RALLY FRANCE
WRC 2019年 第4戦 ラリー・フランス
サマリーレポート
今シーズン最初のフルターマック(舗装路)ラリーである、FIA世界ラリー選手(WRC)第4戦ラリー・フランス(ツール・ド・コルス)に、TOYOTA GAZOO Racing WRTは入念な準備をして臨んだ。チームの目標は、もちろん優勝。そのためにも、クルマのトラブルだけは絶対に避けなければならなかった。前戦ラリー・メキシコで発生したオルタネータの問題は、ラリーが終わった日の翌日から対策に乗り出し、チームとパーツサプライヤーが協力して改善に努めた。その結果、今回のツール・ド・コルスではオルタネータの問題は起こらず、ラリー後に行なったデータ検証でも数値は正常だった。
昨年までとの大きな違いは、問題が起こってもその原因究明のスピードが速くなったことである。チームと、トヨタ自動車の連携がこれまでよりもさらに強まり、開発ノウハウや改善手法がきちんと共有されるようになったことが大きい。競技車両開発のスピード感と限界域での性能追求、市販車開発における厳格な品質管理と多岐に渡る蓄積データ。それぞれが違うフィールドで培ってきた技術や方法論が融合し、本当の意味での「ワークスチーム」に、なりつつあると言えるだろう。
万全を期して臨んだ伝統のツール・ド・コルスは、しかしチームにとって今シーズンここまででもっとも厳しい結果となってしまった。最上位はオィット・タナックの総合6位。クリス・ミークは総合9位、ヤリ-マティ・ラトバラは総合10位に終わった。チームが表彰台登壇を逃したのは今季初めてであり、タナックはドライバー選手権トップから3位に、チームもマニュファクチャラー選手権首位から3位に陥落した。
クルマに速さがなかったわけではない。ヤリスWRCは、全14本のSSのうち、6本でベストタイムを記録。セカンドベストタイムも8本マークした。ボーナスの選手権ポイントがかかる最終SSの「パワーステージ」では、ミークがベストタイム、タナックがセカンドベストと、純粋なスピードではライバルに決して負けていなかった。そして、ドライバーも「クルマは非常に乗りやすく運転が楽しい。」と、仕上がりに満足していた。
それでも、今回トップ5にさえ入れなかった最大の理由は、タイヤのエアー抜けによるタイムロスである。鋭利な石などを踏んでタイヤそのものに穴が開いてしまうパンクや、路面の段差を乗り越える際や、縁石にタイヤが当たる際の衝撃によって引き起こされるホイール破損など、要因は様々だが、今回のラリーでは、結果的に3台全車がエアー抜けに遭遇し、上位フィニッシュのチャンスを失った。
コルシカ島のターマックステージは、古い舗装路と、新しい舗装路が混在する。古い舗装路は路面が極端に荒れていたり、ヒビや穴が開いていたりもする。また、路肩が舗装されておらず砂利が敷かれているだけのところも少なくない。砂利の路肩は舗装路よりも1段低くなっており、その砂利の部分に片側のタイヤを落として走るケースも多い。特に、コーナーのイン側に大きく切り込む走りは、「インカット走法」と呼ばれ、ラリーではごく一般的なテクニックである。インカットすればコーナリングラインの自由度は飛躍的に高まり、それがタイムの短縮に繋がる。
ただし、路肩の砂利には鋭利な石なども混ざっているため、選手はレッキ(ステージの事前下見走行)で路肩の状態も細かくチェックし、それをペースノートに書き込む。もしも大きな石や、尖った石が多いと思った場合は「ドントカット=カットしない」と記し、ラリー本番ではそれをコ・ドライバーが読み上げ、ドライバーに注意を喚起する。コーナーをインカットできるかどうかを正確に判断するため、レッキの際にクルマから降り、自分の足で歩いて路肩をチェックするドライバーもいるほどである。
しかし、どれほど入念に下見をしても、インカットにはリスクが潜む。前を走るクルマがインカットをした際に、砂利の中から鋭利な石が掘り起こされる可能性があるからだ。また、路肩の段差を乗り越える時の衝撃で、ホイールやサスペンションもダメージを受けやすくなる。つまり、リスクを排除するためにはできるだけインカットせず、道幅も目一杯使わない方が良いのだ。スピードに余裕があれば、ドライバーはより安全性を重視したラインで走れる。しかし、ライバルとコンマ1秒差のバトルをしているような状況では、リスクをとってでもインカットをしたり、コーナーの立上がりで道の外側ギリギリを通過したりするようなドライビングをせざるを得ない。
今回、3人のドライバー全員がインカットが原因でエアー抜けを喫した訳ではない。中には正確な原因が掴めていないものもある。それでも、ライバルに対するアドバンテージがさらに大きければ、問題を引き起こすようなアグレッシブなドライビングをする必要はなかったかもしれない。
タナックは、ラリー開始直後からエルフィン・エバンスと激しい首位争いを展開した。コンマ1秒を競う戦いを延々と続けながらもタナックは至って冷静で、ドライビングも非常にクリーンだった。チーム代表のトミ・マキネンからは「なるべく道路の真ん中を走るように」と指示があり、タナックはそれを守って走っていた。それでも、デイ2のステージの中では路面コンディションが比較的良かったSS11でホイールリムを破損。タイヤ交換による2分程度の遅れで首位から転落し、表彰台フィニッシュのチャンスも逃した。また、ミークはラリー開始早々SS1でコーナー内側にあった石を踏み、衝撃で損傷したホイールリムからタイヤの空気が抜け、大きく出遅れた。直後のSS2ではベストタイムを刻み、今大会合計3本のベストタイムを記録するなど、ミークにも優勝争いをするだけの速さがあった。サスペンション破損によるSS5/6での遅れも大きく響いたが、総合9位はミークのスピードを考えると不本意な結果であると言わざるを得ない。
タナックの後退によりトップに立ったエバンスは、その後ティエリー・ヌービルと最後までし烈な首位攻防戦を続けたが、最終ステージでのパンクにより掴みかけていた優勝を逃した。トップを争う誰もが、実はギリギリの走りをしていたのだ。右フロントのタイヤを失いホイールだけでSSをフィニッシュした失意のエバンスに、いち早く駆け寄り慰めの言葉をかけたのは、タナックだった。また、ミークとセブ・マーシャルもエバンスの肩に手をまわして同情の気持ちを示し、健闘を讃えた。ラリーというスポーツが持つピュアなスピリットが、そのシーンにはあった。
鋭利な石を踏んだことによるパンクは、まだ運に左右される面もある。しかし、路面からの衝撃によるホイールのリム破損は、防ぐことができえた問題である。チームは、開幕戦ラリー・モンテカルロでもホイールのリム破損を経験した。そのため、より耐衝撃性の高いホイールを準備して今回のツール・ド・コルスに臨んだ。それでも、今回も完全には破損を防ぐことができなかった。ターマックステージでのホイール破損は、対策を施しているのにも関わらず、昨年よりもやや頻度が多い。様々な理由が考えられるが、クルマのスピードが去年よりも上がっていること、そしてライバル陣営との競争がより激しくなり、リスクをとって走る局面が増えていることも理由の一部だと思われる。今回の破損を受け、チームは解析ツールがあるドイツのTMG(トヨタモータースポーツGmbH)にホイールを持ち込み、調査を開始した。
丈夫なホイールの製造をサプライヤーに依頼することは、それほど難しくはない。例えば、肉厚を増した設計とすれば、ホイールはより一層丈夫になる。しかし、それはホイールの重量を増やしてしまう。そして、言うまでもなく重量増はクルマのパフォーマンス低下に繋がる。特にホイールはサスペンションパーツの一部ともいえ、いわゆるバネ下重量の増加は運動性能に大きな影響を与える。重要なのは軽さと堅牢性のバランスだが、チームが求めたその設定が適正でなかったのかもしれない。また、それはホイールに限った話ではなく、クルマ全体にいえることでもある。強度よりも軽さを優先するデザイン傾向がないとはいえず、今後に向けて、各部の精査が必要である。クルマが速くなればなるほど、各部にかかるストレスは大きくなる。それを見越した開発もまた、モータースポーツの世界では求められるのだ。速く、そして強いクルマづくりのための取り組みに、終わりはない。
順位 | ドライバー | コ・ドライバー | 車両 | タイム | |
---|---|---|---|---|---|
1 | ティエリー・ヌービル | ニコラス・ジルソー | ヒュンダイ i20クーペ WRC | 3h22m59.0s | |
2 | セバスチャン・オジエ | ジュリアン・イングラシア | シトロエン C3 WRC | +40.3s | |
3 | エルフィン・エバンス | スコット・マーティン | フォード フィエスタ WRC | +1m06.6s | |
4 | ダニ・ソルド | カルロス・デル・バリオ | ヒュンダイ i20クーペ WRC | +1m18.4s | |
5 | テーム・スニネン | マルコ・サルミネン | フォード フィエスタ WRC | +1m24.6s | |
6 | オィット・タナック | マルティン・ヤルヴェオヤ | トヨタ ヤリス WRC | +1m40.0s | |
7 | エサペッカ・ラッピ | ヤンネ・フェルム | シトロエン C3 WRC | +2m09.1 | |
8 | セバスチャン・ローブ | ダニエル・エレナ | ヒュンダイ i20クーペWRC | +3m39.2s | |
9 | クリス・ミーク | セブ・マーシャル | トヨタ ヤリス WRC | +5m06.3s | |
10 | ヤリ-マティ・ラトバラ | ミーカ・アンティラ | トヨタ ヤリス WRC | +6m44.6s |