日本、ギリシャ、エストニア。特徴が大きく異なる中盤3戦で、
初優勝のパヤリを含む3人のドライバーが表彰台の中央に立つ
WRCな日々 DAY74 2026.08.20
2026年WRCのシーズン中盤3戦は、ラリーごとに路面のタイプもキャラクターも大きく異なっていたが、いずれのラリーでも表彰台の最上段に立ったのはTGR-WRTのクルーだった。そこで明らかとなったのは、選手たちの層の厚さと高いレベル。そして、いかなるラリーであっても安定してパフォーマンスを発揮する、GR YARIS Rally1の総合力の高さと対応幅の広さだった。
昨年までの11月から、5月に開催時期が移動した第7戦ラリージャパンは、コースの多くが変わらずも、非常に新鮮に感じられた。秋から初夏へと移行したことでラリー全体が明るい光に包まれ、暖かな気候でラリーが行われたことはチーム、選手、観客にとって喜ばしいことだった。ラリージャパンのアイコンにもなっていた鮮やかな紅葉が見られなくなったのは少し残念だが、路面の落ち葉や枯れ枝が格段に少なくなったことをドライバーたちは歓迎していた。路面がこれまで以上にクリーンになったことで、より積極的にアタックできるようになったからである。
しかし、だからといってラリーの難易度が下がったわけではない。愛知県および岐阜県のターマック(舗装路)ステージは、木々に覆われている区間が多いため、雨が降っていなくても完全にはドライにならず、うっすらと湿っていたり、完全に濡れているセクションも少なくなかった。そのようなグリップが一定ではない路面では、ステージが始まる前に試走してコンディションをチェックする「セーフティクルー」あるいは「グラベルクルー」と呼ばれるチームスタッフからもたらされる、ペースノートの最新情報が大きな鍵を握る。セーフティクルーは、しばらく後に選手たちが走る時の時間帯や出走順も考慮しつつ、この後路面がどのように変わっていくかを予想しながら最新の情報を伝える。場合によっては、選手たちが作成したペースノートの情報を修正、あるいは上書きすることもある。そのためセーフティクルーはWRCでの経験が豊富なドライバーとコ・ドライバーが務めることが多く、勝田貴元の場合は育成時代からインストラクターとして教えを請うてきた、TGR-WRT元ワークスドライバーのユホ・ハンニネンが長年セーフティクルーを務めてきた。
非常に強い絆と信頼関係で結ばれたふたりだったが、残念ながら今回のラリージャパンでは路面情報の分析、共有が思うようには進まなかった。それもあって勝田は、今年の新ステージのひとつであるSS1「アスケ」の湿った右コーナーで十分なグリップが得られず、コーナリングラインが脹らんでアウト側の側溝に左側のタイヤが落ち、タイヤにダメージを負ってしまった。幸いにも勝田はそのステージを、ベストタイムを刻んだオリバー・ソルベルグから6.7秒遅れの7番手タイムで走り切ることができたが、デイの序盤に貴重なスペアタイヤを1本使ってしまったことは、その後のステージを走る上で大きなマイナスだった。続くSS2「イセガミトンネル」での勝田は、SS1でのこともありペースノートを100%信頼して走ることができなくなり、さらには小さなミスも犯したことでタイムが伸びなかった。SS2が終了した時点で勝田は総合6位につけていたが、その時点で首位に立ったエバンスとは31.5秒差。タイム差がつきにくいターマックラリーでの30秒差は挽回が極めて難しく、初日の午前中の時点で、勝田の母国優勝の夢はほぼ断たれたとも言える。結局、勝田は総合4位でホームラリーを終えた。
ラリー中に修正ペースノートについて問題があったと勝田が述べていたことから、彼とハンニネンの関係が日本で悪化したのではないかという報道もあり、その後ハンニネンが勝田のセーフティクルーから外れることになったことが発表されると、両者の間に大きな亀裂が入ったという記事が出回った。しかし勝田は、次のイベントであるアクロポリス・ラリー・ギリシャのサービスパークで、それが完全に誤報であることを僕に伝えた。「ラリージャパンでペースノートの修正がいまひとつだったことは確かですが、それによってユホさんとの関係が悪くなったといったことは一切ありません。これまで何度も、お互い小さなミスをしてきましたし、その都度しっかりと話し合い、より良い仕事ができるように改善してきました。僕たちは何でも正直に言い合える関係です。もし、今回のようなことで関係が悪くなるようであれば、とっくの昔にそうなっていたでしょう(笑)」と勝田。ハンニネンとは、webに出回った記事を一緒に見て「なぜこんな話になったんだろうね?」と、苦笑していたという。
「実は、ユホさんが僕のセーフティクルーでなくなることは、今年の頭の時点で既に決まっていたんです。長年僕を育ててくれてきたように、彼にはTGR WRCチャレンジプログラムの若いドライバーたちをサポートするという重要な仕事があります。僕の時代より人数も大幅に増えていますし、これからますます忙しくなります。ですので、今シーズン最後のターマックイベントとなる日本を、一緒に仕事をする最後の大会にしようとふたりで決めていました。そうすれば、次のターマックラリーとなる来年の開幕戦ラリー・モンテカルロまで半年以上ありますし、その間に新しいセーフティクルーをじっくりと選ぶこともできるので。そのためのセレクションにも、ユホさんは立ち会ってくれる予定です。自分としても次のステップに移るいい機会になると思っていますし、とにかくユホさんには感謝しかありません」
セーフティクルー、インストラクター、テストドライバー、そしてヤリ-マティ・ラトバラのコ・ドライバー……。プロフェッショナルとして非常に多くの仕事をこなしているハンニネンは、TGR-WRTにとって代わる者がいない存在といえる。勝田との最後の仕事が満足のいく結果でなかったことは少し残念だが、これからもふたりのいい関係は続いていくことだろう。そして、ハンニネンの後任となるセーフティクルーは、かなり大きなプレッシャーを感じるに違いない。
話をラリージャパンの戦いに戻す。落ち葉は少なくとも路面のミュー変化が大きかった今年のステージでは、エルフィン・エバンスが圧巻ともいえる速さと安定性を発揮し続けた。デイ1で首位を争ったソルベルグは徐々に引き離され、デイ2ではタイム差を縮めるも泥に乗って滑り電柱に激突。デイリタイアとなった。代わって2位に順位を上げたセバスチャン・オジエもエバンスほどのペースはなく、最終的には12.8秒差まで詰めるも逆転には至らず。エバンスが通算3回目となるラリージャパン優勝を飾った。エバンス本人も認めているが、日本の狭くトリッキーな舗装路との相性はかなり良い。彼の故郷であるウェールズには、日本の道ほどはツイスティでないが、狭く、路面コンディションが目まぐるしく変わるステージが多くある。そのようなトリッキーな道で育ってきたことも、エバンスがラリージャパンで強力な理由のひとつだろうし、初日の金曜日の出走順がトップだったこともプラスに作用した。僕はラリーが終わった翌週に金曜日のステージを何本か走ってみたが、インカットにより予想以上に泥が路面に掻き出されていたり、その痕跡が残っていたことに驚いた。エバンスは、1番手スタートによる初日のアドバンテージを最大限に活かし、金曜日にほぼ勝負を決めたと言えよう。
豊田市で行われたファイナルポディウムにはエバンス、オジエ、そして前年のラリージャパンで初ポディウムを獲得したサミ・パヤリの3人が立ち、TGR-WRTはホームイベントを完璧な形で締めくくった。そして、残念ながら表彰台こそ逃したが、勝田も総合4位で走り切り、エバンスに次ぐドライバーズ選手権2位の座を堅持したのだった。
ラリージャパンから約3週間のインターバルを経て、戦いの舞台は再びヨーロッパ大陸に。第8戦アクロポリス・ラリー・ギリシャは、ラリージャパンと対極にあるとも言える、非常に荒れたグラベルロードで競われた。サービスパークは、これまでの中央ギリシャのラミアから、ペロポネソス半島の付け根にあるルートラキへと移動。それに伴いルートも大きく変わり、新ステージや、しばらく使われていなかったステージが復活するなど、昨年までとは大きく異なるルートとアイテナリーが組まれた。実際にステージを下見走行すると、これまで多くのクルマやタイヤ、そしてドライバーたちの夢を壊してきた悪路は、例年以上に荒れているように感じられた。そして、そのようなバッドコンディションで経験に裏打ちされた強さを存分に発揮したのはオジエだった。オジエは、チーム内ではもっとも恵まれた5番手という出走順を活かし、金曜日は首位のティエリー・ヌービル(ヒョンデ)と9.7秒差の総合2位につけた。オジエは荒れた路面でタイヤとクルマに大きなダメージを負わないようペースを絶妙にコントロールしながらステージを重ね、土曜日のデイ3が終了した時点では差を4.1秒に縮めていた。そして、最終日となる日曜日のデイ4ではベストタイムを連発して首位に。ヌービルがパンクで大きくタイムを失ったこともあるが、最終的には58.3秒という大きな差をつけて今シーズン2勝目を飾った。
アクロポリスでのオジエの戦いは、彼にしかできないものだった。尖った岩が多く転がる極悪路では、微妙なブレーキペダル操作によりタイヤをロックさせず、岩からの入力をうまくいなしながら効率的に減速。また、コーナーの立ち上がりでもできる限りストレートにラインをとることで、構造的にタイヤの最も弱い部分であるサイドウォールが岩に当たりにくくなるようなドライビングを実践していた。その繊細な運転は、真似をしようとしてもなかなかできるものではなく、天才的なグリップセンシング能力を備えているからこそ可能となるもの。オジエはスピードの探求とリスクヘッジを最高レベルでバランスさせ、誰よりも効率的にタイムを稼ぎ続けたのだ。ただし、オジエ自身は「今回は運が良かった」と言い切る。「ギリシャの荒れた路面でパンクをしないことは、クジ引きのようなものですか?」と彼に質問したところ、オジエは「ようなものではなく、クジ引きそのものだよ」と笑いながら答えた。たしかに、彼の今回のアクロポリスでの勝利は15年ぶり2回目であり、近年は予想外ともいえるパンクにも見舞われていたことを考えれば、納得が行く。ギリシャでは、オリンポスに住む神々の御加護も必要なのだ。
アクロポリスで勝利し、パワーステージとスーパーサンデーも制したことにより、オジエは獲得可能な最大ポイントを手にした。その結果、ドライバーズ選手権では5位から3位へと順位を上げ、2位勝田との差を26ポイントまで縮めた。アクロポリスまでに2戦を欠場していたオジエだが、このラリーでの大量得点により大きな手応えを感じたようだ。彼の中で、史上最多となる通算10回目、そして2年連続となる世界王座獲得のモチベーションが明確に高まった。きっと、チームメイトを含むライバルは「これはやっかいなことになった」と感じているだろう。もっとも、マニュファクチャラーズ選手権6連覇を目指すTGR-WRTにとっては、非常に心強いことであるが。
不利な出走順2番手から総合3位を得た、勝田の戦いも実に見事だった。ギリシャでの勝田はシーズン全体を考えた戦いにフォーカスし、焦らず、しかし必要なタイミングでは速さを示し、確実に順位を上げていった。その冷静沈着な戦いぶりは、僕個人の考えでは彼のベストラリーのひとつに挙げても良いのではないかと思えるものだった。置かれた状況下で、間違いなく最高の仕事をした。出走順トップのエバンスが総合5位だったことを考えても、これ以上は望み得ないラリーだったと言える。開幕から8戦を戦い、表彰台に4回立ち、そのうち2回が優勝。アベレージ順位3.3位という数字も、彼の今シーズンの好調ぶりを証明している。
ただし、好調なのは勝田だけではない。第8戦までに5回ポディウムを獲得し、難関アクロポリスでも手堅く総合4位に入ったパヤリも、確実にパフォーマンスを上げている。そして実際、続く第9戦ラリー・エストニアでは、彼こそがイベントの主役となり、悲願の初優勝を飾ることになった。今年もTGR-WRT2から全戦に出場するパヤリは、まだ24歳。トップカテゴリーのシーズンフル参戦は2年目である。2024年にはGR Yaris Rally2でWRC2チャンピオンとなり、同年のラリー・フィンランドではGR YARIS Rally1での初出場だったにも関わらず、トヨタ勢最上位となる総合4位に入ってみせた。その時点で、同郷のカッレ・ロバンペラの後継者という立ち位置をほぼ確実なものとしていたが、フル参戦初年度の昨年は成長スピードがやや鈍化した。確実性は申し分なく、ドライビングミスによるリタイアも極めて少なかったが、絶対的なスピードという点においては、チームの期待を少し下回っていた。どうしても、世界王者であり年齢も比較的近いロバンペラと比べられてしまうのは、気の毒である。パヤリ本人もそれは強く意識しており、今シーズンの初めには「今年は最大のスピードを発揮し、勝つことが目標」と断言していた。
実際、今シーズンはモンテカルロでのリタイア後は表彰台の常連となり、第4戦クロアチア・ラリーでは勝田に次ぐ総合2位でフィニッシュ。以降も安定して高いレベルの戦いを続け、いつ優勝してもおかしくない状況だった。そして、エストニアで見せた彼の速さは最初から最後まで異次元といえるものだった。全18ステージのうち12ステージでベストタイムを刻んだことからも分かるように、ただひとり宇宙船に乗っているかのようなスピードを発揮し続けた。エストニアと言えば、昨年はソルベルグがGR YARIS Rally1でのデビュー戦でいきなりWRC初優勝を飾ったことが思い出されるが、それに匹敵する衝撃だった。ソルベルグは今年のエストニアで総合2位に入り、しばらく続いていた負の流れを断ち切ることに成功したが、パヤリのタイムは全く見えないレベルだったと述べていた。
ソルベルグもまた24歳であり、今年は父親であるペターさんでさえも成し遂げられなかったラリー・モンテカルロで優勝。ここしばらくは不本意なクラッシュが続いていたが、エストニアでのポディウム復帰により、ようやくトンネルを抜け出したようだ。世界王者ロバンペラがチームを離れても、将来有望な若手ふたりが速さと結果を既に残していることは、TGR-WRTにとって大きなプラスに違いない。そして、パヤリの優勝によりTGR-WRTは5人のドライバー全員が今シーズン少なくとも1勝を挙げたことになる。GR YARIS Rally1は異なる5人のドライビングを受け止められる対応幅の広さを備え、各ドライバーは自分が得意とするラリーやシチュエーションで勝利を狙うことができる。万能にして最強。TGR-WRTのエンジニアたちが作りあげたGR YARIS Rally1は、Rally1レギュレーション最終年の今年、さらに総合力を高めている。これからシーズン終盤に向けて、クルマがどれほど深化し、勝利数をどこまで伸ばすのか、非常に楽しみである。
古賀敬介の近況
8月はWRCラリー・フィンランドを取材。暑さ厳しい日本とは対照的に、朝は気温10度代と、肌寒ささえ感じる気候でした。ラリー・エストニアでついにブレイクスルーを果たしたパヤリ選手は、母国フィンランド戦でも大活躍。その模様は次回のコラムでレポートしますが、まずは「WRCな日々 番外編 こがっちeyes 2026WRC Rd.10 ラリー・フィンランド」で映像レポートをお楽しみください!