適応力が試された25年開幕戦モンテカルロでオジエが優勝、
エバンスが2位と、TGR-WRTが上々のスタートを切る
WRCな日々 DAY63 2025.2.4
新しいシーズン、コンセプトが大きく見直されたクルマ、一新されたタイヤ、不安定な路面コンディション。2025年WRC開幕戦ラリー・モンテカルロは、非常に多くの不確定要素が重なり、いつにも増して難易度の高いラリーとなった。そこで抜群の適応力を発揮し優勝を獲得したのは「モンテの絶対君主」セバスチャン・オジエと、GR YARIS Rally1を2025年のレギュレーションに最適化させたTGR-WRTの技術陣だった。
レギュレーションの変更により、2025年のRally1車両にはハイブリッドシステムが搭載されなくなり、バッテリーとモーターによるエキストラブーストは失われた。それでもエンジンは最高出力400馬力が見えるまで開発が進んでいたため、ハイブリッドレスにより約80kgの軽量化を果たしたRally1車両のステージ走行速度が、前年よりもさらに上がることは、ほぼ確実と見られていた。ところが、さらなるスピードアップは安全面で大きなリスクを伴うとFIAのテクニカルチームは危惧し、エンジンの吸気リストリクター径を36φ(=直径36mm)から35φへと縮小し、パワーダウンを図ることを2024年の秋ごろに決定。そのためTGR-Eのパワーユニット開発チームは急遽開発の方向性を見直さなければならなくなったのだが、開幕戦モンテカルロの現場に持ち込まれたエンジンは、ドライバーたちの要求に応える高いパフォーマンスと、ドライバビリティを備えていた。
様々な変化があった中で、ドライバー達がもっとも不安を感じていたのは、タイヤサプライヤーがピレリからハンコックへと変わったことだった。事前に新タイヤをテストする機会は提供されたとはいえ、時間的には全く十分ではなく、なおかつモンテカルロは他のラリーよりも多い4種類のタイヤが用意されることから、各ドライバーがその全てをタイヤに適した路面コンディションでテストすることはそもそも不可能だった。ある者は積雪および凍結路面をスノータイヤで走る機会しか得られず、ある者はドライおよびウェットの路面を溝ありのスリックタイヤで走行するに留まるなど、全タイヤを事前にテストする機会は等しく得られなかった。そのような状況で、誰よりも早く、新しいクルマとタイヤから最大のパフォーマンスを引き出したのはモンテカルロ10勝目を狙うオジエだった。
恒例となった初日木曜日のナイトステージは、例年よりも1本増え3本に。その最初の2本でオジエはベストタイムを記録し首位に立った。オジエはこれまでもクルマが新しくなった年や、新しいラリーで常に速さを見せてきた。クルマ、タイヤ、ステージの特徴をいちはやく掴み、それにドライビングを適応させる能力が、彼は誰よりも優れているのだ。この最初の2ステージを見て、僕はオジエがモンテカルロ10勝目を手にする可能性はかなり高そうだと思ったが、ナイトステージ3本目のSS3でオジエはまさかのハーフスピン。クルマのコントロールを失い、危うく側溝に滑り落ちるところだった。その結果オジエは、首位に立ったティエリー・ヌービル(ヒョンデ)から12.8秒遅れの総合3位に順位を下げたが、それで済んだのはラッキーだったといえるほど、危ないシーンだった。
モンテカルロで優勝を狙うためにはスピードだけでなく、他のラリー以上に緻密なリスクマネージメントが求められる。路面は、たとえ雪がなくとも一部が凍っていたり、霜に覆われていたりする。また、インカットが可能なコーナーも多く、クルマが数台走ると路肩の泥や砂利が大量に掻き出され、舗装路とはいえないような汚れた状態になる区間も少なくない。さらに、時間の経過と共に刻々とコンディションが変化するため、ステージを最初から最後まで全開でアタックすることは難しく、どこで、どれくらいマージンをとるかがこのラリーを戦う上で大きなポイントとなる。そんなモンテカルロの戦い方を知り尽くしているはずのオジエでさえも、早々にデイリタイアとなるところだったのだ。
ラリーを失いかけたのはオジエだけではなかった。金曜日のデイ2では、ヒョンデのオィット・タナックも側溝に落ちクルマを破損。彼のチームメイトで新世界王者のヌービルもヘアピンコーナーで曲がり切れず壁に激突。クルマにダメージを負って2分近くを失い、優勝争いから大きく後退した。オジエも再度コースオフしかけたが、上手くリカバーしタイムをほとんど失わなかったのは、またしてもラッキーだったといえる。ラリー後オジエは「幸運の星が僕に味方をしてくれていると感じるシーンが何度もあった」と述べたが、たしかに今年のモンテでのオジエは、運が味方をしているように感じられた。厳しい状況を何度も切り抜け、要所要所で速さを発揮。まさに、オジエらしいモンテカルロの戦い方だった。彼はラリー後、これが最後のモンテカルロになるかもしれないとも述べていたが、ネバー・セイ・ネバー。1年後もまた、彼はフレンチアルプスの峠道を走っていると僕は確信している。オジエのいないモンテカルロなんて、もはや想像がつかない。
エバンスもまた、2回ほど危ないシーンがあった。彼はラリーを通してペースを上手くコントロールしているように見えたが、それでもラリー中盤と最終のパワーステージで路面のアイスに乗り瞬間的にコントロールを失った。幸いにも致命的な状況とはならずオジエに次ぐ総合2位を獲得したが、デイ3以降はヒョンデ新加入のアドリアン・フォルモーとの激しい総合2位争いが続いた。今回のラリー・モンテカルロでもっとも確実性の高い走りを続けたのはフォルモーであり、所々で鮮烈な速さも見せた。Mスポーツ・フォードの一員だった2024年も何度か高いパフォーマンスを発揮していたが、ヒョンデに加わりさらに速さと安定性を増した感がある。TGR-WRTにとっては、今後さら手強い対戦相手になるだろう。
一方、一年ぶりにフルタイム参戦に復帰したカッレ・ロバンペラは、彼の実力を考えれば不本意ともいえる総合4位に終わった。モンテカルロとの相性はこれまでもそれほど良くはなかったが、今回はとくに苦戦しているように見えた。とりわけツイスティなコーナーが続くセクションで速さが足らず、ロバンペラは「新しいタイヤに自分のドライビングを合わせ込めていないようだ」と冷静に分析していた。もちろん、彼にとっては久々のWRCターマックラリーだったということもあるのだろうが、ハンコックの舗装路用(溝あり)スリックタイヤからパフォーマンスを引き出すことにかなり苦労していたようだ。
これはあくまでも僕の推測だが、ハンコックのターマック用タイヤは、縦方向のグリップと横方向のグリップを分離して発揮させるようなドライビングがマッチしているのではないだろうか? ブレーキングと加速はできるだけステアリングが切れていない状態で行い、コーナリング時は横方向にグリップを集中させる。サーキットレースでも、とくにワンメイクではそのような使いかたがもっとも効果的なタイヤもあり、コーナリングのターンインまでブレーキングを残すと表面温度が上がったり、グリップが弱くなる場合もある。何人かのドライバーの話を聞く限り、どうやらハンコックのスリックタイヤにはそのような傾向がありそうだ。そうであれば、オジエ、エバンス、フォルモー、タナックといったクルマを比較的縦方向に進めようとするドライビングの選手たちに速さがあり、ロバンペラやヌービルなど、どちらかといえばドリフト方向の走りを多用するドライバーが苦戦したことも納得がいく。過去を振り返ってみても、タイヤのサプライヤーが変わった時に、ドライバーたちのドライビングや勢力図が変わったことがこれまで何度かあった。もしかしたら、今回も同じようなことが起きているのかもしれない。
ドライバーたちの話を総合すると、モンテカルロでのハンコック・タイヤは、トップカテゴリー初戦だったにも関わらず、上々のパフォーマンスを発揮していたようだ。タイヤ自体はやや硬いようだが耐パンク性は高く、勝負に水を差すようなことがなかったのは高く評価されるべきだろう。一方、スノータイヤに関してはスタッド、スタッドレスともグリップが高くないという声が多く聞かれ、それは来年のモンテカルロまでの開発課題となるだろう。18インチのスノータイヤはモンテカルロでしか使われず、次戦ラリー・スウェーデンでは15インチの、より多くのスタッドが露出した雪道専用タイヤが投入される。雪道専用スタッドタイヤがどれだけのパフォーマンスと耐久性を発揮するのかは未知数であり、どのようなドライビングがマッチするのかもラリーが始まってみなければ分からない。また、第3戦はグラベルのサファリ・ラリーであることから、またしても新しいタイヤでのチャレンジとなる。さらに、第4戦ラリー・イスラ・カナリアス(スペイン)も新イベントであり、ターマックラリーではあるが、モンテカルロには投じられなかったハードコンパウンドのスリックがデビューする。ドライバーたちにとっては、適応力勝負ともいえるラリーがしばらく続くことになるのだ。
最後に、勝田貴元とサミ・パヤリのモンテカルロを振り返ることにする。彼らは最終日を迎えるまで手堅い走りを続け、その中でも勝田はデイ3の土曜日にベストタイムを含む3本のトップ3タイムを記録するなど、終盤に向けて調子を上げていた。金曜日の夜にエンジニアと相談の上、デフのセッティングを変えたことがプラスに働いたと勝田は自信を持ち、日曜日に向けては攻めの姿勢で臨もうとしていた。しかしその1本目のSS16で勝田はアイスバーンに乗ってコーナーを曲がり切れず、外側の側溝にはまり脱出することができなくなってしまった。そのためクルマに大きなダメージはなかったにも関わらずリタイアを喫することになり、ノーポイントで初戦を終えたのは残念だ。
勝田によれば、路面はやや凍結していたが、ペースノートにそのような情報は記されていなかったという。早朝、ルートノートクルー(=グラベルクルー)がそのコーナーを通過した際には、凍結の予兆はなかったようだ。コーナーに進入する際、勝田は路面にスタッドでアイスが削れたような痕跡を見つけ、慌てて速度をかなり落としたがそれでも曲がり切れなかった。その時、勝田が履いていたのはスタッドタイヤ2本と、スリックのスーパーソフト2本。もし、スタッドタイヤを4本履いていたら曲がり切れていたかもしれない。勝田は、夜明け前の最初のステージさえ乗り切れば、残る2本のステージは4本ともスリックで走り、そこで良いタイムが出せるだろうと考えていたのだ。勝田だけでなくオジエもエバンスもスリック4本+スタッド2本で臨むつもりでいたが、朝のサービスを出る直前、勝田がサービスを離れた直後にスリック2本+スタッド4本という安全策に切り替えたのだった。最終的にはどちらのタイヤ選択も得られるタイムという点では大きな違いがなかったようだが、安全性を重視するならば、結果論ではあるがスタッド4本が正解だった。勝田はほんの僅かな判断の違いで総合6位を失い、同じタイヤ選択をした新鋭パヤリもブレーキングミスで橋の欄干に激突し、リタイア。モンテの洗礼を受けることになった。
TGR-WRTは総合順位で1-2、スーパーサンデーでもエバンス、ロバンペラの順で1-2(オジエも3番手で1-2-3!)、さらにパワーステージでもオジエ、エバンスが1-2を獲得するなど、昨年のラリー・チリ以来となる最大マニュファクチャラーズ・ポイントの獲得に成功した。これ以上はないスタートダッシュを切ったわけだが、次戦ラリー・スウェーデンでも好調が続く保証は全くない。異なるサーフェイス、新しいタイヤ、そして天候に大きく左右される出走順の優劣。最大のポイントとなるのは、やはり新しいタイヤの性能をどのように引き出すかという部分だろう。ラリー・スウェーデンは、もう間もなくラリーウィークを迎える。
古賀敬介の近況
長く、ハードなラリー・モンテカルロ取材が終わりました。例年モンテカルロは移動距離が非常に長く、朝早く始まり、夜遅くまでやるラリーなので選手達はもちろんですが、取材するほうも非常に大変で終わった直後はほぼ廃人になります。ただ、今年は事前に日本でスノートレーニング(=スキーですが)を一週間程度やっていたお陰か、最後まで何とか元気が続きました。この調子でもう間もなく始まるラリー・スウェーデンにも全力で臨みたいと思います。そうそう、「WRCな日々 番外編 こがっちeyes」は2025年も継続できることになりました。しかも、今年は全戦でお送りすることができそうです。これも皆さんのおかげです、ありがとうございます! ということで今年の第1弾「ラリー・モンテカルロ編」も既に公開されていますので、お時間がありましたらゼヒご覧になってください!