全力で攻め続けたオジエの、チャレンジスピリットに心を打たれた。チャレンジなくして成功なし。40歳の大ベテランとなった今も、ギラギラとした闘争心を保ち続けている。結果こそ伴わなかったが、元世界王者の圧巻のスピードとプライド高き戦いに、大きな感銘を受けた2024年アクロポリス・ラリー・ギリシャだった。
古賀敬介の近況
今年のアクロポリス・ラリー・ギリシャは路面が非常に荒れていて、久々に「悪路ポリス」という文字が頭に浮かびました。昔からアクロポリスは取材がもっとも大変なラリーでしたが、今回も岩だらけの未舗装路を何十キロも走り、改めてその厳しさを実感。クルマを壊したり、パンクをすることなく取材を終えることができてホッとしました。アクロポリスの取材は、僕らメディアにとってもビッグチャレンジなのです。なお、今回コラムで触れることができなかった、アクロポリスでの様々な出来事については映像コンテンツ、WRCな日々 番外編「こがっちeyes」を是非見てくださいね!