「神々のラリー」で繰り広げられた異次元バトル
オジエとタナックが3戦連続で優勝を競う
WRCな日々 DAY69 2025.7.29
夏季ラフグラベル3連戦。5月中旬から6月末にかけて、南欧の荒れた未舗装路を舞台に行なわれた3戦では、いずれもセバスチャン・オジエとオィット・タナックが激しい優勝争いを繰り広げ、ラリー・ポルトガル、ラリー・イタリア・サルディニアと2戦連続でオジエが激闘を制してきた。しかし、3連戦の最後を飾るアクロポリス・ラリー・ギリシャでは、タナックがオジエを抑えて優勝。開幕戦から負けなしだったTGR-WRTの連勝記録は「6」でストップすることになった。
昨年の9月から、1年を待たずして、ギリシャの悪路にWRCドライバーたちが戻ってきた。年間カレンダーの変更により、今年のアクロポリスは6月下旬の開催に。それだけでも暑いラリーになることは約束されたようなものだったが、加えて欧州を襲った熱波によりギリシャも日中の外気温は摂氏40度程度まで上昇するなど、ラリーウィークは過酷な日々が続いた。ステージを下見するため、僕もSUVのレンタカーで事前に全ステージを走行したが、信じられないくらい時間がかかってしまった。というのも、あまりにも道が荒れていて、大きな段差や岩が転がっているため、時速20km程度でしか走れない区間が非常に多かったからだ。昨年のアクロポリスも路面はかなり荒れていたが、今年はさらに酷いコンディションであるように感じられた。そして、今回は間違いなくサバイバル(=生き残り)ラリーになるとその時確信したが、週末はまさに予想通りのイベントフルなラリー展開となった。
アクロポリスの道を、最初から最後まで全開で走り切ることは不可能である。次から次へと大きな穴ぼこや段差、岩だらけの路面が現れ、それらを全て無視して走ればすぐにタイヤはパンクし、サスペンションも大きなダメージを受ける。誰もが全開では走破できないコンディションでポイントとなるのは、どれだけマージンをとるか。つまり引き算のラリーになる。とはいえ、マージンを取りすぎれば、ライバルが速いペースで走り切れた時には大きな遅れをとってしまう。その塩梅が、このアクロポリス・ラリーはとにかく難しいのだ。
今シーズン、ここまで4戦に出場し3勝と2位1回という、信じ難い成績を残しているオジエは、昔からリスクマネージメントの天才だった。リスクが大きすぎるところでは勇気を持ってスピードを落とし、攻められるところではマキシマムアタックでタイムを稼ぐ。その緩急のつけかたの巧みさは誰にも真似ができないものであり、だからこそオジエは、長年にわたり確実に結果を残してきたのだ。
そのオジエにとって「フルデイ」初日の金曜日は、勝利を手にする上で極めて重要な一日だった。抜群の勝率により、ドライバー選手権では首位エルフィン・エバンスに次ぐ2位につけていたオジエの、金曜日の出走順はエバンスに続く2番手。ドライコンディションのグラベルラリーでは、非常に不利な出走順である。加えて、金曜日のアイテナリーは1本のステージを1回しか走らないステージが4本もあった。その4本のステージでエバンスとオジエは、後方から走るライバルたちのために、路面のグラベルのクリーニングをしなくてはならなかったのだ。しかし、金曜日を下位で終えることになれば、上位リバースオーダーとなる土曜日の出走順は、リザルト上位の選手よりも前になってしまうため、挽回は難しくなる。グラベルラリーで勝つためには、どんなに厳しい条件であってもフルデイ初日の金曜日を、できるだけ上の順位で終えることが非常に重要なのだ。
その金曜日、オジエは最初の4本のステージを走り終えた時点で何と2本のベストタイムを刻み、首位に立っていた。ソフトタイヤを、他チームのライバルよりも多い4本セレクトしたことも奏功したと考えられる。アクロポリスにおけるメインタイヤはハードタイヤだが、路面にルースグラベルが多いコンディションではソフトがマッチすることも多い。他にもエバンスとカッレ・ロバンペラがソフト4本を選んでいたが、出走順3番手のロバンペラは総合4位、エバンスは総合6位と、オジエほどのスピードは発揮できていなかった。高い温度と荒れた路面に対する耐摩耗性という点では、通常ソフトよりもハードが有効であり、だからこそタイヤサプライヤーであるハンコックは、ハードをメインタイヤとしたのだ。しかし、それによって各選手たちが使えるソフトの本数は限られ、4日間の戦いのなかで、どのタイミングでソフトを履くかということも、今年のアクロポリスでは大きなテーマだった。
金曜日午後のセクションでの、上位を争うドライバーたちのタイヤチョイスはハード2本、ソフト2本に収束した。それもあってか、午後のオジエは午前中ほどタイムが伸びず、総合3位に後退。首位タナックと16.9秒差、総合2位アドリアン・フォルモー(ヒョンデ)とは13.9秒差と、少なくないタイム差がついてしまった。それでもタナックが出走順4番手、フォルモーが7番手だったことを考えれば満足すべき結果に違いない。また、エバンスも1分20秒以上の遅れをとったとはいえ、総合4位につけた。既に自力優勝は難しいレベルの遅れではあるが、土曜日の出走順、そして選手権における戦いを考えれば、かなり良い位置につけたと言える。
一方、オジエよりも後方の3番手スタートのロバンペラは、トップから約2分38秒遅れの総合7位。一日の最後にパンクを喫しタイヤ交換で多くタイムを失ったことが響いたが、ペース自体もあまり良くなかった。ロバンペラ曰く、とにかくグリップが得られず、また一日の早い段階でクルマの足まわりにダメージを受けたことで、ハンドリングが悪化してしまったことも大きく影響したという。また、4台目のGR YARIS Rally1をドライブする勝田貴元も、パンクとハンドブレーキが効かなくなるトラブルにより大きくタイムロス。ロバンペラよりひとつ上の、総合6位で一日を終えた。彼ら以外にもパンクやクルマにダメージを負ったトップチームのドライバーは非常に多く、ラリーは金曜日からサバイバル戦の様相を呈していた。
フルデイ2日目の土曜日は、ヒョンデ勢の速さが際立つ一日だった。オジエもベストタイムを1回記録し、それ以外の多くのステージでも2、3番手タイムと、決して遅かったわけではなかった。しかし土曜日のタナックは、6ステージのうち5ステージでベストタイムを刻むなど、レベルの違うスピードで一日を駆け抜けた。その結果、最終日を前に首位タナックと総合2位オジエの差は43秒まで拡大。勝負は、実質的に土曜日で決まったといえる。
実際、土曜日の午前中が終了した時点でオジエはスピード勝負での優勝争いは難しいと感じており、日曜日に向けて「虎の子」のソフトタイヤを多く残すタイヤ戦略に切り替えている。日曜日のスーパーサンデーとパワーステージを両方制することができれば、10ポイントのボーナスを獲得することが可能であるからだ。ソフトタイヤを履き、リスクを負ってフルプッシュを続けてタナックとのタイム差を縮めるよりも、確実に2位を守りボーナスポイントを得ることのほうが、総合的に考えてメリットが大きいと考えたのかもしれない。そして、自分の想定以上にハイペースで飛ばすタナックに、何かトラブルやアクシデントが起こる可能性があるとも、オジエは考えていたようだ。
実際、土曜日の午後もタナックのペースは、オジエを含むトヨタ勢と同じタイヤ選択でありながら、抜きん出ていた。同じくラフグラベルラリーである、前戦サルディニアでは明らかにオジエのほうがペースが良かった。各ラリーのステージの特徴、路面のコンディション、クルマのセッティング、ドライビングなど様々な要素により、僅かながらスピード差が生まれる。そしてラフグラベル3連戦でのオジエとタナックは、ほぼ同じような速さを備えており、イベントによって僅かに優劣が生じるような状況だった。ポルトガルではクルマのトラブルで負けはしたものの総じてタナックが速く、次のサルディニアではオジエにアドバンテージがあった。そして今回のアクロポリスではタナックが再び僅かにリード……。グラベル3戦での二人の戦いは驚くほどハイレベルであり、誰もその領域には入ることができなかった。しかし、それでもアクロポリスでのタナックのペースは、オジエからしてみればかなりリスクをとっていると感じられるレベルであり、そこまで攻めるのは得策ではないという判断を下したのだろう。
最終日のスーパーサンデー、オジエは朝の2本のステージでソフト5本というタイヤ選択で勝負に出た。一方のタナックはソフト5本ハード1本の計6本で、タイヤ1本分重い安全策。それでもタナックは2連続ベストタイムで差は49.9秒に拡大した。そして再走ステージではタナックがソフト1本ハード5本であったのに対し、オジエはソフト5本ハード1本と真逆のチョイス。再走1本目のSS16ではオジエがベストタイムを記録するも、差は僅差であり、最後までタナックがやや優勢に感じられた。
ところが、最終のパワーステージSS17で、タナックは2連続ベストタイムを刻んだオジエから16秒も遅れ、5番手タイム。そこまでの大量リードにより総合1位は守り切り今シーズン初優勝を獲得したが、スーパーサンデー、パワーステージともにオジエが制し、アクロポリス1戦だけの獲得ポイントではタナックが30ポイント、2位オジエが27ポイントと、それほど大きな差がつかなかった。冷静な判断を続けたオジエの戦略が十分に機能した形だが、オジエは最後の最後で逆転優勝をする可能性もあった。なぜなら最終ステージでタナックはギヤボックスのトラブルに見舞われて大きくタイムを失ったが、それが1ステージ前に起こっていたら、さらに大量のタイムを失っていたかもしれなかったからだ。
なぜギヤボックスにトラブルが起きたのか、その後ヒョンデからアナウンスはない。しかし、アクロポリスではタナック以外にも多くのドライバーが駆動系のトラブルに遭遇したことを考えると、タナックも悪路で駆動系に相当な負担をかけて走っていた可能性がある。結果的には最後まで何とか走り切ったタナックの勝ちだが、まさに紙一重の勝利でもあった。洞察力に優れたオジエの完全に制御された戦いと、勝利のためにリスクを冒して攻め切ったタナック。元世界王者ふたり、そして親しい友人関係でもある彼らの人事を尽くした戦いは、ラフグラベル3連戦の締めくくりに相応しい素晴らしいものだった。そして、表彰台には届かず走りも自分が満足できるものではなかったとはいえ、厳しい走行条件の中で総合4位に入りドライバー選手権首位の座を守ったエバンスは、賢者のラリーを戦ったといえる。
一方、パンクやトラブル続きで総合27位に終わったロバンペラと、総合30位の勝田にとっては、結果を受け入れることが難しいラリーだったに違いない。どれほど頑張ってもタイムが出ず、クルマにもタイヤにも過度な負担がかかってしまう。ラフグラベル3連戦を象徴するようなラリーになってしまったが、7月からは彼らが得意とするハイスピードグラベルラリーが2戦続く。ここまでのあまり良くない流れを断ち切り、シーズン後半戦で盛り返すためにも、来たる第8戦ラリー・エストニアでは優勝争いに加わらなければならない。
ロバンペラは過去エストニアで3連勝しており、ホームイベントであるフィンランド以上に相性の良いラリーである。それだけに、エストニアではやはりロバンペラが優勝候補の筆頭に違いないと誰もが思っていたのだが……。「伏兵」は思わぬところから現れた。アクロポリスで、Rally2車両のGR YARIS Rally2を駆りWRC2今季3勝目を獲得しただけでなく、総合でも6位に入ってみせたオリバー・ソルベルグである。
古賀敬介の近況
サルディニア、ル・マン24時間、そしてアクロポリスと1ヶ月以上にわたるヨーロッパ滞在がようやく終わりました。最初から最後まで異常に暑い毎日が続き、ここからさらに日本の暑い夏が始まるのかと思うと、さすがにゲンナリします。とはいえ7月もエストニア、フィンランドの連続取材で3週間ヨーロッパで過ごすのですが……。どうか涼しい北欧の夏になりますように! あ、アクロポリスでも「WRCな日々 番外編 こがっちeyes」を撮影しましたので、ぜひご覧になってください。きっとギリシャに行きたくなりますよ!