チャンピオンカー ヤリスWRCの強さを探る 鍵はシャシーとエンジンの熟成

この記事はラリープラス 特別編集号の転載記事です
Text/Martin Sharp Translation/Keiko Ito
Photos/Naoki Kobayashi, Hiroyuki Takii, Tsuyoshi Fukue, TOYOTA, RALLY PLUS

デビューイヤーの課題を克服してトヨタ・ガズーレーシング王座獲得の原動力となった
当代最強ラリーカーはどのようにして誕生したのか

トヨタ・ガズーレーシング・ワールドラリーチームが参戦わずか2年目で2018年度のWRCマニュファクチャラーズ選手権タイトルを獲得したことは、十分称賛に値する偉業であった。前回、このタイトルをトヨタが獲ったのは1999年、トヨタ・チーム・ヨーロッパ(TTE)がカローラWRCを走らせていた時代まで遡る。
 19年ぶりのタイトルを獲得する原動力となったヤリスWRCの速さの秘密はどこにあるのだろうか?

参戦序盤のネック冷却系統の見直し

 チームの適応能力の高さや結束の固さについては今さら説明の要もないだろう。彼らがいかに最初のタイトルを獲るに至ったか。まずはうまくいかなかった原因を、17年の戦いから振り返りたいと思う。
 ヤリスWRCの開発における最も大きな誤算は、ほぼ間違いなく気温の高いラリーにおける冷却の必要を過小評価したことだったと言える。
「17年のメキシコは完全なミスだった」と、ガズーレーシングのチーフエンジニア、トム・ファウラーは振り返る。当時、彼はスケールモデルを使った風洞テストにおいて、冷却装置について理解することが困難だと指摘した。チームはまだ計算流体力学(CFD)の作業を終えられていなかったのだ。その結果、メキシコの高地、高温、そして低速というコンディションでの冷却不足が露呈することとなった。
「それはラリーカーのデザインや構造の問題だけではなかった」とファウラー。
「モンテカルロとスウェーデンで良い結果が出たので、我々はパフォーマンスを優先項目としてメキシコに臨むことにしたんだ。
 いま振り返って我々の間違いを理解するとすれば、信頼性が優先順位のトップであるべきだったということだ。メキシコが暑くて低速だということも知っていたし、もちろん走り切らなくてはならないことも分かっていたが、パフォーマンスを優先にしたセットアップを選択した。それが冷却能力に影響を与えてしまったんだ」
 18年シーズン、トヨタは改良されたフロントバンパーとフェンダーなどの空力パーツを装着してモンテカルロに臨んだ。冷却効果を高めるためにフロントバンパー開口部の形状は変更され、目標としたバランスを達成するために追加された新しいカナードによって、空力の前後バランスはフロント寄りとなった。
 17年メキシコが“完全な大失敗”だったとしたら、ファウラーは18年のメキシコについて“部分的な大失敗だった”と表現した。

「我々は17年から18年にかけて冷却システムを改良してきた。しかし18年メキシコの気温は前年に比べて約10度も高かったんだ。改良の効果は多少あったものの、とうてい十分とは言えなかった」
 18年シーズンにおいて、メキシコの次にクーリングが重要になるラリーはトルコだ。チームはそれに合わせ、冷却能力を約20%向上させたパッケージを投入した。それがうまくいったことは結果を見れば明らかだ。ライバルチームたちがメカニカルトラブルに次々と見舞われるのを尻目に、ヤリスWRCは1‐2フィニッシュを達成した。
 このトルコに投入された冷却装置については、ジョーカーを使う必要はなかったとファウラーは語る。
「公認を取得しなければならない冷却システムのパーツはインタークーラーだけだから、我々はそれ以外の部分──ラジエターとダクトの変更については自由なので、デンソー製のラジエターや新デザインのダクトを使って、冷却効率を上げることを考えた。すべてがうまくいって、最高の結果を残すことができたよ」

ヤリスWRCの開発をデビュー前から担当するチーフエンジニアのトム・ファウラー。これまでの経験を基に2019年はさらなる高みを狙う。

EXTERIOR

空力の前後バランスを改良し扱いやすさを向上

12巨大なリヤウイングとの空力的な前後バランスをとるようにフロントのカナードが追加された。バンパー形状も小変更を受け、冷却効率の向上を目指す。とはいえ、2017年型から大がかりな変更はほとんどないと言っていい。それだけヤリスWRCの開発の方向性が的を射ていたということだ。 3ポイントとなるのはフロントセクションの空力。カナードを左右で計4枚装着。 4フロントフェンダー上部にはウイングレットを装着。これは下部に負圧を作ってフェンダーからの空気を抜く狙いもある。 5複雑な形状をしたフロントフェンダー。上部はエンジンルームからの熱気を、下部はホイールハウスのエアを抜く効果がある。 6デビュー時に周囲を驚かせたリヤウイング。左右に張り出したウイングレットもダウンフォース獲得に寄与する。 7高い開口部を持つリヤディフューザー。周囲も追随しつつある。
8サイドシルはリヤタイヤに向かってスイープアップし、空力を意識したデザインを持つ。

TMGで開発される ヤリスWRCの心臓部

WRCエンジン・プロジェクト・マネージャーを務める青木徳生。TMGで技術面を含めたエンジン全体のコーディネートを担当している。

 その冷却が最も大きな問題点だったとしたら、ヤリスWRCの長所はどこにあるのだろうか?
 それはやはりエンジンだろう。ご存じのとおり、エンジンはドイツ・ケルンにあるトヨタ・モータースポーツGmbH(TMG)で開発、製造され、フィンランドのプーポラにあるチームのベースでTMGのエンジニアによって搭載されている。
 18年開幕戦で投入された改良型エンジンは、第8戦フィンランドでさらにバージョンアップしたものが搭載された。TMGのWRCエンジン・プロジェクト・マネージャーの青木徳生は、「優先したのはパフォーマンスとドライバビリティです」と説明する。
「ドライバーから得たコメントと、ドライバーが感じることを連携させることが重要だと考えています。エンジニアリングの世界での解釈を、彼らが望んでいるものに合わせていかなくてはならない。そういった意味では全般的にいい方法で開発を進めパワーを得ることができたと思っています。
 この改良ではパワーのロスがなく、トルクが大幅に向上しましたが、それはドライバビリティが良くなったということとは別の話です。最大トルクに達するまでにドライバーが何を望んでいるか、ということがドライバビリティにつながります。我々が望んでいる特性は、常により多くのパワーとトルクを得られるということであり、パワーだけを追求したピーキーで扱いづらいエンジンは作っても意味がありません。ですから、この改良版で最も重要だったのは、トルクカーブを底上げすることでした。それによって得られた効果は自分たちでも驚くほどでした」

 このフィンランドで投入されたエンジンはスペック5と呼ばれるバージョンで、カムシャフトの変更が施されたものだ。果たしてオット・タナクがこの新エンジンで目覚ましいスピードを見せて優勝した。ライバルたちは指をくわえて“フィンランドグランプリ”を駆け抜けるヤリスWRCの純粋な速さを見ていることしかできなかったのだ。
 また、新たな冷却システムを採用したトルコでは、18年シーズン中に許された3つのエンジン用ジョーカーのうち、ふたつ目が投入された。これはエンジンのハードウェアではなくソフトウェアで、スロットルレスポンス向上を狙ったもの。エンジンのジョーカーをソフトウェアの改良に使う『Out of session』と呼ばれる特例規定もあるようだ。これにより、スペック5はさらに扱いやすくなり、見事に勝利を収めている。
 冷却システムの問題を克服したヤリスWRCの、こなれてきたシャシーバランス、そしてたゆまぬ努力によって開発され続けるエンジンのおかげで、トヨタは復帰からわずか2年目でチャンピオンとなった。それは経験豊富で学習能力のあるエンジニアたちの、懸命な努力に対する価値のある勲章となった。

ENGINE

フィンランドで投入した新スペックは
シーズン後半からは冷却システムを強化

ラリーGBでメンテナンス中のヤリスWRC。冷却システムはフロントセクションの低い位置に搭載される。3つあるコアの両側がラジエター。真ん中がインタークーラーとなる。エンジンルーム側には冷却ファンが装着され、ボンネット上へと熱気を排出する仕組み。 1ボンネット上のエアアウトレットはセンター寄りの配置となっている。ボディ左右に熱気が流れるように振り分けるのがセオリーだが、ダクト形状との兼ね合いの結果か。 2エンジンはキャビン側に寄せられ、低く後傾して搭載される。コンパクトなヤリスのエンジンルームにすっぽりと収まるところからも、いかにコンパクトなエンジンであるかが分かる。普段は 3のようにダクト類に隠れており、その姿を見ることはできない。トヨタのエンブレム部分からは吸気が行われている。

INTERIOR

重量物はすべて床近くに配置し低重心化を徹底

1余分なものをそぎ落とした運転席。スイッチ類はステアリングに配置され、カーボン製のパドルでシフトを行う。
2頑強に組まれたロールケージの手前に見えるのは、リヤサスペンションのストラットタワー。WRカーのストロークの長さが分かる。
3センタートンネル上に配置されたスイッチやモニターはコ・ドライバー側に向けられている。なるべく低く配置することで、わずかでも重心を低下させようとしていることが分かる。
4シートとボディの間には乗員保護のための衝撃吸収パッド装着が義務化されている。発泡フォームはドアの内部にも。

SUSPENSION

17年シーズンに引き続きBOS製ダンパーを使用

TARMAC spec

写真は第9戦ドイツのもの。ターマックでは車高を下げて安定感を高めるが、高速でジャンプする場面もあるため最低限のストロークは必要だ。

GRAVELspec

写真は第3戦メキシコ。グラベルではストローク確保が重要だが、ハンドリングとの両立は不可欠だ。フロントはキャリパー冷却用のダクトが見てとれる。