荒れた路面での耐久性と速さを増したヤリスWRCを駆り
タナックが10本のSSベストタイムでチーム加入後初優勝
トヨタのWRC復帰初年度となった2017年、ヤリスWRCは第5戦ラリー・アルゼンティーナで「ラフグラベル」の洗礼を受けた。ラフグラベルとはつまり荒れた未舗装路であり、ラリー・フィンランドに代表される「スムースグラベル」の対義語である。TOYOTA GAZOO Racing World Rally Teamはフィンランドに本拠地を置き、ヤリスWRCはフラットで高速なスムースグラベル路面で育った。そのためラリー・フィンランドや、ラリー・スウェーデンといったスムースでハイスピードなステージが続くラリーでは高い戦闘力を示し、2回の勝利をおさめた。一方で、近年稀に見るほど路面が荒れていたラリー・アルゼンティーナでは苦しい戦いを強いられた。ボディは極めて頑丈な設計がなされていたため荒れた路面にも屈しなかったが、バンパーは下部を中心に破損し、クルマの下まわりを何度も地面に強く打ちつけた結果、一部のパーツに問題が発生し、エンジンパワーが低下するといったトラブルが起こってしまった。
クルマの下まわりを打たないようにすることは、実はそれほど難しくない。ダンパーとスプリングを調整し、車高を上げれば問題はほぼ解決する。しかし、サーキットを走るレーシングカーや、ターマック(舗装路)仕様のラリーカーを見れば分かるように、車高はできるだけ低いほうが操縦性は高まり、空力的なメリットも得やすい。つまり車高を無闇に上げると、操縦性が犠牲になり得るのだ。また、車高を上げつつ高い操縦性を確保しようとすると、ボディが大きく動かないようにするためスプリングレートを高めるなど、サスペンションを硬めにセッティングしなければならない。しかし、硬い足まわりにすると特に荒れた未舗装路ではタイヤが路面に接地しづらくなり、エンジンの力が路面に伝わりにくくなる。いわゆる、トラクション(前に進もうとする力)が不足する状態となるのだ。
サスペンションの改善によりトラクション性能が向上
車高を上げても操縦性が犠牲にならず、トラクションもしっかりとかかるクルマに鍛えたい。2017年の経験を踏まえ、チームはサスペンションの改善に力を入れた。特に、大きな鍵を握るダンパーの改善には多大なエネルギーを注ぎ、少しでも多くトラクションが得られるようにと地道な開発テストを繰り返した。そしてラリー・アルゼンティーナの直前にイタリアのサルディニア島で行なった事前テストでは、足まわりの着実な進化が確認され、ドライバーとエンジニアは荒れた路面に対する自信を深めた。「このクルマならばトップ争いができる」と。
序盤のつまずきを連続ベストタイムで挽回したタナック
しかし、大きな自信を持って臨んだラリー・アルゼンティーナの競技序盤は、必ずしも良い出だしにならかなった。オット・タナックは市街地で行なわれた4月26日(木)のスーパーSSで2番手タイムを刻んだが、舞台を大自然のグラベルコースに移した翌日のデイ2では、最初のSS2でスピン。約20秒を失っただけでなく、ステアリング系に軽微なダメージを負ってしまった。また、SS2終了時点で総合3位と好位置につけていたヤリ-マティ・ラトバラは、コーナー出口の草葉の陰に隠れていた石に右前輪を当て、フロントサスペンションを破損。その影響がエンジンの潤滑系にも及び、競技続行を断念することになった。ラリー・アルゼンティーナのコースは所々非常に荒れており、大きな石が多く転がっている。また、レッキ(コースの事前下見走行)の段階では石がなかった所にも、前走車によって地中から掘り起こされた石が転がっているようなこともある。どれほど注意深く走ってもすべての石を避けることは不可能であり、同じ石に当たっても大丈夫なことも、そうでないこともある。ラトバラのアクシデントはアンラッキーだったといえるだろう。「クルマのフィーリングは完璧で、とても運転が楽しく感じられていただけに非常に 残念だ」とラトバラ。しかし石に当たる直前、中間計測地点でのタイムはベストタイムとなったタナックのタイムに匹敵する速さだった。「クルマは本当に良かった。だから、次のラリー・ポルトガルに期待したい」ラトバラはラフグラベルラリーでのヤリスWRCのパフォーマンスを確信し、ポジティブな気持ちでアルゼンチンを後にした。
セッティング変更の必要がないほどの仕上がりに
一方、SS2で負った軽微なダメージに自分で応急処置を施したタナックは、SS3とSS4で連続ベストタイムを記録。完璧とはいえない状態ながらも、誰よりも速くステージを駆け抜けた。午前中の走行を終え、総合1位にポジションを上げてサービスに戻ってきたタナックのクルマを、メカニックは短時間で完璧に整備した。ただしセッティングに関しては変更せず、タナックは路面が荒れることが予想される再走SSに向けて車高を5mm上げただけで、午後のステージへと向かった。午前中のSSの再走となる午後のSSは、轍が深くなり岩や石の露出量が増える。全般的に路面コンディションはかなり悪化し、1回目の走行時以上に慎重な走りが求められる。しかし、万全な状態となったヤリスWRCに絶対的な自信を持つタナックは、スピードをさらに高め、3ステージ連続でベストタイムを記録。首位の座をしっかりと守ったタナックは「今日はかなり激しく攻めたが、クルマが自分のドライビングにしっかりと応えてくれた。とても自信を持って走ることができている」と、穏やかな笑顔でデイ2を締めくくった。
圧倒的な速さで走り続けたタナックがトヨタ加入後初優勝
タナックの速さはデイ3でも保たれ、午前中の3本のSSでベストタイムをマーク。デイ2の午後から数えると6ステージ連続で最速タイムを刻んだことになる。さらに、午後のSSでも2本のベストを記録し総合2位とのタイム差を46・5秒に拡大。十分なギャップを築いたと判断したタナックは、最終日のデイ4ではペースをやや落として走行。完全にコントロールされた走りでWRC通算3勝目、そしてトヨタ加入後初となる勝利を飾った。「クルマは一貫してパーフェクトなフィーリングで、結局1度もセッティングを変更しなかった。デイ3ではリスクを冒さないように注意して走ったが、それでも何本もベストタイムが出て自分でも驚いている。素晴らしいクルマを一緒になって作りあげ、そして万全なサポートをしてくれたチームに心から感謝したい」とタナック。悪路にも対応できるようにと十分な車高を確保した結果、フロントバンパーのダメージは昨年とは比べ物にならないほど少なかった。そして、車高を高めたにも関わらずヤリスWRCのハンドリングは切れ味鋭く、ラリーを通してトラクションもしっかりとかかっていた。タナックの高いドライビングスキルによって、ヤリスWRCのパフォーマンスがフルに引き出され、合計10本のSSベストタイムとシーズン初優勝が達成されたのだ。
初出場のラッピは4回のパンクから多くを学んだ
一方、今回がラリー・アルゼンティーナ初出場だったエサペッカ・ラッピは、合計4回のパンクが響き総合8位に終わった。タナックと同様、ラッピも精度の高いドライビングを実践するドライバーであるが、ごく僅かな操作やラインどりの違いによってパンクを喫してしまったのだ。初めて挑んだアルゼンチンの道はラッピに大きな試練を課したが、SS2番手タイムを記録するなどスピードは十分にあった。「なぜこれほど多くパンクをしてしまったのか、その原因をしっかりと分析して次に繋げたい」と、ラッピは気落ちすることなく前向きにラリー・アルゼンティーナの結果を捉え、自身のさらなる成長を心に誓った。
今シーズン、チームは開幕戦から全戦で3名のドライバー全員が表彰台争いに加わることを目標に置いている。次戦ラリー・ポルトガルはラリー・アルゼンティーナに比較的近いキャラクターのグラベルラリーであるため、今回の好調を維持し、更に目標を上げての戦いを目指す。
RESULT
WRC 2018年 第5戦 ラリー・アルゼンティーナ
順位 | ドライバー | コ・ドライバー | 車両 | タイム |
---|---|---|---|---|
1 | オット・タナック | マルティン・ヤルヴェオヤ | トヨタ ヤリスWRC | 3h43m28.9s |
2 | ティエリー・ヌービル | ニコラス・ジルソー | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +37.7s |
3 | ダニ・ソルド | カルロス・デル・バリオ | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +1m15.7s |
4 | セバスチャン・オジエ | ジュリアン・イングラシア | フォード フィエスタ WRC | +1m58.6s |
5 | アンドレアス・ミケルセン | アンダース・ジーガー | ヒュンダイ i20 クーペ WRC | +2m02.6s |
6 | エルフィン・エバンス | ダニエル・バリット | フォード フィエスタ WRC | +3m06.3s |
7 | クリス・ミーク | ポール・ネーグル | シトロエン C3 WRC | +3m25.7s |
8 | エサペッカ・ラッピ | ヤンネ・フェルム | トヨタ ヤリス WRC | +4m32.6s |
9 | テーム・スニネン | ミッコ・マルックラ | フォード フィエスタ WRC | +5m38.6s |
10 | ポントゥス・ティディマンド | ヨナス・アンダーソン | シュコダ ファビア R5 | +12m15.8s |
R | ヤリ-マティ・ラトバラ | ミーカ・アンティラ | トヨタ ヤリス WRC | - |