「鈴鹿サーキットが台湾に移動した?」
という噂に腰を抜かしかけたのは今年の5月。慌てて調べると、このネタは半分ホントウで半分ウソ。そう、台湾第二の都市である高雄の郊外にあるショッピングモールに、鈴鹿サーキットのミニチュア版がオープンしたのだ。
ショッピングモールとアミューズメントパークを併設した複合施設「大魯閣草衙道(タロコパーク)」に、「鈴鹿サーキットパーク」という名の施設が組み入れられた。鈴鹿サーキットのレイアウトそっくりのミニコースが設定され、そこで親子が乗れるようなゴーカートで走れるらしい。S字コーナーからデグナーカーブや、そこからヘアピンカーブまでのレイアウトはそっくりだというし、スプーンといった鈴鹿名物コーナーも再現されているというのだ。立体交差もある。
「鈴鹿サーキットは元々遊園地なのである」
鈴鹿サーキットの経営母体は、「モビリティランド」である。日本の鈴鹿サーキットに足を運んだ人にはお分かりのように、ただ単純にレーシングコースがあるだけではなく、アミューズメントパークといった性格の施設である。観覧車や温泉やレストランなども充実している。遊園地の一部に、F1開催可能な本格的なサーキットが併設されている…と考えてもいい。レース好きではなくとも通うのは楽しいし、そうしているうちにモータースポーツに自然に触れることができるという意味では、とても魅力的な施設なのである。
つまり、いきなり台湾でF1を開催しようなどいう大仰な企画ではなく、モビリティランドの経営ノウハウを、台湾に輸出したというのが正解なのだ。実際に、鈴鹿サーキットと同じ位置に観覧車もあるという。なんだか嬉しい話である。

日本の鈴鹿サーキット。コース近くに観覧車がそびえ立つ

日本の鈴鹿サーキットと同じくコース近くに立つ台湾のミニ・鈴鹿サーキットの観覧車
「ホンダがニュルを?」
これまで、どこぞのサーキットのレイアウトがそのまま模写されたという例も少なくない。ホンダが北海道・鷹栖に持つ鷹栖プルービンググラウンドは、「ミニニュル」と呼ばれている。当時の役員が、「いちいちニュルまでいって市販車のテストをしなければならないのだったら、日本にニュルを再現してしまえ」ってことで完成させた。
テストコースだから一般には公開されていないのが残念だが、業界関係者の1人でもある僕は役得としてなんども鷹栖のコースを走っている。
たしかにニュルにそっくり。というより、ニュルのコースの中でもっとも厳しいコーナーを、1周7kmのコースに再現している。いや、ニュルよりも厳しい場所もある。ホンダのクルマが良くなったのは、鷹栖テストコースができたからだ、と断言する関係者もいるほどだ。
それでいて、ニュルのように美しい。カタログ撮影やCMの収録でも使われることがあるから、コースの一部をチラ見たしたことのある人もいるかもしれない。
ヘルマン・ティルケがデザインする前のかつての富士スピードウェイは、日本にNASCARを誘致するために開発したといわれている。いまではモニュメントが残されているだけだが、30度バンクがあったし、長いストレートがある。それはアメリカ型オーバルサーキットを模写したことの名残だ。
もともとモータースポーツ後進国だった日本のサーキットは、そのまま模写するというのはないにしても、海外のサーキットに足を運んで研究し、参考にしたに違いない。

現在の富士スピードウェイ、30度バンク。1974年の富士GC第2戦を最後に使用されなくなったが、現在は30度バンクメモリアルパークとして残されている
「僕がデザインして差し上げましょうか?」
できれば日本に、世界のサーキットレイアウトの名物コーナーを移設してみたら面白いかもしれない。富士スピードウェイの超ロングストレートの直後に、ラグナ・セカのコークスクリューをつないでみたらいかがだろうか? その先はニュルブルクリンクのカルーセルへと続き、鈴鹿サーキット名物のS字コーナーに導かれる。そこからデイトナ・インターナショナル・スピードウェイのハイスピードバンクへとつながり、スパ・フランコルシャンのオー・ルージュを抜けて富士スピードウェイのプリウスコーナーへとなだれ込む。考えただけで身震いするコースレイアウトである。
サーキットデザイナーのヘルマン・ティルケが世界のF1サーキットを描きはじめて久しいが、そろそろ木下隆之に任せてみてはいかがだろうか?(笑)
まずは、僕が得意とするコーナーをつなぎ合わせて、木下有利にするのは明白だが、世界的に話題になるコーナーを完璧にパクってみせるよ。最近ラリーも始めたから、群馬県渋川の林道も入れちゃうかもよ!

ニュルブルクリンクのカルーセル

富士スピードウェイのプリウスコーナー
ともあれ、鈴鹿サーキットが台湾に輸出されたのは嬉しい話題だ。これが縁で日本のサーキットにも台湾のカーガイが大挙して訪れてくれることを願うばかりである。
キノシタの近況

ある日訃報が届いた。遅ればせながらのラリーデビューの相棒が悲しいことになっちゃったのだ。
全日キャロッセの人気モデル「藤原豆腐店86」。
全日本戦走行中、崖に落ちたというのだ。廃車だってさ。さてこれからどうしょう(汗)。
木下 隆之/レーシングドライバー

1983年レース活動開始。全日本ツーリングカー選手権(スカイラインGT-Rほか)、全日本F3選手権、スーパーGT(GT500スープラほか)で優勝多数。スーパー耐久では最多勝記録更新中。海外レースにも参戦経験が豊富で、スパフランコルシャン、シャモニー、1992年から参戦を開始したニュルブルクリンク24時間レースでは、日本人として最多出場、最高位(総合5位)を記録。 一方で、数々の雑誌に寄稿。連載コラムなど多数。ヒューマニズム溢れる独特の文体が好評だ。代表作に、短編小説「ジェイズな奴ら」、ビジネス書「豊田章男の人間力」。テレビや講演会出演も積極的に活動中。日本カー・オブ・ザ・イヤー選考委員。日本ボート・オブ・ザ・イヤー選考委員。「第一回ジュノンボーイグランプリ(ウソ)」
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