WRC2025年シーズンプレイバックPart1
GR YARIS Rally1圧勝の理由を分析する
WRCな日々 DAY70 2025.12.26
2025年のWRCは、前年までよりも1戦多い全14戦が開催された。そして、そのうち12戦でGR YARIS Rally1が勝利を収めたことは、WRCの歴史に残る出来事である。年間12勝は、2014年および2015年にフォルクスワーゲンが達成した年間最多優勝記録に並ぶものであり、まさに「ワンサイデッド・シーズン」だった。2025年のTGR-WRTは、5年連続となるマニュファクチャラーズタイトルを獲得するに相応しい戦いを続けたと言える。
ではなぜ、GR YARIS Rally1はこれほど高いパフォーマンスを発揮したのだろうか? その理由を分析したい。まず、最初に言及すべきはクルマそのものの仕上りが非常に良かったこと。レギュレーション変更に起因する要素以外の部分での劇的な変化はなかったが、エンジンを含む改良、改善の積み重ねが総合力のアップに繋がった。そして後述するが、新しく採用されたハンコック製タイヤへのクルマの合わせ込みが、シーズン序盤から非常に順調だったことも競争力アップに繋がった。さらに、地味な要素ではあるが、ライバルよりも高い信頼性がドライバーたちを支え続けたことも忘れるべきではない。シーズンを通して2025年仕様のGR YARIS Rally1は抜群のパフォーマンスとリライアビリティを発揮し、ドライバーたちの戦いをサポートしたのである。
もちろん、ドライバーたちの仕事も素晴らしかった。セバスチャン・オジエが6勝、カッレ・ロバンペラが3勝、エルフィン・エバンスが2勝、そして……初めてGR YARIS Rally1をドライブしたオリバー・ソルベルグが1勝。ベテランと若手の4人が表彰台の中央に立ち、層の厚さを強く印象づけた。また、惜しくも優勝には一歩及ばなかったが、勝田貴元も総合2位を2回獲得。若手のサミ・パヤリもラリージャパンで総合3位に入り、表彰台に初めて立った。振り返ってみれば、例年以上にチーム内バトルがハイレベルかつ苛烈だったように思う。
そのような状況で、3戦を欠場しながらも11戦のうち10戦で表彰台に立ち、6勝をあげたオジエの強さは抜きん出ていた。12月17日に43歳の誕生日を迎えた「パートタイム」のベテランが、一年を通してこれほど高い戦闘力を発揮し続けるとは、開幕前は想像することができなかった。そして、彼がシーズン後半に見せたタイトル獲得への強い意志とモチベーションは、ここしばらく見られなかったものだ。シーズンフル出場を止めた近年のオジエは、自分が出たいイベントに出て、チームのマニュファクチャラーズタイトル獲得に貢献するといった、大人の余裕を感じさせるアプローチを続けていた。しかし2025年シーズン終盤のオジエは、野心に溢れていた若き日を思い出させる、ギラギラとした戦闘的な雰囲気を漂わせていた。チャンピオンを狙うと久々に宣言し、1ポイントすら逃さないという気迫を隠さなかった。
全てのラリーで優勝してフルポイントを獲得するために、リスクもかなり冒していたと思う。セントラル・ヨーロピアン・ラリーではタイヤのスローパンクチャーが原因ながらクラッシュも経験。シーズン唯一のデイリタイアを喫した。それでも、日曜日にはスーパーサンデーとパワーステージでボーナスポイントをフルに獲得。転んでもただでは起きないという、強靭な精神力が感じられた戦いだった。そして、第11戦ラリー・チリから最終戦ラリー・サウジアラビアまでの4戦で、オジエは2勝をあげただけでなく、ポイントがかかる最終日も常に最速だった。タイトルを目指す必要がない戦いでは不必要な、ボーナスポイント獲得にかける執念はとにかく凄まじく、リスクを負った日曜日の走りは鳥肌が立つほどアグレッシブだった。しかし、そのような極限状態でもまずミスを犯さないのが、オジエなのである。
シーズン中、オジエは何度も「今年のクルマはドライブしていて本当に楽しい」と笑顔で語っていたが、その言葉はGR YARIS Rally1とのシンクロ率の高さを裏付けるもの。クルマに良いフィーリングを感じられないイベントも何戦かあったようだが、セットアップの変更により感触を好転させ、ラリー中盤以降は常にトップの速さを発揮していた。そういった切り替えの早さと幅広い対応力もまた、オジエの強みのひとつである。アクシデントやクルマのフィーリング不足により戦意とリズムを失うドライバーも少なくないが、オジエはネガティブな要素をすぐに過去のものとする才能に長けている。だから、少しばかり調子が悪かろうと、必ず挽回して最後は表彰台に立つのだ。
クルマの技術面に目を向けると、今年のレギュレーション変化がオジエにとってプラスに作用したことは否定できない。とくに、シングルメイクタイヤが前年までのピレリから、ハンコックに変わったことは、オジエにとって追い風となった。多くのドライバーたちから話を聞いた結論として、ピレリとハンコックでは求められるドライビングが大きく異なる。ピレリと比べるとハンコックは、グリップをより縦方向に使わなければならない。つまりステアリングを切り込んだ状態で大きくアクセルを開けたり、ハードなブレーキングを行うと、ベストなグリップが得られない特性なのだという。また、縦と横の力が同時にタイヤに加わるような状況では磨耗が進みやすく、オーバーヒートもしやすかったようだ。
そのような新タイヤのキャラクターにマッチしたドライビングを誰よりも上手く実践できていたのがオジエであり、エバンスやヒョンデのオィット・タナックもタイヤとの相性は悪くなかった。一方、TGR-WRTの中ではロバンペラと勝田がタイヤを横方向に使う頻度がやや高く、イベントによってはアジャストに苦労していた。もちろんWRCトップレベルのドライバーたちは常にドライビングを微修正しているが、それではカバーしきれないくらい、タイヤのキャラクター変化が大きかったようだ。
2025年のRally1がハイブリッドレスになったことも、無関係ではない。レギュレーション変更によりハイブリッドシステムが降ろされた結果、Rally1は大きなパワーブーストを失った。しかし、主にリヤセクションが軽くなったことにより、クルマのハンドリングバランスはよりナチュラルになった。シーズン中盤、エバンスは「重量バランスによるものかどうかは分からないが、少なくとも自分にとっては2024年までのクルマよりも扱いやすく感じる」と述べていた。
一方、ロバンペラに関してはイベントによってパフォーマンスに大きな違いがあったことが印象的だった。彼が優勝したのは、ターマックラリーであるラリー・イスラス・カナリアスと、セントラル・ヨーロピアン・ラリー。そして母国イベントでの初優勝となった、グラベルのラリー・フィンランド。3戦とも、比較的ハイスピードなステージが多く含まれるラリーである。一方、苦戦したのはツイスティなコーナーが多いイベント。優勝した2戦と同じターマックイベントでありながら、ラリージャパンでは速さが見られなかったのは、ナローかつ曲がりくねったコーナーが多かったことが最大の理由だと考えられる。ツイスティなセクションではタイヤの縦方向と横方向のグリップを同時に使わざるを得ないシーンがどうしても多くなり、ロバンペラの走りにはマッチしなかったようだ。また、駆動力をコントロールするデフのセッティングに関しても、規則的な制限により、日本のツイスティな道に合わせ込むことができていなかったと聞く。
以上のように、クルマのバランスとタイヤが去年までと大きく変わったことが、ドライバーたちに明と暗をもたらした。オジエは新しいタイヤの性能を誰よりも上手く引き出し、パンクも比較的少なかった。それはエバンスも同様であり、2024年は1勝だったことを考えれば、2025年の2勝は進化である。また、シーズンの大半でドライバー選手権首位だったことにより、多くのグラベルラリーで不利な先頭スタートを担っていたことも考慮するべきだろう。それでもエバンスは、持ち前の粘り強い走りで出走順の不利を乗り越え、確実にポイントを積み重ね続けた。
参考までに、1年間に獲得した総ポイントを、イベント数で割ったアベレージポイントの値は、過去2シーズンが16ポイント台だったのに対し、2025年は20ポイント台だった。その数字からも理解できるように、2025年のエバンスはシーズンを通して非常にコンペティティブだった。選手権3位のロバンペラに対しては33ポイントという大きな差をつけ、首位オジエとは僅か4ポイント差。オジエがいなければ、間違いなくエバンスがチャンピオンになっていた……はずだ。
シーズン終盤5戦でのエバンスとオジエの戦いは息を呑むほどスリリングであり、僅かなミスも許されないような緊張感に満ちていた。その5戦のうち3戦でオジエが優勝したわけだが、エバンスも4戦連続で総合2位と粘った。このTGR-WRTのチームメイト同士によるタイトル争いは非常に見応えがあり、間違いなく2025年のハイライトだった。エバンスにとっては3年連続、通算5回目となる選手権2位。最終戦サウジアラビアでオジエとの勝負に敗れたエバンスは、オジエのタイトル獲得を祝福しながらも、さすがに悔しそうだった。それだけに、2026年こそ大輪の花を咲かせてほしいと、彼の戦いをジュニア時代から見続けてた僕は、密かに思うのである。
ロバンペラは、前述のようにシーズン3勝を獲得しながらも、タイトル争いの最前線に留まり続けることはできなかった。個人的には、WRCでのラストシーズンが期待していたようなものにならなかったのは残念であるが、新しい世界での活躍が今から楽しみでならない。2026年、ロバンペラはラリーからサーキットレースに転向し、日本のシングルシーター最高峰であるスーパーフォーミュラ(SF)に参戦する。
ロバンペラとは全く関係のない話で恐縮だが、僕も以前はWRC一筋で取材をしてきた。しかし、10年ほど前にひょんなきっかけからSFをシーズンを通して取材することになり、今に至っている。その時、レース系のメディアに「なぜWRCからSFに来たの?」と不思議がられたことを覚えている。もちろん、全く違うカテゴリーに飛び込むのは僕自身も少し不安だった。しかし、実際に取材を始めると全てが新鮮で、非常に面白く、知識と視野が大きく拡がった。そして、スーパーフォーミュラで得た知見が今、WRCの取材においても非常に役立っていると実感している。まあ、僕のそんな小さな経験とは全く違うレベルではあるが、とにかくロバンペラのチャレンジが楽しみなのだ。若き元WRC王者の凄さを、SFを通して多くの人々に知って欲しいと思っている。
過去、レースのトップカテゴリーからWRCに転向したドライバーは何人かいる。元F1王者のキミ・ライコネン、同じく元F1ドライバーのロバート・クビサ。彼らが素晴らしいドライビングテクニックと才能を備えていることは改めて言うまでもないが、両者ともWRCでは苦しい戦いが続いた。WRCとF1では、球技に例えるならアメリカンフットボールとラグビーほど大きく違う。WRCはコ・ドライバーが読み上げるペースノートの聴覚情報をもとにコースのイメージを作りあげ、それにドライビングを合わせ込むことで未知なる道を全開で走り続ける。一方、サーキットレースは無線でエンジニアとやりとりしながらも、基本的にはリアルタイムの視覚情報をもとに走行する。全日本F3経験者である勝田貴元によると、レースからラリーに転向した際にもっとも苦労したのが、その違いによる部分であり、初期は聴覚情報を頼りに走ることが非常に難しかったという。
逆に言えば、ラリーからレースへの転向では、視覚情報をより重視した走りが求められるということだ。勝田は「ラリーとレースでは脳の使いかたが全然違うので、その点でカッレが少し苦労する可能性はあります」と冷静に分析する。一方で、ドライビングそのものについては、スピード域やGフォース、求められる操作の繊細さといった点で違いはあるにせよ「適応力に優れたカッレならばきっと大丈夫だと信じています」と勝田は言う。
もちろん、フォーミュラカーや日本のサーキットに慣れることは簡単ではない。そして、彼にとって未知に近い領域である空力を使ったセッティングや走りも、マスターするためにはそれなりに時間が必要だろう。それでも、若くして2度もWRCの頂点に立った「天才」ロバンペラなら、必ずやれるはず。僕が特に期待しているのは、これまで外国人ドライバーが速さを示すことが多かった、マウンテンサーキットのSUGOやオートポリスでのレースだ。もし雨が降ったらいったいどんな走りを見せてくれるのだろうかと、今からとても楽しみだ。2026年は僕も、可能な限り多くスーパーフォーミュラのレースを取材して、ロバンペラの戦いをフォローしたいと思っている。(WRC2025年シーズンプレイバックPart2に続く)
古賀敬介の近況
取材イベントが目白押しだったことや、体調があまり良くなかったことなどにより、シーズン後半はコラムをお届けすることができず、すみませんでした。今年はあまりにも国内外の取材が多くフル稼働の日々でしたが、少し詰め込みすぎたかなと反省しているこの年末です。シーズンオフの間に身体と心をリセットし、2026年はより良い取材と良い原稿を書けるように精進します。なお、映像コンテンツ「WRCな日々 番外編 こがっちeyes」に関しては、お陰様で今年全14戦をお送りすることができました。このシーズンオフの間に、シーズン後半戦のコンテンツを見てもらえると嬉しいです!