RALLY MEXICO
WRC 2019年 第3戦 ラリー・メキシコ
サマリーレポート
2000m以上に達する標高と、摂氏30度を越える最高気温。ラリー・メキシコは、WRCでもっともエンジンに厳しいラリーと言われている。SSの最高地点は標高2700m以上と、富士山の7合目に匹敵。薄い空気により、エンジンは大幅なパワーダウンを余儀なくされる。急な上り坂が続くステージではアクセルの全開率が高くなり、ツイスティなコーナーではスピードが上がらず、ラジエーターに当たる風が十分に得られない。つまり、自然冷却をあまり期待できず、ヤリスWRCは2017年の参戦初年度から2年連続で、冷却性能不足により厳しい戦いを強いられた。
TOYOTA GAZOO Racing WRTは、2018年のラリー・メキシコが終了した直後から、冷却性能を高めるべく改善作業を開始した。同シーズンの後半には、やはり高温が予想されるラリー・トルコが控えており、まずはトルコでエンジン温度の上昇を抑えることを目標に置いた。冷却の要であるラジエーターについては、パートナー企業であるデンソーに開発協力を要請。開発期間中には、ドイツにあるTMG(トヨタ・モーター・スポーツGmbh)の風洞施設で試験を実施。こうして産み出された従来よりも高性能なラジエーターにより、冷却性能が大きく向上したヤリスWRCは、灼熱のラリー・トルコで勝利を収めた。
しかし、標高という別の要素が加わるメキシコのステージは、条件的にトルコよりもさらに厳しい。そこでチームは、デンソーから一層の協力を得て、冷却性能を高めるためにさらなる開発を進めた。ラジエーターそのものの性能を高めるだけでなく、電動ファンもより高性能、高効率なタイプを新たに開発。自然冷却が期待できない、低速な上り坂でも十分な冷却を行なえるように改善を施した。エンジン開発を担うTMG、冷却部品を開発するデンソー、車体側の開発を担当するフィンランドのファクトリー、この問題解決を指揮したGRカンパニー。その4社が緊密に連携し、新たなるクーリングパッケージを作りあげた。今シーズンの開幕を前にチームはデンソーの風洞施設にヤリスWRCを持ち込み、メキシコを想定した高気温下での風洞実験を実施。事前にシミュレーションで導き出した数値と、ほぼ変わらぬ冷却性能を風洞試験では確認することができた。
しかし、試験は試験でしかない。ラリー本番では思いも寄らぬ事も起きる。規則によりヨーロッパ圏外での走行テストが禁じられているため、メキシコでの事前テストは行なえない。そのため、エンジニア達は開発に手ごたえを感じながらも、一抹の不安を抱えてラリーの舞台となるレオンに入った。また、デンソーの日本人エンジニア達も、技術サポートを行なうため現地でチームに合流。万全を期し、ぎりぎりまで出走準備を進めた。
結果を先に述べると、ラリー期間中を通してエンジン温度の上昇は完全に抑え込むことができた。昨年のラリー・メキシコでも、エンジン温度それ自体は安全な範囲に留めることができていたが、マージンをとるためエンジンの出力をやや抑えた制御プログラムを使用し、常にフルパワーで走る事はできていなかった。しかし、今年のメキシコでは高気温下でエンジン性能をフルに発揮させても冷却系にはまだ余裕があり、ヤリスWRCは全21本のSSのうち、9本でベストタイムを記録。これまで苦手としてきたメキシコの地で、初めてその持てる力を100%発揮できた。そして全車が完走を果たし、オィット・タナックが総合2位で、クリス・ミークが総合5位で、ヤリ-マティ・ラトバラが総合8位でフィニッシュ。タナックとコ・ドライバーのマルティン・ヤルヴェオヤは、ドライバーおよびコ・ドライバー選手権トップの座を守り、チームもマニュファクチャラー選手権首位を堅持した。
前戦ラリー・スウェーデンで優勝したタナックは、ドライバー選手権トップに立った。そのためメキシコでは、グラベル初日となる金曜日デイ2のステージを1番手で走ることが事前に分かっていた。メキシコのグラベルステージは、道の表面がルーズグラベル(滑りやすい砂利)に覆われている。先頭ランナーはそのルーズグラベルを掻きながら走ることになり、ドライコンディションではかなり大きくタイムをロスする。しかし、何とか頑張って金曜日に順位を上げなければ、土曜日もまた不利な前方スタートを強いられる。土曜日は、金曜日の総合順位が下の方の選手から出走する、リバースオーダーとなるからだ。
ラリーを上位でフィニッシュできるかどうかは、金曜日でほぼ決まる。かなり大きなプレッシャーがかかる中で、タナックは至って冷静だった。「たとえ、どのようなタイムであっても一喜一憂せず、ただ自分の走りを続けるだけだ」と、タナックは自分自身に言い聞かせていた。実際、金曜日のステージはルーズグラベルがかなり多く、オープニングのSS2でタナックは8番手タイムに沈んだ。全長31.57kmのステージで、ベストタイムの選手とのタイム差は21.4秒。1kmあたり0.68秒という大きな遅れをとり、予想通り厳しいスタートになった。しかし、SSを走り終えたタナックはまったく動じていなかった。選手権リーダーとして、不利な出走順を担うのは当然のこと。過去、世界王者となったドライバー達は、皆メキシコの壁を乗り越えて栄冠をつかんできた。タナックは、不利な状況に対峙する十分な覚悟が、できていたのだ。
続くSS3でタナックはルーズグラベルに覆われた路面での走りを進化させ、遅れは1kmあたり0.41秒に縮まった。そして、同じステージを再走する午後のセクションでは、SS2の再走ステージであるSS5で、トップタイムの選手との差は11秒に。午前中よりもルーズグラベルが少なくなった路面で、タナックは1回目より26秒もタイムを縮めたのだ。そして、午後に1本だけ行われたSS7では、やはり不利な路面コンディションながらベストタイムを記録。続く2本のショートステージでは、連続で2番手タイムを刻んだ。
金曜日最初のSSを走り終えた時点で、タナックは総合8位に沈んだが、1日が終わった段階では総合4位に浮上していた。その結果、土曜日のデイ3は4番手からSSをスタートすることになり、タナックは反撃に転じた。上位には、総合3位のクリス・ミークを含めた3人のドライバーがいる。出走順に関しては後方の彼らよりもやや不利だが、タナックは全力で、しかし淡々とステージを重ねた。
土曜日最初のSS10では、ミークが今大会初のベストタイムを記録し、一気に首位に浮上した。しかし、続くSS11では痛恨のパンクを喫し、約1分半の遅れで総合5位に順位を落としてしまった。ステージ中でタイヤ交換をせず、そのまま最後まで走り切ったことにより遅れは少なく済んだが、サスペンションにダメージを負い、続くSS12ではかなりペースを落として走らなくてはならなかった。総合的に考えると、SS11で止まりタイヤ交換をしていた方が、タイムロスは少なかったかもしれない。しかしそれは結果論であり、チームはSS11でのミークの判断は決して間違いではなかったと認識。いずれにせよ、パンクやサスペンショントラブルに見舞われながらも、ミークはヤリスWRCのポテンシャルを完全に引き出したのだ。
SS11とSS12では、ラトバラが連続でベストタイムを記録した。ラトバラは、デイ2の終盤に電気系のトラブルでストップ。オルタネータに問題が発生し、発電できなくなってしまったのだ。その時点で総合4位につけており、十分に表彰台を狙える位置にいた。それだけに落胆は大きかったが、ラリー2規定によりデイ3で再出走したラトバラは気持ちを切り替え、できるだけ多くのポイントを獲得するべく、新たな気持ちでデイ3に臨んでいた。
ミークの後退で総合3位に順位を上げたタナックは、午後のSS14、15と2ステージ連続でベストタイムを記録。デイ3が終了した時点で、総合2位との差は、2.2秒に縮まっていた。最終日デイ4のSSは3本、計60.17kmと短い。ライバルは非常に速く、逆転は決して簡単ではない。しかしタナックには自信があった。ヤリスWRCのパフォーマンスは高く、信頼性も十分に確保されている。最低でも2位には上がれるだろうし、優勝の可能性もまだ残っている。ただし、保守的な戦略で臨むならば大逆転は難しい。そこでタナックは勝負に出た。信頼する担当エンジニアのポール・マーフィーと、朝のサービスを出るぎりぎりまで議論を続け、ライバルとは違うタイヤを選んだのだ。
デイ4の最初の2本のステージは午前中のスタートのため、路面温度はやや低い。普通に考えればミディアムコンパウンドのタイヤが妥当であり、実際多くの選手がミディアム中心の選択だった。しかしタナックは、耐摩耗性を重視してハード4本と、ミディアム1本を選択。コンパウンドの差を、ドライビングで埋めようと考えたのである。
果たしてタナックの戦略は奏功し、デイ4最初の2本のSSでベストタイムをマーク。総合2位に順位を上げた。しかし、過去にメキシコで4勝している首位のセバスチャン・オジエとは24.4秒の差があり、最後の短いSSでの逆転優勝は難しい。それでもタナックは、最後まで諦めずにフルアタックを敢行。ボーナスポイントがかかる「パワーステージ」に指定された最終SSを、果敢に攻めた。残念ながらタナックのアタックは、ホイールへのダメージによって妨げられたが、総合2位の座は堅守。不利な先頭スタートからの総合2位は、実際の結果以上の意味を持つ。
パワーステージでは、ミークが2番手タイムを刻み、ボーナスの4ポイントを獲得した。惜しくもベストタイムには僅か0.1秒届かなかったが、ヤリスWRCで出場した初めてのグラベルラリーで、ミークは素晴らしい速さを見せた。「お世辞抜きで、クルマは最高だった。これからさらに慣れていけば、もっと速く走れるだろう」とミーク。開幕から3戦連続できちんと結果を残し、チームにマニュファクチャラー選手権ポイントをもたらした。ミークとヤリスWRCのシンクロ率は、ラリーを重ねるごとに確実に高まっている。
「オィットの2位は、彼が置かれていた状況を考えるとこれ以上はない結果だ。素晴らしい仕事をしたと思うし、クルマにも高いパフォーマンスと信頼性があった」と、チーム代表のトミ・マキネンはタナックとスタッフの仕事を称賛した。地道に冷却系の改善を進めてきたからこそ、ヤリスWRCはタナックのドライビングに応えられたのだ。過去2年間の悔しい気持ちを、チームはようやく払拭する事ができたのだった。
ただし、金曜日にラトバラ車に起こったオルタネータのトラブルは、大きな反省材料である。ラトバラは、昨年のメキシコでもオルタネータのトラブルに見舞われた。昨年とは異なる原因の可能性が高いが、問題が起こったという事実に変わりはない。最終的にラトバラは、デイ4の最後でサンプガードを破損し総合8位に終わったが、金曜日のトラブルがなければ、また違った結果になっていたかもしれない。チームはラトバラの上位フィニッシュを阻む要因のひとつとなったトラブルを二度と起こさないと決意し、ラリー最終日翌日の月曜日には、トラブルの該当部品をサプライヤーへ持ち込んで対策に着手した。すべてのドライバーがトラブルと無縁で常に全力で走れるようにするため、チームは改善作業にさらに力を注ぐ。
順位 | ドライバー | コ・ドライバー | 車両 | タイム | |
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1 | セバスチャン・オジエ | ジュリアン・イングラシア | シトロエン C3 WRC | 3h37m08.0s | |
2 | オィット・タナック | マルティン・ヤルヴェオヤ | トヨタ ヤリス WRC | +30.2s | |
3 | エルフィン・エバンス | スコット・マーティン | フォード フィエスタ WRC | +49.9s | |
4 | ティエリー・ヌービル | ニコラス・ジルソー | ヒュンダイ i20クーペ WRC | +1m27.0s | |
5 | クリス・ミーク | セブ・マーシャル | トヨタ ヤリス WRC | +6m06.2s | |
6 | ベニート・グエラ | ハイメ・ザパタ | シュコダ ファビア R5 | +15m35.5s | |
7 | マルコ・ブラチア・ウィルキンソン | ファビアン・クレトゥ | シュコダ ファビア R5 | +18m51.5s | |
8 | ヤリ-マティ・ラトバラ | ミーカ・アンティラ | トヨタ ヤリス WRC | +18m55.9s | |
9 | ダニ・ソルド | カルロス・デル・バリオ | ヒュンダイ i20クーペ WRC | +22m.44.1s | |
10 | リカルド・トリビーニョ・ブハリル | マルク・マルティ・モレノ | シュコダ ファビア R5 | +30m13.8s |