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[ビデオ特集] F1における電子機器の役割
2008年10月13日(月)F1にそれほど詳しくない観客の目から見ても、もしF1カーにタイヤやシャシーやエンジンがなければほとんど使い物にならないことは明白でしょう。ですが、電子機器となるとどうでしょうか? 皆さんは、サーキットでパナソニック・トヨタ・レーシングが走っている際、実際に仕事をしている電子機器など目には見えないじゃないか、と思っているかもしれません。ですが、魔法のような電子機器の働きがなければクルマはガレージから出ることすらできないのです。 「電子機器をクルマから取り除いたら、スタートすらできなくなる」と話すパナソニック・トヨタ・レーシングのエレクトリック・アンド・エレクトロニック部門シニア・マネージャーのルードビック・ツェラー。「走ることはできないだろうし、また、何一つ動かなくなるはずだ。クルマを見たり、押したりはできるが、それ以外は何もできない」 電子コントロールユニット(ECU)は、TF108の電子機器系統のあらゆる機能を監視し、管理しています。周回毎に可能な限り最高のパフォーマンスを引き出すことはもちろん、エンジンを始動させるといったシンプルなことを行う際も、やはりこのECUが不可欠なのです。「クルマに搭載されているECUは人体にとっての神経中枢のようなものだ」と説明するルードビック。「基本的に、これが全ての機能をコントロールしている」 F1カーの電子機器は大きく2つのカテゴリーに分けることができます。クルマの様々な部分をコントロールする役目と、クルマの挙動をモニターする役目です。 TF108には約250個のセンサーが取り付けられており、約1300ものパラメーターに関するデータをフィードバックしています。そうしたセンサーから得たデータはガレージで分析することができますし、クルマのセッティングをどのように変えれば良いのかをドライバーにアドバイスする際にも活用できます。また、それにより、全開でドライビングしている最中にドライバーが変更を完了させることもできます。 市販車と同じくTF108の電気は発電機から得られ、それがドライバーのシートの下にあるバッテリーに蓄電されます。ただしこれらの機器は特別仕様となっており、市販車用よりも圧倒的に小型かつ軽量にできています。またバッテリーは時速300キロ以上で走行した際に生じる極度の振動にも耐えられるように設計されています。 超ハイテク技術であるシームレスシフトから、セミオートマチック・ギアボックス、2.4リッターV8エンジンのセッティング、そしてドライバーのドリンクボトルに至るまで、TF108の様々な機能がステアリングホイールの電子パーツによってコントロールされているのです。 「ステアリングホイールはドライバーにとって最も重要なインターフェイスだ」と話すルードヴィック。「ステアリングホイールを通じて、ドライバーはあらゆることを変えることができる。もし状況が変わった場合、例えば天候がドライからウェットに変わった場合、ドライバーはブレーキとエンジンとディファレンシャルとギアシフトの全てのセッティングを変えなければならない。ドライバーはそうすることにより、しっかりとクルマをコントロールすることができるんだ」 F1のルールは、電子的な機能を厳しく制限しています。そのためピットガレージから遠隔操作でクルマの挙動のどこかを変えることは最早できなくなりました。ただし、ステアリングホイール上のダイヤルやスイッチ類を操作することによって、ドライバーは自分自身でかなりの部分を調整できるのです。ドライバー自身がステアリングホイールを通じて大きく調整できるものの一つが、エンジンの燃費です。 F1カーは常に全開で走っているように見えるかもしれませんが、燃料消費を抑えることによって、全体的なパフォーマンスに悪影響を及ぼすことなくレース戦略の面でアドバンテージを手にすることが可能になることもあります。例えば、ライバルの遅いクルマの後ろに封じ込められてしまったり、セーフティーカーの後ろを走るときなどがこれに該当します。 エンジン部門シニア・ゼネラル・マネージャーのルカ・マルモリーニはこう打ち明けてくれました。「ステアリングホイールにはエンジンコントロール用のスイッチが2つある。そのうちの1つを使うと、ドライバーの手でエンジンマップを変えることができる。これによりドライバーは幾つかあるオプションの1つを選択できる。それぞれのオプションは幾つかあるエンジンの燃費モードそれぞれに対応している」 「通常、1番はパフォーマンス重視の燃料マップで、それ以外にも4種類のマップがある。これは周回中に燃料を節約できるモードだ。例えば、ピットストップのタイミングを後ろにずらすため燃料を節約することが非常に重要になることもしばしばある」 そういった重要な役目を担う電子機器だけに、関連システムの全ては、クルマの他のあらゆるパーツと同じく、最高のパフォーマンスを得るために事前に緻密なテストを必要としています。そしてこの特殊なテストユニットのために開発されたのが“ハードウェア・イン・ザ・ループ”(HIL)システムなのです。 このユニットにはTF108のあらゆる電子システムが内蔵されています。エンジニアたちはこれを利用することによって、クルマから最大限のパフォーマンスを引き出すべく、特定の状況に設定された仮想のサーキットで周回を重ねることができるのです。そこにはTF108もエンジンも必要ありません。ルードヴィックはこう続けます。「HILシミュレーションは基本的に我々のクルマそのものだ。我々は全てをシミュレーションできるし、コース上で採取したデータを再現したり、クルマの問題をシミュレーションしたりすることもできる」 F1の電子機器に関するルールは、共通ECUが導入された2008年初頭から更に厳しくなり、これにより全チームが同じパーツを使わなければならなくなりました。もちろん改造はできません。これにより、パナソニック・トヨタ・レーシングの電子機器専門スタッフの自由度が大幅に奪われてしまいました。その結果、トラクションコントロールやエンジンブレーキやローンチコントロールなどのいわゆるドライバーエイドがなくなりました。 しかし、だからと言ってケルンの電子機器専門スタッフが今シーズン楽な日々を送れているわけではありません。実際はそれとはほど遠い状況なのです。HILシステムは、共通ECUを理解したり、TF108内部でどのように利用したら効率化できるのかを検討したりする際に、特にその価値を発揮しています。 ルカはこう話しています。「ECUがどのように機能するのか、これに関する学習には終わりがない。なぜなら、走る度にドライバーやクルマの反応をチェックしなければならないし、最高の仕事をするためにはあらゆるパラメーターを調整する必要があるからだ。従って、我々は間違いなく現在もこれについて学んでいる最中だと言えるだろうね。チームはこの状況に対応するために素晴らしい仕事をしたし、学習段階がまだ続いているとはいえ、年頭から我々はしっかりした準備をしてきたんだ」 ドライバーエイドの廃止と共通ECUの導入により、F1の電子機器はスポットライトの外へと追いやられてしまったかもしれませんが、ただし、そういったルールの変更があったからといって、パナソニック・トヨタ・レーシングのパフォーマンスに対する電子機器の根本的な重要性が低下したわけではありません。クルマがグリッド上に並んでいる時、“ピリピリしている”のはなにもその場の雰囲気だけではないということを覚えておいてください。
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