アイルトン・セナとトヨタエンジン

STORY: Alan Henry / photography: LAT, DPPI

トヨタエンジンでF3マカオGPを制覇

1983年、F3マカオGPに参戦した若き日のアイルトン・セナ。
あまり知られていない事実だが、このときの彼はトヨタエンジンを駆り勝利を目指していた。

マカオGPはポルトガル領マカオの公道を閉鎖して行われるF3レース。1983年のイギリスF3チャンピオンシップを圧倒的な成績で制したセナにとって、マカオはF3キャリアで有終の美を飾るのにふさわしいイベントだった。

セナはこのレースで、トヨタエンジンが搭載されたラルトRT3をドライブ。そして、過去マカオGPの歴史の中で最高ともいえる圧倒的な勝ち方でレースを制した。と同時に、この23歳の若者が将来のF1を背負って立つ予感を知らしめることになったレースでもあった。

セナ、ベルガー、ブランドルが激走

マカオGPとは
世界各国で開催されているF3選手権終了後、それぞれのシリーズランキング上位選手を招待して年に1度開催。事実上のF3世界一決定戦とされる。これまで51回開催されており、F3の規格で実施されるようになったのは1983年から。

1983年のエントリーリストに目を通すと、その後さまざまなカテゴリーで活躍した名ドライバーの名前が目に入ってくる。マクラーレン時代、セナのチーム メイトを務めたゲルハルト・ベルガー、イギリスF3でチャンピオンを争ったマーチン・ブランドル、インディカーで活躍したロベルト・ゲレロ。そしてスポー ツカーで世界チャンピオンを獲得するジャン‐ルイ・シュレッサーもいる。しかしセナのイギリスでの活躍を考えると、圧倒的なレースぶりはある程度予想通り の展開だった。

セナのクルマは、マルボロのバックアップを受けたテディ・イップが率いる“セオドール・レーシングチーム”が用意。ブランドルとゲレロもチームメイトとして走った。

イップは極めて個性的で、そしてカリスマ的な人物だった。過去25年の間に、シャドウやエンサインといったF1チームに出資をしたり、セオドール・レーシングでF1グランプリへ挑戦したこともある。自身も1956年のジャガーXK20での参戦をはじめ、何度かマカオに挑戦した経験を持っている。ベストリザルトは1963年に記録した3位。

2ヒートを完全制覇したセナとトヨタエンジン

F3マカオGPは15ラップのヒートが2回行われる2ヒート制だ。意外だったのは、セナのスロースタートだった。

1ヒート目。指定席のポールポジションからスタートしたセナは、海岸沿いにある最初の右コーナー“ヨットクラブベンド”までの間で、チームメイトのゲレロ に一瞬トップを明け渡してしまう。しかしゲレロの首位は、タイトな右コーナー“スタチュ”まで。セナはチームメイトのスリップストリームを使い、F3カー を自在に操る見事なドライビングテクニックでトップを奪い返した。

ゲレロはレース後、セナの走りをこう振り返っている。 「温まっていないタイヤでなぜあそこまでブレーキを遅らせられるのか信じられないよ」

セナはあっという間に3秒のアドバンテージを築いてしまった。3位にはベルガーがつけ、チームメイト同士のふたりに離されずにいた。

「アイルトンはすごかった」とベルガーは語る。「トップ3人は他のドライバーを置き去りにしていったが、それでもセナのブレーキングテクニックは素 晴らしく、信じられないドライビングだった。彼は1度のブレーキングで2~3mずつ後続を引き離していくんだ。本当に上手かったよ」

結局セナは、2位ゲレロに6秒の差をつけ、チェッカーフラッグを受けた。ベルガーは3位、4位デイビー・ジョーンズ、5位トミー・バーンという第1ヒートとなった。

ストリートレースに挑んだのはマカオGPが初めてだった

億万長者のイップとセオドール・レーシングの面々。ドライバーは左からブランドル、セナ、ゲレロ。.

セナは時差ボケと蒸し暑さの難から逃れるため、レース後すぐに自分のホテルへ戻り、数時間の睡眠をとった。そしてこのわずかな休息が、第2ヒートの結果に極めて大きな影響を与えることになる。

その第2ヒートが始まる。セナはトップ、ポールポジションからのスタートだ。彼は即座にアクセルを踏み込んだ。そして後に続くゲレロに1度も首位を明け渡 すことなく、15ラップを走りきったのである。この2ヒート目の圧倒的な走りで、すべての決着がついた。セナはまったく慌てることなく、注意深く、そして 正確にトヨタパワーのラルトをドライブしたのだ。そして彼のF3キャリアで最後の勝利が確定した。

彼の圧倒的な勝利はもちろん驚異的なことだが、もっと驚かされる事実がある。なんとセナにとってこのマカオGPは、人生最初のストリートレースだっ たのだ。F1に登りつめたセナがモナコGPを6回も制していることは良く知られているが、この事実は彼が公道レースのために生まれてきたドライバーだった ことを改めて物語っているかのようだ。最終的にセナは、マカオGPを2ヒートとも制し、ポールポジション、ファステストラップも獲得した。

当時、英国『AUTOSPORT』誌でマカオGPをレポートしたイアン・フィリップス記者は、セナのマカオについてこんな風に語っている。「彼が獲得した勝利は、極めて純粋でそして完璧だった。手強いライバルがいてもクラスが異なるかのような圧倒的強さ。彼のレースは、不純物がまったく入っていない純金のように美しく輝いていたんだ」

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