レーシングドライバー木下隆之のクルマ連載コラム

220LAP2018.5.23

ワンメイクレースでこそ露わになる真の実力

 レースが道具を使うスポーツである以上、アスリートとしての才能はオブラートに包まれてしまう。本当の最速ドライバーは誰なのか…、これまで数多のレースを戦ってきた木下隆之は、ワンメイクレースにその答えを求めるという。モータースポーツの永遠の課題に切り込んだ。

世界最速はハミルトンかアロンソかそれとも…

「実際のところ、最速の男は誰なのよ」
 気のおけないレース仲間とこんな話になることが少なくない。特に、居酒屋で酒を煽りながら、古くからの疑問を肴にしていると話は留まることがなく、やれセナだプロストだと、もう答えを見つけ出すことのできない議論を延々と繰り返すのである。
「現役くくりだと、ハミルトンじゃないか? F1チャンピオンなんだしね」
「いや、アロンソじゃね? マシンの差があるから最近は勝ててはいないけれど、チームメイトには常に圧倒しているのが証拠だよ」
「とんでもない、WRCラリーストに決まってんでしょ。ブラインドだらけのスノーラリーでカウンタージャンプするのはクレイジーでしょ。ハミルトンだって真似できやしないよ」
「いや、でもね…」
 いつしか焼酎のボトルが空になってしまうというわけだ。

誰よりも速く、一台でも前に。熱い気持ちで先陣を争う。レースの本質である。

誰よりも速く、一台でも前に。熱い気持ちで先陣を争う。レースの本質である。

ポディウムの頂点を目指して誰もが戦う。シャンパンファイトは格別である。

ポディウムの頂点を目指して誰もが戦う。シャンパンファイトは格別である。

年々高まるマシンの比率

 レースは道具を使うスポーツである。特に、マシンが勝敗を左右する比率は高い。かつてはドライバーとマシンは50対50の比率だといわれていた幸せな時代があったけれど、いまでは90%がマシンの性能だといわれている。残りの10%が腕だ。
 その証拠に、アロンソはこれまでなんども世界チャンピオンに輝いているのに、非力なマシンに乗り換えたら予選通過だっておぼつかなくなる。
 逆に、金にモノをいわせていいマシンを手に入れた瞬間に勝ち始めたドライバーも少なくない。速さはマシン次第だから、成績だけでドライバーの腕を判断するのには無理がある。マシン性能を差し引かなければ、本当のドライバーの実力が見えないのである。

ゴルフクラブが1億円?

 僕は以前、友人のプロゴルファーとこんな話で侃侃諤諤やりあったことがあった。
 大学のゴルフ部で主将を務め、卒業してからはトーナメントブロを目指して検定会に挑んでいた彼は、惜しいところでトーナメント資格が得られず、日頃はレッスンプロとしてコーチングしながら次の機会を探っていた。
「なあ、木下はマシンが良ければ勝てるんだろ」
「そうとも限らないけれど、マシンが速ければ大いに有利ではあるよね」
「羨ましいよな。僕らは道具に頼るわけにはいかないんだよ」
「でも、それをいうのならば、ゴルフの方が恵まれているのかもしれない」
「どうしてだ?」
「僕らはいいマシンを手に入れなければ勝てない。どんなに実力があってもね。でもゴルフはイコールだ」
「ゴルフクラブの差はあるよ」
「マシンを購入するには億単位の金が必要になる。そもそもワークスマシンは、いくら札束を積んだって売ってもくれないんだ」
「金があれば有利なんだな」
「それは否定しない。でもね、石川遼のゴルフクラブと君のを比較しても、100ヤードも200ヤードも飛距離は違わないはずだ。もし差があるとしても、石川遼のクラブは1億円も2億円もしないだろ。腕で勝負できるじゃないか」
「・・・」
 そう、レースは道具を使うスポーツである。そしてその道具が結果に与える比率は高い。最強マシンを手に入れれば、他人より100ヤードも200ヤードも遠くまで飛ぶクラブを手に入れたようなものなのである。

世界を代表するスポーツカー「ポルシェ911カレラ」でレースをする贅沢。

世界を代表するスポーツカー「ポルシェ911カレラ」でレースをする贅沢。

トップでチェッカーフラッグを受けるために無心になって戦う。

トップでチェッカーフラッグを受けるために無心になって戦う。

マシンはイコールだが…

 というのなら、マシン性能を揃えてしまえば、残されるのはドライビングスキルだけだからわかりやすい。その究極の形がワイメンクレースなのだろう。ドライバーの実力が全て露わになる。
 マシンも同じ、タイヤも同一銘柄。それだったらつまらぬエクスキューズはない。チェッカーフラッグを受けた順番が、そのままドライビングスキルの順位なのである。
 たとえば、86/BRZ Raceは、常に熾烈なバトルを繰り広げている。マシンはナンバー付きで、改造は厳しく規制されている。エンジンパワーに差はない。ボディワークもサスペンションも、ほとんど同じといっていいのだ。腕が露わになる。プロドライバーも名誉をかけて挑んでいる。ビギナーがプロと手合わせすることすらできるのである。
 ただし、タイヤ銘柄は自由である。マシンはイコールコンディションが保たれているようだが、タイヤメーカーが日々開発を進めているから、その性能いかんでコロコロと順位が変わるのだ。その意味では厳密にイコールではない。

86/BRZ Race。マシン性能はほぼイコールだ。ただタイヤ銘柄は異なる。ヨコハマ、ブリヂストン、グッドイヤー、ダンロップ。タイヤメーカーの勝負でもある。

86/BRZ Race。マシン性能はほぼイコールだ。ただタイヤ銘柄は異なる。ヨコハマ、ブリヂストン、グッドイヤー、ダンロップ。タイヤメーカーの勝負でもある。

国内のトップドライバーが参戦している。マシンがイコールだけに、意地と意地のバトルが激しい。

国内のトップドライバーが参戦している。マシンがイコールだけに、意地と意地のバトルが激しい。

究極のイコールレース

 その点、ポルシェ カレラカップは究極のワンメイクといえるかもしれない。
 ポルシェ カレラカップは、専用に開発されたポルシェ911GT3で戦われる。マシンは水平対向6気筒、4リッターエンジンを搭載、最高出力485PSを絞り出す。
 特徴的なのは、マシンが徹底してイコールコンディションだということ。マシンが同一でありタイヤはミシュラン。セッティングの自由度も少ない。独自にマシンに手を入れることが禁止されているのだ。
 そればかりか、マシンの個体差が極めて少ないのも特徴である。
 マシンは機械だから、多少の個体差があるものだ。組み付けの精度だったり、保管の状態によって、まったく同じマシンに見えても性能差が生じる。
「このマシンはアタリだね」
 そういって喜ぶことも少なくない。寸法や角度やその他諸々を詳細に計測しても違いがないのに、不思議なことに走らせると、速かったり遅かったりすることがある。
「二台買って、いい方を走らせた」
 裕福なチームは、同じマシンを複数走らせて、タイムのいいマシンをレースで使う・・なんていう贅沢をすることもあるほど。
 だが、ポルシェ カレラカップのマシンは、ドイツから空輸されてきて、通関を終えたままの状態でレースをしても勝てる・・・というほど精度が高いとの評判だ。つまり、マシンやタイヤが同一であるばかりか、マシンのアタリハズレもないのである。
 僕はかつて、賞典外のゲストドライバーとしてポルシェ カレラカップに招待されたことがあった。予選順位如何にかかわらず決勝は最後尾スタートが強いられる。そんな中で感じたのは、本当にマシンがイコールであるということ。勝敗の全ては腕次第。まさに究極のワンメイクだと思えた。

「ポルシェ カレラカップ」専用マシン。個体差は限りなくゼロ。成績はドライビングスキル次第だ。

「ポルシェ カレラカップ」専用マシン。個体差は限りなくゼロ。成績はドライビングスキル次第だ。

タイヤはミシュランのワンメイク。仕様もすべて共通。タイヤの差は一切ない。

タイヤはミシュランのワンメイク。仕様もすべて共通。タイヤの差は一切ない。

ドイツから空輸され、通関を受けたその足でレースに勝つこともできる。完璧に設えられている。

ドイツから空輸され、通関を受けたその足でレースに勝つこともできる。完璧に設えられている。

運転スキルだけでいいのか?

 ただ〜し。
 そうは問屋が卸さないのがレース界の複雑なところである。ドライビングスキルとはどのように定義づけられているのか。そのあたりが複雑に絡み合ってくる。
 重量挙げのように、誰よりも重いバーベルを持ち上げれば勝者というわけではない。スイミングのように誰よりも速く泳いだ者が勝つという競技とはちょっと違う。誰よりも早くゴールラインをカットしたドライバーが最速ではあるものの、やはり道具を使うスポーツという宿命から逃れられない。自らのマシンを勝てる道具に変換する作業、つまりセッティング能力も加わるのである。
 僕は日産や三菱で、長い間契約ドライバー時代を過ごした。そこではワークスらしく、マシン開発に追われる日々だった。ただ速く走ればいいのではなく、速いマシンに仕上げる能力も試されたのである。
 ブロゴルファーの友人との話に戻せば、他人よりも100ヤード遠くまで飛ぶゴルフクラブに仕上げる能力も試される。実際にセッティングはドライバーのフィードバックも影響するから、ドライバーはマシンの開発能力も含めて評価されるのである。

 86/BRZ Raceは厳密にはタイヤがワンメイクではないことが理由でイコールコンディションではないとした純粋なドライビングスキルの戦いではないと。だが、ドライバーの能力が優れたタイヤを得られる環境に身を置き、そのタイヤの性能を高める開発能力も含まれるとすれば、モータースポーツの一つの形態として否定はできない。

 ともあれ、究極のワンメイクで、世界最速のドライバーを決定するという企画も悪くはない。F1ドライバーのハミルトンやアロンソを含め、世界の腕自慢のドライバーをポルシェ カレラカップにエントリーさせれば、とりあえず世界一速いドライバーが誰なのかが判明するだろう。
 だが、世界一”賢く”速いドライバーを決めるには、マシン開発の余地も残す必要がある。いいマシンに仕上げて戦うのが、モータースポーツのひとつの意義であり使命でもあるのだ。

ワンメイクレースでのセッティング幅は極めて狭い。セッティング能力も含めてドライバーの実力である。

ワンメイクレースでのセッティング幅は極めて狭い。セッティング能力も含めてドライバーの実力である。

ワンメイクから上位カテゴリーにステップアップするドライバーも少なくない。

ワンメイクから上位カテゴリーにステップアップするドライバーも少なくない。

キノシタの近況

キノシタの近況 キノシタの近況

 ブランパンGTアジア第3戦と第4戦は、タイのブリーラムで開催された。開幕ラウンドと同様に、AMG GT4とのバトルには痺れたね。予選は僅差。決勝ではスタートともに先行して逃げ切ろうと思ったのだが、なかなか敵もさる者。テールにベタベタで。最終的にはエンジンセンサー系のトラブルでストップ。BOP改正してほしいなぁ。