レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

178LAP

178LAP

俺の名がサーキットに刻まれる?

2016.8.23

「次々と名称が変わっていくので…」

 サーキットのネーミングライツがお盛んである。
 鈴鹿サーキットのシケインが「日立オートモティブシステムズシケイン」に改められたし、富士スピードウェイの第1コーナーの命名権をTOYOTA GAZOO Racingが取得したことで「TGRコーナー」になった。実は100Rは「トヨペット100Rコーナー」になっていたのだ。

鈴鹿サーキットの「日立オートモティブシステムズシケイン」

鈴鹿サーキットの「日立オートモティブシステムズシケイン」

富士スピードウェイの「TGRコーナー」

富士スピードウェイの「TGRコーナー」

富士スピードウェイの「トヨペット100Rコーナー」

富士スピードウェイの「トヨペット100Rコーナー」

 「ラグナ・セカ」はアメリカ西海岸の有名なサーキットだが、かれこれ10年間、「マツダ・レースウエイ・ラグナ・セカ」と命名されているのだ。知っていた?

 ネーミングライツは命名権のことである。人物や物や、施設やキャラクターなどに対して名前を付けることの権利のこと。それがビジネスの形態に組み込まれている。
 有名なところでは、福岡ソフトバンクホークスの本拠地が「福岡ヤフオク!ドーム」になったし、オリックス・バッファローズの大阪競技場は「京セラドーム大阪」と呼ばれる。東京・調布の広大な陸上競技場は「味の素スタジアム」だ。

「抜群の宣伝効果…」

 珍ネーミングライツとして話題をさらったのは、銚子電鉄の「笠上黒生(かさがみくろはえ)」駅が「髪毛黒生(かみのけくろはえ)」駅に改名された件。命名権を取得したのは育毛シャンプーなどを扱うメーカー株式会社メソケアプラスである。
 駅を使うと髪が黒々とはえる…、かどうかは別として、話題性によって宣伝効果は高い。千葉県の片田舎にある経営不信の小さな駅が話題をさらったことでネタ目当ての乗降客が若干増えたとの話もあるが、オイシかったのは命名権を取得した会社である。
 そう、ネーミングライツのビジネス効果は、売却側の副収入とスポンサー側の宣伝効果にある。金額の多寡があるにせよ、テレビや雑誌でその名が連呼されるわけで、それに相応しい宣伝効果が得られるのだ。

「長いお付き合いよろしく…」

 とはいえ、狙ったように効果が上がらない場合もあるかもしれない。同朋の足を引っ張るようで心苦しいのだが、鈴鹿サーキットのシケインがある日突然「日立オートモティブシステムズシケイン」と改めましたと言われてもピンと来ない。長年にわたって「シケイン」と呼ばれてきたその難所は僕らの中ではいつまでも「鈴鹿のシケイン」である。
 メインストレートの先のやってくるコーナーは古今東西「1コーナー」である。1コーナーという言葉の響きには、スタート後の集団が先陣を争いながら突入してくる見せ場という意味も含んでいるし、最高速度からのブレーキング合戦が繰り広げられる場所という意味もある。我慢比べの難所であり、コースアウトのメッカというイメージが浸透しているのだ。
「富士の第1コーナー」を無意識に「TGRコーナー」と呼ぶ日が来るまで、長い目で見守る必要があるだろう。
 富士のAコーナーが「コカ・コーラコーナー」になって久しいが、ようやく呼べるようになってきた。Bコーナーを「ダンロップコーナー」と呼ぶ人は半々かな?
 富士スピードウェイの「プリウスコーナー」や「パナソニックコーナー」は、ちょっと前まではたしか「ネッツコーナー」と呼ばれていたはず。浸透する前に手放すことがありえるのがネーミングライツシステムの悩みどころかもしれない。

富士スピードウェイのプリウスコーナー

富士スピードウェイのプリウスコーナー

 ちなみに、富士スピードウェイの東ゲートからインフィールドにくぐるトンネルは「Moty’sトンネル」となったらしい。その手前のP2駐車場は、自動車専門誌カーグラフィックがパートナー契約を結んだことで「CG(シージー)パーク」となった。

「テレビアナウンサー殺し」

 実はこれ、モータースポーツ番組では厄介な出来事として笑いのネタになっているのだ。ネーミングライツの取得の契約には、プログラムや看板を掲げるだけじゃなくて、番組MCや解説者にもそう言うように強制されるのだ。それは、刻々と変化する状況を実況するMCにとっては頭が痛い。
「おっと、シケインでクラッシュ~!」叫びたいところ、「おっと、日立オートモティブシステムズシケインでクラッシュ~!」としなければならないのである。
「おっと、TGRコーナーでクラッシュ!」だとイメージが掴みつらいから、「いわゆる第1コーナーであるTGRコーナー」と補足する場面もある。
 正式には「パナソニックコーナーを立ち上がった2台がセガブリッジで並びかけ、その先のパナソニックブリッジで逆転、さていよいよTGRコーナーでブレーキング勝負だぁ!」は一般的には「最終コーナーを立ち上がった2台がコントロールタワーで並びかけ、その先のブリッジで逆転、さていよいよ1コーナーでブレーキング勝負だぁ!」である。

「なんでもありかもよ?」

 たとえばこんなのはどうだろう。ネーミングライツの契約書を熟読したわけではないが、個人でも契約可能だと思う。だったら愛する彼女の名前をコーナー名にするのも可能なのかもね。彼女は泣いて喜ぶでしょうね。

 たとえば僕が契約して最終コーナーを「木下コーナー」とする。そこで僕がクラッシュしたとする。すると「おっと、木下で木下がクラッシュ~!」となるのかな?

 たとえば1コーナーのネーミングライツを取得して「最終コーナー」とする。すると「シグナルがブラックアウト、全車最終コーナーにフル加速だぁ~」となるわけだね。

 とまあ、ナンセンスなネタはともかく、ネーミングライツを取得した企業はモータースポーツをビジネスとして協賛してくれている心温まるパートナーだから歓迎したい。そしてそのコーナー名が浸透するまで、末永くご支援願いたいものだ。

 ちなみにTOYOTA GAZOO Racingと契約するドライバーに、大きな悩み事がある。富士スピードウェイのTGRコーナーのエスケープゾーンには大きくTOYOTA GAZOO Racingロゴが描かれている。よしんばブレーキングに失敗してコースアウトしようものなら、TOYOTA GAZOO Racingのロゴを足で踏みつけることになるのだ。誰が先に…。僕らにとっては踏み絵なのである(笑)

富士スピードウェイのTGRコーナーのTOYOTA GAZOO Racingのロゴ

富士スピードウェイのTGRコーナーのTOYOTA GAZOO Racingのロゴ

キノシタの近況

キノシタの近況

TOYOTA GAZOO Racing ラリーチャレンジで未知との遭遇を果たして気を良くした勢いを買って、次の福島戦にもエントリーしてしまった。チームからは「絶対に壊すな」と言われてますが、あんな林道で勝ちを狙っていくわけで、「保証できません」と答えておきました!それにしてもラリーも面白い。

木下 隆之/レーシングドライバー

木下隆之

 1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」
木下隆之オフィシャルサイト >