モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

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激闘のサルディニアでエバンスが初王座を獲得
そして2027年、WRCは新しい時代を迎える

WRCな日々 DAY76 2026.11.05

蒼き地中海が白煙で遮られた瞬間、悲鳴と歓声が同時に巻き起こった。2026年WRC最終戦ラリー・イタリア・サルディニア。その最終ステージ、フィニッシュまであと数百メートルという地点で、オリバー・ソルベルグがコースオフ。奇跡的にコースに復帰しサルディニアの勝利は辛くも手にしたが、掴みかけていた初タイトルはするりと逃げていった。一方、先にステージを走り終えて自分のタイムを確認し、またしても初王座を逃したであろうと落胆していたエルフィン・エバンスは、ソルベルグのコースオフによりポイントリードを守り、悲願のドライバーズタイトルを獲得したのだった。

最終戦として予定されていた第14戦ラリー・サウジアラビアが開催中止となったことにより、2026年のWRCファイナルラウンドはサルディニアが担うことになった。グラベル(未舗装路)イベントのサウジアラビアが中止となったことは、シリーズリーダーであるエバンスにとってはポジティブな材料になるはずだった。なぜなら直近のグラベルイベント4戦では、選手権2番手のパヤリが3勝、3番手のソルベルグが開幕戦ラリー・モンテカルロ以来のシーズン2勝を挙げるなどして、首位エバンスとのポイント差を急激に縮めていたからだ。第8戦から延々と続くグラベルラリーで、エバンスはひたすら不利な路面のクリーニング役を務め続け、表彰台に立つことすらなかなかできないでいた。そのような状況がさらに2戦も続けば、ポイントリードをほぼ失った状態で最終戦を戦うことになり、パヤリとソルベルグに逆転王座を許す可能性が大幅に高まる。グラベルラリーが1戦でも少なくなることは、エバンスにとって追い風となるはずだった。

ところが、新たに最終戦のステータスが与えられたサルディニアでは、ソルベルグが予想以上に素晴らしい走りを見せた。出走順が3番手と早いながらもフルデイ初日の金曜日には総合3位につけ、出走順2番手のパヤリに約28秒、出走順トップのエバンスに対しては約57秒という大きなアドバンテージを築いた。サルディニアはクリーニングエフェクト、つまり出走順による路面清掃の影響が非常に大きなラリーであり、もっとも不利な路面を走ったエバンスが大きく遅れたのは当然である。しかし、クリーニングエフェクトを考慮してもソルベルグのペースは非常に良く、最初のステージのスローパンクチャーで約6秒を失っていなければ、差はさらに拡がっていただろう。サルディニアは砂地でグリップを得にくい路面のステージが多く、これまでもそのようなシチュエーションではソルベルグが速さを発揮してきた。21ポイントという十分なリードがありながらも、エバンスはソルベルグのスピードに危機感を持っていたに違いない。

土曜日のデイ3がはじまると、ソルベルグは大胆さとクレバーさをうまく使い分けた走りでトップに立った。午前中はスピード重視の走りを、路面が荒れた午後はタイヤをマネージメントすることに集中。ライバルがトラブルで脱落していく中で順調にステージを重ね、総合2位に順位を上げたオジエに約34秒差をつけてラリーリーダーとなったのだ。ところが、ソルベルグは首位に立ちながらもやや落胆していた。というのも前日首位のヌービルがトラブルで上位から脱落し、2位のフォルモーもタイヤのトラブル等で総合4位に後退していたからだ。土曜日のソルベルグのスピードならば、自力でヌービルとフォルモーの上に立てたはず。そして彼らふたりには、タイトルを争うパヤリとエバンスの防波堤になってもらいたいと願っていたからだ。しかしフォルモーは総合3位につけるパヤリの後方4位となり、エバンスは5位で一日を終えた。その時点でのバーチャルの選手権順位は、エバンスが首位を守り、ソルベルグが6ポイント差で2位、パヤリが12ポイント差で3位。そのためソルベルグは、優勝した上でさらに、日曜日に獲得可能な10ポイントのボーナスを全て手にすることが必要であると考えていた。

サルディニアの最終日、そして2026年シーズンのフィナーレでもある日曜日のデイ4は、タイトル決定の瞬間を祝うかのような好天に恵まれた。総合1位のソルベルグは、日曜日の合計タイムのみによって順位が競われる「スーパーサンデー」を制するべく、オープニングステージのSS14からフルアタックを敢行。圧巻のベストタイムで総合2位オジエ以下に対するリードをさらに拡げた。続くSS15でも上位陣の順位は変わらず、バーチャル上のポイントでは1位エバンスと2位ソルベルグの差は3ポイントに縮小。この時点で、タイトル争いはほぼエバンス対ソルベルグという図式になっていた。しかし、このSS15に関してはエバンスが3番手タイムだったのに対し、ソルベルグは2秒差の5番手タイムとやや遅れをとった。SS15の再走となるSS17は、ボーナスポイントがかかる「パワーステージ」に指定されているため、その1回目で5番手タイムだったこと、そしてエバンスに2秒負けていたことをソルベルグはかなり気にしていた。優勝してスーパーサンデーを制したとしても、パワーステージの結果次第では1、2ポイント差でタイトルを逃す可能性もある。加えて、ソルベルグはトップカテゴリーのクルマでこのステージを走ったことがこれまで一度もなく、何度も走り込んでいるエバンスが経験値という点では圧倒的に有利だった。それもあって、ソルベルグは最後の最後まで全開で攻め続けない限り、タイトルに手が届かないというマインドでパワーステージを迎えた。

一方、エバンスは出走順がソルベルグよりかなり早かったこともあり、SS15が終わった時点でのスーパーサンデーは4位。パワーステージを走る前の段階でのバーチャルポイントでは、3ポイント差まで点差が縮まっていた。圧倒的なスピードを見せ続けるソルベルグに勝つためには、スーパーサンデーでも順位をさらに上げていかなければならないと、エバンスは確信したに違いない。それが影響したのだろうか、再走ステージの1本目、SS16でエバンスはまさかのパンク。タイヤ交換のため2分程度タイムを失ってしまった。幸いにも、総合6位につけていた勝田貴元に対しては3分以上のリードを築いていたため、総合5位という順位自体は変わらなかったが、スーパーサンデーでは12位まで後退。ボーナスポイントの獲得はほぼ不可能となった。その結果、バーチャル上のポイントでは首位エバンスと、2位ソルベルグとの差は僅か1ポイントまで縮まったのである。

なぜエバンスは大事な局面でパンクをしたのだろうか? その状況を理解すべく、ラリーが終わった翌日の月曜日に、エバンスがパンクをした現場を訪れた。2回走行したステージの路面は全体的にかなり荒れていたが、その場所は特に酷い状況だった。マスクメロンほどの大きさの岩が道のいたるところにごろごろと転がり、そのいくつかにはホイールやボディのアンダーガードが当たってできたと思われる傷が刻まれていた。スピードを落として走ればある程度避けることはできただろうが、その場所はかなりハイスピードな区間であり、アクセルを緩めると数秒タイムを失ってしまうような状況だった。改めてオンボード映像を見ると、エバンスはほぼ全開で岩が転がる区間に突入しており、直後に空気圧が急激に低下している。エバンスとしては、パンクの危険性が高いことを理解しながらも、スーパーサンデーで順位をひとつでも上げるためにアクセルを緩めたくなかったのだろう。そんな彼の気持ちが痛いほどよく分かった、事後取材だった。

エバンスのパンクにより、最終のパワーステージはまさにタイトル決戦の場となった。もしパワーステージでソルベルグがエバンスより1ポイント多くボーナスを獲得したら、選手権ポイントはエバンスと同点となり、タイトルはソルベルグのものとなる。同ポイントでシーズンが終わった場合、優勝回数の多いほうがチャンピオンとなるルールがあり、エバンスの2勝に対して、ソルベルグが3勝目を挙げることになるからだ。スーパーサンデー無得点のエバンスは、ベストタイムをとらない限り、ソルベルグとの勝負に負けるかもしれないという追い込まれた状況だったに違いない。だからこそ、パワーステージエンドで自分が3番手タイムだったことを知ったエバンスは、大きく肩を落としたのだ。1本目のSS15ではステージの経験ある自分のほうが速かったが、1度走ったソルベルグは必ずタイムを上げてくるはず。勢いに乗った時のチームメイトのずば抜けた速さをシーズンを通して見てきただけに、エバンスは初タイトルが遠ざかっていくように感じていたはずだ。

しかし、ソルベルグも焦りを感じながらパワーステージを走っていた。途中までは、1本目よりは良い走りができているという実感があった。実際、区間タイムではエバンスを0.6秒、1.2秒と確実に引き離していた。それでも、選手たちが走行中にその差を知ることはできない。1本目ではエバンスに2秒負けている。もっともっと速く走らなければチャンピオンになれない……という疑念が頭の中で渦巻き、ソルベルグはさらにペースを上げた。

「最後の区間タイムがエバンスより1.9秒速いよ」ステージエンドでスマートフォンのライブ映像を見ていたソルベルグのお母さん、パニラさんに誰かが声をかけた。パニラさんは顔を紅潮させながら祈るような表情で画面に見入る。一方、お父さんのペターさんは緊張で心ここにあらずといった風。親子2代に渡るWRCチャンピオン誕生の瞬間は、間違いなくすぐそこまで迫っていた。姿は見えずもGR YARIS Rally1 99号車の全開サウンドは人々の心を揺さぶり、期待と緊張は最高潮に達した。あと少し、あと数コーナー。しかし、フィニッシュで待つ僕たちの目に飛び込んできたのはクルマではなく、コースアウトを知らせる残酷な白煙だった。ソルベルグはクルマのコントロールを失い、硬い草が生い茂る岩場へとダイブ。彼の戴冠を信じていた人々の間から悲鳴が上がり、パニラさんは硬直。ペターさんは白い煙が立ち上った方へと思わず駆け出した。その後、99号車は奇跡的にコースに復帰し、何とかステージをフィニッシュした。しかし、サルディニアのウイナーはクルマの中でうな垂れ、悔し涙を流し続けた。やがてヤリ-マティ・ラトバラTGR-WRT代表がドアを開けて茫然自失のソルベルグを慰め、ペターさんも涙止まらぬ息子を優しく抱きしめた。「最後まで良くやったよ、息子よ」と。

その頃、パワーステージのポディウム会場で仲間たちと映像を見ていたエバンスは、一瞬何が起こったのか分からなかったのか、ポカンとした表情を見せたが、大はしゃぎの父親やチームメイトの祝福と、歓喜の渦の中で自分がようやく「ワールドチャンピオン」になったことを理解した。これまで、何度も何度も悔しい思いをしてきた。2017年に地元、ウェールズでWRC初優勝を飾った時、僕は数年以内にエバンスが世界チャンピオンになるだろうと思っていた。速さだけでなく確実性もあり、精神面でも年齢以上の強さを感じたからだ。しかし、その後エバンスは環境的な要因もあり、なかなか2勝目を挙げることができなかった。それだけに、2020年にTGR-WRTに加入した時は、今度こそ彼の時代が訪れるだろうと期待をしていた。実際、エバンスはコロナ禍でシーズンが7戦に縮小された2020年に2勝をあげたが、ランキングは2位。以降、2022年を除き毎年タイトル争いに加わり続けるも、タイトル獲得には至らなかった。年間ランキング2位が5回。それは素晴らしい戦績に違いないが、もちろんエバンス自身は満足していなかった。それだけに、今年もまた「シルバーメダル」に終わるのかという諦めの気持ちから一転、最後の最後で彼の長年の努力がついに結実した。

今シーズン、エバンスは第5戦ラリー・イスラス・カナリアスで勝田貴元から選手権ランキング首位の座を奪還して以降、最後までリーダーとして選手権を牽引してきた。そして、第8戦アクロポリス・ラリー・ギリシャからは延々とグラベルラリーが続き、エバンスはその全戦で不利な出走順一番手を担い続けた。フルデイの初日に路面の砂利掃除でタイムと順位を落とすと、翌日以降も出走順は早いままとなるため、ラリー最終日まで苦しい戦いが続くことが多い。そのような圧倒的に不利な状況でもエバンスは粘り強く戦い、しっかりとポイントを積み重ねていった。出走順に恵まれていたら、間違いなくエバンスは2つ以上の勝ち星を手にしていたはずだ。だからこそ、チームメイトもライバルも、誰もが「エバンスこそ今年のチャンピオンに相応しい」と称賛するのだ。彼だけでなく、皆が待ち望んでいた初戴冠。ソルベルグにとっては悔しいシーズンエンドになったが、僕個人としてはエバンスがチャンピオンになってくれて本当に嬉しかった。おめでとう、エルフィン!

熱闘のサルディニアから約4週間後、僕はそのエバンスがドライブするGR YARIS Rally1の助手席でアメージングな体験をする機会に恵まれた。TGR-WRTの厚意により、フィンランドの濡れたグラベルステージで同乗走行するチャンスをもらったのだ。ワールドチャンピオンの想像を絶するドライビング、そして圧倒的なクルマの速さと強さについては、また改めてレポートしたいと思うが、フィンランド出張の主目的は、TGR-WRTの2027年体制発表会に出席し、2027年を走る新規定Rally1カーのテストを取材することだった。

体制発表会での最初のサプライズは、TGR-WRTの下で2つのチームが誕生したこと。TOYOTA RACINGがGR Celica Rally1を3台体制で、GAZOO Racing TOYOTAがGR Yaris Rally1を3台体制で走らせることになり、各チームのドライバーも発表された。既に多くのニュースで報じられているので詳細は省くが、ドライバーのラインナップに関しては、オィット・タナックとカッレ・ロバンペラのTGR-WRT復帰がもっとも嬉しいトピックだった。タナックは2019年にヤリスWRCでチャンピオンを獲ったあとチームを離れ、しばらく彼の実力に見合わない不遇のシーズンを送っていた。それだけに、昔の仲間に迎えられてTGR-WRTに復帰するのは個人的にも非常に嬉しく、あの正確無比かつアグレッシブな走りを再びステージで見られることにワクワクしている。また、ロバンペラについても全戦出場ではないということながら、若き元世界王者の帰還を心から嬉しく思う。日本のスーパーフォーミュラのテスト現場では体調があまり良くなさそうだったので心配していたが、久々に会った彼は顔色がとても良く、身体もひと回り大きくなったように見えた。新しいRally1で一体どのような走りを見せてくれるのか、今から楽しみでならない。

ラリー本番を想定した「シミュレーションテスト」では、勝田とエバンスが新しいGR Yaris Rally1を走らせるシーンをステージで見ることができたが、予想していた以上に迫力があった。2026年のRally1と比べると、新レギュレーションによりパワーもダウンフォースも低くなっているはずだが、少なくともスピードが乗るフィンランドの道での走りは見ていて非常に楽しかった。路面のグリップが低い区間では派手なドリフトも見られ、ジャンプもかなり大きく飛んでいた。クルマはまだ最終仕様ではないというが、これからテストを重ねていけばより迫力のある走りが見られるだろう。まだ見ぬGR Celica Rally1が一体どのような姿なのかも楽しみだし、ライバルチームがどのようなクルマを出してくるのかも気になる。2027年のシーズン開幕戦、ラリー・モンテカルロまであと約2カ月。新しい時代のはじまりが待ちきれない!

古賀敬介の近況

ラリー・サウジアラビアが中止となり、随分と早くシーズンが終わってしまった感じがしましたが、その喪失感をフィンランド出張が補ってくれました。TGR-WRTの体制発表会に出席し、来年のクルマの開発テストを見たことで気持ちがかなりハイになっています。もう今すぐにでもシーズンがはじまって欲しい! そんな思いを抱えたまま2カ月の長いオフを過ごすことになりそうです。あ、もし良かったらサルディニアでの僕の現地レポート「WRCな日々 番外編 こがっちeyes 2026 WRC Rd13ラリー・イタリア・サルディニア」と、今回のフィンランド取材の様子をまとめた映像を見てくださいね。

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