本来の性能を発揮しきれなかったクルマで
ポルトガル7勝目を勝ち取ったオジエ匠の技
WRCな日々 DAY67 2025.6.24
今シーズン3回目のWRC出場で2回目の優勝。セバスチャン・オジエはWRC第5戦ラリー・ポルトガルを2年連続で制し、このラリーでの通算優勝回数を「7」に伸ばした。しかし彼は、このラリーを通して最速だったわけではない。GR YARIS Rally1のドライバーたちは総じてクルマから速さを引き出すことに苦労し、唯一オジエのみが優勝争いに加わるような状況だった。
TGR-WRTにとって、ラリー・ポルトガルはとても相性が良いラリーのひとつ。2020年から2024年までの5大会を全て制してきた。それだけに、チームとしてはこのラリーで勝つことに重点を置いて年間のテストスケジュールを設定し、TGR-WRT2のサミ・パヤリを含めた全5台の必勝体制でポルトガル北部が舞台となるクラシックイベントに備えた。
ところが、ワークスにノミネートしたエルフィン・エバンス、カッレ・ロバンペラ、オジエのポルトガルでのプレイベントテストは全て雨に見舞われ、ドライコンディションでクルマを仕上げることは叶わなかった。そのため、今回のポルトガルで新たに投入されるハンコックの改良型グラベル用ハードタイヤに、クルマのセッティングを完璧に合わせ込めないままラリー本番を迎えることになってしまった。そして、その影響を誰よりも大きく受けたのは、オジエだった。今シーズンもスポット出場を選択したオジエにとって、グラベル(未舗装路)ラリーへの出場は昨年9月のラリー・チリ・ビオビオ以来となる。つまり、ハイブリッドシステムが搭載されずハンドリングのバランスが変化した今年のクルマで、グラベルラリーに出るのは今回のポルトガルが初ということ。加えて、ハンコックのグラベル用タイヤで実戦に臨むのも初めてだった。そのようなバックグラウンドもあってか、ラリースタート前のオジエは、ポルトガル7勝目獲得は大きなチャレンジになるだろうと、かなり慎重な姿勢を示していた。
オジエだけでなくエバンス、ロバンペラも同様に、ポルトガルが厳しい戦いになるであろうことを覚悟していた。とくにロバンペラは、前戦ラリー・イスラス・カナリアスで2位オジエを大きく突き放して優勝したにも関わらず、ポルトガルに対してはどちらかというと悲観的だった。曰く、ターマック(舗装路)イベントのイスラス・カナリアスでは大きな自信を持てるセットアップを見つけることができたが、グラベルではその領域からほど遠いというのだ。とくに、グラベル用ハードタイヤの性能をフルに発揮させることが難しく、パフォーマンスとマネージメントのバランスポイントを依然探している状態だと述べていた。また、ドライバー選手権首位のエバンスは、フルデイ初日の金曜日の出走順がトップとなるため、後続選手たちのためにロードクリーニング役を担うことになる。ルースグラベルが多いポルトガルでのハンデは非常に大きく、ダメージリミテーション的な我慢の走りになることをエバンスは覚悟していた。
実際、ラリーがスタートすると出走順トップのエバンスと2番手のロバンペラは、ルースグラベルに覆われた路面で苦戦。オジエも序盤はクルマに良いフィーリングを得ることができず、本来の速さをなかなか発揮できなかったが、ステージを重ねる中でセットアップとドライビングをアジャストしていき、金曜日のデイ2が終了した段階で、首位オィット・タナック(ヒョンデ)と7秒差の総合2位につけた。また、チームメイトよりはクルマに自信を持つことができていた勝田は、オジエと2位争いを展開。最後の2本のステージでやや遅れをとったが、それでも総合3位でデイ2を走破するなど好調だった。
クルマに良いフィーリングを感じ始めていたオジエは、土曜日のデイ3でも好調を維持。オープニングの2ステージで連続ベストタイムを記録し、パンクを喫した首位タナックとの差を2秒差まで縮めた。ところが、タナックは土曜日3本目のSS14から一気にペースを上げ、差は13.9秒に拡大。ポルトガルでのタナックは土曜日の朝までクルマに自信を持ち切れないでいたようだが、3本目のSS14でハンドリングが好転し、オジエに9.8秒という大差をつけるベストタイムをマーク。その後も、タナックはジリジリとオジエとの差を拡げていった。その時点でペース、流れともにタナックにやや分があることは明らかであり、オジエの勝機は遠くなっていっているように感じられた。どんなに頑張って走ってもタナックのスピードには叶わない。TGR-WRTの開幕からの連勝記録は「5」でストップするかと思われたが、続くSS17で流れが大きく変わった。タナックのクルマにトラブルが発生して大きく遅れ、オジエが首位に立ったのだ。
SS14の再走ステージ、SS17「アマランテ2」は深い轍が刻まれ、掘り出さた大きな石がゴロゴロ転がっていた。全ての石を避けることは不可能に近く、どれほどリスクを負って速度を上げるか、ドライバーの判断が試される難しいコンディションだった。オジエはこのステージを、ロバンペラに次ぐ2番手タイムで走り切ったが、1回目の走行で圧巻の速さを示したタナックは、岩を乗り越えた衝撃でステアリングラックが破損。パワーステアリングが効かなくなり、石のように重くなったステアリングと格闘しながら何とかステージを走り切った。しかし、その時点で大きな遅れをとり総合3位に後退。続くSS18もパワーステアリングが効かない状態で走ることになった結果、首位オジエとの差は36.1秒に拡大した。オジエは、2位に順位を上げたロバンペラにその時点で27.6秒差を築いていたため、そこで優勝をほぼ決めたと言って良いだろう。
タナックがトラブルで遅れたことを知ったオジエは「このような形で首位に立つことは望ましくない」と渋い表情でコメント。戦いの場を離れればふたりは友人であり、これまでも正々堂々とした勝負をしてきた。オジエは今回、自分たちにタナックほどのペースがなかったことを認識しており、トラブルがなければ勝てなかったと考えていたようだ。実際、クルマが完調となった日曜日は、タナックが6本のステージのうち5本でベストタイムを刻んだ。オジエがペースをやや緩めたとはいえ、やはりポルトガルに関してはタナックが最速だったと思われる。実際、タナックは最終ステージの1本前、SS23でロバンペラを抜き総合2位にポジションアップ。最終的には優勝したオジエとの差を8.7秒まで縮めた。
タナックとしてみれば逆転優勝を目指していたわけではなく、日曜日の合計タイムで競われる「スーパーサンデー」での最多ポイント獲得を狙っていたようだが、土曜日終了時点でのタイム差がもう少し小さかったら、順位が入れ替わっていた可能性もある。リスクを排除するために日曜日のペースを抑え気味にしたオジエにとっては危機感を覚えるタナックの猛追であり、それが次戦ラリー・イタリア・サルディニア最終日の最終ステージでの「ヒヤッ」とするミスに繋がるのである。
勝負には勝ったが、速さではタナック駆るヒョンデに及ばなかったことをオジエは認める。しかしそれでも、クルマとタイヤにダメージを与えないペースマネージメントと、グラベル仕様のクルマと新しいタイヤに対する経験不足を補う卓越した調整能力があったからこそ、タナックにプレッシャーをかけ続け、トラブルやミスを誘発したといえる。そして、ステージを重ねる中でクルマのセットアップの方向性に光明を見いだし、それが続くラリー・イタリア サルディニアでの勝利に繋がるのである。いかなる状況でも活路を開き、考えられる限り最高の結果を持ち帰る。セバスチャン・オジエという、当代きってのラリードライバーの底力を、ポルトガルで見た。
古賀敬介の近況
今年のラリー・ポルトガルは非常にハードなスケジュール設定で、ドライバーたちにとっては寝る時間があまりない厳しい日々が続きました。そのような状況で41歳のオジエが優勝したのは本当に凄いことだと思います。運転技術もさることながら体力もモンスターですね。早々にへばってしまった自分は要反省です。そんな僕ですが、ポルトガルでも「WRCな日々 番外編 こがっちeyes」を撮影しましたので、ぜひご覧になってください。美しい景色と最高に美味しい食べ物は必見ですよ!