「ミラーなんてなくてもいいんだってさ」
これはひとつの革命である。レーシングカーからバックを写し出すバックミラーとサイドミラーがなくなる日が、すぐそこに迫っているのだ。
実は市販車にドアミラーやルームミラーの取り付けを義務づける国土交通省のルールが変更されたのだ。車外のカメラと車内のモニターで代用できるようになったのである。
改正されたのは、道路運送車両法に基づく自動車の保安基準だ。ミラー類を役所言葉では「後写鏡」というらしい。後ろを、写す、鏡。そのまんまなのだが、それが「後写モニター」で代用してもいいよというわけだ。
基準は6月18日から施行されているのだが、現段階では認可を受けた乗用車やトラックバスに限られる。一般に普及するのはまだ先。
だけど、レクサスが昨年の秋のモーターショーで披露した「LEXUS LF-FC」プロトタイプにはドアミラーがなかった。BMWも今年1月、ドアミラーの位置にカメラをつけた試作車を発表している。もうすぐなのである。

「LEXUS LF-FC」プロトタイプにはドアミラーがない
「レース界は一足先に採用済み」
実はもっと遡って、道交法の治外法権であるレース界では、2000年あたりからカメラで後方視界を代用したマシンが登場しているのだ。僕がGT選手権で走らせていたバイパーは、サイドミラーと、そして後方に向けたカメラを併用していた。いまから10年以上も前のことだ。
最新のGTマシンではポピュラーになりつつある。室内には太いロールケージが張られ、数々のパイプがとぐろを巻く。派手なウイングやダクト類が邪魔で後ろはほとんど見えない。サイドミラーだって、空力を考えて小型化されている。ミラー越しにはやはりどでかいフェンダーがあるから、後方視界は規制されているのだ。だからレーシングマシンほど必要性が高いのである。
今年僕から走らせたLEXUS RCも、バックミラーとカメラモニターを併用していた。レースを市販車の鍛え上げる場としているのは、そんなことからも理解してくれるかもしれない。

ミラー二丁掛け。右側が「鏡のバックミラー」左に寄り添うのが「カメラモニター」だ

照度調整も可能だ。明るくすると、深夜でも夕方くらいの明るさになる
「コストも安価」
原理は簡単だ。カメラはリアウインドウかトランクリッドのどこかに設置される。小さなレンズだから、どこについているか判別できないほどである。
邪魔にならない。
その映像を、カーナビが設置されているあたりのモニターに映し出す。LEXUS RCの場合は、バックミラーとほほ同じ位置に同じ大きさでモニターを組みつけていた。だから、普段と同じ感覚でドライブすればいいのである。
「慣れぬからの失態も…」
ただし、感覚的には違和感がある。鏡なのに、ロールケージも映り込んでいない。不思議な感覚なのである。そりゃそうだ。ロールケージやウイングに邪魔されないマシンのリアエンドからカメラが写している。それをバックミラーのその位置のモニターに写しているだけなのだから。
慣れるまでは、後方視界を確保するためにモニターの角度を微調整しようとしてしまう。だけど、モニターを動かしたって、カメラの角度をずらさないと角度が変わらない。そして照れ笑い。これ、ほぼ全員がやる失態である(笑)
「モニターはどこだっていいのよ」
ちなみにLEXUS RCでは、ルームミラー型のモニターを運転席側にずらした。一般的には室内の中央にあるのが自然だが、モニターだからどこにあってもいい訳で、正面のインパネの真上に設置したのである。視線の移動がすくなくて走りやすかった。
今度はもっと大胆に、インパネの中にモニターを組み込むことも考えられるだろう。タコメーターの真横に後方モニターがある、なんて時代もすぐそばにきているような気がする。
「課題は残されたけれど…」
LEXUS RCのモニターには、照度調整機能がある。薄暗い時間帯でも、デジタルカメラが鮮明に被写体を写してくれるように、カメラは夕方でも明るく再生してくれる。実際の明るさとモニターの明るさに違いがあって戸惑うけれど、それも慣れの問題だ。
むしろ熟成が必要なのは、距離感である。レンズの長さによって、広角に写されるから、ライバルがスリップに潜り込んだように見えてもまだまだ後方から離れていたり、あるいはまだまだ間隔があるかと思っているともう真後ろだったりということがある。そのあたりの人間の感覚とのアジャストが今後の課題だろう。
「さらに応用可能だ」
さらに発想を飛躍させると、バックソナーを改良することで、後方から抜きにきているマシンの位置を報せることも可能だ。
「いまハンドルを切ると後ろのクルマと接触しますよ」なんてブザーが鳴ったりして。ハンドルを切り込むタイミングまで報せてくれる時代の到来はすぐそこなのだ。
それじゃますますドライバースキルが脅かされる、と思うから賛成しかねるけれど、技術の進歩とのせめぎ合いである。
ドアミラーのないマシンはまだ見たことがないけれど、それも時間の問題だろう。空気抵抗には有利に違いないし、死角の低減にも役に立つはずである。WECマシンのようなあんなボディ形状ならば、さらに役立つと思う。

WECの新型TS050 HYBRID。ドアミラーがないWECマシンも近い将来見られるかもしれない
キノシタの近況

スーパー耐久ST4クラスに参戦を開始して2戦が消化。できたてのノーマルマシンで苦戦を続けてきたけれど、次回の富士からはようやく体制が整いつつある。打倒TOYOTA GAZOO Racingを旗印に、頑張りますよ。なんたって、山田英二、大嶋和也、そしてもうひとり。日本一速い男と組むのだから…。
木下 隆之/レーシングドライバー

1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」
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