戦いを終えて…
加速する高速化の中で…
超高速バトル。今年のニュルブルクリンク24時間レースをひとことで表現すると、そういうことになるのだと思う。
優勝戦線に名乗りを上げるのは、最強クラスとなる「SP9 GT3」勢だ。アウディは新型R8 LMを投入。そのマシンが華々しくデビューウィンを飾ることになるのだが、一方でベントレーが投入した「コンチネンタルGT3」がその巨漢に似合わず俊敏な速さを披露したし、もちろん一大勢力のBMWが多勢で防戦。定番ポルシェは間違いない速さと信頼性でコースを駆け巡る。ベンツしかり。日本製では「日産GTR GT3」が虎視眈々と覇をもくろむ。こういった面々が圧倒的な主導権を握りながらレースを進めていく。超高速バトル化は彼らがもたらした潮流なのである。
一方で、台数の激減もあらたな潮流だ。エントラントのハイグレード化を急ぐ主催者は「下を切って上をのばす」戦略に舵を切りつつある。
VLNの死亡事故によって、その傾向はさらに強くなった。旧車といわれるマシンはことごとく姿を消した。サンデーレーサーならぬ年一サンタクロースレーサー姿をパドックで見ることも少なくなった。ライセンス発給も容易ではない。これによって、参加台数は往事の約半分、160台に留まったのだ。
つまり、コース上がすいている。減速が強いられるイエローゾーンは頻発するものの、比較的クリアラップがとりやすい。レース中に一度も障害物がなかったラップは、僕の25年の歴史の中で初めてかもしれない。つまりハイアベレージを刻みやすい。危険度が抑えられた一方で、超高速バトル化をもたらしたのだ。
前3割、後ろ7割
我々SP3Tクラスのマシンは、トップグループを形成するマシンと比較して一発の戦闘力で劣る。手探り状態で開発してきたLEXUS RCは、トップマシンよりも一周につき100秒も遅い。一周が約25kmだから、4秒/km。仮に富士スピードウェイで競争したとしたら、毎周回ごとに16秒の差がつく。メインストレートに戻ってきたらもう後ろ姿も見えないという速度差なのである。
言ってみれば、スーパーGTにスーパー耐久ST-4クラスのマシンをポンと投げ込まれたのと等しい。そりゃもう、バックミラーなくしては走れないと言う有様であろう。
LEXUS RCの名誉のために付け加えておくと、素材が遅いということではない。我々のマシンはライバルがそうしているような、レース仕様に改造していないからだ。ほとんどノーマル。ミッションなどはなんとオートマチックなのである。対等なレベルまで鍛え上げれば、激辛マシンに育つのは明白だけど、いまはそうしていないだけだ。
なんていうレースリポートはここまで…。
放心状態の中で…
はて、このニュルブルクリンク特別連載を始めてから2ヶ月ほどたつけれど、こうしてリポートらしい体裁で文章を書くのは初めてかもしれないね。
これまではハイボールをチビチビやりながら、筆に任せてきたけれど、今回はしらふ、妙な展開になっちゃった。
現在、レース本番を終えた翌日のホテルでこの原稿を書いている。チェックアウトまでの時間を利用しているのだ。パッキングはほぼ済ませている。
昨日の打ち上げは当然のごとく盛り上がった。24時間の走行で体はボロボロの上に、分泌しまくったアドレナリンはそう簡単に醒めるわけもなく、異常な興奮状態になるのだからそれも当然だよね。
それも不思議なことに、翌日になるとすっかりガス抜きされてしまって、いまはほとんど放心状態でいる。パンパンに膨らませた風船の中の空気を一気に吐き出してしまったかのようだ。残ったのは、シワシワになった惨めなゴムである。365日を費やして高めてきたモチベーションが、昨日のゴールの瞬間に一気に解放されたのだからね。それも許してもらいたい。
それにしても、レース翌日になるといつも思うことがある。
「今年も生きて帰って来られた…」
レース前に部屋を発つとき、いつ誰に見られても恥ずかしくないように、部屋を整える。万が一病院に担ぎ込まれても、いいようにだ。
ドアを開け、廊下に出てから一旦部屋を振り返ってこう誓う。
「絶対に戻ってくるから…」
そして今回も戻って来られた。
さて、これからサーキットをもう一度見て回ろうと思う。昨日までの泡沫の喧噪に思いをはせながらだ。成瀬弘さんが眠る「桜の木公園」にも報告に行く。そこから空港に向かうのだ。このルーティンは毎年欠かさない。
そしてそこで誓う。
「来年も絶対に戻ってくるから…」
木下 隆之 ⁄ レーシングドライバー
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1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」