モータースポーツジャーナリスト古賀敬介のWRCな日々

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エストニアで勝田貴元が示した才能と可能性

WRCな日々 DAY9 2020.9.14

新型コロナウイルスの影響により、3月から中断していたシーズンがついにリスタートした。再開後の初戦となるのは、WRC初開催となるラリー・エストニア。本来は今年のカレンダーに含まれていなかったラリーだったが、多くのイベントが中止となり、急きょWRC昇格を果たすことになった。もともと、WRC開催を目指し準備を進めてきたラリーだけに、オーガナイザーの対応は迅速で、WRCプロモーターの急な要請にしっかりと応えたのは本当に素晴らしいと思う。自分も本来なら現地で取材をしていたはずだが、様々な理由で断念した。まさに、断腸の思いである。

というわけで、今回は現地の雰囲気や、自分が実際に目で見て感じたことをこの場でお伝えすることができない。しかし、主催者やチームがオンライン取材の機会を多く用意してくれたことで、選手たちが何を考え、どのようにラリーを戦ったのか、予想以上に深く知ることができたのは収穫だった。

ラリーの結果は、地元のオィット・タナックが初代ウイナーとなり、スポット参戦のクレイグ・ブリーンが総合2位に。トヨタ勢はセバスチャン・オジエが総合3位、エルフィン・エバンスが総合4位、カッレ・ロバンペラが総合5位だった。ラリー開始前から地元の道を熟知するタナックの優位性は明らかだったが、同じヒュンダイi20クーペWRCを駆ったブリーンの活躍は想像以上だった。個人的にはヤリスWRCは2位以上に入ると予想していたのだが、そうはならなかった。

トヨタ・チームの関係者に話を聞いたところ、ステージの平均速度が思っていたよりも低く、なおかつ路面のグリップも低かったことで、より高速なステージを想定して作りあげたセッティングが、やや合わなかったようだ。また、以前はハイスピードなラリーを比較的不得手としていたi20クーペWRCが、エアロダイナミクスをリニューアルし、高速安定性を身につけたのも、今回、ヤリスWRCが絶対的な優位性を示すことができなかった理由のひとつだと考えられる。それでも、オジエは手堅い走りでドライバー選手権首位の座を、エバンスは2位の座を守った。また、ロバンペラはペナルティやタイヤのトラブルで約1分半を失ったが、それさえなければ優勝争いに絡んでいたかもしれない。それくらい、ロバンペラのスピードは抜きん出ていた。WRカーでのWRC参戦はまだ4回目、やはり、とんでもない才能を持った19才だ。

以上のように、エストニアでのトヨタ勢は優勝こそ逃したが、高い安定感を示した。厳しい状況でも決して崩れないのが今年のドライバーとクルマの美点であり、選手権争いにおいては強みといえる。シーズンの終盤では、堅実に獲得した今回のポイントが、大きな意味を持つだろう。

オンラインで展開を追っていても、ラリー・エストニアは非常に面白い1戦だったが、個人的にもっともワクワクドキドキしたのは、4台目のヤリスWRCを駆った、勝田貴元の戦いだ。最終日2本目のステージでロールオーバー、リタイアと結果こそ残らなかったが、そこまでの走りは本当に素晴らしかった。

勝田が初めてWRカーでWRCに出場したのは、昨年8月のドイツが初めてであり、今回のエストニアが5回目の挑戦となった。TGR WRCチャレンジプログラムのドライバーである勝田は、これまで経験の蓄積を最優先した走りを、チームから求められていた。可能な限りWRカーでの走行距離を伸ばし、多くのラリー、多くのステージを経験するためであり、その方針は間違いなく正解だったと思う。

しかし、世界のトップで戦う選手になるためには、そろそろ全力でステージに挑む必要がある。そして、今回のエストニアがそのタイミングであると、チームは判断したようだ。もちろんクラッシュを推奨するわけではないが、そのリスクを負ってでも、持てる力を最大限に発揮して戦うことが、今回勝田に課せられた使命。逆の見方をすれば、チームは勝田の真のスピードを見極めようとしたのだろう。もし今回、全力で挑んでもあまり速さが見えないようであれば、彼の来年以降のプログラムに大きな影響が及んだかもしれない。非常にシビアな視線にさらされながら、勝田はエストニアのステージに臨んだ。

今回、WRカーでの出場ドライバーは全部で11人。うち、7人がシーズン参戦経験を持つ選手だった。そのような状況で勝田は、序盤7、8番手のタイムを記録。しかし、その後ペースを上げ、コンスタントに6番手タイムを刻み続けた。ラリーの展開やタイム差を細く見ていないと、6番手というタイムは凡庸に感じるかもしれない。しかし、彼は走破した全11本のステージのうち、5本のステージでチームメイトのひとりと同タイム、もしくは速いタイムを刻んだ。その中には、元チャンピオンのオジエや、エバンスも含まれる。そして、評価すべきはそれが瞬間最大風速的なタイムではなかったことだ。全SSのおよそ2/3の距離を走った土曜日のステージで、勝田は一貫してチームメイトに迫るタイムを刻み続けた。

ラリーでは、ライバルとのスピード差を1kmあたりのタイム差で判断する。そこで、同じヤリスWRCに乗るトヨタの3人とのタイム差を各SSごとに算出したところ、土曜日の各SSでのトヨタ最速の選手と勝田のタイム差は、およそ1kmあたり0.33秒、勝田のすぐ上の順位につけたトヨタの選手とのタイム差は、1kmあたり0.21秒だった。世界最速レベルの3人が揃うトヨタ勢に対し、この差は大健闘ではないかと思う。トップと1kmあたり1秒差ではクラス違い、0.5秒差でトップ8レベル、0.2~3秒差ならトップ5を狙える。そして勝田は、今回のエストニアに関する限り、トップ5に入る権利があるスピードを備えていた。実際、土曜日のステージが終了した時点で勝田は総合5位につけていた。ロバンペラを含むライバルふたりがトラブルやアクシデントで後退したのは事実だが、勝田が速いペースを保ちながらも、大きなミスなく、タイヤをきちんと持たせたからこそ、トップ5につけることができたのだ。

残念ながら、勝田の好走は日曜日2本目のステージでのコースオフ&転倒により終わり、完走はならなかった。テレビやインターネットのライブ映像でもそのシーンは流れたが、映像で見る限りそれほどトリッキーなコーナーには見えなかった。ラリー終了後、勝田にオンラインで話を聞いたところ「僕も、コースをレッキ(事前下見走行)した時は、それほど難しいコーナーだとは思っていませんでした。しかし、WRカーで全開アタックをすると、コーナーが1段階きつかった。R5カーならば修正ができたかもしれないけれど、WRカーのスピードで、なおかつ限界で走っている状況ではどうにもなりませんでした。しかし、だからといって少しスピードをセーブすると、あっという間に大きな差がつく。それを、今回身を持って知ったことは大きな収穫だと思います」と、状況を説明してくれた。

勝田によれば、トップの選手が「抑え気味に走った」といっても、それは99~100%で走るところを、97%程度まで落しただけであって、後でデータを見るとほぼ全開だという。そして、そうやってギリギリで戦い続けない限り、1kmあたりのタイム差を0.1秒以内に抑えることは難しい、つまり勝利を狙う戦いはできないということだ。

「いくつかのステージでは、トヨタのチームメイトと同等か、それ以上のタイムで走ることができ、その点についてはチームからも高く評価してもらえました。でも、本当は1本くらいベストタイムを出したかった……。ひとつのステージで、シフトがうまく決まらず1.5秒くらい失いましたが、それがなければベストタイムを狙えただけに残念です」と勝田。

もちろん、まだ表彰台を常に狙えるスピードには至っていないが、今回のようなハイスピードなグラベルラリーに関する限り、SS3番手タイムは現実的なターゲットになってきたといえる。もっとも、それをコンスタントに出すためには、さらなる技術の向上と、経験が必要になるだろうが。いずれにせよ、ベストタイムを出せなかったことを悔やむあたりに、勝田の成長と、将来に向けてのモチベーションの高さを感じる。

「完走できず結果を残せなかったのは残念ですが、今までで1番充実した内容だったし、久々に心からラリーを楽しむことができました。今回の経験を、必ず次に生かします」と勝田。彼の次のチャレンジは、10月の第6戦ラリー・イタリア サルディニア。今回のエストニア以上にテクニカルで難しいグラベルイベントだが、次回も勝田のフルアタックを見たいものだ。チームが再度、リスク承知の全開指令を出すことを期待したい。

古賀敬介の近況

WRCのシーズン再開を、遠く離れた日本からモニターを通して見守ることになりました。しばらく現地に行かないと決めた以上は、リモート取材の可能性に挑戦。Zoomを使ってのリモート取材で、いろいろな話を選手に聞くことができました。また、久々にJ SPORTSのスタジオに行き、藤本えみりさんとWRCエストニアのレビュー番組の収録を行ない、楽しい時間を過ごしました。日本からではありますが、WRCの魅力をできるだけ多くの人に伝えられるように頑張ります。