TGR-WRT技術陣の開発努力が
オジエを2戦連続優勝に導いた
WRCな日々 DAY68 2025.7.9
TGR-WRTは過去5回勝利を収めてきた第5戦ラリー・ポルトガルで優勝し、シーズン開幕からの連勝記録を5に伸ばした。しかし、その内容はといえば苦しい戦いが続き、最終的にはセバスチャン・オジエが勝利を手にするも、純粋なスピードについては正直なところヒョンデのオィット・タナックに及んでいなかった。一方、第6戦ラリー・イタリア・サルディニアでのTGR-WRTは、WRCに参戦を開始した2017年以降、一度しか表彰台の最上段に立っていない。不運なトラブルにより勝利を逃した年もあったが、WRCのカレンダーの中ではあまり相性が良くないラリーといえる。しかし今年、TGR-WRTは非常に戦闘力の高いクルマをサルディニア島に持ち込み、オジエは自信を持ってGR YARIS Rally1をドライブ。卓越したラリーマネージメントで首位を快走し、ポルトガルに続き2戦連続優勝を手にしたのだった。
近年、ラリー・イタリア・サルディニアは、島北西部のアルゲーロと、島北東部のオルビアが交互にホストタウンを務めている。今年はオルビアにサービスパークが置かれ、それによってステージの設定も随分変わった。ラリー前に今年のステージを走ってみて思ったのは、前年よりもハードな路面が多いということ。アルゲーロ側のステージは表面が砂で覆われたソフトな道も多かったが、オルビア側は全体的に岩盤が露出した硬い路面が多く、大きな石もゴロゴロ散乱していた。個人的には、WRCでもっともタフなラリーのひとつとされるアクロポリス・ラリー・ギリシャに近い印象を受け、タイヤとサスペンションにかなり厳しいラリーになりそうだと予感した。
実際、ラリー本番ではタイヤにダメージを負い勝負権を失ったドライバーが少なくなかった。今年からシングルメイクのタイヤを供給するハンコックは、耐久性を大きく向上させた、改良版のグラベル用ハードコンパウンドタイヤを前戦のラリー・ポルトガルで投入。それもあって、ポルトガルではそれほどパンクが勝負に大きな影響を及ぼすことはなかった。しかし、ポルトガル以上に荒れた路面が多く、路面温度も高かったサルディニアでは、各ドライバーのタイヤマネージメント能力の差が大きな違いを生んだ。
サーキットレースにおけるタイヤマネージメントは、通常その大部分が摩耗のコントロールである。ラリーでも摩耗コントロールはもちろん大きな要素だが、ラフグラベルラリーに関してはパンクをさせない走りかたもまた非常に重要。そして、サルディニアで表彰台を争ったドライバーたちの中で、ラリーを通してパンクと無縁だったのは優勝したオジエと、総合3位に入ったカッレ・ロバンペラのふたりだけだった。2位を獲得したタナック、4位に入ったエルフィン・エバンスは、いずれもパンクでタイムを失っている。あの荒れた路面ならば、パンクをしないことのほうが奇跡だというのが、僕の率直な考えである。
パンクは、大きな石に当たったり、硬い岩盤の路面で大きな段差があるセクションを通過した時に起きやすい。もちろん石を全て避けて走ればリスクは少なくなるが、当然それはタイムロスに繋がる。どうしても石に当たってしまったり、覚悟して踏んでいかなければならないシチュエーションはあるのだが、オジエはその「当てかた」が非常に上手いと昔から言われている。タイヤでもっとも弱いのは側面のサイドウォール部であり、角が尖った石に当たると側面が裂けたり穴が開きやすい。一方、地面と接するトレッド面は比較的外部からの衝撃に強い構造のため、オジエはなるべくタイヤのサイドを石に当てないように、ラフな路面ではクルマのコーナリング姿勢を絶妙にコントロールしているというのだ。
サルディニアの道は、かなりハイスイードなセクションであっても道幅が非常に狭いコーナーが多い。そのため、ほんの10cmコーナリングラインがずれただけでも路肩の岩や木に当たったり、避けたい石を踏んでしまう。それもあってドライバーたちは、このラリーでは特にクルマの「バランス」が重要であると言う。良いバランスが感じられないクルマでは精度の高いドライビングができず、トリッキーな道ではどうしても速度を抑えざるを得ない。実際、今回のサルディニアでも、ステージエンドで「クルマのバランスが良くなかった」と頭を横に振るドライバーがとても多かった。
一方、オジエは前戦ポルトガルではバランスに満足していなかったが、今回のサルディニアではクルマがかなり自分の思い通りに動いていたようだ。だからこそ、初日金曜日のステージ出走順が3番手と前方だったにも関わらず、トップ3争いに加わり、一日を首位で終え、それが翌日以降の有利な出走順に繋がるという、好循環に乗ることができたのだ。
しかし、TGR-WRTのエンジニアによると、良い手応えを得られぬまま終えたポルトガルの後、サルディニアのためのプレイベントテストは行わなかったという。現在のWRCは1年間に実施することができるテストの日数が規則で厳しく制限されており、全てのイベントで専用のテストを設定することはできない。そしてTGR-WRTは、相性の良いポルトガル向けにはテストを行ったが、勝率が高くないサルディニアに関してはプレイベントテストを設定しないプランをあらかじめ立てていた。そのためサルディニアに向けてはシミュレーション技術を駆使し、ポルトガルで得たデータをもとに、机上で導き出したセットアップを施して臨むことになった。サルディニアの道で実走テストをできないという不安はあったが、オジエに関してはその新しいセットアップが有効に機能し、良いバランスを感じながらのドライビングを可能にしたのだ。もちろん、オジエの運転技術が非常に優れていたことは確かであるが、エンジニアリングチームの努力なくして優勝は実現しなかっただろう。ポルトガルとサルディニアの間の、2週間という短いインターバルでクルマを大きく進化させたTGR-WRTのエンジニアたちは、素晴らしい仕事をしたといえる。
とはいえ、最後の最後でヒヤッとするシーンもあった。最終のパワーステージに、2位タナックに対し17.2秒という十分なリードをもって臨んだオジエが、コースを外れて正面から立ち木に当たってしまったのだ。毎年のようにサルディニアのパワーステージでは思いも寄らぬことが起き、昨年オジエはパンクで優勝を逃した。逆転優勝したタナックとの差は僅か0.2秒。まるで、昨年のリプレイを見ているかのようなセンセーショナルなシーンだったが、幸いにもクルマに大きなダメージはなく、ギャップを7.9秒差に減らしながらも首位を守り切り、前年の雪辱を果たした。オジエは、前戦ポルトガルの最終日にタナックに大きくタイム差を縮められ、8.7秒差で逃げ切った。その時、ラフグラベルラリーにおいてはリスクを冒したアタックをするかしないかでタイムに大きな差が出ることを改めて実感し、最終ステージまである程度ハイペースを保たなければ、逆転を許すことにもなりかねないと思ったようだ。また、スーパーサンデーとパワーステージで最大10ポイントのボーナスを、日曜日の頑張り次第で獲得できる現在のレギュレーションも、最終日の戦いをよりシビアなものとしている。もちろん、最後まであらゆることが起こり得る現在のシステムは、ファンにとっては歓迎すべきことに違いない。
ポルトガルで総合2位に入ったロバンペラは、サルディニアでは総合3位でフィニッシュ。2戦続けて不利な2番手の出走順でステージに臨み、2戦連続でポディウムに立ったことは大きな成果である。しかし、ロバンペラ本人はクルマの仕上がりに最後まで満足していなかった。サルディニアではステージベストタイムを3回記録するなど、所々で速さを発揮したが、それでもアベレージではオジエとタナックのペースに及ばなかった。とくにツイスティなセクションでクルマのバランスに自信を持つことができず、かなりタイムを失っていた。土曜日以降はセットアップ変更によりハンドリングが好転したようだが、元世界王者の本来の、飛ぶような速さは最後まで見ることができなかった。前後の重量バランスが変わったクルマと、新しいタイヤに対するセットアップとドライビングの合わせ込みは、まだ道半ばである。
選手権リーダーのエバンスもまた、グラベルイベントで2戦連続出走順トップという、これ以上はない大きなハンデを背負ってラリーに臨んだことを考えれば、サルディニアでの4位は決して悪くないリザルトである。たしかにパンクによって大きくタイムを失いはしたが、出走順の不利を考えれば、どんなにプッシュしたところで、自力での表彰台は難しかっただろう。選手権を考えてのエバンスのステディなアプローチは、決して間違いではなかった。ただ、思うようにタイムが伸びなかったのは、出走順だけが問題だったとは思えない。彼もまた今年のクルマのグラベル用セットアップを模索している状況であり、これからさらに5戦グラベルラリーが続くことを考えれば、選手権首位を守るためには厳しい状況であってもスピードをさらに一段高める必要がある。悲願であるタイトル獲得のためには、今がまさに踏ん張りどころ。エバンスの胆力が試されるラリーが、しばらく続くだろう。
古賀敬介の近況
6月1日にイタリアのサルディニア島に入り、そこから1ヶ月以上のヨーロッパ長期出張が始まりました。サルディニアの最終日は、ラリー終了後フランスに移動し、休む間もなく月曜日の朝からル・マン24時間レースの取材がスタート。今年、この時期のヨーロッパは非常に気温が高く、宿泊先にはエアコンがないため汗だくの2週間を過ごしました。今回のイタリアでも「WRCな日々 番外編 こがっちeyes」を撮影しましたので、ぜひご覧になってくださいね。サルディニア島の美しすぎる海、海水パンツがなかったので入れなかったのが個人的には心残りです。