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片山右京が語る日本GP
時速300キロで走るF1のすごさ
いよいよ目前に迫ってきた日本GP。果たして日本のチームやドライバーはどんな気持ちでこの晴れ舞台に臨むのか、また、超高速でバトルを繰り広げるF1カーをドライブしているときドライバーは何を考え、どんな負荷にさらされているのかを元F1ドライバーの片山右京氏に聞いた。
●日本GPの戦いはすでに始まっている
「やはり日本人にとって日本GPは特別なレースですよね。僕が走っていた当時は今と違って安全性もまだまだ十分とは言えないクルマでしたから、日本GPになるととりあえず“無事に帰ってこれたな”という気持ちがありました。もちろん母国のファンの前で走れるのはうれしいことですし、その分プレッシャーが大きいのは確かですね。特にトヨタにとっては正念場じゃないかな。シャシーやエンジンを手がけているエンジニアの方々にとっては、企業として結果を出さなければいけないわけですから、そういう意味ではドライバーよりもプレッシャーがかかるんじゃないかと思います。だからある意味日本GPというのは、挑戦しなければならないにもかかわらず、逆になかなかやりにくい場所でもあるわけです。ですから、それまでのレースで不備のある個所を洗い出しておかなければならないわけで、そういう意味で実は戦いはすでに始まっているんですよ。」

●速いタイムを出す秘訣
タイムだけなら1コーナーからS字で決まります。その後のデグナーカーブ出口の順位がほぼ予選順位になりますね。ただし、だからといってグリップさせるためにダウンフォースをつけると、レースでは130Rから出てきたときに全開で走っているにもかかわらずスピード差が生じてどんどん抜かれてしまいます。あるいはシケインの立ち上がりでスリップにつかれてその後のストレートで抜かれてしまいレースにならなくなります。ですから微妙なセッティングのさじ加減が必要になるわけです。実際にはたとえば10周くらい走行したタイヤでダンロップコーナーでどのくらいアクセルを踏めているかで判断したりします。」

●130R出口のスピードが鍵
「レース中の追い越しとなると、やはりシケインが一番のポイントでしょうね。というのはその前に130Rがありますから、そこからの脱出スピードで差がつくためにシケインで抜ける可能性が生じてくるわけです。たとえばストレートを全開で走っているときに前車より5キロ速くても抜けないんです。ですが130R出口で速度差が10キロ以上になったりすると、前車の横に出てかわせるような状況が生まれるわけです。また、予選では130Rの脱出スピードによってタイムが0.2~0.3秒くらい変わってきちゃいますね。コーナー直後のたったひとつの短いストレートでそれくらい変わるんです。」

●S字はもはやコーナーではない(!)
「見所となると、あとはS字ですね。今のF1カーは、とてもバランスが取れているから、回転性能がものすごく高いわけです。フロントのグリップがあればすっすっと(コーナーに)入っていけちゃうんです。ですから今やS字はコーナーじゃなくなっているんです。V8になって全開率も上がりましたから、今年の予選ではほぼ全開でいけちゃうでしょうね。S字を1、2、3、4、……と抜けてきて逆バンク手前で軽くブレーキを踏むくらいでいけるはずです。F1ファンならあそこで見ていればしびれるでしょうね。今年はみんなあそこでシフトアップしてくると思いますよ。スゴい景色が見れるでしょう。」

 

●頭で考えていたら速くは走れない
「視覚について言うと、実はクルマの振動のせいでコーナーが見えていないこともあるんです。鈴鹿の場合も、特に予選などでは“えいやっ!”で走っている部分はありますね。目で見た情報を処理していたら、クルマの挙動をお尻で感じられなくなりますし、その分遅れてしまうんです。だから感覚的にコーナーに入っていったらあとは“眠っていて”、すべったら手でハンドルを切って対応する、という感じなんです。意識で考えて判断するというのは、一番時間がかかるやり方なんですよ。たとえば寝起きで自動的に朝の身支度をするみたいな、そういう状態にまで入っていかないといけないんです。そのためには不安や迷いといった“無駄”をなくして、クルマに対しても自分に対しても自信を持っておかなければならないわけです。そういうわけで、ドライバーはストイックでないとダメなんですよ。」

●心拍数は150以上、身体への負荷は4Gを超えるF1の世界
「ドライバーの通常の心拍数は40台後半なんですが、コックピットに座ったら60くらいに上がります。エンジンがかかると70~80になって、フォーメーションラップを走るとGがかかりますからそれだけで100ぐらいになります。そしてスタートの赤ランプが付き始めると、その瞬間に150~160に跳ね上がるんですね。それから長いカーブを走り抜ける時はずっと息を止めているんです。コーナーでは息を止めていて、直後のストレートになってやっと吸うという感じ。そのうえ鈴鹿の130Rなんかは4G以上かかりますからね。皆さんが普通に直立しているとき、何も感じないかもしれませんが、それが1Gですよね。ですがそのまま20分くらい立ちっぱなしでいるとその重さを感じるようになります。それの4倍の負荷が、しかも横にかかるのが130Rを走っている時の状態なわけです。それが数秒おきに繰り返されて、2時間続くわけです。これは普通の人なら疲労骨折するくらいの負荷なんです。ボディブローのように内臓や関節などにじわじわと効いてくるんですよね。目玉も片方に寄ったりするんです。」

●TF106Bには表彰台を獲得できるポテンシャルがある!
「TF106Bについて言えば、クルマとしてはかなり良くなっていると言えますね。ただ今シーズンは結果だけがついてきていない、というのが実状です。ヤルノが3位を走っていながらあと数周でリタイヤしてしまったりね。ですから見た目よりも実はクルマの仕上がりはかなりいいんですよ。当然他チームも力をつけてきていますから、昨年と比較して苦しい部分はあるわけですが、クルマそのものにはポテンシャルはあると思います。」
「今年のトヨタは“運に見放されている”としか言いようのないレースが続いていますよね。たとえばトルコGPではセーフティーカーが入るタイミングのせいで戦略が狂ってしまいましたし、イタリアGPの予選ではあとわずかのところでトップ10入りを逃しています。ただし何回出走して何回“運が悪い”のかということを考えてみたときに、やっぱり何かが足りないのではということも言えるわけですよね。それで、じゃあどうしたらいいだろうと思ったときにそれをなんとかしてくれるのがやっぱりドライバーなんですよね。コンマ数秒の不足を補ってくれる存在がドライバーなわけです。ですからモータースポーツはハードウエアがすべてみたいに思えるかもしれませんが、そうじゃないわけです。これだけクルマの性能が接近してきているわけですから、日本GPのトヨタに関して言えば、表彰台に上がれれば及第点だと思いますね。実際のクルマのポテンシャルは悪くないですから。今年ここまでみんなでやってきたことが間違っていない、去年と比べても劣っているわけではない、ということを見せるためにも3位表彰台が欲しいところですね。3位にいるとうことは、万が一、上位2台がリタイヤしたら優勝できるポジションにいるということですからね。もちろん特別なプレッシャーはあると思いますが、ぜひトヨタの本気度を見せてもらいたいと思います」