// 2024 season

モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY61 - マニュファクチャラー選手権4連覇達成の裏側 その2:チーム最大の窮地を勝田貴元が救った

マニュファクチャラー選手権4連覇達成の裏側
その2:チーム最大の窮地を勝田貴元が救った

WRCな日々 DAY61 2024.12.10

その時、そこに勝田貴元がいたから。2024年WRC第12戦セントラル・ヨーロピアン・ラリー(CER)は勝田の好アシスト、そして一撃の速さがTGR-WRTの“窮地”を救い、続くラリージャパンでの逆転タイトル獲得に望みを繋いだ、起死回生の一戦だった。

アンラッキーともいえるハプニングとドライビングミスが続き、自分自身とチームが期待するような結果をしばらく残すことができていなかった勝田は、チームの方針により第11戦ラリー・チリを欠場。一ヶ月以上の充電期間を経てCERでWRCの現場に復帰した。「チリに出られなかったのはもちろん残念でした。しかし、チームが求める結果を出すことができていなかったので、それも当然だろうとも思いました」と、勝田はラリー・チリ欠場を告げられた時の心境を語る。自分はもはやチームから必要とされない存在なのではないか? とさえ思ったという。しかし、TGR-WRTのテクニカルディレクターであるトム・フォウラーを始めとするエンジニアたちと話しをする中で、心の中の霧が徐々に晴れていった。

2024年、勝田は自分のスピードをフルに発揮し、優勝争いに加わることを目標にシーズンに臨んだ。そのターゲットを達成するために、これまで様子を見て遅れをとることも多かったラリー序盤から、ハードにプッシュ。その結果上位争いに加わる頻度は増えたが、それと同時にミスも多くなりリザルトは低迷。その頃の勝田は「トップ争いをすることができなければ、来季以降チームに必要とされなくなる」という、強い危機感を覚えながらラリーを重ねていた。その焦る気持ちと限界を超えたプッシュがさらにミスを生むことになり、悪循環に陥っていたといえる。

その勝田に対し、フォウラーは「我々にとって君は必要な存在だ。トップレベルの速さがあることは誰もが理解している。だから、今はそれをことさらアピールする必要はない。2025年にそのスピードを結果に結びつけるためにも、一度リセットして大きなミスをすることなく最後までしっかり走り切る戦いをして欲しい。そのために我々は全力で君をサポートする」と伝えたという。すべてのラリーで速さを発揮できなければ将来はないと思い込んでいた勝田にとって、フォウラーの言葉は意外に感じられたという。そして、復帰戦であるCERでは、マニュファクチャラーズタイトル争いで重要な局面を迎えるチームのサポートに徹すると心に決めた。

CERでのTGR-WRTは、ドライバーズタイトルの可能性を残すセバスチャン・オジエと、エルフィン・エバンスが最大ポイント獲得を目標に戦い、そのふたりに何か起こった時のフォロー役を勝田が担うという役割分担。さらに、Rally1出場3戦目となるフィンランドの若獅子サミ・パヤリが、前戦ラリー・チリに続き4台目のGR YARIS Rally1 HYBRIDをドライブすることになった。実質的にサードドライバーとなる勝田がするべき仕事は、常に4、5番手につけ、マニュファクチャラー選手権のライバルであるヒョンデの3台目、すなわちアンドレアス・ミケルセンよりも上の順位を守ること。しかし、スピードと経験を併せ持つベテラン、ミケルセンを抑えるのは決して簡単ではない。

ドイツ、オーストリア、チェコという三ヶ国を舞台とする2024年CERのターマックステージは、その多くを前年から引き継いだ。初開催だった2023年大会は非常に難易度が高く、国ごと、エリアごとに特徴が大きく異なるステージがドライバーたちを惑わし、ミスを誘った。道幅が狭い上にハイスピードなコーナーが続くステージも多く、道路脇の草はコースを外れたクルマを容赦なく滑走させる。とくに朝露や霧、雨によって水分を含んだ草は驚くほど滑る。また、コーナーはイン側にコンクリート製のアンチカットデバイスが設置されているところもあれば、そうでないところもあり、イン側の未舗装部分から掻き出される泥や砂利の量はコーナーごとに異なる。さらに、昨年以上に多くの落ち葉が路面を覆っているセクションもあるなど、とにかく路面のグリップレベル変化幅が大きく、ラリー序盤から多くのトップドライバーがミスでタイムを失う憂き目にあった。

勝田と同じく3台目の役割を担っていたミケルセンは、金曜日午前中のSS5でコースを外れクラッシュ。デイリタイアを喫した。抑えの立場であったとしても、プッシュする度合いが少しでも足りなければRally1最下位レベルまで沈んでしまうのが、このクラスの戦いの厳しさである。総合4位をターゲットにしていても、リスクを冒さずに戦うことは不可能だ。同様に勝田も金曜日に何度か道から外れる瞬間もあったが、大事には至らず金曜日を総合5位で走破。総合2位につけたオジエ、4位のエバンスをしっかりと支える好位置でチェコの長い一日を終えた。

土曜日、戦いの舞台がドイツ、オーストリアに移ると上位争いはさらにヒートアップ。チャンピオンシップリーダーのヌービルを、僅差でオジエが追う展開になった。ポイント差を考えれば大きなリスクを冒す必要がないヌービルに対し、逆転タイトルの望みをラリージャパンに繋ぎたいオジエは全力でアタック。ヌービルのほうがはるかに余裕を持って戦える状況だったが、土曜日に大きなミスを犯したのはヌービルだった。ヌービルは午前中のSS11でコースから2回飛び出し、30秒以上を失い総合4位まで順位を下げたのである。しかし、だからといってオジエが楽になったわけではなかった。背後に、やはりドライバーズタイトル獲得のチャンスを残すヒョンデのタナックが迫っていたからだ。そしてラリーはそこから最終日まで、競技を離れれば良き友人関係にある、ふたりの元世界王者による熾烈な戦いが続いた。

チームのために。オジエは猛アタックで2本のベストタイムを刻み、首位で土曜日を走り切った。TGR-WRTは、その時点でエバンスが総合3位につけていたことにより大量の「サタデーポイント」を獲得する資格を手にした。また、勝田はヌービルに次ぐ総合5位と、チームにとっては理想に近い展開に。しかし、逆転でタイトルを獲得するためには、日曜日にも大量のポイントを稼がなくてはならない。チーム、そして選手たちは新たな戦いに臨む覚悟で、日曜日の朝を迎えた。

オジエとタナックの優勝争いは、まず日曜日最初のSS15でタナックがオジエを逆転。1.9秒差をつけてトップに立った。しかし、続くSS16でオジエはベストタイムの勝田に続く2番手タイムを記録し、差を1.5秒に縮めた。元世界王者は、その時点で「勝てる」と己を信じていたに違いない。これまで、自信に満ちた最終日のアタックで多くの勝利を掴んできた。しかし、彼の勝利をかけた、そして逆転王座をかけた戦いは続くSS17でまさかの結末を迎える。スタート後、約500メートル。道幅の狭い緩やかな右コーナーに差しかかったオジエは、イン側にあった泥で突然グリップを失ってアンダーステアに見舞われ、アウト側の木に激しく激突。反動で道の反対側にあった木製の電柱をなぎ倒しストップした。クルマは特にサスペンションまわりの破損が酷く、オジエは競技続行を断念せざるを得なかった。

「すべて自分のミスだ。チームに申し訳ない気持ちでいっぱいだ」と肩を落とすオジエ。重要な局面でのドライビングミスはアクロポリス・ラリー・ギリシャから3戦連続となり、多くのポイントが彼の両手からこぼれ落ちていった。CERに関しては日曜日に得られたであろうポイントだけでなく、土曜日終了時点での順位によって得ていたはずのポイントも全て失うことになり、チームに大きな損失をもたらした。そのことをオジエは激しく悔いていた。

グリップが変わりやすいトリッキーなターマックステージは、本来彼が得意とするところ。ではなぜオジエは、その場所でコントロールを失ったのだろうか? 理由のひとつとして、そのSS17は事前にステージを走行して路面コンディションの変化を選手に伝える、ルートノートクルー(=グラベルクルー)が走るチャンスが設けられなかったことが挙げられる。タイトなスケジュールの都合上、SS15の再走ステージであるSS17は予めルートノートクルーが走行できないことは通達されていた。そのためオジエを含む全ドライバーはSS15を走った段階でのペースノート情報でSS17も走ることになった。ところが件の右コーナーはイン側から多くの泥が掻き出されており、日陰だったこともあってかなり湿り気を帯びた状態だった。オジエは、日曜日の出走順がRally1勢最後方だったため、ライバル達の走行時よりも多く泥が出ているコーナーに飛び込み、そこでグリップを失ってしまったのだ。

2024年のシーズン終了後に改めて振り返れば、このオジエのアクシデントは、最終戦ラリージャパンの最終日にタナックに起こったそれと重なる。世界最高峰の技術を持った世界王者経験者たちであっても、勝利をかけたギリギリの戦いが続く中では、罠に足を踏み入れてしてしまうのだ。そして、2024年から新たに日曜日の獲得ポイントの割合を増やした新ポイントシステムが導入されたことで、日曜日にクラッシュが発生する頻度は以前よりも確実に増えていると感じる。

オジエのリタイアにより、TGR-WRTは大量得点の好機を失った。マニュファクチャラーズタイトル争いにおいては大打撃であり、首位ヒョンデとのポイント差は17からさらに大きく拡がる可能性もあった。しかし、そのチームのピンチを救った男がいた。勝田である。土曜日まではベストタイムを刻みながらも安定性を重視した走りを続け、総合5位につけていた。しかし日曜日は、オジエとエバンスがトップ3に入っていたため、様子を見ながらプッシュすることがチームから許され、まずSS16でベストタイムを記録。GR YARIS Rally1 HYBRIDのフィーリングは最終日も非常によく、勝田は自信を持ってドライブできていた。

「フルアタックせよ」という指令がチームから伝えられたのは、オジエがクラッシュで戦列を離れノーポイントとなることが判明した直後だった。ポイントの穴を埋めるためにもスーパーサンデー、そして最終のパワーステージでライバルチームを上回らなくてはならない。オジエがリタイアしたSS17の時点で、既に勝田はスーパーサンデー首位に立っていたが、2番手タナックとは僅か0.6秒差。続くパワーステージをタナック以上のタイムで走り切らなければ、チームへの貢献度は大幅に下がってしまう。しかし、だからといってコースオフは絶対に許されない。オジエがリタイアしたことで、勝田分のサタデーポイントがマニュファクチャラーズポイントに計上されることになったからだ。ミスをすることなく最速で駆け抜ける。それは2024年に勝田が追い求めていた、そして、これからもこなしていかなければならない永遠のテーマ。チームの命運がかかる重要な局面で、封印していたスピードを全て解き放つ瞬間がはやくも訪れた。

他のドライバーたちとのペース差が明らかとなる区間タイム、勝田は最初のセクターから誰よりも速かった。調子は非常に良い。クルマに乗れている。自信を持ってドライブできている。TGR-WRTのスタッフが固唾を呑んで勝田の映像を見守る。好タイムが期待できそうないい走りだ。勝田だけでなくエバンスも十分速い。そしてフィニッシュ。総合2位の座を守ったまま走破したエバンスはパワーステージ3番手タイム、スーパーサンデー2位。一方、勝田は総合4位。パワーステージベストタイム、スーパーサンデー1位! 勝田は日曜日に得ることができる最大のポイントである12を獲得。サタデーポイントと合わせて22ポイントをチームにもたらしたのだった。その結果、TGR-WRTはエバンスが獲得した24と合わせて46ポイントを計上。タナックが優勝しながらも44ポイントに留まったヒョンデをトータルで2ポイント上回ることとなり、僅かではあるがマニュファクチャラー選手権におけるギャップを縮めることに成功したのだった。

ラリー・チリで達成したフルポイント獲得には及ばなかったが、土曜日終了時点でトップに立っていたオジエを失ったことを考えれば、決して悪くないリザルトである。速さと安定性をバランスさせながら総合2位を得たエバンス。そして、サポート役を担いながらも必要となった時に圧巻の速さを発揮し多くのポイントを持ち帰った勝田。失いかけていた自信と、チームからの信頼を勝田はこの休場明けの一戦で見事に取り戻したのである。ただし、だからといって勝田の両肩から全ての重荷が取り除かれたわけではなかった。続く最終戦、彼にとっての真のホームイベントであるラリージャパンでは、さらに大きなプレッシャーを背負い、ドライバー人世の大きな分岐点に立っていることを強く意識しながら、長いラリーウィークを過ごすことになるのである。

古賀敬介の近況

モータースポーツの世界は全体的にオフシーズンですが、WRCは間もなく1月のラリー・モンテカルロで開幕します。2025年はWRC全戦に加え、スーパーGT、スーパーフォーミュラ、WECなども取材を予定しています。引き続き忙しい一年になりそうですが、より良い仕事ができるように気持ちを引き締めて臨みたいと思っています。年末年始、お時間がありましたら、最終戦ラリージャパンのプレビューを映像でご紹介する「WRCな日々 番外編 こがっちeyesラリージャパン編」もご覧になってくださいね。

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