モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

  • WRCな日々 DAY66 - WRC初開催のカナリアスで1-2-3-4を飾ったTGR-WRTのクルー その中でもなぜロバンペラは飛び抜けて速かったのか?

WRC初開催のカナリアスで1-2-3-4を飾ったTGR-WRTのクルー
その中でもなぜロバンペラは飛び抜けて速かったのか?

WRCな日々 DAY66 2025.5.27

約2年ぶりの1-2-3-4フィニッシュ。WRC初開催のラリー・イスラス・カナリアスで、TGR-WRTは圧倒的な速さと強さを示した。その中でもとくに、2位セバスチャン・オジエに50秒以上もの大差をつけて優勝したカッレ・ロバンペラは、ひとりだけ宇宙船に乗っていたのではないか? と疑いたくなるほど圧巻の速さを示した。今年、開幕3戦ではやや苦戦気味だった元世界王者は、なぜイスラス・カナリアで華麗なる復活を遂げたのだろうか?

僕がグラン・カナリア島を最後に訪れたのは2001年。あれから四半世紀近く時が経ったのかと、島の南東に位置するラス・パルマス空港に降り立ちしばし感慨にふけった。しかし空港がリニューアルされたためか、当時の記憶はほとんどない。レンタカーで街を抜け、ステージの下見のために山岳地帯へと足を踏み入れても、何だか初めて訪れた場所にしか思えなかった。考えてみればそれも当然だ。2001年に僕が取材したのはラリーではなく、ラリークロス会場で行われたスーパーSS的なイベント「レース・オブ・チャンピオンズ(ROC)」だったからだ。ROCはラリードライバーだけでなく、4輪レースや2輪レースのトップアスリートたちが一堂に会し、同条件のクルマでタイムを競うシーズンオフの大会で、初開催は1988年。2004年にF1ドライバーのヘイッキ・コバライネンが優勝するまでは、ラリードライバーたちの天下だった。もっとも、コバライネンも今やラリードライバーではあるが。

いきなり脱線して恐縮だが、僕は2001年のROCでセバスチャン・ローブ、フェルナンド・アロンソ、ヴァレンティーノ・ロッシといった、その後世界戦選手権で複数回王者となる若手アスリートたちを初めてしっかり取材したことを覚えている。皆、その当時から既に輝く才能と速さを存分に発揮していたが、優勝したのはWRCトップドライバーのひとり、ハリ・ロバンペラさんだった。そう、カッレのお父様である。その時に僕はハリさんと仲良くなったのだが、まさか24年後に息子さんもグラン・カナリア島のWRCイベントで優勝することになるとは……。

というわけで、24年前はラリークロス会場とホテルを往復するだけの取材だったため、グラン・カナリア島の素晴らしい自然を体験する機会はなかったのだ。ただ、海の色がとても鮮やかで、砂浜が美しかったことしか記憶にない。それもあって、今回レンタカーで島内をくまなく走り、その自然のあまりの美しさ、想像を超えた迫力に圧倒されまくった。WRCやダカールラリーの取材で、これまで地球上の素晴らしい景色をいろいろ見てきたつもりではあった。しかし、そのような過去の記憶を思い出し比較しても、グラン・カナリア島の大自然の迫力は圧巻であり、クネクネ道を走りながら何度も何度も「ホエ〜」と変な声が漏れ出てしまったほどである。

グラン・カナリア島はスペイン領の島ではあるが、ヨーロッパ大陸からは遠く離れ、大西洋のアフリカ、モロッコ沖とでもいうべき場所に浮かんでいる。ラリーの名にもなっているイスラス・カナリアスとはカナリア諸島を指し、グラン・カナリア島は7つの大きな島のうちのひとつ。地図で見ると、まるでホタテ貝のような可愛らしい形をしている。この島がユニークなのは「小さな大陸」と呼ばれるほど、様々な自然が凝縮されていることだ。空港がある島の南側はこれぞ南国という風景が拡がり、美しい海、ビーチ、爽やかな青空がリゾート客を迎える。ビーチのすぐ近くには立派な砂丘まであり、ここがアフリカに近い地であることを思い出させる。

しかし、海岸から島の中央部に移動すると風景が一変し、ゴツゴツとした岩肌の山岳地帯が現れる。谷は深く、山は高く、とにかくダイナミックな地形であり、よく整備された舗装路が山肌を縫うように張り巡らされている。ラリーが行われるのはその山岳道路であり、島の広い範囲を走行する。タイムさえ競わなければ最高のドライブコースになると思うが、片側は岩肌、片側は崖という非常にスリリングな道が多い。そして、全てのステージの下見を終えた後、このラリーが高速イベントなのか、それとも低中速イベントなのか、即座に判断することができなかった。なぜなら超高速のセクションもあれば、ウルトラツイスティな区間もあり、キャラクターが1本のステージの中でも次々と変化するためだ。実際、レッキを終えた選手たちの間でも困惑しているドライバーは多く、クルマのセッティングの方向性に悩んでいた。ラリーが終わった後、改めて全ステージの平均速度を確認すると約104km/hだった。数字だけを見れば、ターマックラリーとしてはミドルスピードといえる。

興味深いのは、山道を北に進んでいくと青空が姿を消し、霧や雲が増えていくこと。途中降雨もあり、ドライだった路面はウェットに。しかし、同じステージ内でも進行方向が変わり山の裏側に出ると再び青空が拡がり路面も乾いている。聞けば、グラン・カナリア島は中央部に「ピコ・デ・ラス・ニエベス」という標高1949mに達する山があり、それによって島の南側と北側で気候が大きく異なるという。オンラインで航空写真を見ればなるほど、南側は全体的に茶色、北側は緑色が占める面積が多い。そして、ラリーのステージはその境界線を行ったり来たりするため、路面のコンディションが大きく変わりやすいのだ。とくに午前中は霧で湿っているセクションも多く、ドライバーたちは路面のグリップ変化に素早く対応しながら走らなければならなかったようだ。

ロバンペラの速さは、シェイクダインの時点で既に際立っていた。彼はGR YARIS Rally1の仕上りにとても満足していて、WRC初開催のラリーではあったが、何もセッティングを変えることなくラリー本番に臨んだ。そして、オープニングのSS1でベストタイムを記録すると首位に立ち、そこからデイ2終盤のSS12まで連続でベストタイムを記録。土曜日のデイ2終了時点で既に2位オジエに45.2秒差、3位エルフィン・エバンスに対しては1分08.1秒という大きな差を築いていた。その勢いは最終日の日曜日でも保たれ、リードをさらに拡大しただけでなく、パワーステージ、スーパーサンデーと全てを制し優勝。パーフェクトウインを飾った。

ラリー期間中、やはり好調だったオジエも何度か素晴らしいタイムを出していたが、ステージエンドでは「どうせカッレがもっといいタイムを出すと思うよ」と苦笑。開幕戦ラリー・モンテカルロを制し、初開催のラリーを滅法得意とするオジエであっても、イスラス・カナリアスでのロバンペラの速さは異世界のものだったようだ。しかし、改めて振り返ってみれば、今季ここまでロバンペラは優勝争いに絡めずにいた。開幕戦モンテカルロは4位、第2戦スウェーデンでは5位、第3戦ケニアではリタイア……。しばらくブランクがあったとはいえ、彼のパフォーマンスの高さを考えれば芳しくない結果が続いていた。いったいなぜか?

何度かこのコラムでも言及したが、今年クルマとタイヤが大きく変わったことが、その大きな理由であると考えられる。まず、100kg程度の重量物であるハイブリッドシステムが姿を消したことでクルマのハンドリングバランスが変わり、それが各選手のパワーバランスに影響を及ぼした。ややリヤヘビーだったRally1ハイブリッドの時代に苦労したドライバーたちが速さを取り戻し、それを完全に乗りこなしていたロバンペラのアドバンテージは目減りした。加えて、今年からタイヤがピレリからハンコックに変わったことも大きく影響し、とくにロバンペラは新しいタイヤの特性に苦労していた。基本的にはターマックラリーであるモンテカルロでは、スーパーソフト、ソフトの2種類の(溝あり)スリックが用意されたが、ロバンペラは上手くグリップを引き出すことができず、タイヤのオーバーヒートにも悩まされていた。とくに、ツイスティなコーナーではかなり苦戦したと本人も認めていた。

しかし、同様にターマックラリーであるイスラス・カナリアスではハードコンパウンドの(溝あり)スリックが初めて投じられ、ロバンペラはそれを完全に履きこなしていた。彼は以前のピレリ時代でもソフトよりハードを得意とする傾向があったので、僕はてっきり彼のややアグレッシブなドライビングには、タイヤがよじれず、コンパウンドも硬めなハードの方がマッチしているのだろうと考えていた。しかし、今回のカナリアスで4位に入った勝田貴元に話しを聞くと、どうやらそのような単純な理由ではなかったようだ。

勝田によれば、ハンコックのターマック用タイヤは、例えハードコンパウンドであっても、昨年までのサプライヤーのタイヤよりもかなり柔らかく感じられるという。「もちろん、モンテカルロで使用したソフトに比べれば硬めですが、それでも柔らかく感じます。以前のミシュランやピレリは、走りながらタイヤにプレッシャーをかけていかないと機能しないタイプでしたが、ハンコックでそのような走りをするとタイヤがすぐに垂れてしまいます。アンダーステアを出したり、タイヤをこじったり、ハードなブレーキングをするなどしてやや無理に曲げようとしたり、タイヤを少しでも滑らせてしまうと、どんどんタレが進んでしまう。今回僕が苦戦したのはまさにその部分で、ステージが後半になるにつれタイヤの性能が低下し、スプリットタイムが落ちていきました」

多くのステージで、勝田はスタートしてからしばらくは区間タイムが非常に良かった。しかしタイヤ温度が上昇する中盤以降は徐々に遅れていき、最終的にはロバンペラと大きな差がついていた。ロバンペラだけでなく、オジエやエバンスに対してもやや遅れをとり、今回に関しては総合4位を得るのが精一杯だったようだ。その原因としては、前輪により負担がかかるクルマのセッティングを採用したことがあるという。もちろん、勝田はラリー中にセッティングとドライビングの両面で修正を試みたが、ベースのセッティングを大きく変えることによるマイナス影響も考え、TGR-WRTの他の3選手とはやや異なる方向性のクルマで走り続ける選択肢を選んだそうだ。その勝田は、ロバンペラの好調について次のように分析する。

「まず何よりも、プレイベントテストの段階でクルマのセットアップが完璧に近い状態だったことがあげられます。ハードタイヤにも上手く合わせ込むことができていたようで、シェイクダウンから非常に速かった。クルマに大きな自信を持ってステージに臨み、スピードに自信があるからこそタイヤに大きな負荷をかけない走りができる。例えばクルマが多少曲がらないと感じても、そこで無理やり曲げるのではなく、曲がるまで待つようなイメージです。それによってタイヤの性能が長持ちし、僕も含めた他のドライバーたちがステージ終盤にタイムが落ちていくような状況でも、カッレはタイムを落とすことなく走り続けることができていました。モンテカルロの時とは大きく違う走らせかたをしていたと思います。それに加えて、初開催イベントでのペースノートの仕上りも非常に良かったようで、だからこそ全てに自信を持って走ることができていたのではないでしょうか」

勝田の分析を聞いた後、改めてロバンペラの車載オンボード映像を見ると、たしかにとてもスムースなドライビングをしているように見えた。タイヤをタレさせないように、とにかく丁寧に乗っている印象を受けた。ハードタイヤに最適化したクルマのセットアップと、タイヤを長持ちさせるためのいつも以上に繊細なドライビング。このふたつの要素が組み合わさった結果、ロバンペラはライバルを寄せ付けぬスピードを発揮することになったのだ。優勝争いには加わることができなかったとはいえモンテカルロでも決して遅かったわけではない。ほんの僅かなセットアップの違いと、使用するタイヤの特性により、かくも大きなパフォーマンス差が生じるのだ。そう考えれば、これから始まるグラベルラリー7連戦で、勢力図が再び大きく変わる可能性もある。今シーズンのWRCは例年以上に予想が難しく、だからこそ興味深い戦いになると確信した、 ラリー・イスラス・カナリアスだった。

古賀敬介の近況

今年4月、とてもお世話になっていた方が亡くなりました。僕は仕事についてその人から多くのことを学んだだけでなく、酒席では毎回本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。誰もがその人のことを大好きでしたし、仕事でも日常でも多くの人に尊敬される方でもありました。目を閉じればその人の笑顔が浮かび、楽しかった思い出だけが頭に浮かびます。今まで本当にありがとうございました。どうか雲の上でも美味しい焼酎を召し上がり、楽しい時間を過ごしてくださいね。

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