エバンスと勝田がラリー・スウェーデンで1-2フィニッシュ
その裏で苦戦が続いたロバンペラに何が起こっているのか?
WRCな日々 DAY64 2025.3.12
極上のウインターコンディションに恵まれた、2025年WRC第2戦ラリー・スウェーデン。そのハイライトは間違いなく、エルフィン・エバンスと勝田貴元が全力を尽くして優勝を争った、最終日の息をのむ戦いだった。
勝田駆るGR YARIS Rally1が高速の左コーナーに飛び込んできた瞬間、全身に「ブワッ」と鳥肌が立った。そのスピード感は、カメラのファインダーを通して見ても圧倒的。無駄のない安定した車両姿勢を保ちながら、アクセルは全開。速い。明らかに速い! そして、コーナーの出口ではアウト側の雪壁にクルマのボディサイドを僅かに当てて進行方向を微修正。一切のロスなく、続く右コーナーに雪煙をあげながら全開で飛び込んでいった……。
長年WRCをステージサイドで撮影してきたが、慣れのせいか背中がゾクゾクするような興奮を感じることは近年それほど多くない。しかし、日曜日の朝1本目「ベステルビーク1」での勝田のアタックは、そんな僕でも「ウォォォ」と思わず変な声が出るほど迫力があり、日本刀のように切れ味鋭かった。ミスさえなければ間違いなく素晴らしいタイムが出ているはずと、少し時間が経ってからスマホでタイムを確認する。予想通りだ。勝田、ベストタイム。5番手タイムのエバンスより7.5秒も速く、エバンスを抜き首位に浮上。差は4.5秒! その時、僕は勝田のWRC初優勝が大きく近づいたように感じた。残る2本のステージでも勝田がこの走りを続けたならば、エバンスとの差をさらに拡げ、首位でラリーをフィニッシュするのではないか?
同じステージでのエバンスの走りは、クリーンではあったがやや上品で、あまり覇気が感じられなかった。それもあって僕は勝田の初優勝を信じ、歴史的な瞬間を撮影しようと最終SSのステージエンドへと移動した。その時は、まさかエバンスが朝の再走ステージ「ベステルビーク2」で、勝田以上にとんでもないタイムを叩き出すとは想像すらしていなかった。しかし、いざステージが始まってみれば、映像に映し出されたエバンスの走りは、朝イチとは別人かと思うほど鋭く、アクセル開度も格段に高かった。路面コンディションは朝よりも悪化しており、スタッドタイヤで削られた氷が、グリップをかなり不安定にしていた。それにも関わらずエバンスは自信を持ってコーナーに進入し、クルマを前へ、前へと進める。朝の勝田の走りも素晴らしかったが、再走ステージでのエバンスの走りは、コンディションに対しパーフェクトと思えるものだった。果たして、フィニッシュラインを誰よりも速く通過したエバンスのタイムは、2番手タイムのティエリー・ヌービル(ヒョンデ)より6.5秒速く、4番手タイムの勝田より8.2秒! も速い圧倒的なものだった。その結果、エバンスは再び首位に立ち、総合2番手の勝田に3.7秒という、少なくない差をつけて最終ステージへと駒を進めたのだった。
勝負の最終ステージは、一部の区間を前日までに既に何度も走行しているウーメオー。ステージの距離は短く、3.7秒差を挽回するのは容易ではない。ステージ後半の路面は度重なる走行によりかなり荒れていて、深い轍やルーズスノーにどのドライバーも手を焼いているように見えた。そのようなトリッキーなコンディションでも勝田はハイレベルな走りを見せ、そこまでの最速タイムを記録。しかし、勝田のすぐ後ろからスタートしたエバンスは、勝田以上にクルマを無駄なく前に進める走りで荒れた路面を走行。そして、勝田を僅かに上まわるベストタイムで2025年シーズン最初の勝利を獲得した。個人的に、勝田の初優勝が実現しなかったことは残念だったが、エバンスとの非常にハイレベルな戦いは非常に見応えがあり、間違いなく勝田のベストラリーだったと思う。そして、素晴らしい走りをした勝田以上の速さを最終盤に発揮した、エバンスの底力を改めて感じたラリーだった。
ラリー終了後、エバンスは「タカの朝の不意打ちで目覚めることができたよ」と笑いながら2本目のステージを振り返り、すぐに反撃に転じることができたことが勝因だったと述べた。一方、勝田は路面コンディションが悪化した再走ステージでやや保守的になってしまったことを認めたが、だからといって決して遅かったわけではない。ラリーウィークを通して、勝田は常に優勝を狙える速さを発揮していた。しかし、3.8秒という勝敗を分けたタイム差を考えた時、少し残念だったのは土曜日の午後の1本目でジャンクションをオーバーシュートし、バックギアに入れなければならなかったことだ。僕は丁度その現場に居合わせたが、路面はかなりフカフカの雪に覆われていて、僅かなオーバースピードでも止まれないような難しい路面コンディションだった。勝田以外にも何人かがそこでミスをしていたが、そこでの大幅なタイムロスさえなければ、勝田はエバンスより上の順位でラリーを終えていた計算になる。もっとも、エバンスも何度かミスで少なくないタイムを失っていたから、ほぼ互角の戦いだったともいえるが。
気になったのは、TGR-WRTのもうひとりのドライバー、カッレ・ロバンペラが今回も振るわなかったことだ。開幕戦ラリー・モンテカルロでは4位を獲得したが、優勝を争えるだけの速さはなかった。そして、彼が本来得意とするスノーイベントのスウェーデンでも、ロバンペラはやはりスピードを欠き総合5位に甘んじた。若き元世界王者にいったい何が起きているのだろうか? その理由を探るべくロバンペラ本人、そしてTGR-WRTのチーム関係者に取材をする中で、使用タイヤの変化が最大の原因であるという結論に至った。
これまでシングルサプライヤーとして、トップカテゴリー車両にタイヤを供給してきたピレリに代わり、今年からハンコックがタイヤを供給している。過去を振り返れば、タイヤのメーカーが変わった年はドライバーたちのパフォーマンスバランスが変化することが多かった。それもあって開幕前から勢力図が若干変わるのではないかと予想していたが、まずラリー・モンテカルロでその変化の序章が見られ、今回のスウェーデンでそれがより明確になった。
ハンコックのタイヤは、縦方向のグリップと横方向のグリップを分けて発揮させる走り方のほうがマッチし、フルブレーキングとステアリングを切る操作を同時に行うと、予想以上にグリップが出ない傾向があると、多くのドライバーが証言する。つまり、クルマの向きを一気に変えるようなドライビングではなく、ブレーキングをキッチリ終えてからステアリングを切って旋回を開始し、クルマの向きがしっかり変わったタイミングでアクセルを開けてクルマを縦に進めるというドライビングのほうが性能を発揮できるタイヤのようなのだ。クルマの向きが変わるまでの旋回時は僅かに「待ち」の時間が感じられるが、それでもアクセルオンを我慢した方が結果的にいいタイムが出る。中高速コーナー以上に、ハードなブレーキングが続くつづら折りのタイトコーナーで、よりその傾向が顕著に現れるようだ。
勝田によると、モンテカルロ用のターマックタイヤでもそのような傾向はあったが、スウェーデンのスタッドタイヤはキャラクターがより強まり、とにかく縦方向のグリップを重視したドライビングが求められていたという。また、アクセルオン時はフォミュラカー以上に繊細なアクセル操作が必要だったともいう。全日本F3選手権でも活躍した勝田が言うのだから、その難しさは相当なものなのだろう。昨年まではコーナーの途中でドンと一気にアクセルを開けて曲がっていくドライビングも見られたが、今年はジワジワとアクセルを踏んでいくドライバーが多かったように思う。
僕がスウェーデンのステージサイドで走りを見ていた中で、クルマを上手く縦に走らせていたのはエバンス、勝田、オィット・タナック(ヒョンデ)であり、タイミングがあまり上手く合っていないように見えたのはロバンペラとヌービルだった。特に、ロバンペラには去年までのような走りのダイナミックさがあまり感じられず、迷いが見られるシーンが多かった。TGR-WRTのチーム代表であるヤリ-マティ・ラトバラによると、彼とロバンペラのドライビングには共通点が多く、クルマを一気に曲げていく「フィンランド式」ドライビングの修正はそれほど簡単ではないという。ロバンペラ自身もそれを認めており、ドライビングの修正とセッティング変更で何とかタイヤの最大グリップを引き出そうと奮闘していたが、スウェーデンでは最後まで望むような速さを発揮することができなかった。タイトル奪還を目指すロバンペラにとっては、厳しい開幕2戦になったといえる。
ただし、まだ実戦に投入されていないグラベル用のタイヤは、やや特性が異なり、これまでのピレリに近いキャラクターだという評価も聞こえてくる。そうであれば、これから何戦も開催されるグラベルラリーでロバンペラが本来の速さを取り戻す可能性も十分ある。次なるラリーは、昨年ロバンペラが序盤から圧倒的な速さを示し優勝したサファリ・ラリー・ケニア。他のグラベルラリーとはやや毛色が異なるとはいえ、シーズンのこれからを占う上では非常に参考になるラリーである。ドライバー選手権リーダーのエバンスや、スウェーデンで速さを示した勝田がグラベルでも好調を保つのか、それとも過去2回サファリを制しているロバンペラが復活を果たすのか? TGR-WRTのドライバーたちが勝利を重ねてきたWRC第3戦サファリ・ラリー・ケニアは、要注目の一戦である。
古賀敬介の近況
今年のラリー・スウェーデンは路面のコンディションが素晴らしく、雪壁もしっかりできていたので、本当に走りを楽しめるラリーでした。勝田選手の優勝をかけた走りは非常に見応えあり、優勝やチャンピオンの経験があるドライバーたちが最後まで走り続けていた状況で、優勝まであと一歩と迫ったのは本当に素晴らしいことだと思います。次戦、サファリ・ラリーへの期待がさらに高まりました。さて、今回のスウェーデンでも「WRCな日々 番外編 こがっちeyes」を撮影しましたので、ぜひご覧になってください。スウェーデンに向かう道中では、ヤリ-マーティ・ラトバラさんがフィンランドにある自身の博物館を案内してくれたので、その模様も楽しんでくださいね!