鍛えられたのはクルマだけではなかった…
クルマと道の関係
「道がクルマを作り育てる」
とても正しい見識である。
道を走ることが最大の存在意義であるクルマは、道に順応するべきDNAが刷り込まれている。
イタリアやフランスのクルマがコンパクトなのは、小道が複雑に絡み合うローマやチンクエテッレ、あるいは大通りから脇にそれてみればわかる。対象的にアメ車が大柄なのも、あの広大な大地を思えば納得がいくのである。
ドイツ車の走りがいいのは、アウトバーンがあるからに違いない。厳格で理論的なドイツ人は、時間を金で買う。高性能車は早く安全な移動手段そのものであり、投資を回収するつもりでいるのだ。おのずとドイツ車は高速性能が磨かれるというわけである。
サーキットの果たす役割も多い。ドイツ車が操縦安定性に優れているのは世界一難攻不落なニュルブルクリンクがあるからだろうし、付け加えていうならば、ドイツ人F1ドライバーが大成するのは経済的なパワーだけではなくやはり、過激なコースが点在しているからなのだろうと思う。スポーツカーの性能やキャラクターは、どんなタイプのサーキットがその国に存在しているかで、ほぼ決まるような気がしているのだ。
鏡面のようでかつ唸りもアップダウンもドライバーフレンドリーである富士スピードウェイを持つ日本は、やはりどうしても甘ちゃんのスポーツカーに留まらざるを得ない。幸か不幸か、近代的でかつきわめて良好に整備されたサーキットがある弊害なのかもしれない。
アウェーならではの困難
今年も僕は、GAZOO Racingのドライバーとしてニュルブルクリンク24時間耐久レースに参戦するという幸運に恵まれた。石浦宏明と大嶋和也とのコンビである。今年のセッティングチーフは石浦が担当するものの、すでに国内外でのテスト走行や約4時間のテスト参戦が精力的に繰り返されている。
マシンが完成したのが1月下旬。そこから主に富士スピードウェイをステージに数回のテストを消化。トラブルシューティングや暫定的なセッティングを進めたあと3月にドイツに空輸し、そこからは現地でのテスト参戦を繰り返すというスケジュールである。
ちょっと難しいのは、あの鏡面サーキットを走りながら、荒れ地のようなニュルブルクリンクを想定してセッティングをしなければならないことだ。
富士スピードウェイで優れたタイムを記録したければ、もっとサスペンション剛性を高め、車高を下げればいい。だが、それではニュルブルクリンクでは使い物にならない。あえて富士スピードウェイのタイムを犠牲にしてでも、最終目標であるニュルブルクリンクに照準を合わせるのが正しい手法なのだ。
あえてラフドライビングをするわけ
というように、道がクルマを育てると言いながら、本来の道ではない富士スピードウェイでクルマを育てなければならないのだが困難を極めるのだ。
数年前はそんな考えも受け入れられなかった。ニュルブルクリンクの荒れたコースをイメージしつつ、あえて縁石にタイヤをのせたりダートにタイヤを落としながら走行すれば、必ずこう言われた。
「クルマを壊さないように丁寧に走ってくださいよ」
ことさら必要以上にハードブレーキングを繰り返していると、こうも言われる。
「パッドの消耗が激しすぎるので、丁寧に願います」
本番を想定しながらのドライビングを否定されることも頻繁だったのだ。
「もっとアンダーステアにセットするべきだ」
そう主張すれば、「それでは100Rで曲がらなくなる」と突き返された。
「もっと乗りやすくするべきだ」といえば、「プロならば楽をしようと思わないでほしい」とも言われたことがある。
GAZOO Racingの基本理念でもある
ただそれも、ようやく解消しつつある。カーブレイクコースに挑むには、タフなクルマ造りが24時間を走り切るのに必要な要件であることを理解してくれたし、強いアンダーステアはすなわち高速コーナリングジャンプでタイムを稼ぐのに有効だとわかってもらえた。楽で乗りやすい操縦性にすることは、一発のタイムよりもアベレージ速度が重要であることも、もう口にしなくてもすむようになったのだ。
空路12時間隔てたアイフェルの地に思いをはせながらのテスト走行は、けして容易いことではない。だが、チームの意識が変わることで、それも容易くなる。アウェーでの戦いがこのところホームのように感じるのはそのためかもしれない。
道はクルマをつくるだけではなく、人も育てるのだと思う。それこそGAZOO Racingの基本理念である。日本人が日本車にこだわりながら世界一過酷なニュルブルクリンクに挑むことは、大きな財産を生むのだ。
今年僕は二度のニュルブルクリンク4時間レースを終えている。一度はノートラブルでのクラス優勝であり、二度目はトラブル多発で下位に沈んだ。
ともあれ、マシンは格段に乗りやすくなった。ラップタイムも大幅に短縮。速くなったことでストレスが増え、また新たな心配の種が増えたのは事実だが、それだから彼の地に挑む意義がある。
道がクルマを鍛え、人を鍛える。GAZOO Racingのニュルブルクリンク24時間挑戦は6月21日、22日。もうすぐだ。
木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー
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1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」