WRC2025年シーズンプレイバックPart2
印象的だった若手の活躍と優勝をかけた勝田の戦い
WRCな日々 DAY71 2025.12.26
来たる2026年は、個人的にとても楽しみなシーズンである。カッレ・ロバンペラがWRC、そしてTGR-WRTを「卒業」するのはもちろん寂しい。しかし、オリバー・ソルベルグという実力もタレント性も抜群の若者がTGR-WRTの一員となり、シーズンを通して戦うのは非常に楽しみだ。また、2025年のラリージャパンで初表彰台を獲得したサミ・パヤリが、Rally1フル参戦2シーズン目でどれだけパフォーマンスを上げるのかも興味深い。そして何よりも、2025年に総合2位を2回獲得した勝田が、いよいよ表彰台の最上段に立つのではないかと、これまで以上に期待が高まる。
ロバンペラと入れ替わる形で、ソルベルグがTGR-WRTの一員となったことは、大きなトピックだ。父親であるペター・ソルベルグとは、彼がその昔スバルで戦っていた時からの付き合いであり、まだ赤ちゃんだったオリバーも何度かWRCの現場に来ていた。オリバーはとにかく元気が良く、いたずらっ子で、そしてチャーミングだった。その後、ペターがWRCのワークスを離れた後には、モナコやスウェーデンにある自宅にお邪魔してランチやディナーをご馳走になったこともある。当然のことながら会う度にオリバーは大人になっていき、気がつけばラリードライバーに。
そして2019年、オリバーが初めてWRCに出場したとき、その走りに衝撃を受けた。イベントは大雨で路面が泥濘化したラリーGB(グレートブリテン)、クルマは現在のRally2に相当するR5だった。その時のオリバーの走りは、クルマを路面にグニュグニュと押し付けるような粘っこいもので、他のドライバーとは大きく異なっていた。しかし、滑りやすい泥道でもクルマはしっかりと前に進んでいた。「トラクションのかけ方が上手い!」と、ステージサイドで撮影をしていた僕は夢中でシャッターを押したことを覚えている。そしてその時僕は、ペターの息子だからという理由ではなく、オリバーがWRCで勝てる才能を備えているに違いないと実感し、以降常に注目していた。
それから約5年。オリバーはいくつかの挫折を経験しながらも着実にスキルを高め続け、2025年、GR Yaris Rally2でついにWRC2のシリーズチャンピオンに輝いた。とにかく今シーズンのオリバーはスピードと安定性がずば抜けて高く、WRC2シリーズに参戦した7戦では5勝を挙げて初タイトルを獲得。2024年に同じチーム(プリントスポーツ)からGR Yaris Rally2で出場したパヤリが7戦3勝だったことを考えれば、キャリアの違いを考慮しても、オリバーがパヤリと同等かそれ以上のパフォーマンスを備えていることは間違いないだろう。加えてオリバーは、Rally2車両で出場した13戦のうち9戦でRally2クラス(RC2)最上位フィニッシュと、一年を通して抜群の速さを示した。
しかし、改めてオリバーが非凡な才能の持ち主であることを世に知らしめたのは、やはり第8戦ラリー・エストニアでの総合優勝である。ラリーの約2週間ほど前、オリバーはTGR-WRTからエストニアにGR YARIS Rally1で出場するオファーを受けたという。「人生最高の良い知らせだったよ。準備期間は短かかったけれど、チームは2日間のプレイベントテストで最大のサポートをしてくれた。クルマを僕好みにセットアップしてくれたんだ」とオリバー。彼によると、GR YARIS Rally1はまるで自分の手足のように自然に動くクルマになったという。
それでも、初めてGR YARIS Rally1をドライブする彼が、SS2から首位に立ち、合計9本のベストタイムを刻み、首位の座を譲ることなく総合優勝するとは誰も思っていなかったに違いない。それはチーム関係者も同様であり、オリバー本人でさえも想像していなかった結果だったという。とにかくエストニアでのオリバーは週末を通して異常なほど速く、安定感も抜群だった。過去にヒョンデでトップカテゴリー車両を経験し、最高4位を獲得していたとはいえ、初めて乗るクルマで総合優勝とは、なかなかできることではない。僕は、彼がWRCにデビューした時のことを思い出し、あの時確信した才能はやはりホンモノだったのだと、嬉しくなった。それと同時に、おしゃぶりを咥えていたあのベビーがWRCウイナーになったことがとても感慨深かった。
ではなぜ、オリバーはエストニアでかくも速く、強かったのだろうか? 本人、エンジニア、そしてライバルに取材をした結果、その理由がほぼ見えた。簡単に言うと、オリバーのクルマは他のGR YARIS Rally1と比べてサスペンションが非常に軟らかく、タイヤのグリップを得やすいセッティングだったのだ。エストニアのステージは、地理的にも比較近いフィンランドと同じように基本的にはハイスピードなグラベル路面だ。実際、2025年のステージ平均速度は最速だったフィンランドに次ぐ2番手であり、間違いなくハイスピードなラリーだった。しかし、路面はフィンランドと比べると全体的に軟らかく、足まわりを固めすぎるとトラクションがかかりにくいコンディションでもあった。実際、TGR-WRTのオリバー以外のドライバーたちは、タイヤのグリップ確保にかなり苦労していた。過去にエストニアで3勝しているロバンペラでさえも、2025年は総合4位に甘んじたほどである。
そこで、オリバーである。彼だけが非常に軟らかいサスセッティングでステージに臨み、ベストタイムを連発したのだ。サスが軟らかいと、ハイスピードなラリーではクルマの動きが大きくなりやすく、コントロールは難しくなる。しかしオリバーは初めて乗ったGR YARIS Rally1をしっかりと地面に接地させ続け、好タイムを積み重ねていった。そして、その速さと安定性を最後まで失うことなく優勝。念願のWRC初ポディウムが最上段という、最高の結果を手にしたのだった。
ラリー後オリバーに話を聞くと「テストで自分を信じ、他と違うソフトなクルマに仕上げてくれたTGR-WRTのスタッフのおかげだ。これまで、トップカテゴリーでここまで快適に走れたことはなかった。ドライバーの感覚を大事にしてくれるトヨタだからこそ、こんな信じられないような結果を残すことができたんだ」と笑顔でコメント。思い返してみればR5車両でのWRCデビュー時からオリバーは低グリップな路面で速さを示していた。そして、2025年をGR Yaris Rally2で戦った他のWRC2ドライバーに話を聞いても、オリバーのサスセッティングは常にソフトで、トラクション重視だという。しかし彼が他チームのトップカテゴリー車両に乗っていた時の走りは、クルマの挙動がかなりピキピキしていて扱い辛そうだったし、実際クラッシュやコースオフも少なくなかった。オリバーが言うように、チームのエンジニアがオリバーのドライビングに合わせたクルマを用意したことが、初勝利に繋がったと言えるだろう。
ちなみに、トラクション重視のセッティングは父親のペター譲りといえる。スバル時代のペターは常に「もっとトラクションを!」とチームに訴えていた。そのアプローチが息子にも受け継がれたことは、非常に興味深い。ただし、そのソフトなサスセッティングが他のラリーでもアドバンテージになるかどうかは、2026年シーズンが始まってみないと分からない。きっと、よりハードなセッティングの方がマッチするラリーもあるだろう。その時オリバーがどのように対処するのか、シーズンを通して彼の走りを観察したいと思う。
WRC初勝利はオリバーに先を越された形だが、パヤリの2025年シーズンもまた素晴らしいものだった。彼は2025年を学習の一年と位置づけ、できるだけ多くの経験を積むことを目標に戦い続けた。トップカテゴリーフル参戦初年度でありながらミスは非常に少なく、自身のミスによるリタイアはシーズン序盤戦の2戦のみ。計10戦で総合7位以上に入り、そのうちトップ5フィニッシュは5回。ラリージャパンでは3位に入り初めて表彰台に立つなど、シーズンを通して素晴らしい結果を残した。それでも、パヤリ本人はトップドライバーたちとの間にスピード差があったことを悔しがっており、さらなるパフォーマンスアップが必要であることを自覚している。とくに、同じ2001年生まれであるオリバーが先に総合優勝をしたことで、その思いはさらに強くなったようだ。
しかし、学習の一年は終わり、2026年は優勝を目標に掲げた戦いがついに始まる。これまで学びのために抑えてきたパフォーマンスを、フルに発揮する時がやってきたのだ。若手ナンバー1の座をかけたパヤリとオリバーのチーム内バトルは、間違いなく2026年WRCの大きな見どころである。
最後に、勝田の2025年を振り返りたい。ドライバー選手権6位という結果は、2位のエバンスを除く上位4人がチャンピオンおよびチャンピオン経験者であることを考えれば、高く評価されるべきものだ。ただし、選手権順位は2024年と変わらずも、1戦あたりのアベレージ獲得ポイントはやや低下した。つまり確実性はそれほど高くなかったということだが、それについて僕は、勝田がより攻めた戦いを続けた結果だと理解している。2025年、勝田は前年よりも1回多い、2度のポディウムフィニッシュを飾った。しかも、その2回とも2位というのは過去最高のリザルトである。とくに第2戦ラリー・スウェーデンでの総合2位は、優勝したエバンスと最後の最後まで僅差の戦いを続けた末の結果であり、過去もっとも優勝に大きく近づいた1戦だった。第9戦ラリー・フィンランドでの総合2位は、優勝したロバンペラとの差は約39秒と小さくはなかったが、オジエ、エバンス、パヤリという強力なチームメイト3人を従えての2位だったという点で、結果以上に印象に残る戦いだった。いずれにせよ、WRCを代表する超ハイスピードラリーで2回も2位表彰台を獲得したことに、僕は大きな感銘を受けた。なぜなら、過去日本人ドライバーがもっとも苦手としていたのが、超ハイスピードラリーだからである。
勝田は、ラリー以上にスピードレンジが高いサーキットレースでドライビングを身につけ、フィンランドの高速グラベルでさらに腕を磨いた。これまでの日本人ドライバーとは全く違うルートを歩んできたわけだが、その経験がいよいよ形になりつつある。公平に見て、どのラリーでもピークのスピードは既にチャンピオン経験者たちと遜色ないし、勝っていることもある。一方で、アベレージとしての速さや、コンディションへの対応力に関してはまだチャンピオンのレベルではない。ただし、そのふたつの要素は経験で補うことが十分可能であり、そのためには全力疾走を続けて自分の弱点を炙り出し、それを解消するための策を得る必要がある。そして2025年の勝田はまさに、そのようなある程度リスクをとった戦いかたをしていたように思う。
結果的に完全リタイアの数は4回(うち3回がドライビングミスによるもの)と増加したが、トップ5フィニッシュの回数も4回から7回へと大きく増えた。2025年の勝田はラリー開始直後から上位につけることも多く、優勝を目的とするアプローチへのシフトは明らかだった。ただし、ラリージャパンを含む最終盤の2戦ではやや力が入り過ぎていたようにも感じられ、速さはありながらも表彰台を逃すことになってしまった。少しだけ残念なシーズンエンドではあったが、スピードは間違いなくあった。ロバンペラがチームを離れる2026年は、勝田がその穴を埋めることをチームは期待しているに違いない。パヤリ、ソルベルグという才能豊かな若手2人からのプレッシャーは確実にあるだろうが、その圧を糧とする強い精神力が今の勝田には備わっていると僕は信じている。2026年こそ勝田は実力で表彰台の最上段に立ち、きっと最高の笑顔でシャンパンファイトを見せてくれるはずだ。
古賀敬介の近況
今年のWRCは例年よりも1戦増えたことで非常に長いシーズンでした。それでも勝田の優勝争い、オリバーの初勝利、そしてオジエとエバンスのタイトル争いなど、とても刺激的な戦いが多く、あっという間に一年が過ぎ去ったような印象です。ようやく少し時間ができたので今シーズンを振り返るコラムを書きましたが、映像コンテンツ「WRCな日々 番外編 こがっちeyes」では違う形で各ラウンドをご紹介していますので、シーズンオフの間にぜひご覧になってください!