木下隆之連載コラム クルマ・スキ・トモニ 131LAP

2014.10.28 コラム

働くクルマって、かっこいいよね

単純明快、そこにはピュアな世界が広がる

 働くクルマへの興味はただならぬものがある。

 その理由は明快である。だって、働くクルマ、つまり商用車のコンセプトは爽快そのもの。目的は常に迷うことなく実用的な部分にフォーカスされているわけで、つまり、できあがったそれはピュアに業務の形そのものを表しているのだ。

 趣味性の高い乗用車は、個人の好みという曖昧な要件を追い求めることになる。だがそもそも、個人の好みはきわめて主観的だし、これひとつといった明確なものが存在しない。結果として、開発は暗闇を手探りで進むようになり、となれば曖昧模糊とした平均的な乗り物ができあがる。それに対して商用車には迷いがない。その生い立ちなり完成度なりがスッキリとしているのは、そもそもの要件がそうさせているのである。

 商用車を見ると、働く人達の姿すら想像できるのも楽しみのひとつだ。

 アウトドアを意識したミニバンには、泥だらけの長靴や濡れものに対応するような仕掛けがある。奥様向けコンパクトには、大根やネギを詰め込んだビニール袋が散乱しないようになっている。スポーツカーにはスポーツカーならではの要件、時にはサーキット用タイヤが積載できるような配慮まである。といった具合にクルマにはそのターゲットが便利だと感じるように、様々な仕掛けを仕込んである。

 当然商用車には、というより商用車だからこそより明確に様々な仕掛けがされているのだが、普段は商用的な業務とは無縁なだけに、クルマの造り込みから商用の世界を想像する喜びがある。働くクルマにただならぬ興味が沸くのは、そんな理由なのである。

プロボックス/サクシードのお客様は誰?

 トヨタがプロボックス/サクシード(通称プロサク)をマイナーチェンジした。デビューが2002年だというから、ずいぶんと日本の経済を支えてきたことになる。たぶん気に留めることも少ないプロサクにあらためて触れてみると、なかなか興味深い現実を知ることになったのだ。

 「プロサクのお客様はどなた?」

 たとえばこのクルマを購入されるお客様を考えてみる。

 街を走り回る営業マン?得意先に荷物を届ける配達係?

 違うよね。金を出してくれるのは営業マンでも配達係でもない。商店のオーナーだったり、企業の総務部に属する担当者がお金を出す。酒屋や八百屋といった個人商店ならば、オーナーがそのまま運転する人なのだが、企業となるとそうでもない状況が大半だ。乗り手が買い手ではなく、乗らない人がお客様だったりするわけだ。

  • 徹底的な合理主義で開発されたプロボックス/サクシード。働くクルマとして圧倒的なシェアを誇る。自家用車として購入する人もいる。
    徹底的な合理主義で開発されたプロボックス/サクシード。働くクルマとして圧倒的なシェアを誇る。自家用車として購入する人もいる。
  • 虚飾を排したデザインがかえってカッコイイ。素っ気ない造形のなかに、ちょっとだけフェンダーを盛り上げていたりして。
    虚飾を排したデザインがかえってカッコイイ。素っ気ない造形のなかに、ちょっとだけフェンダーを盛り上げていたりして。

乗り味よりも求められるのは…?

 じゃ彼らが何を気にするかといえば、まずは価格。

「今度の新型はなかなか走りが良さそうだから、ちょっと奮発しちゃおうかのう…」

 なんて甘い話はない。厳しい経営と直面しているのだから、コストにはことさら敏感だ。特に、営業回りをすることなく事務所から動くことの少ない総務部職員などは、200万円なら200万円。これ以外はビタ一文も出してはくれないのである。

 だから新型プロサクは、コストにこだわった。通常の開発手法なら、ボディを拡大したりエンジン排気量を変えたりしたくなる。だがボディをそのまま流用しつつ(細部のデザインは変えている)、手持ちのシャシーを切り貼りして走行性能を高めている。価格上昇につながるコストアップは許されないのだ。

 たとえばカーナビなんてもってのほか。頻繁にお客様回りする営業車だ。カーナビはあくまでオプション設定だ。

「カーナビ?お得意様の場所も覚えておらんのか!(怒)」

 となるらしい(笑)。

 ごもっともです。

社員の体が心配なのか?

 経営者がもっとも気にするのは安全だという。

 ただしこれにもちょっとイジワルなカラクリがある。

「家族同然に愛する社員の身の安全が気になって気になってしかたがないのだよ…」

 などと心温まる話などではなく、事故を起こされると配達に穴があく、怪我をされると営業成績が落ちる、労災の処理が大変。つまり、血も涙もない経営者的根性が根底にあるのだ(すべてじゃないと思いたいけれどね(笑))。

 だから、コストダウンをしながらも安全には手を抜けないのだ。プロサクの安全システムが充実しているのはそれが理由なのだろう。

とはいえ乗り手の思いも尊重されている

 じゃ、実際にステアリングを握り街中を奔走する営業マンへの思いは無視されているのかといえば、答えは否。プロサクは商用車と割り切った施策が込められているのだ。

 たとえばセンタートレイは、ペットボトルはもちろんのこと、1リッターの紙パックドリンクだってこぼさずに設置できるように細工されている。

 ペットボトルじゃダメなのだろうか?

 開発の主導をした金森CEに聞くと、こんな答えが返ってきた。

「ダメなんです。1リッター紙パックの方が安いから…」

 たしかにコンビニの陳列棚には、たくさんの1リッター紙パック飲料が並んでいる。ペットボトルが150円前後なのに対して、紙パックは大容量なのに100円前後に抑えられている。ほぼ一日クルマの中で過ごす営業マンにとってはそっちの方がお得なのである。

「紙パックってスクリューキャップがありませんよね。つまり、一度ふたを開けてしまうと飲み干すまでこぼれやすいんです。だから濡れてはならない携帯電話や電気製品は、ドリンクホルダーの上に設置しています」

 なるほど!

  • カップホルダーは1リッターの紙パックを収納。100円前後で買えるからお得感があるってことで、ペットボトルじゃダメなのだ。
    カップホルダーは1リッターの紙パックを収納。100円前後で買えるからお得感があるってことで、ペットボトルじゃダメなのだ。
  • ドリンクを置かなければ、その他は自由に活用すればいい。押し付けがましい細工を極力やめた、多目的使用に耐えられる設計だ。
    ドリンクを置かなければ、その他は自由に活用すればいい。押し付けがましい細工を極力やめた、多目的使用に耐えられる設計だ。

「しかも、朝に事務所を出てから夕方戻るまで、スマホでは電池が持ちません。だから、携帯ホルダーを設置して、そこに充電コンセントとつなげられるようにしているのです」

 なるほど!

  • ドリンクホルダーの上にスマホホルダーを設置。ドリンクがこぼれても、電子機器が濡れないのだ。直下のソケットから充電も可能。
    ドリンクホルダーの上にスマホホルダーを設置。ドリンクがこぼれても、電子機器が濡れないのだ。直下のソケットから充電も可能。
  • サンバイザー裏側には恒例のカードホルダー。一枚だけではなくスペース全域を生かしている。裏側なのはカードが盗まれづらいように。
    サンバイザー裏側には恒例のカードホルダー。一枚だけではなくスペース全域を生かしている。裏側なのはカードが盗まれづらいように。

「コインホルダーには蓋をしています」

 その配慮はなぜ?普通であれば、運転席のステアリング右側あたりに小銭が収まるはずだ。

「だって、路上駐車をします。いくら施錠をしているとはいえ、窓から覗けばもろに見えるところに金を晒しておくのは危険ですよね」

 なるほど!

「助手席の大きなトレイは?」

 もちろん伝票やPCを置くためのトレイです。クルマの中で事務作業をすることも多いですからね。A4版も余裕で置けますよ」

 なるほど!

「お弁当だってほらっ!」

 なるほど!

「ビジネスバッグを倒さずに置けます。助手席に平置きするより、使い勝手がいいのです」

 なるほど!

センターコンソール中央からは、大きなテーブルが引き出される。伝票整理もしやすいし、PCも使いやすい。iPadも収納できるし、クルマの中でのランチタイムも…。

レクサスから商用車まで…

 聞けば聞くほど感心しきりなのである。

 ちなみに、話を伺った金森CEは、レクサスGSの開発責任者だったお方だ。スピンドルグリルを華々しく立ち上げたあのGS。新生レクサスのあらたな潮流を作り込んだ方なのだ。その金森CEが、ラグジュアリーブランドを軌道に乗せた後、商用車を手掛けている。

「いやぁ、勉強になりますよ。インテリアのデザインは、これまでの手法をがらりと変えたんですから…」

 これまでは、あるスマートなデザインを書き上げてから、カップホルダーやトレイといった使い勝手を盛り込んだ。すると、どこか中途半端なものになってしまう。プロサクで挑んだのは、ここにこれを置いてほしい。たとえばPCテーブルなどの場所を決め、その上でデザイナーに依頼をしたという。逆の流れに挑んだのだ。その柔軟な発想に驚かされた。

 レクサスから商用車へと華麗な転身をした金森CE。ユーザーの気持ちがベースにあるという点では、開発姿勢に何も違いはないのだろう。

  • レクサスGSの開発責任者を務めた金森CEが日本を代表する商用車を手掛けている。ユーザー目線という点では、根底は同じだ。
    レクサスGSの開発責任者を務めた金森CEが日本を代表する商用車を手掛けている。ユーザー目線という点では、根底は同じだ。

キノシタの近況

キノシタの近況写真

名古屋駅前のミッドランドタワー1階は、僕らクルマ好きにとっては楽しいワンダーランドだ。訪れたこの日は「ランドクルーザーの初期モデル」が展示されていた。FJ25型は1957年式。FJ40型は1974年式だ。この時代に、現在人気モデルの原型が生まれたのだ。デザインはいまでも通用するね。

木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー

木下 隆之 / レーシングドライバー

1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」

>> 木下隆之オフィシャルサイト